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4、憧れてたこと

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数日、関君とお昼を食べるようになって知ったことがある。

「関君って、アホだよね」
「なんだ、藪から棒に。なにか不満でもあるのか?君の望み通り、昼休み以外の接触は最小限に留めるようにしているというのに」

唇を真一文字に結んで分かりやすく不機嫌になった関君は、お弁当を食べる箸を止めて私を見た。

「だって、そうしないとずっとくっついて来ていたじゃない。私がトイレに行くときでさえついて来ようとしていたし……」

そうなのだ。関君は頭がいいくせに、おバカなのだ。

初めてこの多目的教室でお昼を食べた日の午後。
授業の合間の休憩時間に行ったトイレにも監視のためについて来ようとしていた。

さすがに思春期の女子として、それは恥ずかしかった私は関君にお願いをした。
昼休み以外の時間はガン見しているのはもちろん、ついて来るのも、話しかけるのも必要最低限にしてほしいって。
その代り、お昼は一緒に食べるし、その時になら何でも聞いてくれていいからと。

私だって友達と女子トークする時間は欲しいし、ずっと見られ続けたら精神的に参ってしまう。
教室みたいに人の多いところで私の魔女疑惑を公言されるのも嫌。

関君ったら、私がカエルとかの肉を食べるって半ば本気で疑っている節があるくらいだし。
何度も食べないって言ってるのに!

「でも関君はふざけているわけでもからかっているわけでもなく、それを真面目にやってるんだよね……」
「当たり前だろう。半端な気持ちで行動しても結果は伴わない。真剣に見極めないといけないからな」

関君は真面目だ。
真面目過ぎて融通が利かない。
何事にも全力投球だ。

「でも……まあ。さすがに女子トイレに行くのは俺としても遠慮したい。他の女子の視線が痛いからな」

女子の視線のことを思い出したのか、若干シュンとした関君に私は思わず笑いが漏れる。
とっつきにくいと思っていた関君は、案外慣れてくると仕草の端々が可愛らしかったりする。
普段はツンとして自信ありげなのに、背を丸めて落ち込んだり、慌てた時は分かりやすく視線を泳がせてみたり。

「笹本」
「何?」

笑ったことを咎められるのかと、私は顔を真面目モードに引き戻す。

関君は私のことを苗字で呼ぶようになったんだ。
最初は「君」だったのに。

どうやら関君は名前を呼ぶことに躊躇があるらしい。
他のクラスメートのことも大抵「君」と呼んでいる。
名前を覚えていないのかと思って関君に聞いてみたら、同学年の他クラスの人まで名前は把握しているらしい。

だから、単純に人と適度に距離を取りたいから名前で呼ばないんだな、と私は思っている。
深くまで踏み込まず、遠すぎず近すぎない距離感を好む人。

そういう性格なんだなって、関君の色々なことがこの数日で見え始めてきた。
多分私なんかが思っているよりもずっと頑張って、関君は私との距離を詰めてくれたんだと思う。

「頼むから、トイレの中で呪術を使うのはやめてくれよ。監視役の俺が行けないところで呪うのはズルいからな」
「だから、私そんな変な技使えないってば」

生真面目すぎる関君が「ズルい」と拗ねたように呟く姿がどこかチグハグで。
私は苦笑しながら訂正をする。

関君の中の私は限りなく黒に近いグレーの、魔女候補らしい。
でも、まあ最初の時よりはその灰色は白色に近づいているようだから、ゆっくり誤解を解いていこうと思うんだ。

**

「これあげる」
「ああ、ありがとう」

お弁当を食べ終わる頃。
おやつに持ってきたお菓子を私は関君に差し出した。

それを受け取るなり、関君はお菓子をまじまじと色々な方向から見ている。
眼鏡の淵に軽く手をかけて、検分しているみたいだ。

「これは何か、怪しい成分が入っていたりはしないよな?」
「しません。これ市販の物だからね。見たことあるでしょ?というか、食べたことあるでしょう?!」

パッケージが開封されていないんだから、危ない成分が入っていたりするわけないじゃない。
有名なお菓子なんだから見たことあるはずなんだけど。

「悪いな。言ってみただけだ」
「関君ったら、もう!」

関君は悪びれずに、真面目腐った顔をしていた。
だから私は不本意さを伝えるために、ほっぺたをわざと膨らませて怒ったことを主張する。

すると、関君が小さく口角を崩した。

「大丈夫だ。さすがにこれは、本気で疑ったわけじゃない。冗談だ」

スーパーで見つけたお菓子は、私が幼い時に大好きで飽きるほど食べたビスケット。
もう何年も食べてなかったんだけど、懐かしくなって買ってしまったんだ。
たくさん買ってきたから、後でさっちゃん達にも配ろうと思っている。

子供の時にはもっと大きく感じていたのに、高校生になった今では一口で頬張れてしまうくらい小さいビスケット。
包装を破って口に入れれば、かつてと同じ素朴で優しい甘さが口の中に広がった。

「随分懐かしいお菓子だな」
「そうだよね。関君も子供の時食べてた?」
「ああ、母が買ってきてくれたな」

目を細めた関君は、しみじみとお菓子のパッケージを眺めている。
とっても懐かしそうに見つめていた。

「私昔これ大好きでね。昔はずっと好んで食べてたんだ。いつの頃からか、飽きて食べなくなっちゃったんだけどね」
「そうか。俺は駄菓子屋なんかで買える、安いチョコ菓子をよく食べていたな。カードが一緒に入っているやつで、コレクションをしていたのを覚えている」

関君は無邪気な顔をして笑った。

「関君が、カードを集めてたなんてなんだか想像つかないや」
「強いカードがなかなか出なくてな。あの頃は欲しくて躍起になっていた」

関君の小学生時代に思いを馳せてみる。
今のような真面目で責任感の強くて堅いイメージからは、目的のカード目当てで収集している姿は皆目見当もつかない。

「子供のころは強いものが好きでな。戦隊ヒーローものなんかにも憧れた」
「ヒーローに憧れるって男の子らしいね」
「今考えると少し恥ずかしいがな」

一般的に、戦って悪をやっつける、正義のヒーローって男の子は大好きだよね。
そういう一面があったのだと思うと、現在の真面目関君とのギャップに小さな笑みがこぼれる。

私の微笑ましい気持ちを察知したのか、照れたように頬を掻いた関君は強引に話題を変えるように口を開いた。

「笹本は子供のころ憧れていたものは無いのか?」
「憧れ、かぁ……」

関君の質問を受けて、子供のころの憧れを思い返してみる。
私は何に憧れていたんだっけ?

別に戦隊ものに興味はなかったし、戦うマジカルな女の子にもあまり関心がなかった。
むしろ、童話のアニメーションをよく観ていた気がする。

「あっ、お姫様に憧れてたかもしれない」
「姫?ドレスや宝石なんかが好きだったのか?」
「ううん。キラキラしたものも嫌いじゃないんだけどね」

シンデレラや白雪姫のように。
苦しい状況でも、苦境に立たされたとしても、最後に彼女達は王子様と結ばれる。
最初はみすぼらしい娘も、最後には幸せになれる。

「王子様が迎えに来てくれるってことに憧れてたんだと思う」

今は違うんだよ?
さすがに、自分はお姫様って柄じゃないし。
白馬に乗った王子様なんて現代社会には存在しないのは、ちゃんと分かってる。

「王子?」

昔はちょっと本気で王子様が来るんじゃないかって信じてた時期もあったけど、随分前にその幻想は捨て去った。
王子様はいない。存在しない。

「そう、王子様。まあ、小学生の頃に幼馴染に王子様はいるって熱弁したらボロクソに馬鹿にされてね。それで、王子様はいないんだって分かったんだけど」
「幼馴染がいたんだな」
「うん、近くに住んでいた同い年の男の子でね。好きな人だったんだけど、小学4年の時に引っ越しちゃったんだ」

私が昔好きだった、ちょっと意地悪な男の子。
いっぱい意地悪するし私のことを泣かせるくせに、最後には優しく手を引いてくれるような男の子だった。
今思えば、王子様のことをボロクソに悪く言ったのも、彼なりの意地悪だったのかもしれない。

「でもまた会いに来てくれるって約束したの」

私は引っ越し先を教えてもらって手紙だって書いたのに、彼は一回も返してくれなかった。
帰ってこない手紙に、私も便りを送ることを数回でやめてしまったんだ。

いつかまた会いに来るって言ってた約束は、きっともう守られることはないのだろう。
ちょっと感傷気味な気持ちになっちゃう。

「そうか。笹本の友達が言っていた王子というのは、その幼馴染のことなんだな」

関君の相槌を聞きながら、確かに友達がちらっと関君の前でそんなことを言っていたな、と思い出す。
でも私は幼馴染のことから憧れへ意識を戻す。

王子様への幻想は捨てた。

でも。

私は今でも『運命の相手』っていうものは、信じてる。
赤い糸で繋がった人って、きっと世界のどこかにいると思うの。
そう言うとさっちゃん達は笑うし、あんまり共感してもらえないけど。

「笹本」
「何?どうしたの?」
「もう、信じていないようではあるが。一応」

関君が真剣な顔をして、私と目線を合わせるように語り掛ける。
その表情に、私も自然と真面目な顔になる。

「おそらく、呪いをかけている人間の下には王子は来ないと思うぞ」
「前提がおかしいってばー!」

関君の瞳の奥には、少しも馬鹿にするような色は無くて。
本気でそう思って言っているんだなっていうのを察しとれた。

でもでも、けどさ。
私そもそも、呪いなんて他の人にかけてないんだってばー。

関君は、頑なに私が呪いなんてかけられないってことだけは信じてくれない。
まったく、もう……。
この誤解を完全に解ききるのはいつになるんだろう?

***

私は関君によく見られるようになった。
正確に言えば、お昼休み以外の時間は遠巻きにさりげなく監視され続けている。

これまで私は関君というクラスメイトがいることは認識していたけど。
でも、その行動にまで気にしたことはなかった。
関君と関わるようになる前は、視界の端に入っても注目するようなことなんてなかった。

関君が私を気にするように。
私も関君と話をするようになってから、関君のことをついつい観察してしまうことが増えたの。
意識を向ける機会が生まれた。

「じゃあ、次の問いを答えてみろ。そうだな、関に答えてもらおうか」
「はい」

数学の授業中。
黒板の前に出て、関君は一瞬も手が止まることなく答えと、それを導くための途中式を書いていく。
関君は他の男子と比べて読みやすい、几帳面そうな字を書く。

「正解だ。さすがだな」
「どうも」

眼鏡に軽く触れた関君は何でもないように先生に返事をしたけど、その実すごく嬉しそう。
表情に大きな変化はないんだけど、微かに細めた目が笑っているように見えて、私にはそう感じた。

「栞の旦那、さすがじゃん」
「さ、さ、さっちゃん?!だ、旦那って誰の事?!」

こそこそっと私の後ろの席のさっちゃんが私の耳元でとんでもないことを言っていく。
私は授業中にもかかわらず、思わずさっちゃんの方へ振り返った。

「関君に決まってるでしょ。あの問題、応用問題だから難しいっていうのに難なく解いてたからさ」
「旦那じゃないのに……。でも、関君すごいよね。あんなにあっさり解くんだもんね」
「栞、旦那に数学教えてもらえば?間違いばっかりだし」

さっちゃんは私の真っ赤なノートに視線を向けてから、肩を竦める。

確かに、私は数学が苦手だ。
国語や英語はまだマシなんだけど、理数系は全然ダメ。

「うん。今度、頼んでみようかな……。関君が教えてくれるなら分かりやすそう」

テストはまだ先だけど、正直すでに数学の授業についていけてない。
訳分かんない暗号のような呪文を唱えられて、チンプンカンプン状態だ。

だから、せめてちょっとでも状況がマシになるように教えてもらうのはアリかもしれない。

「おっ。旦那への信頼厚いね。良い傾向だと思うよ。今のうちにいっぱいイチャついて心を鷲掴みにしておきな」
「イ、イチャっ?!っ、ち、ちがうんだよ。私達そういう関係じゃないんだよ」
「照れなくていいから」

さっちゃんが私の肩を軽く叩いて、自分の席の方へ身を引いた。

私はさっちゃんに訂正しようと思ってアタフタしていると、先生が眉間に皺を寄せてこっちを見ていたのに気が付く。
だから、慌てて黒板の文字を真面目なフリして書き移した。
目をつけられて、次の問題を解かされても私じゃ解けないもん。

必死で黒板の文字を追っている最中。
視界の端っこで、何やっているんだろうと不思議そうな顔をした関君が私を見つめているのが見えた気がした。

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