16 / 35
外出中
早朝
しおりを挟む「面会謝絶~っ?」
呆れたような声が扉の前で放たれる。
扉にはいつ作ったのか、看板までかかっていた。
「あ、あ、……あほかっ……、おばか……可愛い」
もう最初から仮病を見抜きつつ、保護者を気取る青年は一応医師を呼んだのだった。
37、これは監禁ではなくて軟禁ですから
寝具に潜り込み耳を澄ませていれば、空気のような呪術師レネンの近寄る気配が感じられる。
「坊ちゃん、当たり前ですが面会謝絶と言っても奴は来ます。ここは奴の城ですから」
チラッと目を開けて、クレイは恐る恐る確認した。
「僕には断る権利がない……?」
「残念ながら」
呪術師は残念そうに首を縦にして、クレイが中央にいた頃愛用していた赤い耳飾りを差し出すのだった。
「お医者さまを連れて参りました! さあさあ診せて頂きましょうクレイ様、俺の虚弱な殿下! 俺の気まぐれな殿下! ただいま貴方様の俺が参りましたぞ! 俺が!」
騒がしい声が聞こえてくる。
(ああ、うるさい……とてもうるさい……お前、これ絶対仮病だとわかってやってるね)
クレイは寝具にすっぽりと潜り込み、中で縮こまった。
「貴方の大好きな俺、そして貴方が大好きな俺! お父さまでお兄さまで騎士で婚約者、全部俺――無理すれば母にもなれるやも……両親共に俺! いかがです殿下、俺尽くし!」
(――無理しなくてよろしいっ!)
つっこみたくなるのをグッと堪える。このペースにつられてはいけないのだ。
天蓋カーテンが布の擦れる音を立てて、そこだけ厳かな儀式でもするように上品な雰囲気だった。
覗き込む気配は、俺に構ってほしいと訴えかけるよう。
「坊ちゃん、坊ちゃーん? クレイ様?」
「……」
「本日はどうして具合が悪くなってしまったのでしょうっ、俺は心当たりが多すぎて心が痛んで仕方ないのですぞ。とりあえず麗しいお顔を俺に見せてください、俺に。何故なら俺が見たいから!」
遠慮というものをどこかに放り投げたような手が掛け布団ごとクレイを持ち上げる。簀巻きみたいに布ごと抱っこされて顔だけ出せば、正面から簀巻きを抱えた青年とぱちりと目があった。
「――やあやあクレイ様!」
――その嬉しそうな声といったら!
なにやらとても楽しそうで、目をキラキラとさせて簀巻きを抱っこしているニュクスフォスの頭にはフェアグリンが乗っていて、一緒になってクレイを見ている。
「ようやくお顔を拝見できましたな。どれどれ、お熱は? 脈は? どちらの具合が優れぬのでしょうね?」
ぴたりと額をつけ、ちゃっかり頬に唇を落とされる。
簀巻きを緩めて座らされ、布の中に埋まっていた腕を発掘され、脈を取られる。
そして、「あー、これはお父さまに構ってほしい病ですね、間違いないっ。俺がいなくて寂しかったのですね殿下? 俺にこのようになでなでして欲しいのですね殿下?」などとほざくのだ――、
「う、う、う……うざい……」
思わず言わずにいられないクレイであった。
「なんと仰いましたかな、お父さまに対するには不適切な単語が聞こえましたな? かような言葉を口にしてはなりませぬ、とお父さまは嗜めなければなりませんかな?」
ニコニコと笑う顔は全く動じることなく、念のため連れてきたらしき医者も「仮病だから帰ってよろしい!」とにこやかに返してしまうではないか。
――僕はこの者に舐められすぎではないか!
クレイはムカムカとした。
(心当たりが多すぎるだって! 僕も思えば機嫌を損ねる理由をたくさん思いつくよ。変な親子ごっことか)
この機会だ、物申してやろうではないか。
クレイは決意した。そして、口を開いたのだった。
「ニュクスは、僕を監禁してはいけないのだ」
キリッとした声で物申せば、ウンウンと頷く気配がふわふわしている。
「おお、もちろんですともクレイ殿下。いと高貴なる殿下は何にもにも縛られることなく、その心身は思うがまま、あるがままの自由なのです。ただし俺を除く……」
「最後……」
「そんでもって俺は俺で自由にして奔放ながら殿下にはがっつりと縛られているわけです。自由なる両者が自らの意思で互いに縛られ合う、これまさに愛というもの」
「そ、それが愛というものであったか……そして僕は自分の意思で縛られている……? ま、まあそうなのか。そうなるのか? うん……そうかもしれぬ……あれ……」
クレイは戸惑った。
(愛。愛ってなんだ……? 僕は自ら監禁されているのか……? この者の話を聞いていると思考が迷子になってしまいそう)
「ニュクス、ニュクス。ぼ、……僕の愛は縛らないと思うの……僕の愛は相手に何も求めぬ……」
「おお殿下! それは美しき至高の純愛でございますな、素晴らしいッ! つまり殿下は俺に何も求めぬと! 俺が何を致しても一切物申すことなし、と!」
「あ、あれえ……そうなる……? 僕、よくわからなくなってしまった……」
「おおクレイ様、細かいことを気にしてはならぬ。適当でよいのですぞ! フィーリングで生きていく――それが我が生家の教えでございました!」
自信満々に語る声に、クレイは曖昧な微笑みで頷いた。
「南の気風はおおらかで陽気でいいよね。僕は好ましく思うよ」
「そうだ、色々なことで頭を悩ませてしまう時には、おまじないを唱えるとよろしいでしょう」
ニュクスフォスは「可愛くて仕方ない」と言った顔で頭を撫でている。
「おまじない?」
「ええ、ええ!」
美しく整った顔立ちが近い距離感でニコニコしている。無邪気と言っても良い温度感で満面の笑みを浮かべる青年は、そうしていると数年前と変わらぬやんちゃな少年そのもので、クレイの胸にはなんとなく『こんな風に笑って懐いてくるのだもの、しょうがないな』といった気持ちが湧いてくる。
「どんなおまじないかな?」
そっと問いかければ、ニュクスフォスはクレイの指先に軽く口付けを落とした。期待に満ちた声が甘さを増して囁くように空気を震わせる。
「『僕はニュクスが大好き』」
「……」
クレイは半眼になった。
(単に言ってほしいのだな? そうだろう、ニュクス?)
注がれる視線に動じることなく、堂々とした声が続いている。
「ちなみに俺は監禁をした覚えはございませぬぞ。せいぜい軟禁と」
「軟禁は認めるんだね」
クレイははんなりと微笑んだ。
「もう、いいや……」
だんだん抗議する気も失せてくる。
――これだから僕はちょろいのだ。
「いやはや、問題が解決したようでなによりっ。ちなみに、その耳飾りはいかがなさいましたかな?」
快活に笑うニュクスフォスに、布の端から転がり出た耳飾りがひょいっと摘み上げられる。
「ん、それは……」
「クレイ様、こちらは中央にいた時に貴方がよく身につけていらした耳飾りですね? 懐かしい……」
耳飾りと似た紅い瞳が郷愁に似た念を淡くのぼらせて、部屋の照明に照らすようにしてそれを鑑賞している。
「う、うむ。ニュクス、それを貸してみよ」
見せてやろうではないか――クレイはおずおずと手を差し出した。
どうぞと渡された耳飾りの上部と下部それぞれを両手で摘んで逆方向にくるりと捻ると、上と下とがぱっくりと離れて、下部の内部空洞と底に収められた錠剤があらわになる。
「ほう。クレイ様、これはポイズンリングというものですかな」
感心するような笑顔をたたえつつ、ニュクスフォスが名を呟く。
「うん、うん。まさしくそんな類のものである」
ポイズンリング――それは、装身具の中でも毒を秘められるものである。
主に敵の手にかかり名誉を汚されそうな時や暗殺などに使うためのもの。
クレイはだいたいの毒に耐性はあるが、発熱程度ならたやすい。
他の毒物と併せれば、死ぬことだってできるかもしれなかった。
「よいか、ニュクス。僕を舐めてはいけないのだ」
(僕の騎士は、僕が仮病だと舐めてかかってはいけないのだ! 皇帝は、僕を飼い殺して支配した気になって調子に乗ってはいけないのだ!)
「僕は他にもこういうのを持っているし、自害はもちろん、暗殺とてたやすくできる……」
「ほう、ほう」
ニュクスフォスが軽く眉を寄せる。
「不穏ですな」
――不穏なのはお前だ。いつも。
クレイはほわほわと微笑んだ。
「ふふん。良い子にしていたら、装飾具は綺麗な装飾具のままでいるのだよ」
――おいたをしたら、僕はお前に牙を剥くのだ。
肩をそびやかすようにして言い放てば、「なるほど、なるほど」と声が返される。
「わかったか、ニュクス?」
「ええクレイ様。とてもよくわかり申した!」
キッパリはっきりと返す声が潔い。
クレイはよしよしと目を細めた。
(これがコルトリッセンである。位が上の者であっても、相手の城の中であっても、僕は上位ポジションを取る。手綱とはこのように握るのである!)
「ニュクス。お前、聞くところによるとアクセルを縛ってポイってしたのだとか。あれは一応僕の父なのだから、名誉を汚す真似はならぬのだ。縛るまでは仕方ないとしてもポイって投げてはならぬのだ」
「それは申し訳ないっ、次に病公爵を縛った時は、いっそう丁重に扱うよう気をつけましょう!」
「お前、僕が病気で面会できないと嘘をついて客を帰したりしているだろう……会うか会わないかを決めるのは僕なので、勝手にやってはいけないのだ」
調子に乗って続ければ、ウンウンと頷きが返されて紅の視線が一瞬だけ、フェアグリンを見た。
フェアグリンが意を汲んだようにふわりと舞って、部屋中をくるくる遊ぶ。
ニュクスフォスの大きくてあたたかな手が伸びて、クレイの髪を柔らかに撫でた。
吐息が触れそうなほど近く寄せられた顔が甘やかに笑む。
不思議な切なさみたいなものをチラつかせる瞳が綺麗で、まっすぐに見つめられるとその感情が伝播したみたいに胸がきゅう、となる。
(あ、その眼……)
――たまに見せる不可解な感情の渦。
そして、色香。
それに、クレイは弱いのだ。
「クレイ様、俺は申さねばならぬ」
低く囁かれれば、クレイの頬にほわりと朱がのぼる。
「な、なあに」
「……それを決めるのは俺です、と」
淡い燐光を魅せ、フェアグリンが棚にあった小瓶を抱えて机に飛ぶ。それを置いて、今度は引き出しから軟膏の器を運ぶ。宝石箱をあけて指輪を取る。衣装棚に隠された粉末入りの匂い袋を発見する――、
(あっ、それ僕の毒。そ、それも毒……)
フェアグリンがひとつ、またひとつ部屋に隠された毒物を探りあてて机の上に集めていく。
(あ、ああ~っ、隠してたのが全部! これ、これ……取られちゃうやつだ。絶対そうだ!)
クレイは涙目になった。
「物騒ですな。では、これも含めて全て没収、と」
ニュクスフォスは目をすがめて呆れるような顔をして耳飾りを取り上げた。
「ぼ、僕の……僕の!!」
「おお殿下。俺にお宝を奪われて憤る表情も可愛らしい……うっかり新しい性癖に目覚めてしまいそうな心地がいたしますな。……まさに魔性」
『お宝』を抱えたニュクスフォスが面白がるように笑って、長身を屈める。
頬をぺろりと舐められると、クレイは目を釣り上げた。
「僕を舐めてはいけないのだ……僕の物を奪ってはいけないのだ……っ」
「他に没収して欲しい物騒なものはありますか? クレイ?」
「ない。ないよ……!」
「ありますな。離宮に……」
「!!」
ニコニコとしたニュクスフォスの顔が恐ろしい真実を突きつけようとしている。
それを悟って、クレイは青褪めた。
「妹君から贈られたたくさんの不健全な玩具が、ありますな……?」
「……!!」
それは、それは、いつか封印したアレのことではあるまいか。
『騎士王』相手に使うのか~、などと妄想してドキドキしていた玩具の数々ではあるまいか。
「僕、使わなかった! 思い直して封印した! 僕は送り付けられただけで、悪くない……!!」
「思い直して?」
「はっ……!」
「何をどう思い直されたのか、気になりますな!」
部屋中の毒物を抱えて出ていったニュクスフォスは、その足で離宮に赴き、いつかクレイが封印した大量の玩具を回収した。
そして、どうやら『歩兵』のほとんどが現在帝都にいないらしいと気付くのだった。
呆れたような声が扉の前で放たれる。
扉にはいつ作ったのか、看板までかかっていた。
「あ、あ、……あほかっ……、おばか……可愛い」
もう最初から仮病を見抜きつつ、保護者を気取る青年は一応医師を呼んだのだった。
37、これは監禁ではなくて軟禁ですから
寝具に潜り込み耳を澄ませていれば、空気のような呪術師レネンの近寄る気配が感じられる。
「坊ちゃん、当たり前ですが面会謝絶と言っても奴は来ます。ここは奴の城ですから」
チラッと目を開けて、クレイは恐る恐る確認した。
「僕には断る権利がない……?」
「残念ながら」
呪術師は残念そうに首を縦にして、クレイが中央にいた頃愛用していた赤い耳飾りを差し出すのだった。
「お医者さまを連れて参りました! さあさあ診せて頂きましょうクレイ様、俺の虚弱な殿下! 俺の気まぐれな殿下! ただいま貴方様の俺が参りましたぞ! 俺が!」
騒がしい声が聞こえてくる。
(ああ、うるさい……とてもうるさい……お前、これ絶対仮病だとわかってやってるね)
クレイは寝具にすっぽりと潜り込み、中で縮こまった。
「貴方の大好きな俺、そして貴方が大好きな俺! お父さまでお兄さまで騎士で婚約者、全部俺――無理すれば母にもなれるやも……両親共に俺! いかがです殿下、俺尽くし!」
(――無理しなくてよろしいっ!)
つっこみたくなるのをグッと堪える。このペースにつられてはいけないのだ。
天蓋カーテンが布の擦れる音を立てて、そこだけ厳かな儀式でもするように上品な雰囲気だった。
覗き込む気配は、俺に構ってほしいと訴えかけるよう。
「坊ちゃん、坊ちゃーん? クレイ様?」
「……」
「本日はどうして具合が悪くなってしまったのでしょうっ、俺は心当たりが多すぎて心が痛んで仕方ないのですぞ。とりあえず麗しいお顔を俺に見せてください、俺に。何故なら俺が見たいから!」
遠慮というものをどこかに放り投げたような手が掛け布団ごとクレイを持ち上げる。簀巻きみたいに布ごと抱っこされて顔だけ出せば、正面から簀巻きを抱えた青年とぱちりと目があった。
「――やあやあクレイ様!」
――その嬉しそうな声といったら!
なにやらとても楽しそうで、目をキラキラとさせて簀巻きを抱っこしているニュクスフォスの頭にはフェアグリンが乗っていて、一緒になってクレイを見ている。
「ようやくお顔を拝見できましたな。どれどれ、お熱は? 脈は? どちらの具合が優れぬのでしょうね?」
ぴたりと額をつけ、ちゃっかり頬に唇を落とされる。
簀巻きを緩めて座らされ、布の中に埋まっていた腕を発掘され、脈を取られる。
そして、「あー、これはお父さまに構ってほしい病ですね、間違いないっ。俺がいなくて寂しかったのですね殿下? 俺にこのようになでなでして欲しいのですね殿下?」などとほざくのだ――、
「う、う、う……うざい……」
思わず言わずにいられないクレイであった。
「なんと仰いましたかな、お父さまに対するには不適切な単語が聞こえましたな? かような言葉を口にしてはなりませぬ、とお父さまは嗜めなければなりませんかな?」
ニコニコと笑う顔は全く動じることなく、念のため連れてきたらしき医者も「仮病だから帰ってよろしい!」とにこやかに返してしまうではないか。
――僕はこの者に舐められすぎではないか!
クレイはムカムカとした。
(心当たりが多すぎるだって! 僕も思えば機嫌を損ねる理由をたくさん思いつくよ。変な親子ごっことか)
この機会だ、物申してやろうではないか。
クレイは決意した。そして、口を開いたのだった。
「ニュクスは、僕を監禁してはいけないのだ」
キリッとした声で物申せば、ウンウンと頷く気配がふわふわしている。
「おお、もちろんですともクレイ殿下。いと高貴なる殿下は何にもにも縛られることなく、その心身は思うがまま、あるがままの自由なのです。ただし俺を除く……」
「最後……」
「そんでもって俺は俺で自由にして奔放ながら殿下にはがっつりと縛られているわけです。自由なる両者が自らの意思で互いに縛られ合う、これまさに愛というもの」
「そ、それが愛というものであったか……そして僕は自分の意思で縛られている……? ま、まあそうなのか。そうなるのか? うん……そうかもしれぬ……あれ……」
クレイは戸惑った。
(愛。愛ってなんだ……? 僕は自ら監禁されているのか……? この者の話を聞いていると思考が迷子になってしまいそう)
「ニュクス、ニュクス。ぼ、……僕の愛は縛らないと思うの……僕の愛は相手に何も求めぬ……」
「おお殿下! それは美しき至高の純愛でございますな、素晴らしいッ! つまり殿下は俺に何も求めぬと! 俺が何を致しても一切物申すことなし、と!」
「あ、あれえ……そうなる……? 僕、よくわからなくなってしまった……」
「おおクレイ様、細かいことを気にしてはならぬ。適当でよいのですぞ! フィーリングで生きていく――それが我が生家の教えでございました!」
自信満々に語る声に、クレイは曖昧な微笑みで頷いた。
「南の気風はおおらかで陽気でいいよね。僕は好ましく思うよ」
「そうだ、色々なことで頭を悩ませてしまう時には、おまじないを唱えるとよろしいでしょう」
ニュクスフォスは「可愛くて仕方ない」と言った顔で頭を撫でている。
「おまじない?」
「ええ、ええ!」
美しく整った顔立ちが近い距離感でニコニコしている。無邪気と言っても良い温度感で満面の笑みを浮かべる青年は、そうしていると数年前と変わらぬやんちゃな少年そのもので、クレイの胸にはなんとなく『こんな風に笑って懐いてくるのだもの、しょうがないな』といった気持ちが湧いてくる。
「どんなおまじないかな?」
そっと問いかければ、ニュクスフォスはクレイの指先に軽く口付けを落とした。期待に満ちた声が甘さを増して囁くように空気を震わせる。
「『僕はニュクスが大好き』」
「……」
クレイは半眼になった。
(単に言ってほしいのだな? そうだろう、ニュクス?)
注がれる視線に動じることなく、堂々とした声が続いている。
「ちなみに俺は監禁をした覚えはございませぬぞ。せいぜい軟禁と」
「軟禁は認めるんだね」
クレイははんなりと微笑んだ。
「もう、いいや……」
だんだん抗議する気も失せてくる。
――これだから僕はちょろいのだ。
「いやはや、問題が解決したようでなによりっ。ちなみに、その耳飾りはいかがなさいましたかな?」
快活に笑うニュクスフォスに、布の端から転がり出た耳飾りがひょいっと摘み上げられる。
「ん、それは……」
「クレイ様、こちらは中央にいた時に貴方がよく身につけていらした耳飾りですね? 懐かしい……」
耳飾りと似た紅い瞳が郷愁に似た念を淡くのぼらせて、部屋の照明に照らすようにしてそれを鑑賞している。
「う、うむ。ニュクス、それを貸してみよ」
見せてやろうではないか――クレイはおずおずと手を差し出した。
どうぞと渡された耳飾りの上部と下部それぞれを両手で摘んで逆方向にくるりと捻ると、上と下とがぱっくりと離れて、下部の内部空洞と底に収められた錠剤があらわになる。
「ほう。クレイ様、これはポイズンリングというものですかな」
感心するような笑顔をたたえつつ、ニュクスフォスが名を呟く。
「うん、うん。まさしくそんな類のものである」
ポイズンリング――それは、装身具の中でも毒を秘められるものである。
主に敵の手にかかり名誉を汚されそうな時や暗殺などに使うためのもの。
クレイはだいたいの毒に耐性はあるが、発熱程度ならたやすい。
他の毒物と併せれば、死ぬことだってできるかもしれなかった。
「よいか、ニュクス。僕を舐めてはいけないのだ」
(僕の騎士は、僕が仮病だと舐めてかかってはいけないのだ! 皇帝は、僕を飼い殺して支配した気になって調子に乗ってはいけないのだ!)
「僕は他にもこういうのを持っているし、自害はもちろん、暗殺とてたやすくできる……」
「ほう、ほう」
ニュクスフォスが軽く眉を寄せる。
「不穏ですな」
――不穏なのはお前だ。いつも。
クレイはほわほわと微笑んだ。
「ふふん。良い子にしていたら、装飾具は綺麗な装飾具のままでいるのだよ」
――おいたをしたら、僕はお前に牙を剥くのだ。
肩をそびやかすようにして言い放てば、「なるほど、なるほど」と声が返される。
「わかったか、ニュクス?」
「ええクレイ様。とてもよくわかり申した!」
キッパリはっきりと返す声が潔い。
クレイはよしよしと目を細めた。
(これがコルトリッセンである。位が上の者であっても、相手の城の中であっても、僕は上位ポジションを取る。手綱とはこのように握るのである!)
「ニュクス。お前、聞くところによるとアクセルを縛ってポイってしたのだとか。あれは一応僕の父なのだから、名誉を汚す真似はならぬのだ。縛るまでは仕方ないとしてもポイって投げてはならぬのだ」
「それは申し訳ないっ、次に病公爵を縛った時は、いっそう丁重に扱うよう気をつけましょう!」
「お前、僕が病気で面会できないと嘘をついて客を帰したりしているだろう……会うか会わないかを決めるのは僕なので、勝手にやってはいけないのだ」
調子に乗って続ければ、ウンウンと頷きが返されて紅の視線が一瞬だけ、フェアグリンを見た。
フェアグリンが意を汲んだようにふわりと舞って、部屋中をくるくる遊ぶ。
ニュクスフォスの大きくてあたたかな手が伸びて、クレイの髪を柔らかに撫でた。
吐息が触れそうなほど近く寄せられた顔が甘やかに笑む。
不思議な切なさみたいなものをチラつかせる瞳が綺麗で、まっすぐに見つめられるとその感情が伝播したみたいに胸がきゅう、となる。
(あ、その眼……)
――たまに見せる不可解な感情の渦。
そして、色香。
それに、クレイは弱いのだ。
「クレイ様、俺は申さねばならぬ」
低く囁かれれば、クレイの頬にほわりと朱がのぼる。
「な、なあに」
「……それを決めるのは俺です、と」
淡い燐光を魅せ、フェアグリンが棚にあった小瓶を抱えて机に飛ぶ。それを置いて、今度は引き出しから軟膏の器を運ぶ。宝石箱をあけて指輪を取る。衣装棚に隠された粉末入りの匂い袋を発見する――、
(あっ、それ僕の毒。そ、それも毒……)
フェアグリンがひとつ、またひとつ部屋に隠された毒物を探りあてて机の上に集めていく。
(あ、ああ~っ、隠してたのが全部! これ、これ……取られちゃうやつだ。絶対そうだ!)
クレイは涙目になった。
「物騒ですな。では、これも含めて全て没収、と」
ニュクスフォスは目をすがめて呆れるような顔をして耳飾りを取り上げた。
「ぼ、僕の……僕の!!」
「おお殿下。俺にお宝を奪われて憤る表情も可愛らしい……うっかり新しい性癖に目覚めてしまいそうな心地がいたしますな。……まさに魔性」
『お宝』を抱えたニュクスフォスが面白がるように笑って、長身を屈める。
頬をぺろりと舐められると、クレイは目を釣り上げた。
「僕を舐めてはいけないのだ……僕の物を奪ってはいけないのだ……っ」
「他に没収して欲しい物騒なものはありますか? クレイ?」
「ない。ないよ……!」
「ありますな。離宮に……」
「!!」
ニコニコとしたニュクスフォスの顔が恐ろしい真実を突きつけようとしている。
それを悟って、クレイは青褪めた。
「妹君から贈られたたくさんの不健全な玩具が、ありますな……?」
「……!!」
それは、それは、いつか封印したアレのことではあるまいか。
『騎士王』相手に使うのか~、などと妄想してドキドキしていた玩具の数々ではあるまいか。
「僕、使わなかった! 思い直して封印した! 僕は送り付けられただけで、悪くない……!!」
「思い直して?」
「はっ……!」
「何をどう思い直されたのか、気になりますな!」
部屋中の毒物を抱えて出ていったニュクスフォスは、その足で離宮に赴き、いつかクレイが封印した大量の玩具を回収した。
そして、どうやら『歩兵』のほとんどが現在帝都にいないらしいと気付くのだった。
12
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

【完結】転生少女は異世界で理想のお店を始めたい 猫すぎる神獣と一緒に、自由気ままにがんばります!
梅丸みかん
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。※書籍化に伴い「転生少女は異世界でお店を始めたい」から「転生少女は異世界で理想のお店を始めたい 猫すぎる神獣と一緒に、自由気ままにがんばります!」に改題いたしました。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。

三度の飯より犬好きな伯爵令嬢は田舎でもふもふスローライフがしたい
平山和人
恋愛
伯爵令嬢クロエ・フォン・コーネリアは、その優雅な所作と知性で社交界の憧れの的だった。しかし、彼女には誰にも言えない秘密があった――それは、筋金入りの犬好きであること。
格式あるコーネリア家では、動物を屋敷の中に入れることすら許されていなかった。特に、母である公爵夫人は「貴族たるもの、動物にうつつを抜かすなどもってのほか」と厳格な姿勢を貫いていた。しかし、クロエの心は犬への愛でいっぱいだった。
クロエはコーネリア家を出て、田舎で犬たちに囲まれて暮らすことを決意する。そのために必要なのはお金と人脈。クロエは持ち前の知性と行動力を駆使し、新しい生活への第一歩を踏み出したのだった!

家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる