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本編のおはなし
<第十万。‐不逞の神様‐> ④
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「おらぁ!」
ボクの剛腕から放たれた最強パンチが顎をぶち抜くや、大国先輩は「グェー!」というオシシ仮面のような無様な悲鳴を上げながら、地面の上を5mくらい惨めに転がって行った。
間髪いれずに生後二か月で習得した古武術の技法である『縮地』で大国先輩の眼前まで距離を縮めると、ボクの強大さに恐れ戦いたのか、大国先輩は一呼吸入れるよりも早いのではというスピードで土下座をしながら、ボクに情けなく命乞いをし始めた。
「ヒェ~!お、お助け~!お助けを~」
「はんっ!そんくらいで根を上げるなんて!副会長様が聞いてあきれるってもんだよっ!」
(伊呂波ちゃん。伊呂波ちゃん?)
皮膚が削れて頭蓋骨通り越して前頭葉がまろび出るんじゃないかって、そんくらい地面に額をこすりつけている大国先輩の後頭部にペッと唾を吐きかけた。
ボクのお可愛らしい唾液程度でもこの雑魚先輩にはダメージが入るようで、唾がかかった髪がジュウジュウと音と煙を上げながら溶けていった。
「これに懲りたら金輪際ボクに絡んでくんじゃねぇぞ!それとこれから毎週iTunesカード5000円分をボクに貢ぎやがれ!いいな!?」
「そ、その程度で許してくれるなんて~!あなた様が天使か~!ありがたや~!」
あまりにも心が広すぎるボクの最大限譲歩してやった命令に大国先輩は感謝感激感涙しながら、ボクを見て拝みはじめた。
(いや『いいな!?』じゃなくて。妄想に逃避していないでそろそろ現実に戻って来てください。現実の大国先輩が何か言ってますよ?)
はぁ……しゃあない。そうしましょか。
吉祥ちゃんのお言葉にしたがってあえて逸らしていた視線と意識を現実の大国先輩とやらに向けると、平常運転お怒りの様子で大国先輩はボクを睨み付けていた。
というかこの人間マジでいちいち怒り過ぎである。
短気って言葉じゃ足りない程に怒りのボーダーラインがマイナスに振り切れてやがる。
「――おいチビ。いま俺が言った事ちゃんと聞いてたか?」
「あぁはいはい聞いていましたとも。あれでしょ?三丁目の中華屋のラーメン、別に不味くはないんだけどなんかイマイチだなって話ですよね?」
「ちげぇよ!一秒たりとも飯の話なんかしとらんわ!」
ひぃ!声でかっ!思わずビクッとしちゃったやん!
もぅなんやこいつ。ボクの妄想だとメチャクチャ無様だったのに現実だとメッチャ強気じゃん。
「……いや、円。ちょっと待ってくれ」
声量も態度も鬱陶しいなとボクがゲンナリしていると、ボクの肩から手は離していたけれど、逃げないようになのかそれまで背後に控えていた恵比寿先輩が神妙な声音で発言し始めた。
「伊呂波ちゃん。ファミマの近くにあるあの中華屋だろ?チャーハンとか餃子は普通に美味しいのに、ラーメンだけなんか物足りないんだよね。わかる、わかるよ」
「ですよねぇ?」
「うん。あのラーメンのイマイチ感なんなんだろうね?非常に惜しいよ。僕も常々そう思っていたんだ」
うんうんと頷きながら、ボクに同意してくれる恵比寿先輩。やっぱりそう感じてたのはボクだけじゃなかったのか。
鞍馬も仙兄も閻ちゃんも、その店に一緒に食べに行ってもラーメンは注文しないから今まで確かめようがなかったんだよね。
「そういえば伊呂波ちゃん。その店なんだけど、実は八百万学園の学生限定で出してくれる限定メニューがあってね」
「いや福!お前もそいつのくだらねぇ与太話にノるんじゃない!そいつが調子づくだろうが!」
ボクらが飯トークで謎の盛り上がりを見せかけていたのに大国先輩によって中断させられてしまった。
てかそれよりも限定メニューとやらが気になって仕方ない。後で教えてくれる機会が訪れればいいけど。
「あぁごめんごめん。僕は黙ってるから、続きをどうぞ」
「ったく……んで吉祥。もう一回聞くが、今からどこ行くつもりだった?」
「黙秘するっピ」
「ピじゃねぇ。殺すぞ。福もこいつのこんなイラつく態度に笑ってんな。次にこいつが舐めた態度とったら後ろからケツを蹴り飛ばせ」
「ククッ……いや、ごめんごめん。あまりにも円のことを舐め切っていたから。『ピ』って……やばいウケる」
「ね?ウケますね?」
「ぶん殴るぞお前らマジで」
荒ぶってんなぁこの人。
すぐにキレる若者とか何しでかすかわかんないからマジ怖いんだけど。何かやらかす前に檻に入れとこうよ。
(あなたがすぐに挑発するからでしょうが……)
「そんなことよりも円、もう時間もないんだからいちいち怒ってないで本題に入ろうよ?」
「そんなことより、じゃねぇが……まぁそうだな。その通りだ」
恵比寿先輩にいとも容易く諭されたプライドを一欠片も持ち合わせない大国先輩は、改めてボクに向き直るや、口角を上げてなんかボクを小馬鹿にしてるようなくたばってほしい表情を浮かべやがった。
(たかだか表情一つでいちいち人の死を願わないでください)
そういう文句は人をバカにすることしか能のない目の前の男に言ってよ。
(私が知る限りではアナタが最も秀でてますよ、その才能)
まぁまぁまぁ、ボクは多才だからね。
どんな才能でも持ち合わせている可能性の塊だからね。
(人様を不愉快な気持ちにさせるような才能を持っていることを誇らないでください。才能持ってるって言われたら何でも嬉しいんですか?才能コンプレックスが拗れすぎです)
ボクの周りにいろんな才能に富んだ出来る人間が多すぎるせいなんだよ。
「……別にお前が答えなくても、これからどこに向かおうとしていたかなんてもうわかってんだよ」
「はぁ?」
じゃあ聞くなよ。
なんだコイツ、アホか?
「鞄もゴミ拾いの道具も持たずに下駄箱に来たんだ。また鹿屋野さんの邪魔をしに行くつもりだっただろ?」
「……は?邪魔?」
「そうだ。邪魔以外の何物でもねぇだろ。」
本当にこいつら、口から吐き出す言葉の一つひとつが癪に障る。
いや、落ち着けボク。ここで怒ってこの人と言い争っても、時間の浪費にしかならない。
「……じゃ、邪魔ねぇ?ふ~ん」
冷静に今この場から逃げ出すために脳のリソースを割いた方が絶対にいいんだから。
だから一々言葉一つを真に受けず、軽く聞き流してやればいいんだ。
「てかボクが鹿屋野先輩の邪魔をしてるとか思ってるなら、あんたらにとっては都合いいんじゃないですか~?そもそも邪魔なんかしてないですけどね~?」
「だから邪魔でしかねぇって再三言ってんだろうが。そもそもお前が関わってくること自体が穏やかに生活したい奴らにとって邪魔にしかならねぇんだよ。このクソ迷惑人間が」
「円、それはちょっと言い過ぎだよ。伊呂波ちゃんだって別に誰かに迷惑をかけたくて騒ぎの中心にいるわけじゃ」
ボクが大国先輩の侮辱に何とか耐えようとこめかみをピクピクさせながら黙って堪えていると、そんなボクを見かねて恵比寿先輩が庇ってくれるような助け船を出してくれた。
だけど目の前の野郎にとって、友人の窘めでも治まらないほどにボクは『クソ迷惑人間』として揺るぎないようで。
「おい福、こんな奴を庇ってやることなんかねぇんだよ。人間にとって害しかもたらさない、そんな害獣がこの吉祥ってチビなんだからな。こいつは最早人間の敵、ゴブリンだ。福がいくらお人好しだったとしても、人じゃねえんだから優しくしてやる必要なんかねぇよ。だってゴブリンなんだからな。そもそもこのゴブリンと来たら毎度毎度「死ねぇ!!!!」グェー!!!」
ボクの握りこぶしがクソオーク先輩の顎をぶち抜くや、クソオーク先輩は「グェー!」というオシシ仮面のような無様な悲鳴を上げながら身体をのけ反らせた。
「ちょ!?伊呂波ちゃん!?ストップストップ!!」
当然パンチ一発程度じゃボクの怒りは収まらず、あと五、六百発はぶん殴ってやるために距離を詰めようとしたけれど、後ろからクソオークBが羽交い絞めにしてきやがった。
「はなせっ!!!はなせぇっ!!!あのクソ野郎!だれがゴブリンじゃゴラァ!!!手足捥いでテメェをゴブリンにしてやろうかっ!!!あぁん!!?唾一つでジュウジュウ溶けてくようなクソ雑魚オークのクセしてよぉ!!!溶かしてやろうかっ!?ほらよぉ!!!ぺっぺっぺっ」
クソっ!!!
服には唾が当たってるのに溶けやしないし!!!身体に直接じゃねぇと無効か!!
それなら裸に剥いてボクの唾まみれにしてやるよぉっ!!!
(どうどうどう、落ち着いて、落ち着きなさいって。その設定あなたの妄想の中だけのものですからね?学園の片隅でどんなアブノーマルなプレイをおっぱじめるつもりですか……)
「ほら!落ち着いてって!ちょっ、円も痛がってないで早く謝って!円のせいで伊呂波ちゃんが理性を失ってるんだから!てか目の前で吐き出される言葉がどれも意味わかんな過ぎてマジで怖いんだけど!?」
どれだけ腕を振りほどこうともがいても、恵比寿先輩も流石はクソオークというべきか、ボクの拘束が外れることはなく。
(いや、そもそも恵比寿先輩はオークではないんですが……)
そうこうしているうちにクソオークAがHPを回復してしまったらしく、涙目浮かべてボクを睨み付けてきやがった。
いいよ!!
かかってこいよオラァ!!!
「ぅぐぐ……いっ、てぇじゃねぇか!何しやがんだテメェ!!!このゴブリンドチビがよぉ!!!野蛮か!!」
テメェはテメェじゃぁ!!!
何しやがんだもこっちのセリフじゃボケぇ!!!
(とうとう意味わからん……)
イキって吠えだした大国オーク円パイセンを見て、ボクに残された最後の理性もどっかに行ってしまった。
我ってなんだっけ?
「だがっしゃあ!!くらごぼでぇざぁっ!!!ぺっ!ぺっ!!テメがクソこんぎゃらくそだらじゃぁ!!!だらずがぁ!!!」
「「(マジでゴブリンやん……)」」
どうやらボクはマジでゴブリンだったらしい。
うっせぇわ。
お前らが思うより人間だわ。
◇◇◇
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