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10月

アイドル

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この日のお昼休み、一年生の教室には激震が走った。主に女子の間で。

「ほ、本当に?!」
「わたしこの前、集いに参加したのよ。ホントにかっこいい」
「わたしなんてこの前生徒会室で仕事をされているところを眺めてきたわよ」

この人の周りにはたくさんの人の群れ。
そして、飛び交う歓声。

こんな騒ぎになっている原因はただ一つ。

「橋本 未希さんって子はいるかな?」

周りの声にかき消されるように、教室の扉の前から聞こえた台詞。こんなざわついているのに、なぜだかスッと耳に入る声。
自然にそちらに目を向ければ、凍り付いた。

そりゃそうだろう。驚きすぎてリアクションもとれない。
頭に浮かぶのは、なぜ?や、どうして?ばかりである。
だって、あちらは私の名前を知るはずがないのだ。話したこともなければ、名乗った記憶もない!
私は一方的に知っている。その人の名前は――

「と、わさま……?」

茫然とする私、歓喜する女子。混沌とかした教室。
それを気にも留めずに私に対して麗しの微笑みを投げかけたトワ様。

「ちょっといいかい?」
「……は、は、ハイ!」

精神があまりの驚きに大脱走を試みそうになったが、なんとか正気に戻した。
返事をする声が裏返ってしまったけど。

「はじめまして、二年の古泉 十和だ。君とちゃんと話をするのは初めてだけど、前に目が合ったことがあるのは覚えているかい?」 
「っ、はい」

ド緊張である。
目の前の人に対してもであるが、周囲の目が恐ろしい。
特に廊下、十和様の後ろに陣取っている何人もの女子生徒の視線が……。別に睨まれている感じじゃない。誰、この子?という感じであるが、それでも視線というのは多いと威圧になると思うのだ。

十和様が私と目が合ったことを覚えていてくれてるなんて光栄である。でもさ、それって保健室から逃げ出す時だよね。保健医が至近距離にいたところを見られた時だよね?しかも私と保健医、二人でベッドの上にいたよね?
あぁぁー!ダメなやつだよ。タイミング的に最悪のやつだよ!

「あの時から話をしたいと思っていたんだ」
「え?!」
「ちょうどいいことに璃々から話を聞く機会があったからさ。直接こうして来てみたんだ」
「璃々、さん?」

十和様が僅かに横に動くと、その背に隠れるようにして姿の見えなかった璃々さんの姿が現れた。

「こんにちは」
「はい。こん、にちは」

ほんわか、和やかな雰囲気で声をかけた璃々さん。
でも、思わず私は言葉が詰まった。アレを見られたから、すごく気まずい。
だが璃々さんの様子からは、気まずさは感じない。まるで何事もなかったかのように、柔らかく微笑んでいる。これは、璃々さんの寛大なお心で、見なかったことにしてくれているのかな?

……いやいや、十和様に見られた場面も危ういシーンだけど、璃々さんに見られたところは完全にアウトだし。なかったことになんてできないよね?

「……お二人は、お知り合いなのですか?」

二人が親しい仲だとして、お互いに見たことのある場面の話をしていたら。
それはそれは恐ろしいことになる。
冷や汗が出そうだ。

「ああ、璃々とは昔から仲が良いんだ」
「うち、今は十和様親衛隊を仕切る立場をやらせてもらっているんだよね」

チラリとお互いを見た二人は、そのまま小さく笑みを漏らした。通じ合っているという風情だ。
確かに、他人には分からない親しさが滲み出ている。
十和様の後ろにいる女子の面々がそれを羨ましそうに見ているし。

「親衛隊って……」

何その部隊!後ろの方々はそのメンバーですか?!

「十和は、この学校のアイドルみたいなもんだからね」

うおぉぉ!アイドル!
確かに納得できてしまう存在感だ。貴公子タイプの葵先輩とはちょっと違う、キラッキラオーラが出ている。薔薇を携えていそうである。真っ赤な薔薇の花束をプレゼントしながら、気障な台詞を囁いたなら……。
ハッ!似合う!

十和様の後ろにいらっしゃる、見るからに上級生のお姉さま方は親衛隊の人達か!
アイドルと声高に宣言した璃々さんに、同調するように大きく頷いている。

「まあ、今はそれを置いておいてさ。今日ここに来たのは、璃々が君に用があるらしいんだ」
「そうなの。十和にはそれに付き合ってもらってるんだよね」

このタイミングで、璃々さんが前に出て、私の腕を引っ張った。今までの穏やかな雰囲気とはかけ離れた、強い力で。
よろめくように璃々さんに引き寄せられた私は、耳元に接近した璃々さんが私にだけ聞こえるように呟いた言葉を逃さなかった。

「朔夜先生とどういう関係?」

さっきまでとは別人のように低い声で、至近距離で見た璃々さんの目は完全に私を睨みつけていた。

その言葉で、何が目的で来たのかちょっと分かってしまった。
やっぱり璃々さんは何事もなかったことにはしてくれないらしい。

驚きで目を丸めた私が、微笑みのまま表情の変わらない十和様の瞳に映る。
考えていることの読めないまま、十和様が私に追い打ちをかける。

「夏、一緒にいたでしょう?」
「親衛隊は多いからね。うち、それを纏める立場だから聞き出すのも簡単だし、情報を集めるのは困らないわ。それで、よく聞けば夏以降会っているのを目撃する人が多いし、十和も夏に見ているっていう話を聞いたんだよね。だから、これはどういうことかなって」

私の耳元から距離を取ったことで、璃々さんの顔は笑顔の仮面が張り付いている。けど、それが恐ろしい般若の面に見えるのは決して私の勘違いじゃないはずである。声だって、針でチクチク刺すようにトゲトゲしい。
友好的な態度ではない。完全に敵対心を持たれている。

「教えて?」

璃々さんが怖い。笑っていない目からの視線で私を突き刺している。

「璃々」

その人を殺す視線を中断させたのは、十和様の言葉だった。
たしなめるようにそっと呼ばれた名前で、璃々さんが不満げに十和様の顔を見上げる。

「未希ちゃんが怖がっているよ」
「だって……」

唇を尖らせた璃々さんに、十和様が軽く頭を撫でる。十和様の顔つきは優しい。
そして、その後私の方へ向き合った十和様は、一歩前へ出た。

「璃々が悪かったね。自分としては未希ちゃんみたいな可愛い子と知り合いになれたことを神に感謝するよ」

腰を折って前屈みになった十和様の顔が私の目の前に来る。
ニッコリと微笑みを浮かべた十和様が、私の手を掬い取る。

「これから仲良くしてくれ」
「……は、はい」

取った手を優しく一撫ですると、ウインクをして十和様が離れる。

「じゃあ、また」

信じられない思いで、心臓が大忙しである。働きすぎで、逆に止まりかねない。
茫然と十和様の後姿を見送っていると、まだその場にいた璃々さんから鋭い声がかかる。

「絶対、近いうちに教えてもらうからね。あと今後朔夜先生に近寄らないでね」

言いたいことを言ったら、璃々さんはもう一度私をキッと睨んでから、十和様の後を追って駆け出した。
親衛隊の大群も同様に後ろを追う。

その場に残ったのは私だけである。
もちろん野次馬はいるが、それを気にかけるだけの余裕は今の私にはない。


とりあえず感じたことは、璃々さん怖い!初対面の時の和やかな印象が消し飛んでしまった。恐怖でプルプル、涙目である。
怒らなそうな温和な人ほど、怒ると恐ろしいというのは正しかった!
私は璃々さんの地雷を踏んだらしい。なんてこった。

あぁ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。


状況は違う。場所も違う。こんなに目立つ場面でも、こんなに大勢の人もいなかった。
でも、間違いなく言えること。これだけは間違えようのないこと。
さっきの騒ぎの中で言われたあの台詞。あの台詞は、ゲームの中で保健医のライバルから聞いたことがあるものである。


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