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7月

お兄ちゃん(仮)とおでかけ 2

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結構時間が経ってしまった。というのも、たった一人の店員さんのやる気がなくてトロトロ遅いのだ!レジがあんなに長蛇の列になっていた理由も納得である。
葵先輩、待ちぼうけで怒ってないといいんだけど。

このお店、外に出るには扉の横に大きな窓がついている。窓枠に小物が飾ってあって、私もそれを見て入ってきたのだ。
その窓から見える位置に葵先輩が立っている――……と思う。
黒い細身のパンツに薄い青のシャツ、千香ちゃんと同じ黒い髪でしかもあのキラキラオーラ。人違いとかではないと思うんだけど……。でも一人じゃないのだ。
先輩の声も聞こえるし、もしかして誰かと話している?

外に出るのを躊躇して窓から様子を伺う。
って、え?!

レジで時間がかかったのは天の思し召しか!神は私の味方なり!
なんと驚くべきことに、外で葵先輩と話しているのは美鈴ちゃんですよ!!

学校じゃないのに偶然会えるなんてスゲー!運命だよね、さすがヒロイン。
どうぞ仲を深めちゃって下さい!先輩となら邪魔したりしないから。

窓からこちらが見えないように商品棚の影に隠れつつ、二人の様子を盗み見ることができて、かつ盗聴可能な位置をさり気なくキープする。

「――じゃあ、西川先輩は人を待っているですね」
「うん、そうだよ。愛咲さんはこれから何か予定があるの?」
「私これからバイトなんですよ」

美鈴ちゃんのバイト、だと?それは林が言っていた喫茶店のことですか?!
エプロン姿、ハァハァ。見たいな、ぜひ写真を撮らせて下さい。

「へー、なんのバイトをしてるの?」
「ここの近くにある小さな喫茶店なんです。今、人が全然足りてなくて私はホールなんですけどキッチンにも駆り出されてるんです」

アハハと笑いながら話す美鈴ちゃんだけど、それって大変なんじゃないの?働きすぎて無理とかはしてほしくないな。
一方の葵先輩は、ふーんと思案げな呟きを漏らした後、明るい声で、

「大変そうだけど頑張ってね」
「ありがとうございます。ではそろそろ私は行きますね」

と応援して美鈴ちゃんを見送った。
私も陰ながら応援してるからバイト頑張ってね!

タイミングを見計らって、その後外に出ると笑顔で出迎えてくれた葵先輩。
美鈴ちゃんに会えたから機嫌が良くなったに違いない。何も言わないけど、私はちゃんと分かってますよ。先輩、美鈴ちゃんと話せて嬉しかったんですよね!


それからも何軒か店を見てからやっと辿り着いた、ケーキのお店。
やばい、外装すごいカワイイー!店の中も、ケーキ自体も可愛い!食べるのもったいない!でも、食べたい!

今日一日中、ずっとはしゃいでた気がする。
店の中でケーキを食べるために席に着くと、思っていた以上に自分が疲れていたことを知った。座ると一気に疲れが出るよね。
だけど、疲れた時には甘い物!そして私の目の前にはケーキが二つ。

「美味しいー!!」

選んだのは、色とりどりのフルーツタルトとケーキの上に薔薇の形をしたチョコが乗ったショートケーキである。
見た目が良いからフォークを入れるのを躊躇したけど、一口食べちゃうと今度は手が止まらない。

「葵先輩、連れてきてくれてありがとうございます」
「いえいえ」

食べ続ける私とは違って、先輩はコーヒーだけを注文して私を観察しながら飲んでいる。
葵先輩も甘い物は食べれるんだけど、私と来ると大抵は飲み物だけなのだ。美味しいから食べればいいのに。
いつもニコニコしながらこっちを見ているけど、私を見てたってお腹は膨れないのである。
それとも私の食いっぷりってどこか可笑しいのだろうか。食い意地張ってるのバレバレですか?!内心、大爆笑とかですか?!

葵先輩がクスッと笑った。
あれ、心の中で笑いを留めておくことができなくなったのですか。表情に出ちゃうくらい面白おかしいの?!

「口の横にクリームがついてるよ」

先輩の手が伸びてきて親指が口元を拭う。そしてそのまま自分の親指を舐めて、悪戯っ子のように笑った。
いつついたんだろう。もしかして葵先輩、クリームつけた間抜けな私を見てニコニコしてたんですか。気づいたならすぐに言ってくれればいいのに!

「もう今月で夏休みだね、今年は何をするつもりなの?」
「千香ちゃんとデート三昧!」

もちろんである。期間は一か月以上もあるのだ。
夏休みは千香ちゃんとあんなことしたり、こんなことしたり……。ああ、妄想が幸せすぎて鼻血出そう。

「千香はいつも通り、外出したがらないと思うよ」

勝手に緩む表情筋のせいで顔がにやけている私に、苦笑いをして葵先輩が告げた。
気分は急落、大暴落である。

ぐすん、分かってたよ。毎年のことだもの。千香ちゃんは十中八九外に出たがらない。
特に夏休み期間なんて、日に焼けるでしょ。とか、外が暑いからヤダ。とか言いそうである。千香ちゃんは若干引きこもり気質なのである。

千香ちゃんとイチャコラできるのは学校と登下校時くらいである。分かってたよ、ちゃんと。
いいじゃないか。妄想だけなら自由なのである。夢くらい見せてくれ。

「だから都合が良ければ、夏は例年通りうちで千香の相手をしてやって」
「はい、行きます!絶対行きます。毎日千香ちゃんに会いに行きます!」

どうせ私に夏の予定なんてありはしない。あるのは千香ちゃんに捧げる日々だけである!
つまり、毎日千香ちゃんに会いに行くことだけが私の予定なのである!
会えないと禁断症状が出てしまう。私は千香ちゃん中毒者なのである。

「今年の夏も千香ちゃんと千香ちゃんのお菓子に私の全てを捧げたいと思います!」

毎年と同じ宣言をすると、葵先輩の笑顔が微かに歪んだ――ように見えた。
今は元に戻ってしまったから、歪んだことが気のせいだったように感じるけれど。
見間違いだったのかな?


ありがとう、毎日待ってるよ。
夏の宣言をするようになって以来毎年、先輩の返答は決まってこれだった。
夏休みでもほとんど家にいた葵先輩と話すことも多く、千香ちゃんと同じく先輩も引きこもり気質なんだなと思っていた。

でも、その返事は今年はなかった。
今年は去年までとは違うってことだよね?

その去年までとの違いの正体はハッキリしている。きっと美鈴ちゃんだ。
夏休みの間に一体、美鈴ちゃんの存在が葵先輩にどんな影響を与えるのだろうか。

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