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転機
3.鬼の住処
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先輩によると、今回の研究会の開催場所は名人の自宅マンションらしい。
いつもは柴研の皆(…とは言っても修業中の僕は除いてだけど)でお金を出し合って借りているボロアパートで、一年中出しっぱなしのコタツを机代わりに対局しているのだけれど、まさかそんな場所に名人を呼ぶわけにはいかない。
あれこれ先輩が迷っていると、名人から自分のマンションでどうかと提案があったので、名人の部屋が見たいという先輩の子供っぽい好奇心もあって、お呼ばれすることになったというのだ。
「ここ…ですか?」
教えてもらった住所に辿り着いた僕たちは、文字通り天を仰いだ。
そこには階数を数えることも躊躇われるほどの高層マンションがそびえたっていて、外からエントランスを遠巻きに覗き込むと、ピシッとしたユニフォームに身を包んだコンシェルジュの姿が確認できる。
「…オレ、用事思い出したから帰ろうかな」
「ここまで来て僕一人置いてかないでください!もう時間だし、行きますよ」
僕は約束の住所に近づくにつれ徐々に委縮して,、今ではすっかり喋らなくなった先輩をしり目に意を決してマンションに足を踏み入れる。
白を基調とした洗練された内装に怖気づきつつ、コンシェルジュに名人にアポイントメントを取っていることを伝えると、僕たちは住人専用エレベーターに案内され、45階のボタンが押された。
スーッと音もなくエレベーターが動き始め、妙な浮遊感に包まれる。
この体の内側を握りしめられるような感覚は、これから名人に会うことの緊張なのか、それとも単に高層エレベーターになれていないからなのか…そんなことを考えているうちにポンっと到着を告げる電子音が鳴り、扉が開く。
「…あっ!?」
思わず声が漏れる。
エレベーターから降りた僕たちを待ち受けていたのが、藤堂名人の笑顔だったからだ。
「ようこそ…はおかしいかな?こちらから参加したいと言っておいて、呼びつけることになってすまない。今日はよろしくお願いするよ」
「い、いえ、こちらこそお招き頂きありがとうございます!」
まさかの直々のお出迎えに、思わず声が裏返る。
「そんな緊張されると、こっちまでドキドキしてくるな。さぁ、部屋はこっちだよ」
「…スゴイ」
藤堂名人の部屋に通された僕たちが目にしたのは、映画やドラマの中の世界としか思えない光景だった。
僕の部屋が10個は入りそうなリビングからは、さっきまで僕たちがいた場所が、まるで透明な膜で隔絶された世界かのように広がっている。
埃一つないほど綺麗に片づけられた部屋には、テーブルやソファー、間接照明など必要最低限のものだけが整然と配置されており、家具はシンプルで無駄がなくセンスの良い機能美を誇っている。
「狭いところだけど、こっちの方がやりやすいかな?」
名人はそう言って、僕たちをリビングの奥に可動壁で区切られた和室に案内した。
畳からは真新しい香りがする。
部屋の中央には本榧の脚付き将棋盤と金蘭の刺繍が施された駒袋、駒、駒台、それに鮮やかな萌黄色の脇息があり、襖を閉めるとタイトル戦の対局場を言われてもわからないくらいだ。
「これ、本榧の将棋盤ですよね、それに彫師の秀栄作の盛り上げ駒…。いつもこれ使って研究されてるんですか?」
ずっと黙りこくっていた先輩が身を乗り出し、将棋盤、駒に目を輝かせる。
「研究の時もタイトル戦と同じ空間を作りたいんだ。だから、本物しか使わないことにしているだけだよ。研究会はやらないから、昔の棋譜並べをしている位だけどね。たまに着物でやったりもしてるよ」
「えっ、家でですか?着付け出来るんですか?っていうか、着物家に持ってるんですか?」
先輩が矢継ぎ早に質問をする。
僕が恐れ多くて聞けないことが次々言語化されていき、名人はたまに冗談をはさみながら一つ一つ丁寧に質問に答える。
前夜祭の時も感じたことだけれど、その圧倒的な実力のせいで何処か人を遠ざけるようなイメージがあるけれど、本当は気さくな人なのかもしれない。
いつもは柴研の皆(…とは言っても修業中の僕は除いてだけど)でお金を出し合って借りているボロアパートで、一年中出しっぱなしのコタツを机代わりに対局しているのだけれど、まさかそんな場所に名人を呼ぶわけにはいかない。
あれこれ先輩が迷っていると、名人から自分のマンションでどうかと提案があったので、名人の部屋が見たいという先輩の子供っぽい好奇心もあって、お呼ばれすることになったというのだ。
「ここ…ですか?」
教えてもらった住所に辿り着いた僕たちは、文字通り天を仰いだ。
そこには階数を数えることも躊躇われるほどの高層マンションがそびえたっていて、外からエントランスを遠巻きに覗き込むと、ピシッとしたユニフォームに身を包んだコンシェルジュの姿が確認できる。
「…オレ、用事思い出したから帰ろうかな」
「ここまで来て僕一人置いてかないでください!もう時間だし、行きますよ」
僕は約束の住所に近づくにつれ徐々に委縮して,、今ではすっかり喋らなくなった先輩をしり目に意を決してマンションに足を踏み入れる。
白を基調とした洗練された内装に怖気づきつつ、コンシェルジュに名人にアポイントメントを取っていることを伝えると、僕たちは住人専用エレベーターに案内され、45階のボタンが押された。
スーッと音もなくエレベーターが動き始め、妙な浮遊感に包まれる。
この体の内側を握りしめられるような感覚は、これから名人に会うことの緊張なのか、それとも単に高層エレベーターになれていないからなのか…そんなことを考えているうちにポンっと到着を告げる電子音が鳴り、扉が開く。
「…あっ!?」
思わず声が漏れる。
エレベーターから降りた僕たちを待ち受けていたのが、藤堂名人の笑顔だったからだ。
「ようこそ…はおかしいかな?こちらから参加したいと言っておいて、呼びつけることになってすまない。今日はよろしくお願いするよ」
「い、いえ、こちらこそお招き頂きありがとうございます!」
まさかの直々のお出迎えに、思わず声が裏返る。
「そんな緊張されると、こっちまでドキドキしてくるな。さぁ、部屋はこっちだよ」
「…スゴイ」
藤堂名人の部屋に通された僕たちが目にしたのは、映画やドラマの中の世界としか思えない光景だった。
僕の部屋が10個は入りそうなリビングからは、さっきまで僕たちがいた場所が、まるで透明な膜で隔絶された世界かのように広がっている。
埃一つないほど綺麗に片づけられた部屋には、テーブルやソファー、間接照明など必要最低限のものだけが整然と配置されており、家具はシンプルで無駄がなくセンスの良い機能美を誇っている。
「狭いところだけど、こっちの方がやりやすいかな?」
名人はそう言って、僕たちをリビングの奥に可動壁で区切られた和室に案内した。
畳からは真新しい香りがする。
部屋の中央には本榧の脚付き将棋盤と金蘭の刺繍が施された駒袋、駒、駒台、それに鮮やかな萌黄色の脇息があり、襖を閉めるとタイトル戦の対局場を言われてもわからないくらいだ。
「これ、本榧の将棋盤ですよね、それに彫師の秀栄作の盛り上げ駒…。いつもこれ使って研究されてるんですか?」
ずっと黙りこくっていた先輩が身を乗り出し、将棋盤、駒に目を輝かせる。
「研究の時もタイトル戦と同じ空間を作りたいんだ。だから、本物しか使わないことにしているだけだよ。研究会はやらないから、昔の棋譜並べをしている位だけどね。たまに着物でやったりもしてるよ」
「えっ、家でですか?着付け出来るんですか?っていうか、着物家に持ってるんですか?」
先輩が矢継ぎ早に質問をする。
僕が恐れ多くて聞けないことが次々言語化されていき、名人はたまに冗談をはさみながら一つ一つ丁寧に質問に答える。
前夜祭の時も感じたことだけれど、その圧倒的な実力のせいで何処か人を遠ざけるようなイメージがあるけれど、本当は気さくな人なのかもしれない。
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