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1-4 依頼主とは

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早朝を避けたかいあって冒険者ギルドは、ほどほどの人波であった。

依頼を決めた冒険者達はすでに依頼へ赴いているか、作戦会議で部屋を使っているのだろう。受付には人は居なかった。

酒飲み達は、クリスが引き連れてくるメイヤを見て噂する。

「誰だぁ、あの嬢ちゃん?」
「依頼主かなんかだろ」

「いや、あれは冒険者じゃなかったか?顔を知ってる」

伊達に受付近くで呑んでいなかったか。メイヤを知っているオヤジが居るようだ。
当の本人は少し顔を赤くして、黙ってついてくる。

「依頼の事で聞きたいことがあるんだが?」

担当したギルド員に対応して貰おうか…まずはそれからだ。



「依頼を受けましたので、達成可能な方に回したんです。」

隠密スキル持ち推奨、危険なしの町中依頼。
「文面は楽そうだが、ある男を驚かす依頼とふざけた内容を冒険者ギルドは受理して良いものか?」
達成の判定をどの程度にしていたか、問題点だ。

「ええ、問題ないでしょう。標的にされてお気の毒ですが、こちらの不手際はありません。」

よく言う、こんなどうとでも取れる内容で受けた依頼。それが楽な案件な訳ないだろう。
気づいていて、無視したとクリスは判断した。

「標的を夜中に害しに行く、この内容はどの所属の派閥争いの加担にならないのか?」
「個人への悪戯でそんな事は、ないでしょう。」

クリスがどこの所属でもないことから、驚かすのを目的とした冗談の依頼と判断したらしい。
これで敵対組織などがあったら、裏を疑うところだが。

このギルド員は『単独の冒険者への悪ふざけ』で済ますつもりだ。悪戯じみた依頼内容は、問題点も多い。

「危害に遭う、標的も冒険者もやり込められる危険だってあったはずだ。そうなったら?」
「力量不足でしょう」

冒険者なんだから、それくらいで文句を言うなと面倒な態度をするギルド員。

依頼に危険はつきものだ。道中や魔物、人とのトラブルもある。全てを冒険者ギルドが負う事はない。
だが、今回このギルド員の責任は無いとでも?

冒険者を不確かな依頼から守るのも仕事だ。信用問題でもなるはずだがそれを込みにしても、このギルド員にとっては利点になる事なのだろう。


女性を送りこむのを依頼として取っていたか?怪しい依頼を他にも受けているかもな。
依頼主の金回りが良いか、信用の欲しい相手からだったのだろう。今回だけじゃないかもな。

損害を受けるのは、只の冒険者とクラン所属だが下っ端の女冒険者。
何ができる?と態度のギルド員は横柄だ。どう対応するかは予想がついたため、とりあえず今できる事をする。


「不服を申し立てる。夜中に起こされたんだ、依頼主に謝罪を要求する。」

クリスが言えるのは被った損害のみ。依頼自体の不備を訴えるのは、受けた冒険者だ。
メイヤは何をするべきか、悩んでいる風に見える。
冒険者ギルドへの文句をつけるのは勇気がいる事だろう。しかし、今回を許せばまた同じ条件で言ってきかねない。

「黙っているのかい?」

メイヤから出なければ、クリスには被害を訴え、依頼主と冒険者ギルドへ訴える事しかできない。
それも冒険者なら、それくらいで文句を言うなと言ってくるのが怖いかだ。

『黙っていろ、ここでやっていくならな?』

このギルド員の思惑が透けて見える。まだ冒険者ギルド全体での事ではないと思いたいが。
何かを変えられるのなら、メイヤの言葉だった。
「私はこの依頼を受けたました。結果も受け入れますが、こういった依頼を今後受ける気もありません。」

「おや、依頼料が良いものをという事で選んだのですが。そうですかあ。」

嫌味ったらしいが、この男に言っても無駄だな。
権限が上の者に言わなければ。

「依頼主について、被害を受けた側として謝罪を受けたい。連絡がついたら教えてくれ。」

依頼は冒険者ギルドのチェックを通って、冒険者の手に渡る。
犯罪はもちろん罰せられ、その加担をさせたとなれば信頼が問われる。

今回は引く。まだ状況がわからない部分があるからだ。

結局、メイヤと共に冒険者ギルドに出た。
少し楽しいと思ったのがクリスの微笑みに乗る。そのクリスの心境を、メイヤは汲み取れず俯いたままだった。




2人は賑やかな通りを一緒に歩く。

まだ話すこともあるかと、メイヤを気遣ったのもあるし気分転換もしたかった。
彼女は今後、クランとの話し合いもあるのだろう。

この依頼は回避するべきものだった。

相手を驚かす依頼と説明されていたが、寝込みを襲いに行く。内容はおふざけだが、やられる方は命を狙われても抵抗できたか?また逆に返り討ちにあったと考えないのか。

相手への脅しに使えるだけあって、冒険者ギルドが受け付けるのも本来にあってはならない類だと思うが。なぜ通ってしまったのか。

面識がないメイヤが来たのは偶然だろう。依頼の指定は、隠密スキルなる冒険者。標的は自分だが誰の依頼なのか見当もつかない。動機も不明。

(可能性としては、ハニートラップ?私にそんな罠を張ってどうというのか。)

夜ではなく、飲み屋での成功率も高そうだ。態々、依頼に出しての事が奇妙だった。
それに、標的とした男が私ではなく、彼女が返り討ちにあって組み敷かれていた可能性は?そんな予想もなく受理する依頼など危険すぎる。自然とため息が出た。


気分を変えるため、店に入り紅茶を2つ頼む。運ばれて来るまで無言で待った。
置かれた紅茶は、湯気が立っていて香りが良い紅茶が気持ちを落ち着かせる。

「私、訴えられるんですよね。」
「私は君を追求する気はないけし、依頼主が気になるだけだ。心当たりはあるかい?」

予想通り、首を横に振って否定される。

メイヤは捨て駒にされたのだ。彼女から辿れるとは思えない。冒険者ギルドの線から、彼女の所属するクランがどこまで知っているか。

(私の知り合いか、追手か?)


風の噂でも動いている予兆はないのだが、違う線か?
相手の出方で何か見えるだろう。クリスの対応は、受け身だった。


「なぜ冒険者に?」

町でもの働き口もあるだろう。冒険者は危険な場所に赴く上に、冒険者同士の諍いもある。

「稼ぐ額が違います。はやく出て家を出て弟達を食べさせないとって。」
「そうか」

稼ぎが良い。それを全部酒に換える者も、旅に出るのが大半だ。

「クリス様はどこから?」

「そうだなあ、どこまで行くかな。」

その答えは、あてのない旅の途中のようだった。



「何か、問題が出たのかね?」
「いいえ、少し冒険者との行き違いがあっただけです。」

上司から声をかけられ愛想良く返す。この男は、問題が出ることを嫌がるから適当に答えれば突っ込んでこない。

予想通り、お小言を言って去っていった。

依頼料も高く、相手は貴族だ。
この依頼を受ければ、今後も良い依頼を出してくれる。

金が入る。

あの女冒険者の事は、どうにかなる。あのクランのトップとは面識がある。今後依頼を回すといえば、問題ない。

あんな女、冒険者稼業をなめてるんだろ。
碌に討伐依頼をしていないし、折角も隠密スキルもお使い依頼くらいだ。

俺の役に立ったんだから、後はさっさと消えてくれ。


ギルド員がそんな野望でメイヤを犠牲にしようとしていた。
クランの方もまだ実績のない彼女が、冒険者ギルドとの関係をとっただろう。

依頼の経緯はどうであれ、受けて実行したのはメイヤだ。

それで終わった問題だったかもしれない。
今回、標的にされたクリスが被害を訴えても只の冒険者ひとりの事を重くは受け止めない。

ギルド員も敵に回したくない重要人物、その類似する者とは?

冒険者ギルドとメイヤが所属するクラン。その2つの勢力を敵に回して勝てる方法が、クリスにはあるのだろうか。

あるから、余裕で紅茶を飲んでいる男だった。
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