上 下
119 / 155
ふりだしに戻る

2. なんだかすごく久しぶりだ。

しおりを挟む
オレは手島さんのマンションの前に来ていた。

なんだかすごく久しぶりだ。
考えてみたら、もう半年近くは来れてなかったかな……。

あの宮城社長の秘書になってからは、気合の空回りが多く、手を焼いていたっけ。


もう日も落ち、マンションの明かりがキラキラ光るエントランス。
スーツ姿で足を踏み入れる。

スーツは心配をかけないためのカモフラージュ。
リストラされたのを知られたくなくて毎日スーツで家を出る夫の気分だ。

オートロックのマンションの呼び鈴を鳴らした。


ウイーン……

何も応答が無いまま、自動ドアが開き、エレベーターの扉も開く。
最上階のボタンが赤く光っていた。

オレは違和感を感じながらも、乗り込んだ。


ピンポーン……一応、玄関ドアの前の呼び鈴も鳴らした。
応答は無い。
ノブに手をかけると、鍵は開いていた。


………あれ……。

部屋が暗い。
玄関もそこに続く廊下も、いつものあの手島さんのあったかい空気に包まれているような雰囲気ではなかった。

完全空調管理された部屋のはずなのに、なんだか嫌な汗が吹き出てきた。
恐る恐るリビングダイニングに続くドアを開けた。

ほんの少しだけ、サプライズで、クラッカーでも飛び出してくるのかもとドキドキしていた。
しかし、予想に反して、扉は静かに開いた。
そのリビングダイニングも薄暗く、メキシコ料理の匂いすらなかった。

そしてあのオシャレな柱の向こう側、部屋の奥のアーチ状になったテラスへと続く窓際に、月明かりで照らされた一人の人影が見えた。逆光となりそこから顔は見えない。

「……手島……さん?」

オレは警戒しながら、ゆっくりとその人影に近づき声をかけた。


その人影には見覚えがある。

あの肩のライン、立ち姿………



近づきながら、核心へと変わっていく。


途中から、体がガクガク震えだした。






「……ナツ」

聞き覚えのある、優しい低音ボイス。

月明かりに照らされて写るその姿は、


紛れも無くハヤの姿だった。




「どうして……ここに……」

震える声で、言葉を搾り出した。


「誕生日おめでとう」

やわらかく微笑む顔は、変わらない。
しかし、内には芯の通った逞しさが感じられ、ぎゅうっと胸が締め付けられた。



オレは背中を向けた。

今の自分の立場が恥ずかしかった。

あいつに近づこうと必死にもがいても、届かない。
それどころか、オレはふりだしに戻って状況を変えることもできないでいる。

オレはまだ、ハヤに会っちゃいけないんだ……。



そのまま部屋を出ようとした。
しかし俺の体は引き戻され、背中から大きな腕の中にすっぽりと包まれる。

「……待って……」

久しぶりのハヤの体温……。
ズクンッと身体の中心が疼く。

震えていることを悟られないように、オレはオーバー気味にその手を振り払った。



「会社、辞めたんだよね」

オレは驚いてハヤを見た。
が、すぐに納得した。

……そうだ、谷垣さんはもともとそういう人じゃないか。
何もかもお見通しで、こんなことをしてオレを試す。

「……粋な計らいってやつ?」

ふっ…っと虚しい笑いがこみ上げてくる。

………ただ惨めなだけだ。

男として一人前になって、何があってもハヤを守れる、そうなって初めてオレは谷垣さんに認められたい。
そして、ハヤの傍に……。



「違うよ。

粋な計らいでもなんでもない。

父さんがナツを、

認めてくれたんだ」





オレは耳を疑った。

「……何、言ってんの……?
オレ無職になったんだぜ……。
こんな27歳にもなって、社長殴ってクビってさ、社会人として最低だろ」

それとも、オレが命を救ったから、お情けで……?
そんなの、いらねぇーよ……。

感情がついていかず、固まっているオレの身体をハヤは優しく抱き寄せた。
リモコンで部屋に明かりが点く。
突然の光でオレは思わず目を瞑り、ゆっくり開けて部屋を見回した。




え…………。


信じられない思いで、オレは何度もその場でぐるぐると回る。


手島さんの家だったこの部屋は、家具の配置、カーテンのデザイン、小物から雑貨まで、以前ハヤが住んでいたとおりの物に変わっていた。



オレは懐かしさで涙が溢れだす。

「なん……だよ、これ……」


「認めてくれたって証拠さ」


「意味……わかんねぇーよ……」






「……ナツ……、俺の秘書になってほしい」



ハヤは握手を求めるかのように、右手を差し出した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕はオモチャ

ha-na-ko
BL
◆R-18 エロしかありません。 苦手な方、お逃げください。 18歳未満の方は絶対に読まないでください。 僕には二人兄がいる。 一番上は雅春(まさはる)。 賢くて、聡明で、堅実家。  僕の憧れ。 二番目の兄は昴(すばる)。 スポーツマンで、曲がったことが大嫌い。正義感も強くて 僕の大好きな人。 そんな二人に囲まれて育った僕は、 結局平凡なただの人。 だったはずなのに……。 ※青少年に対する性的虐待表現などが含まれます。 その行為を推奨するものでは一切ございません。 ※こちらの作品、わたくしのただの妄想のはけ口です。 ……ので稚拙な文章で表現も上手くありません。 話も辻褄が合わなかったり誤字脱字もあるかもしれません。 苦情などは一切お受けいたしませんのでご了承ください。

蜘蛛の糸の雫

ha-na-ko
BL
◆R-18 ショタエロです。注意必要。SM表現、鬼畜表現有り。 苦手な方は逃げてください。   「なぜか俺は親友に監禁されている~夏休み最後の3日間~」スピンオフ作品 上記作品の中の登場人物、谷垣隼人の父、谷垣弘和とその秘書手島友哉の過去のお話しになります。 ----------------------------------- 時代は1987年 バブルの真っ只中。 僕は手島友哉(てしまともや)。 10歳。 大金持ちの家の使用人の息子だ。 住み込みで働く父さんと義母さん。 ある日、お屋敷でのパーティーで皆から注目されている青年を見た。 スラッと足が長く、端正な顔立ちは絵本に出てくる王子様のようだった。 沢山の女性に囲まれて、とても楽しそう。 僕は思わず使用人用の宅舎から抜け出し、中庭の植え込みの茂みに隠れた。 姿が見えなくなった王子様。 植え込みから顔をだした僕は、誰かに羽交い締めにされた。 これが運命の出会いとも知らずに……。 ※このお話の中ではハッピーエンドとはなりません。 (あくまでもスピンオフなので「なぜか俺は親友に監禁されている~夏休み最後の3日間~」の作品の中でとなります。) ※青少年に対する性的虐待表現などが含まれます。その行為を推奨するものでは一切ございません。 ※こちらの作品、わたくしのただの妄想のはけ口です。 ……ので稚拙な文章で表現も上手くありません。 話も辻褄が合わなかったり誤字脱字もあるかもしれません。 苦情などは一切お受けいたしませんのでご了承ください。 表紙絵は南ひろむさんに描いていただきました♪

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

或る実験の記録

フロイライン
BL
謎の誘拐事件が多発する中、新人警官の吉岡直紀は、犯人グループの車を発見したが、自身も捕まり拉致されてしまう。

処理中です...