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12月

間接キス

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「解せぬ」

声に出してわざわざ言ってみたけど、それで状況が変わるわけではない。

「おはよう。どうしたの?」
「なぜ私は先輩の部屋にいるのでしょうか?」
「未希が悪いからだよ」

面白そうに笑って葵先輩が答えてくれてけど、私はその思い当たることがないんだよ?!
なにがどうこんがらがって、こうなった?

オーケー、オーケー。状況を整理してこの現象の理由を探ってみよう。

まず、きっかけは私が千香ちゃんに誘われてお泊りに来たってところだと思う。
この前、葵先輩に助けてもらって甘い物を食べてから西川家に行った時に、千香ちゃんと約束したのだ。
その約束通りに、今日はお泊りに来たんだけど、千香ちゃんと最初はイチャイチャしていたはず。っていうか、イチャイチャしてた!
ちゃんと千香ちゃんのお部屋の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、千香ちゃん自身も抱き付いて堪能させてもらって。……ちょっと抵抗されて叩かれたけど、後悔はない!

そんな風に過ごしてたら、途中でお菓子の話題になって千香ちゃんに食べたいものをリクエストをしたのだ。
そしたら千香ちゃんがそのお菓子を作ってくれることになったから、私は一人で千香ちゃんの部屋で待つことになったのだ。ちょっと時間がかかるから好きにしててって言われて。
その待っている間ちょっとウトウトしてきて、多分私は寝てしまったんだと思う。千香ちゃんの部屋で。
ここ重要だよ!千香ちゃんの部屋で、ね!

で。目を覚ましたら葵先輩の部屋のベッドの上で、先輩に髪を撫でられてたのだ。
なぜに、先輩の部屋?
それで理由を聞いたら私が悪いって、やっぱり私寝ながら移動してたのかな?自覚なかったけど、寝ぼけて部屋移動してきたの?!

とりあえず、体を起こして、葵先輩に向き直る。
先輩、いつまで髪触ってるんですか?

「もしかして私寝ぼけて移動してきました?それなら本当にすみません」
「いや、移動してきたわけじゃないよ。俺が未希を連れてきただけだから」
「……は?」

聞き間違いかな?
連れてきたって言った?連れてきた?な、なんで?!

「未希が悪いんだよ?」

向かい合わせの体勢から、腕を引かれて私の上半身が葵先輩に倒れ込む。
先輩の胸に手をつくけど、そのまま葵先輩の腕が私の背中に回ってまるで抱き合っているみたいな形のまま固定させられてしまう。離れられない、困った。

「俺以外の男に近づいちゃダメだって言ったのに」
「近づいた記憶はないんですが」

誰かに近づいたっけ?私は男の人と関わりが薄いからなあ。
あ、男と言えばそういうえば。千香ちゃんはこの前も上級生から告白されてたんだよ!私の千香ちゃんに手を出そうとするなんて、絶対に許さん。

「最近の未希は浮気症だね。誰とでも戯れて、仲良くなる」

脱線気味の私を元に戻したのは、耳元で囁く先輩である。

「御堂先生とは仲が良さそうだし」
「あり得ないです!」

反射で言い返した。
だって、どう勘違いしたらあれを仲が良いなんて評価ができるのか。
あれは食物連鎖の上位と下位の戦いである。もちろん私の方が食べられる側の下位グループ所属である。

「古泉さんとのことも騒がれていることを知っているよ?」
「あ、あれは……。それに十和様は女の子ですよ?」

騒ぎとは当然、この前の十和様が私の手にキスした事件のことである。
幸いにイジメなんかには発展していないけど、チクチク刺すような視線はよく感じるからファンから敵意は向けられているらしい。

そっと先輩の背中の腕が解かれて、私は姿勢を戻すことを許された。
けど戻した瞬間に、今後は葵先輩が私の手を取った。

「女子だけど、彼女はダメ。これ消毒ね」

葵先輩が私の手の甲にそっと唇を触れる。
それは、偶然にも十和様が私にしたキスの場所で。

って、ええー!
葵先輩と十和様が間接キス?!も、も、もしかして葵先輩それを狙ってたの?プレミアム体験を俺にもお裾分けして、的な?
私もあの日は手を洗えなかったし、お風呂も手にビニールを巻いて絶対に濡れないように工夫した。だって、十和様のキスだもん。こんなプレミアムな体験、二度とないし。
って、思い出したら興奮で胸が高鳴って来た。

「林君とはデートしていたよね?それだけじゃなくて、学校でもよく話をしているみたいだし」
「あ、林とは……」

美鈴ちゃんの話がメインなんだけど。そう言いかけて、口を閉じた。
危ない、危ない。葵先輩は美鈴ちゃんに失恋した身である。
美鈴ちゃんが好きなのが、林。ならあまり林のことを言うと、どうしても美鈴ちゃんを思い起こさせてしまう。
私だって、先輩の癒えてきた失恋の傷を抉るような真似はしたくないのである。

というか、それよりも、私としてはさっきの葵先輩と十和様の間接キスのことの方が衝撃として残っている。
葵先輩、十和様と間接キスをしてみたかったの?!私という中継地点を経てでも。
先輩、美鈴ちゃんの次は十和様に恋を?!

きゃーっと、一人脳内で盛り上がってしまった。
十和様カッコ可愛い系ですよね。一途だし。とってもいい女ですよね! 
十和様が私の手を取ったところを思い出し、照れと恥ずかしさをフラッシュバックして顔が赤くなってきた。
本当にあんな男にはもったいないと力強く叫びたい。
そんな素敵な十和様が、あんな……、あんな男に……。

そこまで考えてから、私は改めて思った。
もしそうなら葵先輩が十和様に好意を抱いているのだとしたら、それは再び失恋である。
何てタイミングの悪い人なんだ。今度はどうやって慰めよう……。
先輩も甘い物食べたら元気出るかな?

「紅潮の後で、何か憂いたような顔をさせるなんて。やっぱり彼は気に食わないな」
「……へ?先輩何か言いました?」
「いや、何も言ってないよ」

先輩の励まし方を考えてたら、何か小声が聞こえた気がしたんだけど、何も言ってないって言ってたし気のせいかな。

っていうかさ。林か、林なぁ……。葵先輩が林の話をするから重要なミッションを思い出してしまった。
ミッションとはもちろん、どうやって美鈴ちゃんに告白させるか、である。
もう十二月なんだよ!クリスマスまであと二週間を切ったくらいなのだ。あまり時間もないのである。

「先輩。絶対に失敗できないことがある時に、成功させるにはどうすればいいんでしょう?」

困った時の葵先輩である!
ヘルプミー!

「未希には何か成功させたいことがあるの?」
「えっと、いや私じゃなくて。うーんと……」

状況を説明するわけにもいかなくなって、言葉に詰まる。
どうしよう……。そう思った瞬間。

「未希!できたわよ」
「千香ちゃん!」

救いの女神、千香ちゃん降臨!
すぐに葵先輩のベッドを飛び降りて、千香ちゃんに抱き付いたよ。千香ちゃん、大好き。

「一番身近なライバルは千香だな」

葵先輩の小さな呟きは私には届かなかった。


丁度いいから、葵先輩も誘って一緒に千香ちゃんのお菓子を食べた。
甘い物だし、葵先輩の失恋の傷が癒えますように。元気が出ますように。

あと、千香ちゃんにも葵先輩と同じ質問をしたら、

「成功させたいなら、練習でもすればいいじゃない。失敗しないように」

と、簡単に回答を下さった。

そっか、そうだよね。練習ね。練習。
ふふふ。
林、待ってなさい。私、いいこと思いついたよ!


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