上 下
10 / 25
八話

 待っててやる

しおりを挟む
 今までモテた事のない颯太が、羅瑠璃にキスや頬舐めをされているのだ。

 嬉しくないわけがない。

 でも、これは普通の愛情表現とは違うと、自分に言い聞かせて心を落ち着かせる──。

(羅瑠璃の好きと、俺の好きは違うのに……」

 そんなことを考えているとは露知らず、羅瑠璃は颯太に抱きついて嬉しそうに言う。

「やっぱり、あの女より僕の方が可愛いだろ?」

「どんだけ自分に自信あるんだよ。と、とにかく落ち着けって!」

 颯太は、羅瑠璃を優しく引き剥がそうとするが羅瑠璃は離れない。

「落ち着けない! 僕はいつも冷静だ」

 そんな言葉を言いながらも、羅瑠璃の目はどこか悲しげだった。

(あれ? ちょっと言い過ぎたか?)と、颯太は心配になる。

「あのな、別に小林さんの方が好きとか言ってないだろ? そもそも羅瑠璃と小林さんへ対しての感情は全然違う」

「だって颯太、あの女より可愛いって言わない」

 シュンとしている羅瑠璃を見て、颯太は思う──。

(こいつの情緒は、どうなってるんだ?)

 どうにか羅瑠璃を引き離し、颯太は冷静に言う。

「いいか、羅瑠璃。ちゃんと聞けよ?」

「うん……」

 そして、言い聞かせるように言葉を紡いでいく──。

「俺はな、お前と出会う前から小林さんに片思いしてるんだ。それで、直ぐに羅瑠璃を好きとはならない。出会ったとき、仔猫の姿だったろう? そういう意味では……守ってやりたいし、なんだかんだ可愛いとは思ってる」

 羅瑠璃は驚いた表情で、颯太を見た。

「それって、僕のことも好きってことじゃん。颯太は、あっちもこっちもセックスしたいってことか?」

「だから、違うって!」

「じゃあ、僕だけ好きになればいい。好きになった方がいっぱいセックスできるだろ」

 颯太は耳まで真っ赤に。

「お前はな、そういう事を軽々しく口に……」

 とにかく颯太に「可愛い。羅瑠璃だけ好き」と言わせたい。

「どっちの方が可愛い?」か尋ねる羅瑠璃に対して、この質問にウンザリしていた颯太は即答。

「断然、小林さんの方だな」

 たちまち羅瑠璃は不機嫌になり頬を膨らませ、スッとソファから立ち上がると寝室へ入って行ってしまった。

(あいつ……そんなに俺のことを?)

 羅瑠璃の予想外の行動に、颯太も慌てて寝室のドアの前へ。

「おい、拗ねたのか?」

 声をかけるが返事が無いので、ドアを開けようとした瞬間──。

 羅瑠璃が怒りながらドアを開け、驚いて前のめりになった颯太はベッドに倒れ込む。

 そんな颯太に構わず、羅瑠璃は怒鳴り声を上げる。

「ぼっ、僕だけを好きって言え!」

 颯太は羅瑠璃の勢いに圧されたが、起き上がりながら言う。

「だから、可愛いと思うのと好きとは……」

「違う! 僕は男だから可愛くないのか? 好きになれないのか?」

 しつこい羅瑠璃に、颯太は面倒くさそうに頭を掻く。

「あーっ……もぉ……あ~わかった、わかった。羅瑠璃は可愛い、好きだ」

「本当に?」

「あぁ、本当だ」

 羅瑠璃は嬉しそうに笑うと、颯太に飛びついた。

「僕も大好き!」

(なんだよこれ?)

 そして、しばらく抱きついていたかと思うと突然、顔を上げて聞いてきた──。

「じゃあ、さっきの続きしよう」

「えっ? 続きって何のことだ?」

 ……二人の間に沈黙が流れる。

 暫くして、沈黙を破るように羅瑠璃は急に立ち上がる。

「お、おい……はっ?」

 颯太が訳もわからず戸惑っていると、羅瑠璃は服を脱ぎ捨て全裸になりベッドへと横になった。

 上目遣いで颯太に言う。

「ほらっ! 早く抱いていいぞ」

(えっ? なんで服脱いでんだよ?)

「頼むから服を着てくれ……」

 頭の中で疑問符だらけになったが、颯太はとにかく服を着てくれと懇願する。

 しかし羅瑠璃は聞く耳を持たずに、両手を広げて言う。

「抱っこして」

 颯太は羅瑠璃に抱きつかれながらも、言い聞かせるように言う。

「いいか? 俺たちは男同士だ。セックスはできない」

(こればっかりは何度、言っても理解できないだろうけど……)

 そんな颯太の気持ちも知らずに、羅瑠璃はきょとん顔。

「できないの?」

「あぁ」

「う~ん。颯太は注文が多いな。よし、颯太が女になればいい!」

「はぁ⁉︎ なんでそうなる?」

「ベッドの上で四つ這いになれ」

「何で俺がっ?」

 羅瑠璃の暴走が止まらず、颯太は更に呆れる。

 強引に四つ這いにされ、ズボンを下ろされそうになった颯太は慌てた。

「わっ! ちょっ……やめっ!」

 慌ててズボンを押さえながら颯太は言う。

「お、落ち着いて話し合おう」

 四つ這いの颯太を、羅瑠璃は見下ろす。

「男でも、お尻に穴があるから心配するな」

(尻の穴だと⁉︎ 冗談じゃない。こいつの頭の中はそれしかないのか)

 このまま流されるのはマズいと思った颯太は宥める。

「まあまあ。一旦、落ち着こうか。羅瑠璃、とりあえず服を着てくれるか?」

「まだ、そんなこと言うのか!」

「あのな、そういうのは好きな人とすることだ。少なくとも俺は、羅瑠璃とはしない」

(……セックスだけなら俺だってしたいよ)

 自分の矛盾に蓋をして、颯太は羅瑠璃と距離を置こうとするが、羅瑠璃は自信満々に言った。

「僕は颯太のこと好きだ。問題ない!」

 その言葉に嘘偽りが無いことは既に伝わっているが、それでも颯太は答えた。

「ありがとう。ただな、やっぱりそれは好きって言わないぞ。むしろ嫌われる行為だ」

「なんでだ?」

「そうだな……例えば、羅瑠璃がいつも遊んでる大事な友達に無理矢理、抱かれたらどう思う?」

 フンと鼻を鳴らし羅瑠璃は即答。

「友達なんていない。冥界では、いつもパパとママとしか遊ばない。たまに、赤鬼や死者たちを揶揄うぐらいだ」

「なら、例えばだ。友達じゃなく赤鬼に無理やり抱かれたらどう思う? しかも、嫌だって言ってるのに強引に。そんな奴を好きと言えるか?」

「赤鬼と? 八つ裂きにして永遠に拷問する……颯太は、僕が嫌いか?」

「拷問か……ハハ。羅瑠璃のこと嫌いじゃないけど、恋愛感情の好きではない気が……」

(あれ? どうして迷うんだ俺……)

 自分でもよくわからないまま颯太は、羅瑠璃を説き伏せようとする。

「とにかく服を着てくれ。じゃないと寝室から追い出すぞ」

 羅瑠璃は不服そうに服を着始めた──が、着終わると同時に口を開いた。

「わかった。僕が女の代わりをすればいいか」

「なんでそうなる? どうして、そこまで俺とセックスしたいんだ?」

「パパとママが言ってた。僕みたいな可愛い子が産まれたのは、パパとママが好き好きだからって」

「な、なるほど。まぁ、間違ってはいないけど好きにも種類があるんだ。羅瑠璃のパパとママは恋愛感情の好き。俺は……俺は……?」

 羅瑠璃は、颯太の言葉を遮って話を続ける。

「それなら問題ない! 僕は颯太を愛してる。好き以上だ、愛してるだぞ。どうだ、すごいだろう?」

 褒めてと言わんばかりに瞳を輝かせる。

(すごい。確かに、すごいんだけど……)

 颯太は溜息をついた。

「ハァ、もういいよ。わかった。俺に時間をくれないか? 今まで小林さんが好きで気持ちは伝えてはないけど。このまま、羅瑠璃を抱くのは不誠実な気がするんだ」 

「それは、この僕よりも小林とかいう女が大事だということか?」

「呼び捨てにするな、小林さんだ……でも、そういう意味じゃない。逆だ。羅瑠璃と愛し合う為には、小林さんを諦める時間が欲しいんだ」

 羅瑠璃が本気だということは理解している、颯太はしつこいほど誰かに「好きだ愛してる」なんて、言われたのは初めてで──本心を言えば、男でも羅瑠璃の容姿は見惚れしまうほどの美貌、それに加えて純粋で真っ直ぐな愛情表現は、颯太が羅瑠璃に対して好意を抱くには十分に魅力的だ。

 だけど颯太は「好き」と言ってくれる、羅瑠璃に誠実でありたかった。

 颯太は、羅瑠璃の頭を撫でながら話を続ける。

「羅瑠璃のこと可愛いと思ってる。男でも羅瑠璃がどの姿に変身しても綺麗だし正直、見惚れたよ。抱けと言われたら今すぐにでも抱ける。でもな、大切なことだから焦ってしたくないんだ。羅瑠璃には待ってて欲しい」

「わかった。僕、待っててやる!」

(プッ! 『待っててやる』か。こんな時も上から目線……可愛いな)

 颯太は、羅瑠璃を優しく抱きしめる。

「ありがとう。羅瑠璃……」

 それは紛れもなく颯太の気持ちで、それを聞いた羅瑠璃も嬉しそうに尻尾を立てていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あやかし骨董店きさら堂の仮の主人

緋川真望
BL
骨董店『きさら堂』には、守らなければならない三つの約束がある。 「ひとつ、大階段を登る途中で立ち止まらないこと。」 「ふたつ、中庭にある地下への階段はひとりで降りないこと。」 「みっつ、きさら堂の使用人を外へ連れ出さないこと。」 ある日、『きさら堂』にガリガリに痩せた子供が迷い込んでくる。 仮の主人である翡翠はその子供を一目見て思わず「かわいい」と呟いてしまう。 ひどく怯える子供に、翡翠は四つめの約束を提案する。 「よっつ、朝と晩、必ず翡翠とハグして挨拶すること。」 子供は咲夜と名付けられ、咲夜と翡翠は互いにどんどん惹かれあっていくようになる。 『きさら堂』の仮の主人である翡翠は、絵から生まれたあやかしだった。 描いたのは天才絵師、時津彦。 時津彦を愛し、時津彦を癒し、時津彦に仕えるために生まれてきた翡翠は、時津彦が姿を見せなくなってからも友人である蓮次郎に支えられて『きさら堂』を守り続けてきた。 月に一度発情してしまう翡翠を慰めてくれていた蓮次郎と、翡翠の主であり翡翠の命を握っている時津彦、やがて時津彦をしのぐ絵師に成長していく咲夜との四角関係です。 翡翠と咲夜はちゃんとハッピーエンドになります。 咲夜がちゃんと現れるのは第6話からです。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】神様はそれを無視できない

遊佐ミチル
BL
痩せぎすで片目眼帯。週三程度で働くのがせいっぱいの佐伯尚(29)は、誰が見ても人生詰んでいる青年だ。当然、恋人がいたことは無く、その手の経験も無い。 長年恨んできた相手に復讐することが唯一の生きがいだった。 住んでいたアパートの退去期限となる日を復讐決行日と決め、あと十日に迫ったある日、昨夜の記憶が無い状態で目覚める。 足は血だらけ。喉はカラカラ。コンビニのATMに出向くと爪に火を灯すように溜めてきた貯金はなぜか三桁。これでは復讐の武器購入や交通費だってままならない。 途方に暮れていると、昨夜尚を介抱したという浴衣姿の男が現れて、尚はこの男に江東区の月島にある橋の付近っで酔い潰れていて男に自宅に連れ帰ってもらい、キスまでねだったらしい。嘘だと言い張ると、男はその証拠をバッチリ録音していて、消して欲しいなら、尚の不幸を買い取らせろと言い始める。 男の名は時雨。 職業:不幸買い取りセンターという質屋の店主。 見た目:頭のおかしいイケメン。 彼曰く本物の神様らしい……。

運命の相手 〜 確率は100 if story 〜

春夏
BL
【完結しました】 『確率は100』の if story です。本編完結済です。本編は現代日本で知り合った2人が異世界でイチャラブする話ですが、こちらは2人が異世界に行かなかったら…の話です。Rには※つけます。5章以降。「確率」とは違う2人の関係をお楽しみいただけたら嬉しいです。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

【BL】僕の恋人1

樺純
BL
エニシ&ヒュウのほのぼのラブストーリー♡エニ&ヒュウの日常ラブストーリーをお楽しみください。

処理中です...