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 二十七話 完

 最終章 〜そして〜

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 大広間では、各一座の演目が始まった。

 その時、国王に転生した真希は朔望殿の最上階にいた。

 隣には月華一座の座長である星大河の木梨もいる。

「おい、菅野。俺ら本当に戻れるのか?」

「宝魂寺のお爺ちゃんが言ってた。マーが現世に連れ戻す存在だって。今頃、伝説の神社をちゃんと祀る準備をしているはず」

「どう言うこと?」

「もう! マーを、ちゃんと供養して神として祀るってことよ」

「それで? 俺らは助かるわけ?」

 木梨は困惑しながら真希に訊ねる。

「ちょっと木梨先輩、質問が多いわね! 少し黙っててくんない」

 真希は、木梨を怒鳴りつけた。

「そんな顔して女言葉で怒るなよ。迫力あり過ぎだろ! 俺だって不安なんだぞ」

 木梨は反論するが、真希に睨まれ黙り込む。

「木梨先輩、必ず光輝はここから落ちるわ。その時、一緒に私たちも落ちるのよ」

「はっ⁉︎  まぁ、覚悟はしてたけど、本当に落ちるのか?」

 真希の言葉に木梨は驚愕して目を丸くし叫んだ。

 そんな木梨に、笑顔で頷く真希だった。

「そうよ。いい? この世界は、私が創作した台本と過去の現実が混ざり合った世界。始まってしまった物語は変えられない。あとは、マーと清河である工藤先輩の選択次第……」

 これから起きる出来事を予言する神のように厳かに話す真希。
 
 その表情はどこか悲しく儚げに感じた木梨だった──。

 大広間では、とうとう清河と蘭丸の演目だ。

 月華一座の役者代表、清河と蘭丸は紅白の絹のような美しい着物姿。

 清河は透き通る音色で笛を吹き鳴らしている。

 そして、音色に合わせて蘭丸は踊る。

 動き一つ一つに無駄がなく、女形特有の中性的な美しさで見るものを魅了していた。

 月華一座の、唯一の女形として蘭丸は会場を虜に。

 艶やかな着物が舞い踊る度に男共の視線を惹きつけるのだった──。

 この演目は、二人で相談して決めた。

 現世と同じく『三五夜の愛演奇縁』に、唄と音色をつけ男女の情交を表現している。

 実は、この演目は清河と蘭丸が初めて二人で話し合って創った曲。

 その二人の息の合った演技がとても美しく幻想的に見え、観客たちはため息を漏らすのだった。

 清河と蘭丸の衣装の帯には、お揃いの恋々稲荷神社の御守りが付けられている。

 更に、二人の左手薬指にはキラリと指輪が光っていた──。

 無事に演目が終わり、観客たちも拍手喝采で大成功に終わった。

 全員が満足そうだったのである。

 しかし、雅姫だけは浮かない顔をしていた。

 その表情に気づいた清河は静かに瞼を閉じる……。
 
 宴もたけなわになると「ドーン、ドドーン」大きな和太鼓の音が鳴り響く。

 雅姫誕生祭の最後のイベント『花婿選び』が始まる合図でもあった。

 場内は一気にざわめきだし雅姫は立ち上がり、一歩前に出た。
 
 大広間の中央には雅姫の婚約者を選ぶための特設舞台が設置されており、その前には今か今かと待ちわびる男性陣たちで溢れかえっていたのだった。

 人々を見回した後、再び静寂が訪れ雅姫は中央へと静かに歩みだした。

 彼女が歩み出す度に、会場の皆が息を呑む。

 それほどまでに雅姫の魅力は圧倒的であり輝いていたのだ。

 特設舞台の上に立った瞬間、再び大きな歓声と拍手が沸き起こる。

 ──まさに熱狂と呼ぶに相応しいものであった。

 そんな光景を、壁際で工藤と見ていた光輝だったが急に不安が込み上げる。

 熱狂の中、雅姫はゆっくりと観客席を見渡していくが、一つの場所に視線を止めたまま動かなくなる。

 そして静かに右手を挙げた。

 光輝は驚きのあまり声が出ない。

 観客たちは静まり返ったまま、雅姫の右手が指す方向へ注目する──。

 そこは特設舞台から遠い壁際。

 光輝と工藤がいた。

 雅姫が指定したのは、紛れもなく二人だけ。
 
「どっちだ?」と、観客たちがざわめきはじめる。
 
 特設舞台上で雅姫が口を開く。

 観客たちは息を呑みつつ、固唾を飲んで見守っていた。

 そんな静寂の中、雅姫はゆっくり言う。

「月華一座の清河よ。わたくしは、そなたを選びます」

 会場にどよめきが起こった後、大きな拍手が巻き起こった。

 光輝は、工藤の腕を掴みながら呆然と見ていたのである……。

 物語の流れ的にはわかっていたこと。

 それでも実際に起こると、感情が追い付かず言葉が出ない。

 光輝は、工藤の顔をまともに見れないでいた。

 そして、呪文のように何度も自分に言い聞かせる。

(大丈夫、大丈夫。工藤先輩と僕は心の底から愛し合っている)

 しかし工藤は光輝の手を振り払うと、ゆっくりとした足取りで舞台へと登って行くのだった──。

「そ、そんな……どうして?」

 光輝は、工藤の背中を見ながら立ち尽くしていた。

 雅姫の前まで歩み寄った工藤は、片膝をついて頭を下げた。

 離れた窓際で見ていた光輝は、ショックで言葉がでない。

 ──その時。

「おい! 蘭丸!」

 客席から、誰かが声をかけてきたのである──。

 その声の主に気づいた観客たちは一気に静かになり、一斉に声の方へと注目した。

 そこには月華一座の座長、星大河である木梨がいたからだ。

 彼の登場と同時に会場内が急に緊張感に包まれる。

 木梨は厳しい表情で、光輝に近づくと耳元で囁いた。

「大丈夫。工藤を信じろ! 最後まで演じるんだ。俺と菅野は、先に最上階で待ってる」

 光輝は無言のまま頷いていた。

(大丈夫。裕介のこと信じるって決めたんだ。なら、僕に出来ることは蘭丸を演じ切って物語を完結させること)

 そして光輝は、特設舞台に立つ工藤に視線を移すのであった──。

 工藤は、雅姫の手を取ると手の甲に口付けをする。

 ──瞬間、光輝は全力で舞台へ向かって走り出し、思いっきり床を蹴って飛び上がった! 

 まさかの行動にでた。

 蘭丸のキャラであれば絶対にしないだろう。

 工藤に飛び蹴りをくらわせ、そして工藤に向かって叫ぶ。

「浮気者! このクズがっ! 演技でも不愉快だ。死んでやるからな!」

 そのまま、光輝は走り去って行った。

 一瞬の出来事に会場がどよめく。

「光輝!」

 工藤は焦って、会場内の人々をかき分け光輝を追いかける。

 これは台本にない事態だった。

 本来なら、叫んで泣きつく蘭丸は二人の門番に捕えられ引きずられように退場する。

 しかし、光輝は土壇場で蘭丸を演じ切らなかったのである。

 蘭丸ではなく光輝自身で、この物語を終わらせるために──。

 それ以前に、登場するはずの二人の門番は、小さなマーとアルマスに捕まえられ、地下牢に放り込まれていたのだった。

 大広間に残された雅姫は、ひと言「解散」とだけ言い放ち、最上階へと向かう。


 その頃──光輝は最上階への扉を開く。

 先に戻っていた木梨は拍手で出迎える。

「お疲れ~!」

 そして、ずっと待っていた真希も駆け寄り光輝を抱きしめた。

「最高の役者ね。あとは工藤先輩次第よ。あんたを選べば、もうすぐ此処へ来るはず。そしたら、みんなでフィナーレを迎えましょ」

 真希は優しく微笑み光輝を見つめる。  

 光輝も笑顔で頷いた。

「うん! でも僕、裕介に飛び蹴りしちゃった。必ず追いかけてくると信じてるんだけど……」

 そして、その時を静かに待つのであった──。


 工藤は脇腹を抑え、苦しそうに光輝を追いかけていた。
 
(光輝の飛び蹴り結構、効いたな。肋骨が二、三本は折れているかもしれない)

 そんなことを考えているうちに、遂に最上階の扉の前に辿り着いた。

 扉をゆっくり開けると、光輝が両手を広げていた。

 工藤は息を切らせつつ、ガバッと光輝に抱きつく。

「光輝! 雅姫の手に実際は唇はつけていないよ。形だけの挨拶なんだ。でも、アドリブの飛び蹴りは最高だったね」

「裕介があんなことするからでしょ! 僕、もうすっごく悲しかった。苦しかったんだよ!」

 実際、苦しそうなのは愛の飛び蹴りをくらった工藤の方であろう。

「ごめん。もう絶対にしないから許してくれ。でもね、あれは台本にあったことだよ。この状況を作りださなきゃいけなかったし……ボクには光輝だけだよ。愛してる」

 そう言いつつ、工藤はゆっくりと唇を近づけ、光輝の口内に舌を入れようとした瞬間。

「はいはーい! 工藤ちゃん。俺らもいるんだけど」

「そうよ。二人の世界に入っちゃ困るわ」

 木梨と真希が、光輝と工藤を引き離した。

 工藤は名残惜しそうにしながらも笑うのであった。


 ──途端、扉が開いた。

「清河! どうして、この世界に戻って来たのですか……」 

「雅姫……月雅神様」

雅姫の瞳には怒りが宿っていた。

「よくお聞きなさい。わたくしは、もう神ではありません。わたくは、あなたを神力で転生させた罪で、淺ましい人間になったのです。そして、あなた方と同じく心に色んな感情を抱えています」

 雅姫は静かに語りだす。

「神だった頃のように、今のわたくしには寛大な心はありません。あなたを助けたことを後悔する日々。ましてや、時空を行ったり来たりなど、どんな影響があると思っているのですか?」

 すると光輝は、工藤を庇うように一歩前に立つ。

「彼は何も悪くありません! 好きでこっちの世界に戻って来たわけでもないのに。彼を責めないでくだい」

 雅姫は、光輝に視線を向け暫く黙り込んだ後、再び口を開いた。

「あなたに何がわかると言うのです?」

「わかりません! でも、一つだけ分かることがあります。あなたがどれほど辛いのかは、あなた自身にしかわからないこと。だから、ごめんなさい」

 光輝は頭を下げる。

 一瞬だけ、雅姫は悲しげに微笑んだように見えた。

「あなたの言葉はちっとも胸に響きません。清河には、わたくしの神力を受け渡しました。なので彼と一緒になれば、わたくしにとっては都合が良いのです。それには……あなたが邪魔」

「なっ⁉︎」

 光輝は驚きのあまり言葉が出ない。

 雅姫は、工藤に視線を戻し淡々と話す。

「清河、あなた以外の人間は元の世界に帰ってもらいましょう。それとも、あなたに与えた生命を、わたくしに返してもらえますか?」

 雅姫に問われた工藤は、ゆっくりと首を左右に振った。

「恩知らずで申し訳ありません。生命をお返しすることはできません。ボクは工藤裕介として、光輝と共に生きていきます」

 工藤は光輝の手を握り、木梨と真希に目配せする。

 木梨と真希は笑顔で頷いた。


 そして──工藤は叫んだ。

「今だ! 飛び降りろ!」

 その声で、一斉に朔望殿の最上階から光輝は工藤に抱かれるように身を投げ、木梨と真希も手を繋ぎ後に続く。

 ──工藤は叫んだ。

「今だ! 飛び降りろ!」

 地面にぶつかる直前、光輝たちは何かに受け止められていた。

 それは光の渦で、光輝たち四人を包んでいる。

 そのまま、ゆっくりと光の中を落ちていくのだった──。

 光から微かに声が響く。

「マー、神様になったのねぇ。コウキ大好き~」

「アルマスもマー師匠と共に……」

 ──四人の意識は完全に途絶えた。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

「ハッ、あいつ台詞忘れたんじゃね?」

「クスクス。緊張しすぎて、目を開けたまま気を失ってたりして」

 遠くから笑い声が聞こえる。

 光輝はハッと覚醒した。

 そこは舞台の上。

 光輝の出番であるフィナーレが始まろうとしていた──。

 その時、

「笑うな! 演技の邪魔だから見る気がない奴は出てけ!」

「そうよ! こっちは人生賭けた作品なんだから」

 厳しい声が舞台の横から聞こえてきた。

 木梨と真希が、物凄い形相で観客を睨みつけていたのだ。

「木梨先輩! 真希!」

 光輝は思わず叫んだ。

 木梨はニカッと笑い、反対側の横を指差す。

 そこには、清河を演じる工藤裕介の姿があった。

 光輝は、思わず目頭が熱くなる。

「裕介……僕たち戻って来たんだね」

 光輝の言葉に工藤は微笑んだ後、人の目も気にせず思い切り光輝を抱きしめ口づけた。


 そして、木梨と真希がゆっくりと手を挙げると舞台の幕が下り始める──。

 幕が閉じた後、観客席からは割れんばかりの拍手喝采!

 それはまるで、新たな物語の始まりを予感させるように。(完)
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