吉祥やおよろず

あおうま

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本編のおはなし

<第六万。‐不遜の神様‐> ①

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布袋ほてい
 七福神の一柱であり、七福神の中で唯一人間であったとされる神様。
 描かれる際に持っている袋は堪忍袋であるとされており、度量の広さや人望を意味する神様として信仰を集めている。弥勒菩薩みろくぼさつの化身であるという伝聞も存在している。

                  ◆

「巨乳でおっとり系のお姉さんが近所に住んでてくれたらなぁ」

 とある放課後、ボクはしみじみとそう呟いたのだった。
 ゴールデンウィークというオアシスがそこそこ間近に迫ってはいるがそれはそれとして、もう少し経つと五月に入る。五月は人をアンニュイな気持ちにする魔法がかかっているのだ。
 これが五月病か。その病の足音が徐々にボクの身にも迫ってきているのである。

「今度はどんなマンガに影響されてんだお前は……」

「マンガじゃないアニメだ。間違えんな」

「あ、そうですか……」

 ボクの理想と真逆の存在、隣の鞍馬君が呆れていた。
 そんな隣の筋肉を見てやはり思ったのだった。

「巨乳のお姉さんいいなぁ」

「出たよおっぱい聖人。教室の片隅でなに呟いてんだよ」

 ボクの呟きに我関せずを決め込むことにしたのか、部活に参加するため鞍馬はせっせと教科書や筆箱をカバンに詰め込み出した。
 もうちょっと構ってくれてもいいやん。薄情な奴やでホンマ。

「今日も一日お疲れさまでした。なんのお話をしているんですか?」

 最近友好をグングン深めつつある我らがクラス委員長、さよちゃんも会話にまじってきた。
 授業後の雑談を幾度も重ねたことで、お互い遠慮なく物を言えるようになってきたのも嬉しい限りである。

「貧乳には縁遠い話だよ」

「…………あ?」

 怖っ!

「お、おれ部活行かなきゃだから!んじゃな!」

 鞍馬は逃げ出した!ホント薄情だアイツ!
 教室を出る直前の鞍馬は視線でこう訴えていた。

『自業自得だ』

 はい。全くもってその通りです。

「言って良い事と悪い事の区別が付くまでその悪い口を縫い付けてあげましょうか?」

「い、いえ遠慮しときます。すいません……」

 なんか言ってる事の内容がとにかく恐ろしかった。おもわず謝ってしまってしまうくらいに。

「吉祥君と友達になれたのはとても嬉しいことですし、忌憚なく物を言い合える関係になれたのも喜ばしい限りなのですが……吉祥君のそういうおバカなところは可愛さ余ってウザさ百倍ですね」

 ウザいってのもひどくない?ホントに友達だと思ってる?

 逆鱗に触れてしまった女神さまの怒りをどうやって鎮めればよいのか、あーだこーだと言い訳の弾丸を打ち込もうとしていたその時。

『普通科一年、吉祥伊呂波。至急生徒指導室まで来い。繰り返す。吉祥伊呂波、至急生徒指導室まで来い。以上』

 ピンポンパンポーンっという救いの鐘が校舎中にこだました。

 思わぬ呼び出しに今の窮地を脱する一筋の光を見出したが、ふと思い直す。

 今の声は仙兄せんにいのものである。
 最近きっつい仙兄の呼び出しとか、マジで嫌な予感しかしない。

 前門の貧乳、後門のヤクザってとこか。さて、どうするか?

 バシッ!
「ぶえっ!」

「今何か失礼な考えをしていた顔をしていましたよね?」

 なんで表情一つで考えが読めんの!?怖いよ!っていうかオモクソ頬っぺたを引っ叩かれたよ!

 遠慮がなくなったのは物言いだけでなく、ボクへの暴力もだった。
 友達、やめようかな。

(ホント自業自得ですよ?はぁ……)

                  ◇

 校内放送なんか聞かなかったことにして早々に帰宅したかったのだけど、後々恐ろしいことになりそうだったので、呼び出しに応じて生徒指導室に赴くことにした。

「失礼しまぁす」

 生徒指導室のドアを開けると、紫煙をふかすヤクザチックな教職員と炙られたのかと勘違いしてしまうほどに焦げた肌色の男子生徒が、入室したばかりのボクに向けて睨みを利かせていやがった。
 やっぱりとっとと帰っておけばよかった。くそぅ。

「ふぅ……やっと来たか。俺も忙しいんだから待たせてくれんなよなお前」

 仙兄こと布袋先生こと布袋仙人ほていせんとは気怠そうにタバコの煙を吐き出しながら、ボクを軽く睨みつけた。
 いやまぁ目つきが悪いから睨まれているように見えるけど、別に睨んじゃいないんだけどねこの人。

 けどもう見た目が完全にヤクザのそれじゃん。
 あと学園内でタバコ吸うのダメくないの?不良が過ぎない?
 仮にも先生でしょ?生徒のお手本となるべき存在でしょ?

「ばれなきゃ何したっていいんだよ。お前らが誰かにチクらなきゃ問題ねぇだろ」

 ちょっとキッショいからナチュラルに考え読むのやめてね?
 ボクそんなに顔に出やすいの?仮面でもつけて生活しようかな。

「とりあえず座れ。ドアの前のお前と話をするといつ都合が悪くなって逃げられるのか、いちいち気にしてないといけないだろうが。とっとと目の前のソファに座って手足を縛り猿轡さるぐつわをして俺の話をおとなしく聞き終えろ」

「なにそのナチュラルなプレイ強要。手足も縛らないし猿轡もしないけど……」

 促されるままにソファに座り脱力して寛ぐ姿勢をとったけど、先の仙兄の言葉を思い返して、あれ?ちょっと待てよ?と疑問と警告音が頭に響き渡った。

 だってあれでしょ?
 これからボクにとって都合が悪くなって逃げるような話を言い放つわけでしょ?

 そんなん勘弁だと抜いた身体の力を入れなおし『にげる』コマンドへと移行しようとしたのだが、時すでに遅しとでも告げるかのように、西の高校生探偵のような肌色の先輩が唯一の出口の前にスススッと移動し仁王立ちしてしまった。

(あ~あ、もう逃げられませんねぇ。おとなし~く仙人君の話を聞くしかなくなってしまいました)

 クソがぁ……。

 教室でさよちゃんにシバかれただけでなく、更には仙兄からの話ってのもどうせ説教かなんかのクソつまらん話だろう。
 十分前のボクにはよ帰れって、そう教えてあげたいと本気で後悔しながら。
 なんかいろいろと諦めて脱力し、ボクは快適でも何でもないソファに身を委ねたのだった。

                  ◇

「というわけでお前の処遇は生徒会に一任することにした。あとはそこにいるまどかの指示に従うように」

 え?ちょっと待って?全部わかんない。
 てか説明は?一切の説明もなしだけどどゆこと?
 というわけで、が唐突過ぎない?

「なにが『というわけで』なのか全くわかりませんのですが。あと円ってのは……」

 ほんとこの腐れ教師、最近ボクへの扱いが雑が過ぎない?
 ボクを納得させようというそんな基本的な努力すら億劫なの?

「円ってのはそいつの名前だ。大国円だいこくまどか。生徒会の副会長様だし、たとえ無知が過ぎるお前だとしてもそんくらいは知ってんだろ?」

 そしてナチュラルにディスってくるよね。
 最近さぁ?鞍馬やらさよちゃんやらそしてこの腐れ教師こと仙兄やらさ。
 口を開けばボクを小馬鹿にしてくるのなんなん?

「無知は過ぎないし生徒会の副会長様の名前くらいは知っていたけど」

 心ばかりの反論を言い返しながら、斜め上あたりの件の副会長様を振り返ってみたものの。

「……」

 なんかメッチャ睨んできてるんですけど!?すっごい眼光で見下されているのですけど!?
 数日前までのさよちゃんといい、なんか心に余裕のない人が多すぎない?
 もっとゆとろうよ。ゆとり教育カムバックだよ。

 ていうかマジ最悪なことに、関わりたくなかった噂の大国先輩とやらにさっそく遭遇しちゃったよ。
 鞍馬先生の七福家講座のおかげで決して関わるべきでない先輩だって心掛けていたのに。

「流石のお前でも円の名前くらいは当然知っていたか。おい円、お前伊呂波と面識はなかったよな?」

 その流石のお前ってのは絶対ポジティブな意味合いではないよね。
 やっぱりボクのこと事あるごとにディスってるよね。

「ん?ああ、会話という会話をしたことは一度もなかった筈だけど」

 だよねぇ。ボクだって顔合わせた覚えなんてないし。それなのに目を付けられてるとか何事なん?

「けどまぁこの問題児の動向には前々から目を光らせてはいたけどな。なにせ学園内でも指折りに有名な、かの吉祥伊呂波様だからなぁ」

 なにやら大変に語調が強いのですが?
 えらい感情の籠った声色でボクの名前を呼んでくれたのですが?

 一体どんな顔をしておりますねんと恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには先程よりも鋭い眼光で激しい怒りを抑えているように強く歯を噛み締めながら、ボクを睨みつける恐ろしい顔した先輩の姿が見受けられた。
 そ、そんな怖い顔で睨みつけないでくださいよ。
 すばさやだけでなく、ぼうぎょも下がっちゃいそうだった。

 てかこんな顔させるほどに恨み辛みを買っていたとは。
 身に覚えがない訳でもないが、それにしてもこの先輩に関わらなければどうってことないと、事態を軽く考えていた過去のボクを叱ってやりたい。

 今すぐ、一刻も早く。
 この場から逃げ出したいと、切に願わずにはいられなかった。

                  ◇
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