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偶然は必然

3. オレに視線を移して眉をひくつかせた

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「どーも、富士城興産の代表取締役、宮城仁(みやぎひとし)と申します」

宮城社長は気取った素振りで握手を求め手を差し伸べた。

オレは慌てて宮城社長の名刺を手に谷垣氏に近づく。
怪訝な顔で宮城社長を睨み付けていた谷垣氏はオレに視線を移して眉をひくつかせた。
宮城社長が差し出した手は空を切り、オレが手渡した名刺をさっと指で挟んで受け取ったかと思うと、スーツの胸ポケットから高級そうな名刺ケースを取り出し、足を揃え丁寧に宮城社長に向かってお辞儀をしながら名刺を差し出した。

「キャッスルプレス社長の 谷垣と申します」

その凛とした態度に、会場はどよめきに包まれた。


宮城社長の顔が一気に赤くなる。
自分は恥をかかされたと感じたのだろう。

「私は……私は……あなたの名刺は受け取らない!!」

さらに会場内がどよめいた。

その言葉は、キャッスルプレス関連の企業とは仕事をしないと言ったも同然。
勢いに任せたとはいえ、考え無しの発言に、オレも慌てた。

谷垣氏は姿勢を正し、差し出した名刺をまた名刺ケースへとしまうと、オレから受け取った宮城社長の名刺も胸ポケットへとしまった。


落ち着いた大人な態度に、谷垣さんの大きさがわかる。

拳をぐぐっと握り締め、また沢山の人に囲まれた谷垣氏を睨み付ける宮城社長は、やはりまだまだ若い。
そして、残念ながら宮城社長は谷垣弘和という人間と同じ器ではないということがわかった。

「社長、他にも挨拶をしなくてはいけない方が沢山おられます」

オレは斜め後ろから小声でやわらかくそう伝えると、ちらっと谷垣さんの様子を見ながら、会場の反対側へと社長を促した。



「ナメた態度しやがって……」

宮城社長はまだ怒りが収まらないのか、ブツブツ言いながら喫煙ブースから出てくる。
オレはただ静かにその言葉を流していた。
それから親指を立てくいっとすぐ横の男性トイレを指差し「トイレに行く」と合図するとそのまま入って行ったので、オレはトイレの前でまた社長を待つこととなった。

すると広い廊下の向こう側のパーティー会場から歩いてくる谷垣さんの姿が目に入る。
オレは伏せ目がちに軽く会釈をしたが、谷垣さんはこちらを見ることも無くトイレへと入って行った。


あれ……すこし痩せた?

さっき名刺を渡したときは正直パニクっていたのでよくは見ていなかったが、今、自分の目の前を通った谷垣さんは、以前会ったときよりスーツの腕の部分が少し余っているように感じた。

そうか、谷垣さんももう58歳、還暦も目の前という歳なのだ。
実家に居る、もう定年を迎えて、二周りも小さくなったと感じるようになった自分の父親のことを想った。


パーティーでは主催者の大臣のスピーチが始まったのか廊下からひと気がなくなり、オレは焦り出しトイレへと様子を見に入った。

「社長……」

そういいながら入ると、仕切りの向こうから宮城社長の声がした。

「えっ……おい!! ウソだろ……」

オレは駆け出した。



そこには手洗い前で胸を抑え、苦しい表情で今にも倒れそうな谷垣さんと、それを見ながらただおたおたしているだけの宮城社長の姿があった。

「谷垣さん!!」

オレは駆け出し大きな谷垣さんの体を支えようと、前のめりになる体の隙間へと滑り込んだ。

苦しそうな谷垣さんの歪んだ顔。
胸を押さえる手は白くなるほどに服を掴み、震えている。


これは一刻を争う事態だ!!

「社長!スタッフに、大至急AEDの準備を頼んでください!!
それから会場でお医者様か、医療従事者がいないか聞いてきて!!」

オレは頼りなさげに突っ立っているだけの宮城社長にそう叫んだ。
そんなオレの声にびっくりしたのか、わたわたしながらも頷きトイレから出て行った。

「谷垣さん!谷垣さん!
しっかりしてください!!
お願いです、谷垣さんのスマホのロック番号をお願いします!!」

自分のスマホで救急車の要請をするべく緊急電話から119を押しながら、意識を失いかけているであろう谷垣さんに声をかけた。

小さい声で、頼りなく数字を呟いて力なく倒れた。




心停止だ!!!!


オレは胸に耳を当てて確認すると、あわててイヤホンジャックにイヤホンを差し込み、救急隊員と連絡を取りながら心臓マッサージを開始した。

「谷垣さーん!!しっかり!!」

声をかけながら、心臓マッサージを繰り返す。
冷静にと自分に言い聞かせ、イヤホンジャックを谷垣さんのスマホに差し替え、今付いてきているであろう秘書の番号に連絡した。

谷垣さんからの指示で会場内に残っていた秘書数名も駆けつけ、慌てていろんな所へと連絡に駈けずり回っている様子だった。

AEDを持ってきたスタッフ、そしてパーティーに来ていた有名心臓外科医も立会い、電気ショックによる救命が始まった。



俺は声をかけ続けた。


何度も名前を叫び、もう冷静ではいられなかった。






この時初めて気がついた。




オレは、この人を自分の父親と同じように慕っていたんだと……。


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