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8月
願い事はただひとつ 1
しおりを挟む夏の風物詩。最後の一つ。
そう、花火である!
空に打ち上がる花火を見上げるなんて、実に風流ではないか。
だがしかし、この辺りに打ち上げる花火をしてくれるイベントは存在していない。
近くに海なり大きな川なりがあったら良かったのだが、残念なことに陸ばかりなのである。一番川も小川程度のささやかなモノだ。
よって、花火大会もない!ああ、無念。
ってことで、手持ち花火を買い込んできた!
これで私も花火ができるのである!素晴らしい。
「ってことで、コレやろう!」
「てことでも何も、急なのよ!買ったその足でわたしの家に来るってどういうことよ」
両手で『大量花火花火セット!決定版』を抱きながら、千香ちゃんの家に直行したら怒られた。
でも、ちょうどいい感じに目につく場所に置いてあったのだ。買いたくなってもしょうがないだろう。
「千香ちゃんとやりたいなぁと思って。さっき調べたら今夜の降水確率はゼロだから、問題なくできるよ!」
「そういう問題じゃないわ。数日前に一言言っておくとか、計画を立ててからやるとか、急に言われてもこっちには準備とか色々あるのよ」
「そっか……。じゃあ千香ちゃん今夜はできないの?」
買って来たけど、千香ちゃんとできないなら意味がない。
千香ちゃんにはこの前プールに行ってもらったから、今度はあんまり無理して連れ出せない。ワガママばかり言って、嫌われてしまったら一大事だからである。
肩を落とす私に、千香ちゃんがちょっとそっぽを向く。唇は依然尖らせたままだが。
「できないとは言ってないわ。バケツの準備とか、場所とか考えないといけないし、今からだとそれが面倒だと思っただけよ」
「千香ちゃんと花火ができるんだね。やったー。うん、うん、私も考えるね。えへへ、一緒に花火だ」
了承がとれて良かった。
えへへ、これで私の夏休みに一片の悔いなしだよ。今年の夏休みは、夏っぽいことやりつくしたもんね。
「そういえば、葵先輩は?今日もいないの?」
今日も今日とて、葵先輩の姿はない。
でもこの前、いないのかと思ってたらただ部屋に籠ってただけってことがあったから、聞いておく。
あの時はいないものだと思ってたから現れた時にすごいビックリして、偽物が出たー!って叫んじゃったんだよね。千香ちゃんはとうとう頭がおかしくなったのか、と呆れながら笑ってて、葵先輩はちょっと悲しそうにしてた。
だから、もうあんなことをやらかさないためにも聞いておかないと。
「今日も朝出て行ったわ。本当に何してるのかしらね」
先輩がどこで何しているのかは千香ちゃんは全く知らないらしい。私は美鈴ちゃんと仲良くしてるんだと予想してる。
けどそのことを千香ちゃんが知っちゃったら、美鈴ちゃんに嫉妬してライバル視するかもしれないって可能性が祭りのときに見受けられたから、ぜひとも葵先輩にはこのまま悟らせないように頑張ってほしい。絶対黙秘ですよ、先輩!
「兄さんのことなんてどうでもいいわ。未希、今日はわたしの家で夜ご飯食べていきなさい。それから花火をしに行きましょう」
「うん!」
ご飯までの数時間は千香ちゃんと二人でイチャイチャし放題かも?
うひょひょ。膝枕をリクエストしてもいいかな?いや、添い寝もアリかも。
二人でゴロゴロゆっくりまったりしたいなぁ。
ニコニコしていた私を見て、千香ちゃんも笑みを深めた。
こ、これは千香ちゃんも同じことを考えてくれているのかな。ドキドキ。
「それまでは、わたしの部屋で勉強ね」
「え……」
「どうせ未希のことだから休み明けテストの勉強なんてしてないんでしょう?ちょうどいいし、やるわよ。もう休みも終わってしまうものね」
「がーん……」
現実的な千香ちゃんは、苛めっ子のような笑みを浮かべていた。
勉強はヤダよ。やりたくないよー。
「さあ、行くわよ」
手を引っ張ってドナドナされる私。
この後、想像通り私が半べそかきながら机に向かうことになる。
「それで、未希と千香はこれから花火をしてくるの?」
夕飯をいただいてから、さあ出るぞって時間になって葵先輩が帰宅してきた。
やっぱりどこか疲れている表情だ。なんでそんなに毎日疲れてるんだろう。デートなら嬉しそうな満たされたような顔して帰ってきてもおかしくないと思うんだけど。
「お帰りなさい、兄さん。そうよ、今から行ってくるわ」
「どこでやるつもり?」
「水辺が良いかと思って、少し歩くけど川辺まで行ってくるわ」
「俺も行くよ。女子だけじゃ、あの辺は危険だ。ついでに、荷物も持ってあげる」
兄妹で勝手に話が進行し、葵先輩も来ることに。
しかも、先輩が私の方に手を出す。私が花火セットも、バケツも持っているからだ。
荷物を千香ちゃんに持たせるなんてことはできないからね。体だけは丈夫だし、持たせるくらいなら私が引き受ける!と千香ちゃんには持たせなかったのだ。過保護?そんなことないよ。千香ちゃんは至高の存在ってだけです。高嶺の花に荷物を持たすなどなど恐れ多い。
それに、葵先輩もなんかお疲れ気味みたいだし一緒に行くとなっても、これは元気があり余っている私が持つべきである。
「葵先輩、持たなくて大丈夫ですよ。私だけで持てます」
「女の子にそんなに持たせたままにはできないよ。俺のためだと思って、荷物ちょうだい?」
そういう言い方はズルいと思う。葵先輩のジェントルマンめ!
自分だって疲れてるくせに。なんだか私が持っているのが悪いことのようではないか。
「じゃあ……」
私は花火セットを抱きかかえながら、バケツを先輩の方へ向ける。
バケツの中には火をつけるためのチャッカマンだけが入っているため、とても軽いのだ。中身ぎっしり、大盛りの花火セットは場所を取る上に、当然ながら重い。
せめてそのくらいは、と私なりに気を遣ったのである。
なのに。
「そっちは未希が持ってて」
ひょいと花火セットが私の腕の中から消える。私だと両手で持っていたのに、葵先輩は片手で抱えるように花火を持って行ってしまった。
千香ちゃんは、当たり前だという顔をして数メートル先まで歩いて行っちゃってるし。先輩も立ち止らないし。
もー、悔しい!先輩のナチュラル紳士っぷりが。
あ、先輩が止まった。
「未希、置いて行っちゃうよ」
花火を持っていない方の手を私の方に差し出しながら、穏やかな声でこちらを見る。
「今行きます」
どうして、この人はこんなに良い人なんだろうね。
先輩の妹である千香ちゃんは、こっちにはチラリとも目を向けてくれないのに。
千香ちゃーん、私のこともっと気にしてよ。
寂しくて泣いちゃうよ?号泣よ?泣き声で近所から苦情がくるレベルよ?
ううぅ。千香ちゃん、ちょっとは構って。そんなにズンズン先に行かないでー。ぐすん。
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