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転生後
5.元社畜エンジニア 赤子期
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どれくらい寝たのだろうか。不快だった下半身はスッキリしたので、おむつは変えられているようだ。
常識的に考えれば意識は戻りつつあることを、医師や看護師に伝えなければならない、がやはりナースコールが届かない。術後の全身の麻痺が取れていないのではないか、そもそも手足と認識しているこの手は本物なのか。と怖い考えがよぎる。
先ほどと違い、手を顔の前に持ってくることができ、手があることをこの目で確認した。手があることに安堵したが、1つ疑問に気付く。
(…手小さくね?)
え、手小さくね?私はパニックになり叫んだ。
「おぎゃー!」
耳元から聞こえてきたのは自分の泣き声だ。
(…おぎゃあ?)
何故、赤ちゃんのような鳴き声なのだろうか。心なしかアラサー女から出るにはあまりにもバブ味が強いような。
もう一度声を出してみる。
「おぎゃあ…?」
やはり、アラサー女から出るにはあまりにもバブ味が強い。ここまでくると少しずつ「私」が置かれている状況を理解してきた、が、いや、ありえない。常識的にありえない。
私のまとまらない思考をよそに、体が宙に浮く。
「あらあら、どうしたの」
私はこの人に抱っこされたようだ。
この人の正体を探ろうとする。しかし、動かせるのはまばたきと少ない体の可動域くらい。視界は相変わらずぼやけており、目を凝らしても何もはっきりしないが、声のトーン的にこの人は女性。
この女性に抱っこされると不安は和らぎ、なんとなく心地よい温もりを感じていた。なんだか眠くなってきた。
私は眠気に抗わず、眠りへと落ちていった。
-----
時間の感覚はまだ曖昧だが、どうやらここは異世界らしい。そして、私は生まれたばかりの赤ちゃんとして再スタートを切ったようだ。
まず気づいたのは、辛うじて赤ちゃんの視力でも見える周りの人々が着ている洋服だ。明らかに前世のファッションと違う。
だっこしてくれてる人の服の肌触り悪いので気持ち悪いし、ついでにオムツ変えてほしい。
赤ちゃんとして泣くのが唯一の意思表示手段というのがもどかしいが、ここで流暢に喋ったら驚くだろう。意思表示をしたい元アラサー女は遠慮がちに「…おぎゃあ」と言うのだ。
幸い、両親に恵まれたらしく、「お母さん」っぽい女性は優しく微笑みながら、毎日面倒を見てくれるし、「お父さん」らしい男性は少し照れくさそうに私を抱き上げる。
毎日赤子として決まったルーティンをしていると、父母、父母以外の区別はつくようになってきた。そこで父母、父母以外の他のナニカがいるような気がする。赤子の感覚というか、本能的な直感が「落ち武者」だと告げる。
父母がいない間を見計らい、落ち武者(仮)とコンタクトを試みる。
「おぎゃー…」
私は慎重に声を出した。何せ今の私には赤ちゃんの体しかない。普通に話しかければ、仮に人間だった場合、怖がらせる可能性がある。下手したら天才赤ちゃんとして研究所に連れていかれる。ここはまず、赤ちゃんらしいアプローチをするしかない。
……何も返事はない。しかし、気配は消えていない。赤子の本能的な直感が「そこにいる」と教えてくれる。視界がぼやけているのがもどかしいが、気配のある方向をじっと見つめる。
ふと、懐かしい線香の香りが鼻腔をくすぐった。線香の香りは霊がいる合図だと思い出した。「これは何かいる」私の赤子直感と少々の前世の知識が告げる。
引き続き赤ちゃんらしく泣き声を出してみたり、手足を動かしてみたりしてアピールを続けるが、気配の主はなかなか姿を現さないが線香の香りは香っている。線香の香りなんて生まれて間もない赤子人生の中では記憶にない。
(…やはり幽霊?)
心の中で怖さが膨らむが、それ以上に好奇心も抑えられない。私は再び声を出す。
「おぎゃー……いや、落ち武者出てこいよ!」
と、言語を解禁した瞬間だった。
(父母スマン、初めて喋る単語は「パパ/ママ」ではなく「落ち武者」でした)
「おや、もう私に気づいたのか?赤子にしては、なかなか鋭い感覚だな。」
突然、男の声が聞こえた。驚きすぎて、心臓が跳ねる。とはいえ、声の主に威圧的な感じはない。むしろ穏やかで、どこか疲れたような声だった。
「いやいや、まじかよ…本当にいたのかよ」
「本当だ、安心しろ、私はお前に害をなすつもりはない。」
声の主が、微かに笑う気配がした。
「ただ、少々縁があってな。しばらくお前を見守ることにするよ。」
「いや、幽霊が家に居座ってるって普通に嫌なんだけど!?」
「落ち武者、などという不名誉な呼び方をしているのも聞こえていたぞ」
アラサー女、見た目だけで判断するのならまだしも勘だけで言ってしまったことを申し訳なく感じる。
「だが、構わん。確かに死んだときは、無念のままこの地に残ったが、今となってはお前が少し面白そうだから、見守っているだけだ」
声の主はどうやら幽霊。普通なら恐怖で泣き叫びたいところだが、不思議とその声には親しみのようなものがあり、私は落ち着きを取り戻し始めた。
「赤子のお前にできるのは成長だ。お前がもう少し大きくなったら全てを話そう。シキ。」
そう言い残すと、声の主の気配はすっと薄れていった。
(…なぜ前世の名前を?)
その後、父母が帰ってきて私はいつものようにあやされるが、心の中では「落ち武者」の正体についての考察を続けていた。幽霊とはいえ、あの穏やかな声と態度を思い出すと、不思議と恐怖は感じなかった。
常識的に考えれば意識は戻りつつあることを、医師や看護師に伝えなければならない、がやはりナースコールが届かない。術後の全身の麻痺が取れていないのではないか、そもそも手足と認識しているこの手は本物なのか。と怖い考えがよぎる。
先ほどと違い、手を顔の前に持ってくることができ、手があることをこの目で確認した。手があることに安堵したが、1つ疑問に気付く。
(…手小さくね?)
え、手小さくね?私はパニックになり叫んだ。
「おぎゃー!」
耳元から聞こえてきたのは自分の泣き声だ。
(…おぎゃあ?)
何故、赤ちゃんのような鳴き声なのだろうか。心なしかアラサー女から出るにはあまりにもバブ味が強いような。
もう一度声を出してみる。
「おぎゃあ…?」
やはり、アラサー女から出るにはあまりにもバブ味が強い。ここまでくると少しずつ「私」が置かれている状況を理解してきた、が、いや、ありえない。常識的にありえない。
私のまとまらない思考をよそに、体が宙に浮く。
「あらあら、どうしたの」
私はこの人に抱っこされたようだ。
この人の正体を探ろうとする。しかし、動かせるのはまばたきと少ない体の可動域くらい。視界は相変わらずぼやけており、目を凝らしても何もはっきりしないが、声のトーン的にこの人は女性。
この女性に抱っこされると不安は和らぎ、なんとなく心地よい温もりを感じていた。なんだか眠くなってきた。
私は眠気に抗わず、眠りへと落ちていった。
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時間の感覚はまだ曖昧だが、どうやらここは異世界らしい。そして、私は生まれたばかりの赤ちゃんとして再スタートを切ったようだ。
まず気づいたのは、辛うじて赤ちゃんの視力でも見える周りの人々が着ている洋服だ。明らかに前世のファッションと違う。
だっこしてくれてる人の服の肌触り悪いので気持ち悪いし、ついでにオムツ変えてほしい。
赤ちゃんとして泣くのが唯一の意思表示手段というのがもどかしいが、ここで流暢に喋ったら驚くだろう。意思表示をしたい元アラサー女は遠慮がちに「…おぎゃあ」と言うのだ。
幸い、両親に恵まれたらしく、「お母さん」っぽい女性は優しく微笑みながら、毎日面倒を見てくれるし、「お父さん」らしい男性は少し照れくさそうに私を抱き上げる。
毎日赤子として決まったルーティンをしていると、父母、父母以外の区別はつくようになってきた。そこで父母、父母以外の他のナニカがいるような気がする。赤子の感覚というか、本能的な直感が「落ち武者」だと告げる。
父母がいない間を見計らい、落ち武者(仮)とコンタクトを試みる。
「おぎゃー…」
私は慎重に声を出した。何せ今の私には赤ちゃんの体しかない。普通に話しかければ、仮に人間だった場合、怖がらせる可能性がある。下手したら天才赤ちゃんとして研究所に連れていかれる。ここはまず、赤ちゃんらしいアプローチをするしかない。
……何も返事はない。しかし、気配は消えていない。赤子の本能的な直感が「そこにいる」と教えてくれる。視界がぼやけているのがもどかしいが、気配のある方向をじっと見つめる。
ふと、懐かしい線香の香りが鼻腔をくすぐった。線香の香りは霊がいる合図だと思い出した。「これは何かいる」私の赤子直感と少々の前世の知識が告げる。
引き続き赤ちゃんらしく泣き声を出してみたり、手足を動かしてみたりしてアピールを続けるが、気配の主はなかなか姿を現さないが線香の香りは香っている。線香の香りなんて生まれて間もない赤子人生の中では記憶にない。
(…やはり幽霊?)
心の中で怖さが膨らむが、それ以上に好奇心も抑えられない。私は再び声を出す。
「おぎゃー……いや、落ち武者出てこいよ!」
と、言語を解禁した瞬間だった。
(父母スマン、初めて喋る単語は「パパ/ママ」ではなく「落ち武者」でした)
「おや、もう私に気づいたのか?赤子にしては、なかなか鋭い感覚だな。」
突然、男の声が聞こえた。驚きすぎて、心臓が跳ねる。とはいえ、声の主に威圧的な感じはない。むしろ穏やかで、どこか疲れたような声だった。
「いやいや、まじかよ…本当にいたのかよ」
「本当だ、安心しろ、私はお前に害をなすつもりはない。」
声の主が、微かに笑う気配がした。
「ただ、少々縁があってな。しばらくお前を見守ることにするよ。」
「いや、幽霊が家に居座ってるって普通に嫌なんだけど!?」
「落ち武者、などという不名誉な呼び方をしているのも聞こえていたぞ」
アラサー女、見た目だけで判断するのならまだしも勘だけで言ってしまったことを申し訳なく感じる。
「だが、構わん。確かに死んだときは、無念のままこの地に残ったが、今となってはお前が少し面白そうだから、見守っているだけだ」
声の主はどうやら幽霊。普通なら恐怖で泣き叫びたいところだが、不思議とその声には親しみのようなものがあり、私は落ち着きを取り戻し始めた。
「赤子のお前にできるのは成長だ。お前がもう少し大きくなったら全てを話そう。シキ。」
そう言い残すと、声の主の気配はすっと薄れていった。
(…なぜ前世の名前を?)
その後、父母が帰ってきて私はいつものようにあやされるが、心の中では「落ち武者」の正体についての考察を続けていた。幽霊とはいえ、あの穏やかな声と態度を思い出すと、不思議と恐怖は感じなかった。
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