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本編のおはなし
<第九万。‐不撓の神様‐> ②
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恵比寿先輩の言葉が、その場からとっとと立ち去ろうとしていたボクの足をその場に縫い留めた。
「……っ!そんなの、それこそアンタたちと話すことなんてないですよ!先輩とする園芸クラブの話で聞いて嬉しいことなんて一つもないですし!」
昨日この人から園芸クラブの現状と今後について、ネガティブなお考えをさんざん聞かせられたわけだし。
「まぁまぁ、そんなにピリピリしないでよ?伊呂波ちゃんがこれから何をするつもりかなんてそんなの僕には全然見当もつかないけど、それでもいくつか忠告しないといけないこともあるんだよ」
「忠告ですって?」
昨日の生徒会室で去り際にボクがしたいようにするって啖呵を切ったもんだから、生徒会役員として未然に防ぐつもりなのだろうか。
大国先輩しかり生徒会はボクを目の敵にしているようだし、こいつらはどうせボクの行動で自分たちが迷惑こうむるのがよっぽど嫌なのだろう。
「忠告が気に障るようならアドバイスとでも言った方が良かったかな?まぁどっちにしろ話す内容は変わらないからどっちでもいいんだけど」
ボクの方こそそんなのどっちでもいい。
何を言われようと先輩の言葉になんて従うつもりはないわけだし。
「前置きやらご託はもういらないんでとっとと話してくださいよ。その忠告とやらを」
「そうだね。それじゃあまず一つ目のアドバイスね」
クソめ。一つ目ってなんだよ。
何個お小言を言うつもりだよ。
「伊呂波ちゃんやキミの友人たちが園芸クラブに入部することで存続させようだなんて、そんな方法を考えているなら止めておいた方がいい」
心の中で悪態を吐きながら聞いたその忠告は、まさにボクが考えていた方法の一つそのものだった。
「……なんでですか?部員が集まれば廃部は免れるんでしょうが」
園芸クラブの目下の問題は廃部と部室を奪われること。
その原因は園芸クラブに所属する部員が今現在、鹿屋野先輩一人しかいないことのはずだ。
だから部員不足さえ解消できれば廃部は免れるのだと思っていたし、部員集めを手伝ってそれでもなお足りなければ、ボクや数少ない友人知り合い連中の名前を貸せば良いってそう考えていた。
だけど、恵比寿先輩はその方法に苦言を呈した。
「生徒会は園芸クラブの事情と伊呂波ちゃんとの関わりを知っているから、そんなその場限りの延命行為を認めるわけにもいかないし――」
「はぁ!?学園生は誰だって入部する権利を持っているんだし!アンタらの都合でそれを止めさせることなんて!」
自分たちが事情を知っている。そんな理由でボクの行動を制限しようとするなんて横暴にもほどがある。そもそも頭数集めで名前だけ借りるだなんて、きっと他所のサークルでも普通にやっていそうな事なのだし。
知らない方は見逃して知っているから認めないだなんて、そんな曖昧な定義の仕方で止められるだなんて冗談じゃないと。
「――それにそんな方法で存続できたとして、きっと鹿屋野さんは喜ばないよ」
非難の言葉を浴びせようとするボクの言葉を先んじて制するように、恵比寿先輩は鹿屋野先輩がどう思うのかだなんていう言葉でボクの感情を揺るがせた。
「そ、そんなのアンタにはわからないでしょ!?鹿屋野先輩は園芸クラブの存続を望んでるんだし!だからとりあえずでも!」
「わかるよ。そんな方法じゃあ喜ばないしむしろ心を痛める。彼女はそういう人だから」
さも鹿屋野先輩のことをボクよりも理解しているような物言いに憤りを覚えた。
彼女がどういう人柄か、それを知ったうえでそれでも園芸クラブに手を貸すでもなく、自分たちの立場を優先した言動をしているのだから。
「心を痛めるってなんでそんな……園芸クラブが廃部にならないんだからむしろ喜ぶはずでしょ!?」
この人は知らないんだ。鹿屋野先輩が彼女の母親から紡がれた園芸クラブをどれほど大事に思っているのか。
だから方法の潔さだとか手段の世間体だとかは一先ず置いといて、まずは存続させること。
そうすれば園芸クラブの問題は解決するって、鹿屋野先輩は喜んでくれるはずだってそう思っていたのに。
「前にもいたんだよ。君みたいに園芸クラブに名前だけ貸そうとした奴らが。だけど鹿屋野さんはそいつらの申し出を断った」
「……え?」
それはボクが知らなかった事実だ。ボクと同じように鹿屋野先輩に手を差し伸べた人たちがいたなんて、知らなかったし想像もしていなかった。
でもそれならなんで園芸クラブは今も廃部の危機に陥っている?
「鹿屋野さんは知っているんだよ。部室を求めているサークルがいくつもあるってことを。それに自分の都合に誰かを巻き込むことに申し訳なさや遠慮を覚えてもいたんだろうね」
自分の都合よりも誰かへの献身を優先してしまう。
「とりあえず存続だけでもしておきたい。たとえ卑怯でも部室は確保しておきたい。そんな考えは彼女は持っていないってことだよ」
手放す理由があり、そしてそれを誰かが求めていたら、それを差し出してしまう。
「自分の力で出来得る限りのことをして、それでもダメなら部室を貰って喜ぶ人たちに譲ることになっても仕方がないと、そう思ってしまっているんじゃないかな」
鹿屋野先輩はそういう人なのだろう。
「本当に心から園芸クラブに興味を持って入部を希望する人でないと、彼女は受け入れようとは思っていない」
それがどれほど大切な物だとしても。
「だから伊呂波ちゃんや君の友人が存続させるためだけに園芸クラブに名前を貸そうとしても、きっと彼女はそれを受け入れない」
「そんな……」
やばい。正直部員さえ確保できればほぼほぼ解決できると思っていた。
他の案として園芸クラブの活動実績づくりなんかも考えてはいたけれど、こっちの案に至ってはほぼ無策みたいなもんで、具体的な内容なんて全然考えてすらいない。
「それじゃあ二つ目のアドバイスだけど」
恵比寿先輩によってもたらされる情報なんて、嫌なものばっかで聞きとうないとさっきまでは思っていたけれど。
ボクの知り得なかった事情によって状況は変わり、今はこの人から少しでも情報を与えてもらいたいとすら思い始めている。
園芸クラブの廃部を望んでいるであろうこの人から情報を得ようとするなんて、ひどく屈辱ではあるけれど。それもボクの無知がゆえの感傷でしかない。
何も持たない状態で関わろうとしたのだからそこは我慢してでも、苦虫を噛み潰したような気持ちになろうとも受け入れて、今は恵比寿先輩の話しに耳を傾けるしかないのだ。
「園芸クラブは最近新しい花壇を手に入れた。学園側への申請も滞りなく完了し、今は園芸クラブの活動場所として正式に認められている」
それは知っている。
ボクがペナルティとして行った生徒会従事活動の一日目、ゴミ拾いをしていたあの日に鹿屋野先輩と出会ったあの花壇のことだろう。
「あの花壇を見つけるまでにも色々と経緯はあったのだけど、そこは今は関係ないから説明は省かせてもらうよ。僕がアドバイスとしてキミに伝えたいのは一つだけ」
その言葉の先を乞うように目線を上げ恵比寿先輩に目を合わせると、いつの間にか先輩の顔から笑みは消え去っており、眉根を寄せた真剣な面持ちがそこにはあった。
「あの花壇がすぐに、偶然に見つかっただなんて思っているのならそれは間違いだ」
……あぁクソ。やっぱりだ。
「学園の敷地内を何日も探し回り、ようやく見つけることが出来たのがあの小さな花壇なんだよ」
やっぱりこの人から与えられる情報なんてのは。
「だから新たな花壇を見つけて活動場所を広げればいいだなんて、もし君がお気楽に、簡単にそんなことを考えていたのなら」
どれもこれも嬉しくないものばかりだって。
「園芸クラブを廃部の危機から救い出す。それを成し遂げることなんて……きっとできやしないだろうね」
思わず仰いだ薄暗い廊下の天井を見つめながら。
ボクはそれを改めて思い知ったのだった。
◇◇◇
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