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第一章 始まりの村

第二話 アリス

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 部屋に戻りもう一度眠ると、次に起きた時には窓から朝日が差し込んでいた。
 重たいまぶたをゆっくり開くと、何やらお腹の方に違和感が。
 少しだけ顔を起こしてみると、そこには髪の長い綺麗な女性が……

「ル、ルミカさん?!」

 椅子に座って船を漕いでいたはずなのに、いつの間にか俺の腹の方に顔をうずめて眠っていた。
 やばいやばいやばい!!
 この状況は本当にまずい!
 ルミカさんの寝息が耳へと届き、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。女の子ってこんなに甘い匂いがするのか……
 あんなことをした後なのに、嫌な感情が昂ぶってくる。
 ヤバいと思ったが、気持ちを抑えることはできなかった。
 知らず知らずのうちに俺の手はルミカさんの頭に向かっていて、優しく触れていた。頭を撫でる。
 少しだけ身じろぎしたのが可愛くて、さらに撫でる。

「んんっ……?」

 サッと手を戻す。
 緊張からか、心臓が痛いほど跳ねていた。
 同時に俺は最低野郎だということを深く心に刻みつける。

 ルミカさんが顔を上げた。
 そして、すぐに心臓の鼓動がおさまった。

「ルミカさん、どうして泣いてるんですか……?」
「えっ……?」

 顔を上げたルミカさんの瞳からは、一筋の涙が滴り落ちていた。
 泣いている理由を自分でも理解していないのか、目を丸める。

「ごめんなさい……あれ、なんで泣いてるんだろ。あはは、ちょっとおかしいですよね……!」

 涙は止まらずに溢れ続ける。
 も、もしかして俺が触ったから泣いてしまったのか?!
 それだとだいぶ傷つくんだけど。

 あたふたしていると、また部屋のドアが開いた。
 今度は髪色がピンクベージュの女の子。
 肩の辺りまで髪が伸びていて、気の強そうな顔立ちしている。
 身長は160cmぐらいで割と小柄。黒を基調とした服の上に、白色の小さなポンチョのようなものを着こなしていて、それは大変その少女に似合っていた。

 だけど、俺と泣いているルミカさんとを交互に見て、固まった。
 あれ、これってちょっとまずくない?
 予想は的中して、彼女の表情に怒りの色が差してきたかと思えば、肩がプルプルと震えだした。
 こちらへと詰め寄ってくる。

「あ、あの、これは誤解で!」
「あんたなんでルミルミを泣かせてるのよ!!」

 甲高い音が響き渡ったと思えば、俺の左頬が途端に熱を帯び始めた。つまるところ、開口一番にビンタされたということだ。
 一発だけで収まると思ったら、今度は手をグーに握りしめて振り上げてきた。

「ちょ、ちょっと待って?! 誤解だから! 俺何もしてないから!!」
「アリス、本当にユウトさんは何もしてないから! 私が勝手に泣いちゃっただけなの!」

 ようやくルミカさんが仲裁してくれた。
 握りしめていた手は行き場を無くし、力なく落ちていく。
 だけど、表情はさっきと同じく変わらないまま。

「あんた本当に何もしてないんでしょうね?」
「ハイ、ナニモシテナイデスヨ……」

 頭を撫でたこと以外は本当に何もしてないです……
 理解してくれたのか、一つため息を吐いた後に素の表情へと戻った。
 いや、ため息を吐きたいのはこっちだよ。
 なんで開口一番叩かれなきゃいけないんだ。

「ごめん、ちょっと誤解してたかも。謝るわ」

 そう言って、素直に頭を下げてくれた。
 漫画とかでよくある暴力を振るう系のヒロインかと思ったけど、そうでもなさそうだ。
 案外と言ったら失礼かもしれないけど、礼儀正しい子らしい。
 変なギャップを見てしまったせいで言葉が詰まる。

「私からも本当にすいません。誤解を招くようなことをしてしまって……」
「あ、いえ。ルミカさんは関係ないですよ」

 むしろ悪いのは俺かもしれないという言葉はすんでのところで飲み込んだ。
 何やら気まずい雰囲気が流れて、耐えきれなくなった俺は会話を振ることにした。
 仕切り直しだ。

「あの、アリスさんが俺のこと助けてくれたんですよね?ほんとありがとうございます」
「助けたってほどじゃないわよ。村の入り口で倒れてるのをたまたま見つけたから、ルミルミが運んでくれたの。だからお礼ならルミルミに言ってあげて」

 最後にアリスは、敬語なんて使わなくていいという言葉を添えた。
 この二人は似た者同士だ。
 二人にもう一度お礼を言う。
 それから、ルミカさんに話した説明と同じことをアリスにも話した。
 気付いたらここに倒れていたこと。自分はもっと遠い場所に住んでいたこと。
 突拍子もない話を真剣に聞いてくれて、話し終わった後にアリスとルミカさんは一度目を合わせていた。
 二人は通じ合っているのか、目だけで会話をした後にこちらへと向き直る。

「ユウトだっけ?行くアテが無いならこれからどうするの?」

 これからどうするか。
 そんなことはまだ決まっていない。そもそもこの世界のことは何も知らないのだから。
 返答に窮していると、ルミカさんが口を開いてくれた。

「行くアテが無いなら私の家にしばらく泊まっていいですよ。この部屋ずっと空き部屋だったんです」
「ちょっとルミルミ無警戒すぎだから!得体の知れない男の人泊めるなんてどうかしてるよ!」

 どうやらアリスに対しての俺の評価は相当低いらしい。
 いや、女の子なんだから当然の反応だ。
 さすがに何もかも助けてもらうというのも気が引けるし、とりあえずは出て行ったほうがよさそうだ。
 ここが異世界ならギルドとかあるだろうし、生活の方はなんとかやってけるだろう。

「やっぱり俺出てくよ。さすがに何もかもお世話になるのは申し訳ない」

 そう言って立ち上がった。

「ちょっと待ってよ。だから行くアテないんでしょ?」
「そうだけど、多分街に行けばギルドとかあるんだろ?そこでなんとかやってくよ」

 それに、これが異世界召喚なら何かしらのチート能力を与えられているはずだ。
 それで無双すれば小銭ぐらいは稼げるだろう。
 もう一度、アリスとルミカを見やる。
 何やら困惑した表情を浮かべていた。

「は? ギルド? なにそれ?」

 おいおいちょっと待てよ、この世界にギルドはないのか?

「ユウトさんは随分と遠方からいらしたのですね。私たちは村から出たことがないので、ギルドという単語は初めて聞きました」

 ただの田舎ものだった!
 ということは、まだギルドが存在しないと決まったわけじゃないな、よかったよかった。

「ギルド?に行くとしても、そんな格好じゃ道中のスライムに瞬殺されかねないわよ。せっかくルミルミが助けたのに、簡単に死んじゃったら骨折り損じゃない」
「そうかやっぱり魔物とかいるのか……」

 魔物がいるなら、剣か何かを装備しないといけない。
 異世界召喚されたのにいきなり死ぬのはゴメンだからな。
 そんなことを考えていたら、アリスが一つため息をついた。

「小さな小屋程度だけど作ってあげるわよ。しばらくゆっくりしていきなさい」
「小屋を作るって、アリスはもしかして大工なのか?」

 そんな疑問を口にすると、ルミカさんはまた不思議そうな顔をした。

「ダイク、とは何でしょうか?何やら強そうな響きのように感じますが」

 この人たちと会話をするのは少しだけ骨が折れそうだ。
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