【完結】閻魔大王のワガママ愛息子は人間界で愛を学びます

みーこ

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 最終話

 別れと再会

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 甘い空気は一変する。

 天照大御神は、閻魔大王の元へ向かうため身支度を整え始めた。

 羅瑠璃も手伝うために衣服に手をかけるが、天照大御神に止められてしまう。

「羅瑠璃! お前は颯太を連れて『刻の塔』へ向かうのだ。人界が崩壊したら時間を戻せ。だが、それは最終手段だ。先ずは、綻びを修復するまで、そこで待機してるのだぞ」

「……わかった。ちょっと待って! 叔父さん、ママは大丈夫なの?」

 天照大御神は、プハッっと吹き出した。

「案ずるな! 義姉は妖鬼界に戻って、早々に戦闘態勢に入っておる」

 羅瑠璃は安心したように微笑んだ。

 そして天照大御神に言われた通り、颯太を連れて刻の塔へ向かった。

 天照大御神は、目を擦りながら起き上がる夜鬼丸の額にちゅっと口づける。

「愛する夜鬼丸よ、全て片づいたら余の妻になってくれるか?」

 夜鬼丸は目に涙を浮かべながら答える。

「はい……喜んで」

 天照大御神と夜鬼丸は、閻魔大王がいる法廷へと急ぐ。

 ──その頃、人界では修羅界から溢れ出た妖魔たちに、毒された人々による暴動が起きていた。

 普段、抑えていた欲求が爆発したかのように、互いを傷つけ死に追いやる。

 界鏡から人界の様子を見ていた閻魔大王は、険しい顔で呟く。

「まるで、地獄ではないか……」 

 すると、界鏡の映像が切り替わり黄泉の国を映す。

 閻魔大王は鏡に映った人物を見て驚いた。

「阿修羅王⁉︎  こんなこと、やめるんだ!」

 阿修羅王は不敵な笑みを浮かべる。

「やめろと言われて、やめる悪役がいると思うか? これが儂のやり方だ。閻魔大王よ。人界はもう終わり。簡単だったぞ、人は欲深いな。あんたは修羅界を見下していたが人界の連中も、儂らと何ら変わりないな」

 閻魔大王は、ギリッと奥歯を噛みしめた。

「お前の目的はなんだ?」

 すると阿修羅王は、意味深な笑みで言う。

「目的などない。儂ら修羅界の住人は、他人の不幸が好きなだけさ」

 閻魔大王は怒りで身体が震えた。

「ほらほ~ら、黄泉は死者で溢れているぞ。どうする閻魔大王? 儂も裁くのを手伝ってやろうか?」

「貴様如きが、私と対等に話すな!」

 小馬鹿にしたように阿修羅王は右手を上げ、勢いよく下に向けた。

 すると、空間が裂け地獄の門が現れる。

「やめるんだ!」

 地獄の亡者が溢れ出し、黄泉の国の死者の魂を次々に喰らってゆく。

 阿修羅王と閻魔大王は睨み合ったまま動かない。

 その時だった。

「兄上!」

「閻魔大王様!」

 天照大御神と夜鬼丸が駆けつけた。

「羅天、夜鬼丸。人界はもうダメだ! 今は、修羅界の連中が黄泉の国の魂を喰らっている……」

 天照大御神は拳を握りしめる。

 そして、夜鬼丸は閻魔大王に言う。 

「私は地獄の番人として、この様な状況は見過ごせません! 今すぐ地獄の門を閉じさせて頂きます」

「待て、夜鬼丸!」

 閻魔大王は、夜鬼丸の腕を掴み引き止めた。

「…………?」

「もう、お前一人では無理だ。私にとって、夜鬼丸も部下も大切な家族……私が行く」

「閻魔大王様、それはダメです! 貴方様に万が一のことがあれば、誰が死者を裁き、冥界の秩序を守るのですか?」

 黙って聞いていた天照大御神も口を開いた。

「兄上以外に閻魔大王は務まらん。天界からも援軍を呼び、余が現地に赴き指揮する。仮に余が消えても後任は羅瑠璃にやらせればよい。あの子には、刻の塔で待機し最悪、時間を戻すようにと伝えておる。そして……夜鬼丸よ」

 急に名前を呼ばれた夜鬼丸は驚き、背筋をピンと伸ばした。

 天照大御神は優しく微笑むと、夜鬼丸の肩に手を置く。

「兄上の側にいるのだぞ。お前は、閻魔大王の有能な秘書だからな。兄上を守るのが、お前の役目」

「羅天……必ず戻ってきてください」

 天照大御神は、閻魔大王に視線を移す。

「兄上。夜鬼丸を頼んだぞ」 

「羅天……行くな」

 閻魔大王は声を振り絞った。

 しかし、天照大御神は首を横に振る。

「兄上の泣きそうな顔は、本当に愛しいのう」

 天照大御神は笑顔を見せ、消えてしまった。

 冥界の住人は永遠の生命ではあるが、死は存在する。

 同じ冥界の住人同士で争えば、魂は消滅してしまうのだ。

 だからこそ、各界の住人は争うことはしない。

 人と同じように欲はあるが一線を画す。

 だが、修羅界だけは違う。

 彼等は力で支配したい連中の集まり……。

 ──刻の塔に辿り着いた羅瑠璃と颯太は、天照大御神の指示に従い待機していた。

 刻の塔には、悪しき者は近づけない術が施されている。

 外部からの侵入も不可能だった。

 二人は刻の塔の中心部、時を刻む大きな振り子時計の前に座っていた。

 羅瑠璃は颯太を後ろから抱きしめ、頭を撫でながら言った。

「颯太……怖いか?」

 颯太は首を横に振り微笑んだ。

「俺は、羅瑠璃がいるから大丈夫! それより閻魔大王様たちが心配だけど……負けたり……ンンッ⁉︎」

 そう言いかけたところで、羅瑠璃に唇を塞がれてしまった。

 暫くして、唇が離れると唾液の糸を引く。

 そして、再び舌を絡ませながら深い口づけをした。

 颯太はトロンとした瞳で、羅瑠璃を見つめた。

「パパたちは強い。ママだって強いんだ……でも、もしもの時は、僕は迷わず時間を戻す」

 いつもより、羅瑠璃の口調が重い。

 嫌な予感がした颯太は、羅瑠璃の袖をギュッと掴んだ。

「時間を戻したら、どうなるんだ?」

「人界が元に戻るだけだ。安心しろ」

「元に……って。冥界は?」

「颯太は人間だから、冥界のことは気にするな。ちゃんと平和な人界へ戻してやるから大丈夫だぞ」

 そう言う羅瑠璃の表情は、もう出会った頃の可愛い羅瑠璃の面影はなかった。

 さらに、大人の男性のように落ち着き、美しくもあり、凛々しくもあった。

 羅瑠璃の長い髪が揺れるたびに、颯太の心も揺れ動く。

「羅瑠璃、俺も冥界に残るよ。だって俺たち結婚するんだろ? まだ式も挙げてないし」

「……そうだな」

 羅瑠璃は颯太の首筋に舌を這わせた。

 ゾクッとした感覚に襲われ、思わず身体を捩らせる颯太だが、羅瑠璃の力には敵わない。

 そのまま耳を甘噛みされると、もう抵抗する力も抜けてしまった。

(あぁ……このまま時間が止まればいいのに)

 颯太が心の中でそんなことを思った時だ。

 ──ボーンと、鐘の音が鳴る。

 同時に、閻魔大王の声が響き渡った。

「羅瑠璃、時間を戻すんだ! 颯太の寿命は続く!」

 羅瑠璃は静かに瞼を閉じ、颯太から身体を離した。

「颯太、必ず寿命を全うするんだぞ。颯太が僕を忘れても、僕はずっと愛している。こっちで待っているからな」

 羅瑠璃は、颯太の鼻先に口づけをし振り子時計に手を翳した。

 途端、目の前にいた羅瑠璃の姿が消える。

 颯太は叫んだ。

「羅瑠璃っ!」

 だが、その声は虚しく響きわたるだけだった。

 時を刻む大きな振り子時計の針は、物凄い速さで逆に回りだした。

 ──ボーン、ボーン。

 その間に、閻魔大王の声が再び聞こえてきた。

「颯太、全ての記憶は消えるが、愛する者は忘れないだろう……」

 颯太の意識は徐々に薄れ、そして途絶えた。



 ──冥界はすっかり荒れていた。

「あ~ら、間に合ったようね。羅天、感謝してちょうだい。半分、消えかかってるじゃないの~。そんなんじゃ、うちの夜鬼丸を嫁になんてさせないわ」

 閻魔大王の妻こと猫女の凛は、妖艶な笑みを浮かべながら手を差し伸べた。

「ハハ。義姉……感謝する。だが、阿修羅王には逃げられてしまった。羅瑠璃がいる刻の塔の方向へ……」

 凛は、羅瑠璃のいる刻の塔の方角へ視線を向けた。

「心配無用だわ。愛することを知ったあの子の力は無限の強さ。それに羅瑠璃は、あたしの子だもの。そんなことより、傷ついた者たちを閻魔殿で手当てをしなきゃね」

 凛はニヤリと笑う。

 冥界は崩壊寸前のところで、妖鬼界から数万もの援軍を引き連れた凛によって救われた。

 ──刻の塔では、羅瑠璃と阿修羅王が対峙していた。

「どうして、あなたが刻の塔に近づけたんだ?」

 羅瑠璃は、鋭い眼光で阿修羅王を睨む。

 阿修羅王は微笑んだ。

「君は、あの時の子だね? 随分、美しく成長したね。儂の妻にしてやりたいところだが残念! 君のパパが許してくれないだろうね」

「黙れ! 本当は知っている。あなたが、刻の塔に近づける理由……」

 初めて羅瑠璃と阿修羅王と出会ったのもここだった。

 ──なぜ、阿修羅王が近づくことができたのか?

 羅瑠璃は本能で感じ取っていた。

『真の悪人ではないから』

「あなたは……僕を傷つけたりしない」

 羅瑠璃は、阿修羅王を見据える。

「君はおめでたい子だね。儂が、君を傷つけないとでも? 本気でそんなことを言ってるのかい?」

「本気だぞ。倒し方も知っている。だって、あなたは子供と同じだから」

 羅瑠璃は屈託のない笑顔で答えた。

 すると、阿修羅王も笑いだす。

「ハッハッハ! 儂が子供と同レベルと? 面白いな。では、倒してもらおうか?」

 羅瑠璃は深呼吸をしてから両手を広げ、阿修羅王をぎゅっと抱きしめた。

 予想外な行動に、阿修羅王は動揺する。

「な……何をしている? 離せ!」

「あなたは、認められたかっただけでしょう? 阿修羅王はおバカさんだね。こんな事をしなくても、僕はあなたに憧れていたし、大好きだったのに……僕の初恋の人」

 羅瑠璃は、阿修羅王の背中をポンポンと優しく叩いた。

「な……何を言って……」

 優しい温もりが阿修羅王を包み込み、次第に身体から力が抜けていく。

 羅瑠璃は、阿修羅王を抱きしめたまま話を続けた。

「あなたは悪さをし過ぎた。でも、それは仕方がないこと。だって、あなたは誰かに愛されていることに気づけなかったから」

 羅瑠璃は、阿修羅王の顔を見つめた。

「僕から、あなたに愛をあげる」

 羅瑠璃の唇が、阿修羅王の唇に触れる。

「ん……」

「もう、悪さはしないね? 約束だよ」

 阿修羅王の瞳から一筋の涙が頬を濡らす。

 瞬間、身体が黄金の輝きに包まれ、段々と光が消えていく。

 ──羅瑠璃の腕の中には、小さな赤ん坊が眠っていた。

「もう、あなたは阿修羅王なんかじゃないね」

 こうして修羅界は消え、冥界は平和な世界を取り戻したのだ。

 暫く、閻魔殿や他の界は再建に追われたが、冥界の住人たちは変わらずに暮らした。

 ワガママだった羅瑠璃は、愛する力が認められ天界の神の一人となった。



 一月五日、神奈川に大雪が降った日の逢魔が時。

 オフィス街では、雪の降っている中を帰路につく人々が行き交い、あちらこちらで車が立ち往生していた。

 そんな中……。

「あー寒っ。連休明けの仕事はキツかった~。ラーメンでも食べて帰ろうかな」

 そう独り呟きながら、肩をすぼめて歩く二十代前半の男。

 彼の名は、桜庭颯太さくらばそうた

 ブラック企業で元気に働く、普通の社畜サラリーマン。

 連休明けで疲れきった身体を引き摺りながら、いつもの帰り道を歩いていた。

 ふとコートのポケットに手を入れると……。

(俺、何か入れたっけ? ゴミかな)

 颯太はポケットの中に入っていた物を取り出した。

「ん? 何これ……首輪?」

 黒い首輪には、小さな鈴が付いておりチリンと綺麗な音を奏でた。

 どう見てもペット用の首輪にしか見えないが、颯太は何となくその首輪の裏を見てみる。

 そこには文字が刻まれていた。

「……羅瑠璃? 犬? どうして、こんな物が俺のポケットに? う~ん。職場の誰かが間違えたのかもな。明日にでも聞いて……違う……羅瑠璃……」

 颯太は──雪が舞い散る空を見上げた。

「俺が皺くちゃの爺さんになっても、待っててくれるのかな?」

『颯太、必ず寿命を全うするんだぞ。颯太が僕を忘れても、僕はずっと愛している。こっちで待っているからな』

 ──そして、桜庭颯太は生涯独身を貫き、七十五歳で人生の幕を下ろした。



 『颯太! 待ちわびたぞ』  完

 最後まで、お読みいただきありがとうございました。

 漫画版は、小説にはないエピソードも描いていきますので、お時間があればよろしくお願いします。
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