植物大学生と暴風魔法使い

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アン、飛び去った後

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 はぁ~、と、大きなため息をつく一人の魔法使い。今夜は三日月。東の空はもう完全に夜の深い色合いへと変化しきっていたが、西の空にはほんの少しだけ明るい青が残っている。やや視線を上げると、細く、鋭い月が自分を見下ろしている。その表情、まるで自分を嘲笑っているかのようだ。

 お前の周りには誰もいない。お前に関わろうとする人もまずいない。関わろうとしたところでお互い邪魔をするだけだ。いい加減懲りただろ? なら、このまま通り過ぎればいい。風はとどまらない。通り道を散々かき回すだけかき回し、何もなかったかのように去っていく。それが正しいんだ。だから——。
「うるさい!」
月に向かって、アンが叫んだ。その直後、アンは一度冷静になった。月が自分を罵ってくるわけがない。勝手に想像して、勝手に怒っていたらすぐに心が破綻してしまう。

 ……もう分かってる。分かってる。自分が邪魔者だということ。自分が、あまり深く他の人に関わらないほうがいいということ。全部分かってる。元いた世界を旅している時だって、同じ家に長いこと泊まることなんてなかった。長居すればそれだけトラブルが増える。ささっと恩返しをして、ささっと立ち去るのが風なんだもの。
 ロイランを出たのも正解だった。ずっとあそこにても、どこかに仕官したとしても、きっと自分は邪魔者になる。どこにも馴染めない者はずっと放浪すればいい。

 そのようなことを考えていたアンは、気が付くと一冊のノートを取り出していた。このノートは、今日図書館に籠って作り上げたノート。優作のために作ったノート。パラパラとめくってみる。

『やっと、優作に恩返しができる。優作には幸せになって欲しい。私の力で、彼を幸せにする。殻を破るなら全力で助ける。高みを目指すなら、私は精いっぱい、優作を持ち上げる。そして、優作に真の自由を。彼を苦しめ続ける不安、恐怖を全部取り払う。もしかしたら、私はこのために魔術を学んで、ここまで来たのかもしれない。別に私は、嫌われたたままでいい。心を開いてもらう必要もない。手を拒んでくるなら、自分から無理矢理手を握る。そうして、力づくでも、私は彼を解き放ちたい』

 ……バカみたい。自分が、ここまで誰かに関わろうとするなんて。関わっちゃいけなかったのに。関わったところで、優作は不幸にしかならないのに……。



 空には誰もいない。昼間活発に飛び回る鳥たちも、この時間になると山で休んでいる。ぷかぷかと浮かぶ絨毯の上は、干渉する者が何もない。ここならゆっくり考えられる。一人で、深い考えの中に浸ることができる。

 別に、突然お暇するのは珍しいことじゃない。ちょっと宿主と関係が悪くなったり、やりたいことが見つかって飛び出したことは何回もある。珍しいことじゃない。だから気にする必要もない。逆に、今回が特別だったんだから。ここまで同じ場所に泊まることなんてなかった。長すぎたから、こんなトラブルになってしまったのだから。

 さて、これからどうしようか。やろうと思えば元いた世界に戻ることも出来るが、どうせならこの世界をもっと旅したい。魔術が浸透していないから旅の難易度は高いだろうが、長いこと優作の家にいたおかげでかなり順応した。恐らく、そこまで困ることはないだろう。決して広い世界ではないが、まだまだ知らないことがたくさんある。いちいち泊まった先の人間のことを思っていても仕方ない。次を目指そう。多くの人間に会えば、一人一人の比重は軽くなっていく。今は優作と敦子さんしか触れ合っていなかったから、接触が多くなっただけだ。多くの人と出会えば、一人あたりの接触も減る。そうすれば、自分と深く関わる人も減っていく。次を目指さないと。進めば、また別の景色を見ることが出来る。どんどん新しい物を見て、どんどん見聞を広げる。それが私の幸せなのだから。
 アンは無理やり作り笑いをした。いつもの明るさを取り戻そうと、嫌なことを忘れようと。

 目下には、点々とした灯りが灯る町が広がる。彼と出会った小さな町。元いた世界とは全く違う街並みに、全く違う価値、文化を持った町。
 何を見てるの、私。この町が特別に見えるのは、異世界のものだから。今まで見たこともない世界のものだから。きっと、こんな町はほかにもある。もっと大きな町もあるだろうし、もっと不思議に満ちた町だってある。
 立ち止まってはいけない、立ち止まるということは、成長の停止を意味する。新たなものを見て、聞いて、知って、更に旅を続ける。それが一番の幸せなのだから。

 次はどこに行こうか。どんなことをしようか。頭の中に無理矢理想像を膨らませ、未来への希望を思い浮かべることにした。未練が滴る、潤んだ大きい瞳を町へと向けながら。
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