植物大学生と暴風魔法使い

新聞紙

文字の大きさ
上 下
27 / 43

通り過ぎる暴風、残される種

しおりを挟む
 優作の部屋の前に立つアン。いつもならこのまま扉を開けるところだが、今日はその気になれない。というのも、優作の部屋から物凄い負のオーラが出ているからだ。アンは決して他の人の心に配慮をする性格ではない。しかし、人が発するオーラや魔力に関してはかなり敏感だ。アンは感じ取った。優作がとても落ち込んでいる。また、何か挫折するような経験でもしたのだろうと。なら、いつも通り励ませばいい。何ならもう一回空を飛べばいい。アンは一度深く深呼吸をし、力を込めてドアノブをガチャリと回した。
 優作の部屋は電気が消されている。目が慣れていくと同時に、部屋の中の様子を認識できるようになっていく。見るとカーテンがしっかりと閉められている。部屋はあまり散らかっていない。その部屋の奥で、無気力そうに椅子に座る人影。負のオーラを出しながら、生気を感じられない人影。間違いない。優作だ。
「……優作?」
刺激しないように、そっと声をかける。
「……」
彼に反応はない。それにしても、このパターンは見たことがない。いつもなら毛布にくるまるはずだ。こんな、干からびたように椅子に座るなんて何かがおかしい。今までのような励ましが使えないかもしれない。だが、いつもと違って閉じこもっているわけじゃない。話ができる分、いつもより楽かもしれない。
「優作!」
先ほどよりも強く声を放った。正直、弱っている相手に合わせてこちらも弱くなるなんて性に合わない。それに、ずっと弱く言っていたところで反応しなければ何も進まない。
「……アン、……なのか?」
かすかに見えるシルエットから、かすかな声が聞こえた。彼が反応した。
「そう! 私だよ! アンだよ! 優作! 何があったの?」
「……正直、よく分からないんだ」
「じゃあなんでこんなに落ち込んでいるの? 原因がないのに結果があるわけがないじゃない!」
「……やっぱり、アンは天才なんだな」
「え?」
「俺は、初めてアンの凄さが分かった気がする。俺なんかは、どう頑張ってもアンの足元、いや、足元まで到達するだけでも光栄だって思えるくらい、何にもできないんだ」
アンは、優作のことが理解できなかった。なぜ、急にこんなことを言うようになったのか。この時の優作の感情は、以前の彼を苦しめていた感情とは違った。不安に駆られ、焦り、更に不安になる連鎖。それこそが優作を縛るものだった。今の優作は、別のものに支配されている。同時にアンは、この優作の感情に見覚えがあった。ありすぎた、と言ってもいいかもしれない。アンが都市の壁を越え、異世界の壁を超えて逃げおおせた感情。城壁に閉じ込められていた時、うんざりするほど向けられていた感情。蘇るあの時の記憶。並木家の居心地の良さによって忘れていたものが、一気にアンの中に蘇ってきた。
「つまり……、何が言いたいの?」
アンの声が、一段階低くなった。しかし、優作はその変化に気が付かない。
「俺はずっと、アンは別の世界の人間だと思ってた」
「え?」
意外な場所を突かれた。この流れなら、次に来るのは必ず罵声だった。それなのに、優作は違った。
「そ、それは……、当然でしょ? だって、私は異世界から——」
「そういうことじゃねぇんだよ」
「じゃあどういうこと? 今、私と優作は同じ世界にいるじゃない?」
「同じ世界にいるようで、ずっと違う世界にいるんだよ」
優作は、ずっと意味が分からないことを言い続ける。アンはその言葉を必死に解釈しながら、優作と会話を続ける。
「俺は魔術を学んで、初めてアンと同じ世界に行けたと思った。初めて、アンをもっと理解できると思った。アンみたいに、いろんなことができるようになると思った。アンみたいに、大きな存在になれると思った」
「私……、みたいに?」
「だけど、無理なんだ」
かすかに、優作の声が震えた気がした。
「俺は、やっと根を張ることができた。才能を見つけることができた。だけど、アン。俺の才能なんて、結局この程度なんだよ。俺はどう頑張っても、アンみたいには——」
「そんな小さなことで悩んでどうするの?」
アンが優作の言葉を断ち切った。
「前、一緒に見たじゃない! この世界を遠くから。その時知ったじゃない! この世界の狭さを! 自分たちが、どれくらい小さな世界に——」
「俺とアンは、根本が違うんだよ」
ぶつっとした優作の言葉が、アンの勢いを止めた。
「あの時、俺は広い世界を知った。俺も、もっと変わらないといけないと本気で思った。必死に頑張った。おかげである程度魔術も使えるようになった」
「じゃあ何に困る必要があるの? これからも頑張っていけばいいじゃない!」
「どう頑張っても、俺は“大陸を駆ける風”にはなれないんだ。吹き飛ばされる小さなものなんか気にも留めず、気の向くままに動く大気の流れ。そんなものにはなれないんだよ。俺がなれるのは、大樹だ。大樹になれれば大成功だよ。深く根を張り、何事にも動じず生き残り続ける樹木のような強さがあればよかったんだ。どこまでも自由を求める強さなんて、俺には必要なかった」
優作の言葉が、この時少しだけ強く感じた。勢いはないが、静かに動く強さ。自由を求める強さとは全く違う強さをアンはしみじみと感じていた。
「俺は分かっていたはずなんだ。俺とアンは違う。考えも、性格も、境遇も全く違う。それなのに、俺はアンに憧れてしまった。目指したところで無謀で、ただ苦しむだけなのに。俺とアンは、住む世界が違うのに。幻想に浸ってしまった」
この時、アンは優作が言う“世界”という単語の意味を理解した。彼が言う“世界”とは、精神的に分けられるもの。気が付いたら形成されている、人と人を阻む何か。アンは、初めてこの概念を理解した気がした。

 同時に、アンはどうしようもない疎外感を感じた。もしかしたら、ロイランにいた頃からずっと感じていたのかもしれない。それの実態を、初めて理解しただけなのかもしれない。
「そっか。そういうことだったんだ」
「?」
アンの目からハイライトが消えた。明らかに様子が変わったアンを見た優作は、自分の心配事が一瞬で吹き飛んでしまった。
「私は、ずっと別の世界にいたんだね。他の多くの人間がいる世界とは別の世界。その世界で当たり前なことをされたところで私が嫌気を差すのは当然だし、私がいいと思ったことが本当にいいことというわけじゃないんだね」
言い終わったアンは、それからしばらく黙り込んだ。その雰囲気によって、優作は威圧されたように黙るしかなかった。
「……つまり、私は、邪魔者だということ?」
沈黙を破ったのは、暴風のような自由人から、絶対に聞くことができないような衝撃的な言葉だった。
「……え? アン、ちょっと待ってくれ! 俺は——」

 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 外で大きな風が吹き始めた。少しずつ風は大きくなり、家全体を揺らすほどの力にまでなった。この感じ、覚えている。あれは、アンが初めてうちに来た時、とんでもない暴風雨を巻き起こした時のものだ。
 まさか、感情によって、勝手に発動してしまう魔術でもあるのか? それともアンの特性なのか? よくわからないが、ただ一つ言えることがある。

 アンが、悲しんでいる。

 これだけは分かった。何かフォローしないと。別に俺は、アンを悲しめたいわけじゃない。ただ……。
「私は、ロイランの連中や優作の世界にとって、邪魔者だったってこと? ロイランではずっと異物のように扱われた。ここに来てからも私は、余計なことばかりして、幻想を見せて、ただ優作を困らせる、邪魔者だったってこと?」
「……あ」
優作は反論できなかった。確かに優作は、アンに何度も振り回された。アンを邪魔だと思ったこともあるし、余計な奴と思ったことだってある。
「……そうなんだね。私は、ずっと邪魔者だったんだね。風のように、どこかに留まることなく、勝手に過ぎ去っていくのが正解だったんだね」
「待ってくれ! そんなこと——」
「ありがとう優作」

 ドビュゥゥゥゥゥウウウウウウッ!

 風によって勢いよく窓が開けられた。優作は言葉を発しようとしたが、その前にアンは風に乗り、そのまま窓から出てしまった。
「そ、そんな……」
暴風の轟音が止み、部屋が静寂を取り戻した時、残っていたのは、風に吹き飛ばされた本の数々と、ただ茫然と立ち尽くす一人の学生だけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鞍替えした世界で復讐を誓う

駄犬
ライト文芸
「運命」を掛け違えたボタンみたく語り、矮小なものとして扱うような無神論者でもなければ、死の間際に神頼みするほど心身深くもなかった。それでも、身に降りかかる幸不幸を受け入れる際の一つのフィルターとして体よく機能させてきた。踏み潰されて枯れた路傍の花にも、「運命」を与えてやってもいいし、通り魔に腹部を刺されて夭折した一人の若者にも、「理不尽」を「運命」と言い換えてやればいい。世界を単一の物と見ずに、多層的な構造をしていると考えればきっと、「運命」を観測し得る。 この物語は、そんな一つの可能性に手を伸ばした一人の人間の話だ。 ▼Twitterとなります。更新情報など諸々呟いております。 https://twitter.com/@pZhmAcmachODbbO

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

修学旅行でドイツの混浴サウナに連れて行かれました

辰巳京介
ライト文芸
私の名前は松本彩。高校の3年です。うちの高校は裕福な家庭の生徒が多く、修学旅行がドイツで現地でサウナに入るんです。 転校したての私はそのことに喜んだのですが、友達の詩織に、ドイツのサウナは混浴だと知らされ焦ります。 同じ班になった、井上翔や岸谷健一に裸をみられてしまう。

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

佰肆拾字のお話

紀之介
ライト文芸
「アルファポリス」への投稿は、945話で停止します。もし続きに興味がある方は、お手数ですが「ノベルアップ+」で御覧ください。m(_ _)m ---------- 140文字以内なお話。(主に会話劇) Twitterコンテンツ用に作ったお話です。 せっかく作ったのに、Twitterだと短期間で誰の目にも触れなくなってしまい 何か勿体ないので、ここに投稿しています。(^_^; 全て 独立した個別のお話なので、何処から読んで頂いても大丈夫!(笑)

夏の日の出会いと別れ~霊よりも怖いもの、それは人~

赤羽こうじ
ホラー
少し気の弱い男子大学生、幸太は夏休みを前にして、彼女である唯に別れを告げられる。茫然自失となりベンチで項垂れる幸太に「君大丈夫?」と声を掛けて来た女性、鬼龍叶。幸太は叶の美しさに思わず見とれてしまう。二人の出会いは運命か?偶然か? 想いを募らせていく幸太を叶は冷笑を浮かべて見つめる。『人の気持ちは変わるもの。本当の私を知った時、君は今の気持ちでいてくれるかな?』 若い男女が織り成す恋愛ホラーミステリー。語り継がれる怪談には裏がある。 怖いお話短編集、『縛られた想い』より鬼龍叶をヒロインとして迎えた作品です。 ジャンルはホラーですが恋愛要素が強い為、怖さは全然ありません。

~巻き込まれ少女は妖怪と暮らす~【天命のまにまに。】

東雲ゆゆいち
ライト文芸
選ばれた七名の一人であるヒロインは、異空間にある偽物の神社で妖怪退治をする事になった。 パートナーとなった狛狐と共に、封印を守る為に戦闘を繰り広げ、敵を仲間にしてゆく。 非日常系日常ラブコメディー。 ※両想いまでの道のり長めですがハッピーエンドで終わりますのでご安心ください。 ※割りとダークなシリアス要素有り! ※ちょっぴり性的な描写がありますのでご注意ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...