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10月
流れの先へ1
しおりを挟む放課後。
学校の授業が終わった時間。
部活のない人間は自由に開放された、至福の時である。
学校終わり、私は千香ちゃんと向かい合う。
「千香ちゃん、本当の本当にいいんだよね?」
「ええ、構わないわよ」
私は千香ちゃんの気が変わっていないことを念入りに確認する。
「覚悟はいい?」
「ええ」
「ここまできたら後戻りできないからね?」
「知ってるわ」
唾をのみ込む。
踏み出すのにはちょっと勇気が必要だ。
「行こう」
いざ、戦場へ!
私と千香ちゃん、これから頑張らせていただきます。
「話には聞いていたけど、本当にすごい人ね」
「絶対、待ち時間とんでもないよ」
今日の放課後は、学校の近くにできたクレープのお店に来たのである。
この店ができる前は、何駅か離れた場所に行かないと食べられなかった。だから、本当に便利な場所に建ってくれたと思う。
有名なお店らしく、開店から日もたっていない今では毎日長蛇の列。
その列を眺め、辺りに香る美味しそうな匂いや、店の前でクレープを頬張る人々を見ていたら食べたいと思ってしまったのだ。
私の高校の生徒が帰りに立ち寄っているという話もすでにいくつか聞いている。食べていなくても、場所的に店の前を通る生徒も多い。
今日学校でその話をチラっとしたら、千香ちゃんも気になっていたらしく行ってみようと流れになった。
「なんだかもうお腹減って来たよ」
「まだまだ先は長いわよ」
私達の後ろにも人がいるから、列から離れるともう一度並び直しなのである。
コンビニも近くにないから、何か買いに行くこともできない。空腹との戦いなのだ。
「大変だね……。お店で買うって。千香ちゃんの家なら、千香ちゃんがすぐに作ってくれるのに」
「今日は有名店のクレープを食べて、味の研究がしたいのよ。今度またクレープを作ってあげるから今日だけ我慢しなさい」
「はーい」
勉強熱心だよね、千香ちゃん。
だから学校の定期試験の学年順位一桁なんだよね。えへへ、誇らしいよ。
え、私?
私はもちろん三桁だよ!後ろから数えたほうが早い。
「そういえば、最近兄さんとはどう?何か変化はないの?」
「葵先輩?どうって?変化……っあ!」
最後にちょっと思い当たった。
千香ちゃん、急に葵先輩の話題を振るなんて、それだけ好きなんだね。美しき、麗しの兄妹愛!
「何?なにかあったのね?」
千香ちゃんの瞳が妖しく煌めいた。
あ、これは興味深々の顔だ。
別に勿体つけたりせずに教えてあげるよ。
千香ちゃんが満足するような情報かは分からないけど、お兄ちゃんラブの千香ちゃん的には、何でも知りたい!って心境なのかもしれないし。
「最近、葵先輩変なんだよね。言葉で表現しにくいんだけど……。何かあったかな?」
「ふーん。どんな風に変なのかしら?」
「なんだか、形容しにくいんだけど、雰囲気?とか視線?が違うような気がするんだよね。あっ、あと最近今までよりも接触が多いかも」
この前の喫茶店から、ずっと葵先輩が少し変なのである。
別に何か大きく変化したってわけじゃない。
今まで通り笑顔だし、口調だって変わってない。
でも、何かが違うのだ。目に見えない曖昧な変化?みたいなものを感じる。
あとは気のせいかもしれないけどボディータッチが増えたように感じるんだよね。
この前ちょっと千香ちゃんの家に行った時に、葵先輩が迎えてくれたんだ。何度も行っているから、千香ちゃんの家の間取りもほぼ知っているのに、玄関から部屋までずっと手を繋いでたんだよ。千香ちゃんが下りて来るまでリビングにいたんだけど、それまでの間もずっと私の手をなぞったり、指を絡めたりして遊んでるし。
……もしかして葵先輩、最近手に興味が?!
手相占いとか始めたのかも。いや、健康を意識して手のツボの勉強を始めたって線もありうる。
どっちでもいいけど、上達したら私の手相を見たり、ツボ押しマッサージしてくれないかな……?
「ふふ。兄さんもやっと本気になったのね」
「えっと、本気?先輩が、何に本気?」
「未希は知らなくていいわよ。兄さんが勝手に頑張るのだからね」
愉快そうに微笑む千香ちゃんが神々しい。でも、さっぱり言ってることが分からないよ。
葵先輩の本気?
これはやっぱり、新しい勉強を始めたのでは?
前々から、手相とかツボとかに興味があったのかも。今まではなんとなく手を出していなかったけど、最近本腰でやり始めたんだな。
きっとこれで正解に違いない。
なんとなく推理した私をよそに、千香ちゃんが笑みを深める。
「ねえ、未希」
「何?」
千香ちゃんの顔が私に近づく。
うわぁぁぁああ。顔が近い!これはちょっと顔を、えいってしたらチューできちゃう距離だよ!
あっ、あっ、どうしよう。これはチューするべきなの?!
でも目に不思議なパワーが宿ってるかのように、目を惹き付けられて体が固まる。
千香ちゃんの、メデューサ!
って、うきゃああぁぁあ!
手が、手がー!
千香ちゃんが私の手を掬い上げて、胸の前で包んでくれているー!
あぁ、私今日が命日?心臓が過労死してしまうよー。
幸せ昇天気味の私に千香ちゃんがそっと囁きかける。
一方の私は幸せだし心臓飛び出そうだしで、言葉が出ようしてては結局出られずに無意味に口がパクパクと開閉を繰り返している。
「もしも未希と兄さんの間で何かあったとしても、未希は変わらずわたしと一緒にいてくれるわよね?」
「も、もちろんだよ」
絞り出したけど、どもってしまう。
はわわわわ。声ってどうやって出していたんだっけ?
人間、昇天しそうなほどの天国空間だと当たり前のことができなくなるんだね。私は一つ賢くなったよ!
「兄さんとわたし、どちらかの側につかないといけないなら、未希はわたしの方に来てくれるわよね?」
「うん。わ、私は千香ちゃんの味方だよ」
「ふふ、そうよね」
満足したように頷いて千香ちゃんが離れていく。
「しょうがないから、わたしも少し協力してあげようかしら」
「うん?千香ちゃん何か言った?」
離れ際、千香ちゃんが小さく何か言ったような気がしたんだけど気のせいかな?
千香ちゃんは、「なんでもないわ」と首を振っているし。
気のせいだったんだね。
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