上 下
1 / 12
The Over

The Over (1)

しおりを挟む
 雨宮あまみや零央れおはキレてしまった。
 それまではなんとか我慢できていた。だから、もう少しだけ我慢できるはずだったのに、堪忍袋の許容量を超えてしまって、そうなるともう自分でも制御ができなかった。


 クラスメイトの誰かが、別に友達でも知り合いでもない雨宮のことを文句も反論も言えそうにない陰気なキャラクターだと見て取ったのだろう、適当に他薦してきた。
 頬杖をつきながら最後列窓際の席で傍観していた雨宮は不意をつかれた。結果、のがれることかなわず、学級委員という不名誉な肩書きを負う羽目になってしまった。

 最初はどうでもいいと本気で感じていたのだが、時が経つにつれてふつふつと湧き上がった怒りが、そのまま沸騰して爆発した。

「ふざけんじゃねぇ」

 そうわめいたところで撤回なんて望めるはずもない。

 猛反発したせいでクラスメイトが雨宮を見る目はひどく冷たいものになり。

「ああそうかい。てめぇら、そういう人間かよ」

 吐いて捨て、机を蹴り倒し、教室を出てそのまま午前中に早退。それが入学式初日の雨宮がしでかした愚行のすべて。
 考え得る限り、最悪の部類の立ち居振る舞い。

 当然、教師たちからの評判もすこぶる悪くなった。同級生からは距離を置かれ、距離を縮める術もない。

 怒らせると手の付けようがなくて、友達もいない問題児。

 忌み子のような枠に落ち着いた翌日には、人権のようなものを失っていた。ほとんどのクラスメイトは雨宮を嫌煙するようになった。教師も同様だった。

 だというのに、学級委員の座から引きずり降ろされるとか、生活指導を受けるとか、そういうことは皆無だった。

 面倒くさい役割を押しつけた挙げ句、ほとんど誰もが雨宮を遠ざけたのだ。
 そんな扱いを受けていること自体がばかばかしく感じて、雨宮は次第に、気分次第で授業もサボるようになった。

 高校生活なんて、卒業さえできればそれでいい。
 人間関係なんて必要最低限でいい。
 興味も関心も、抱くだけ無駄で、抱かれるだけ面倒だ。

 誰と付き合うとか付き合わないとか――そんなものは自分自身で決めることで、他人に決められることではない。その在り方を陰キャだの協調性がないだの触れちゃいけないやつだのと好き勝手呼ぶのなら全然構わないし、不平不満もありはしない。

 キャラ付けなんて、他人が自分を理解するための記号でしかない。
 そういう行為に、本質的な意味なんて何もない。

 自分がどう理解されようと構わないから、他人に興味の持ちようがないという結論になる。

 他人を分かろうとするなんて行為そのものがおこがましい。
 中途半端に興味を抱くくらいなら無関心でいてくれたほうが何倍もありがたい。

 ――高校時代の友人なんて、たかが数年の付き合いなのだから。

 他人とは違うとか、俗世を捨てているとか、感性がズレているとか、すれているとか、イキっているとか、イレギュラーであるとか、そういう属性に憧れることもない。

 ただ、人より少しだけ勉強ができて、けれど、他人からしてみれば付き合い方と感情の発散の仕方がうまくない不器用な人間だってだけ。
 いつまでも不器用なまま、身体だけが中途半端に育ってしまった出来損ない。


 だから、こうなってしまったのも、悪いのは自分自身。
 人付き合いさえ上手けりゃ、こんなことにはならなかった。
 もっとやりようがあったろう。根本的にこうなることを防ぐことだってできたはずなのだ。

 そういう段取りや仕込みを怠って、自分勝手にキレて、やっちまったと自己嫌悪。

 もう、これで何度目だろうか。
 人様に迷惑を掛けることだけはするなと散々言われて育ってきたのに、気付けば十六歳にもなってこのザマだ。まったくもってイヤになる。


 そんなふうだから、数日経ってもクラスには馴染めない。友達なんてできやしない。
 溜まった鬱憤を晴らすためにやってきた、自宅から最寄りの駅に隣接するゲームセンター。その入口で雨宮は気合いを入れるように頬を叩く。呼吸を整えて、心に吹き荒れている激情を落ち着ける。

 すでに筐体の前にいるはずの相方には、弱さを見せたくない。
 もう一度、深呼吸をして、店内へと足を踏み入る。
 そして、格闘ゲームの筐体で真っ昼間から一人真剣にレバガチャをしている彼女に、雨宮は声を掛けた。

「悪い。待たせたな、エリナ」
「……お。やっときたかぁ、レオ」

 彼女が顔を上げる。嗅ぎ慣れた柑橘系の香水の匂いが、雨宮の鼻孔をくすぐる。
「こっから、代金は俺持ちで」
「お、そいつはありがたい。そんじゃ、よろしくっ」

 腰まで伸びたブロンドの髪をかき上げながら、パーカーの上から制服を羽織った真田さなだエリナが微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

Complex

亨珈
恋愛
偏差値高めの普通科に通う浩司・ウォルター・満の三人と、県下でワーストのヤンキー学校に通う新菜・円華・翔子の三人の学園ラヴコメ。 夏休み、海で出会った六人。 ぶっきらぼうで口が悪いけれど根は優しい浩司に首ったけの翔子、好みドストライクの外見とつかず離れずの距離感を保つウォルターに居心地良さを感じる円華、わんこ系で屈託なく接してくる満に惹かれてゆく新菜。 友情と恋心に揺れる半年後の関係は―― 時代設定は平成初期・ポケベル世代です。 死語乱発にご注意ください。 【web初出2011年の作品を修正して投稿】 〈未成年の喫煙・飲酒シーン、原付き二人乗りシーンがありますが、それらを推奨する意図はありません。一気飲みも真似しないでくださいね〉 表紙イラスト: ひびき澪さま

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

夫より、いい男

月世
ライト文芸
ある日、大好きな夫の浮気が発覚し、絶望する妻。 「私も若い男の子とセックスする。見てなさい。あんたよりいい男、見つけるから」 ざまあ展開はないです。浮気旦那を制裁するお話ではありません。その要素をもとめている方は回れ右でどうぞ。 夫婦が争って仲たがいする話というより、失った信頼を取り戻せるのか、どう修復するか、「夫婦間恋愛」の話になります。性描写ありですが、さらりとしてます。

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろうでも掲載しています。

カオスシンガース

あさきりゆうた
ライト文芸
「君、いい声してるね、私とやらない?」  自分(塩川 聖夢)は大学入学早々、美しい女性、もとい危ない野郎(岸 或斗)に強引にサークルへと勧誘された。  そして次々と集まる個性的なメンバー。  いままでにない合唱団を立ち上げるために自分と彼女(♂)の物語は始まる。  歌い手なら知っておきたい知識、雑学、秋田県の日常を小説の中で紹介しています。  筆者の合唱経験を活かして、なるべくリアルに書いております。  青春ものな合唱のイメージをぶっ壊したくてこのお話を書いております。 2023.01.14  あとがきを書きました。興味あれば読んでみてください。

処理中です...