上 下
49 / 100
8月

願い事はただひとつ 1

しおりを挟む

夏の風物詩。最後の一つ。
そう、花火である!

空に打ち上がる花火を見上げるなんて、実に風流ではないか。
だがしかし、この辺りに打ち上げる花火をしてくれるイベントは存在していない。
近くに海なり大きな川なりがあったら良かったのだが、残念なことに陸ばかりなのである。一番川も小川程度のささやかなモノだ。
よって、花火大会もない!ああ、無念。

ってことで、手持ち花火を買い込んできた!
これで私も花火ができるのである!素晴らしい。

「ってことで、コレやろう!」
「てことでも何も、急なのよ!買ったその足でわたしの家に来るってどういうことよ」

両手で『大量花火花火セット!決定版』を抱きながら、千香ちゃんの家に直行したら怒られた。
でも、ちょうどいい感じに目につく場所に置いてあったのだ。買いたくなってもしょうがないだろう。

「千香ちゃんとやりたいなぁと思って。さっき調べたら今夜の降水確率はゼロだから、問題なくできるよ!」
「そういう問題じゃないわ。数日前に一言言っておくとか、計画を立ててからやるとか、急に言われてもこっちには準備とか色々あるのよ」
「そっか……。じゃあ千香ちゃん今夜はできないの?」

買って来たけど、千香ちゃんとできないなら意味がない。
千香ちゃんにはこの前プールに行ってもらったから、今度はあんまり無理して連れ出せない。ワガママばかり言って、嫌われてしまったら一大事だからである。

肩を落とす私に、千香ちゃんがちょっとそっぽを向く。唇は依然尖らせたままだが。

「できないとは言ってないわ。バケツの準備とか、場所とか考えないといけないし、今からだとそれが面倒だと思っただけよ」
「千香ちゃんと花火ができるんだね。やったー。うん、うん、私も考えるね。えへへ、一緒に花火だ」

了承がとれて良かった。
えへへ、これで私の夏休みに一片の悔いなしだよ。今年の夏休みは、夏っぽいことやりつくしたもんね。

「そういえば、葵先輩は?今日もいないの?」

今日も今日とて、葵先輩の姿はない。
でもこの前、いないのかと思ってたらただ部屋に籠ってただけってことがあったから、聞いておく。
あの時はいないものだと思ってたから現れた時にすごいビックリして、偽物が出たー!って叫んじゃったんだよね。千香ちゃんはとうとう頭がおかしくなったのか、と呆れながら笑ってて、葵先輩はちょっと悲しそうにしてた。
だから、もうあんなことをやらかさないためにも聞いておかないと。

「今日も朝出て行ったわ。本当に何してるのかしらね」

先輩がどこで何しているのかは千香ちゃんは全く知らないらしい。私は美鈴ちゃんと仲良くしてるんだと予想してる。
けどそのことを千香ちゃんが知っちゃったら、美鈴ちゃんに嫉妬してライバル視するかもしれないって可能性が祭りのときに見受けられたから、ぜひとも葵先輩にはこのまま悟らせないように頑張ってほしい。絶対黙秘ですよ、先輩!

「兄さんのことなんてどうでもいいわ。未希、今日はわたしの家で夜ご飯食べていきなさい。それから花火をしに行きましょう」
「うん!」

ご飯までの数時間は千香ちゃんと二人でイチャイチャし放題かも?
うひょひょ。膝枕をリクエストしてもいいかな?いや、添い寝もアリかも。
二人でゴロゴロゆっくりまったりしたいなぁ。

ニコニコしていた私を見て、千香ちゃんも笑みを深めた。
こ、これは千香ちゃんも同じことを考えてくれているのかな。ドキドキ。

「それまでは、わたしの部屋で勉強ね」
「え……」
「どうせ未希のことだから休み明けテストの勉強なんてしてないんでしょう?ちょうどいいし、やるわよ。もう休みも終わってしまうものね」
「がーん……」

現実的な千香ちゃんは、苛めっ子のような笑みを浮かべていた。
勉強はヤダよ。やりたくないよー。

「さあ、行くわよ」

手を引っ張ってドナドナされる私。
この後、想像通り私が半べそかきながら机に向かうことになる。


「それで、未希と千香はこれから花火をしてくるの?」

夕飯をいただいてから、さあ出るぞって時間になって葵先輩が帰宅してきた。
やっぱりどこか疲れている表情だ。なんでそんなに毎日疲れてるんだろう。デートなら嬉しそうな満たされたような顔して帰ってきてもおかしくないと思うんだけど。

「お帰りなさい、兄さん。そうよ、今から行ってくるわ」
「どこでやるつもり?」
「水辺が良いかと思って、少し歩くけど川辺まで行ってくるわ」
「俺も行くよ。女子だけじゃ、あの辺は危険だ。ついでに、荷物も持ってあげる」

兄妹で勝手に話が進行し、葵先輩も来ることに。
しかも、先輩が私の方に手を出す。私が花火セットも、バケツも持っているからだ。

荷物を千香ちゃんに持たせるなんてことはできないからね。体だけは丈夫だし、持たせるくらいなら私が引き受ける!と千香ちゃんには持たせなかったのだ。過保護?そんなことないよ。千香ちゃんは至高の存在ってだけです。高嶺の花に荷物を持たすなどなど恐れ多い。
それに、葵先輩もなんかお疲れ気味みたいだし一緒に行くとなっても、これは元気があり余っている私が持つべきである。

「葵先輩、持たなくて大丈夫ですよ。私だけで持てます」
「女の子にそんなに持たせたままにはできないよ。俺のためだと思って、荷物ちょうだい?」

そういう言い方はズルいと思う。葵先輩のジェントルマンめ!
自分だって疲れてるくせに。なんだか私が持っているのが悪いことのようではないか。

「じゃあ……」

私は花火セットを抱きかかえながら、バケツを先輩の方へ向ける。
バケツの中には火をつけるためのチャッカマンだけが入っているため、とても軽いのだ。中身ぎっしり、大盛りの花火セットは場所を取る上に、当然ながら重い。
せめてそのくらいは、と私なりに気を遣ったのである。
なのに。

「そっちは未希が持ってて」

ひょいと花火セットが私の腕の中から消える。私だと両手で持っていたのに、葵先輩は片手で抱えるように花火を持って行ってしまった。
千香ちゃんは、当たり前だという顔をして数メートル先まで歩いて行っちゃってるし。先輩も立ち止らないし。
もー、悔しい!先輩のナチュラル紳士っぷりが。

あ、先輩が止まった。

「未希、置いて行っちゃうよ」

花火を持っていない方の手を私の方に差し出しながら、穏やかな声でこちらを見る。

「今行きます」

どうして、この人はこんなに良い人なんだろうね。
先輩の妹である千香ちゃんは、こっちにはチラリとも目を向けてくれないのに。

千香ちゃーん、私のこともっと気にしてよ。
寂しくて泣いちゃうよ?号泣よ?泣き声で近所から苦情がくるレベルよ?
ううぅ。千香ちゃん、ちょっとは構って。そんなにズンズン先に行かないでー。ぐすん。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

処理中です...