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6月

敵は過ぎ去ったが 2

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美鈴ちゃんの本命の相手が分からない。
葵先輩のことを好きになってほしい。

私にできることってあるのだろうか?

考えるんだ、私。きっと何かあるはずなのだから。

葵先輩とたくさん話したり、関わり合っていけばきっと好きになってくれるはずなのだ。
だって先輩は学園の王子様だと言われるくらい物腰柔らかなイケメンなのだから。
悪い所を探すことの方が大変である。

それなら美鈴ちゃんと葵先輩の接点を増やすことはできるか?
いや、それは難しそうである。
高校という場所において学年が違うってことは結構大きな障害になる。好きに他学年のフロアを行き来することができないのだから。

じゃあ、どうすればいいだろう?

あっ!
葵先輩との接点を増やすことができないなら、他の人たちの接点を減らせば良いじゃないか。
そうだよ!他の男どもとの関わりが減ったら、必然的に関わりが多くなるのは葵先輩だけである。

私が葵先輩以外の攻略対象と美鈴ちゃんの絡みを壊せば、万事解決である。

図書室に行けば図書委員との会話の邪魔くらいできるだろうし、スポーツ少年だってどこかで話しているのを見かけたら割り込めばいい。

そうだよね!これで大丈夫である。
私、冴えてる!

でも……。
保健医との関わりは私にはどうしようもない。

美鈴ちゃんが怪我をするのはどうやら体育の時間が多いみたいだし、クラスの違う私には手出しができない。

「あの……橋本さん?さっきから固まったままだけど、どうしたの?」
「林!アンタだ!」

目の前にいたけど、すっかりその存在を忘れていた林が戸惑いがちに問いかけてきた。
そのおかげで閃いた!

私は林の両肩をガッチリ掴む。

「林、よく聞いて。美鈴ちゃんが怪我をしないように身を挺して守りきれ!特に体育の授業中」
「守る……?」

よく分からないと言いたげな林のために、詳しく私の思いついた案を聞かせる。

「彼女は運動神経があんまり良くないよね?そのせいでよく怪我をして保健室に行くみたいだけど、怪我なんてしてほしくないでしょ?」
「まあ、そうだね。女の子だし、傷跡が残ったら大変だもんね。そういえばこの前、膝に絆創膏を貼ってたかも」
「そこで林、アンタの出番なわけ。林は怪我しようが傷跡残ろうが男なんだし問題ないでしょ?だから彼女が転びそうになったら転ばないよう支えてあげたり、代わりに林が転んだりしなさい」

林が美鈴ちゃんの身代わりになって怪我を請け負えばいいのである。
そうすれば、美鈴ちゃんは怪我をしなくて済み、保健室に行くこともなくなる。
当然、保健医との関わりも激減するという方式である。

「確かに男だから傷跡が残っても気にしないけど。僕も痛いのは嫌だよ……」
「好きなんでしょ?男を見せなさい!」
「ちょっと!こんなところで言わないでよ。というか僕はまだ好きなわけじゃ……。確かに気になってはいるけど」

途中からゴチョゴチョ言っていてよく聞こえないけど、林に任せるしかないのである。
林は美鈴ちゃんと同じクラスだから可能なはずだし。

「絶対、ぜったーいに守ってね!林、よろしくね!!」
「えっ、橋本さん、ちょっと!」

肩を叩いて頼んでから、言い逃げした。

当初の目的は同じ階にあるトイレだったけど、林が後からついてきそうだったから階段を急ぎ足で下る。
さすがに女子トイレの中までは来ないと思うけど、トイレの前まででもついてこられたら嫌だし。もしも前で待っていたりしたら、もっと嫌だし。

一段飛ばしで階段を降りる。さすがに階段を下りて視界から消えれば林も追って来ないみたい。
一つ下の階まであと数段になった時、勢い余って飛びすぎてしまった。

着地しようと思っていた場所ではない所に落ち、そこに足場がなかったせいで上手く着地できなかった。手すりも遠いから手が届かない。
そのためそのままバランスを崩した私は、残り数段で踊場に出るという所で無様にずっこけた。

その場にいた数人の生徒に遠巻きに見られた恥ずかしさで顔が赤くなる。
階段の下の方に崩れるように座り込み、自分の体を確認する。擦り剥いたりはしていないみたいだけど、右足が痛い。バランスを崩した時に足首を軽く捻ったらしい。

ということで、私が保健室に行くはめになった。
くそー。


痛む右足を庇いながら保健室まで辿り着けば、中がなにやら騒がしい。
やや不安になりながら、そーっと扉を開ける。
すると、保健室の中は人だらけ!何事?!

ザワザワ騒がしいおかげで、気配を消して中に入り込んだ私に気が付いた人はいない。
これ幸いと、棚を眺めて湿布を勝手に取り出して、部屋の観察を始める。

ここにいる人は女子ばかりである。その数、十数人。
その彼女達から「トワ様」と言う声が多く聞こえて、もしかして……と思う。

ここに集まった彼女たちは、皆同じ方向――保険室の奥に視線を向けている。あまり広くない保険室に何人も人がいるせいで人口密度が異常に高い。さすがに歓声などが上がったりはしないが、この一部分だけまるでコンサート会場のようである。
私の思うことが正しいのならば、彼女たちはある一人に夢中なのである。保健室の奥、多分ベットの辺りにいるその一人が、トワ様。
もし、私が思うトワ様なら……と、胸が高鳴り心臓がバクバクとうるさく音立てる。

「古泉、怪我人じゃねえなら保健室に来るんじゃないって言っただろう!」

トワ様と一緒に部屋の奥にいるのかと思った保健医の声は意外と近くから聞こえた。
部屋の中ごろで壁に背にして腕を組み、突っ立っている。

そんな所にいるなんて思っていなかったから少しビックリして、顔を向けたら保健医と思いっきり目が合った。

本能的に、マズイと感じた。激しく動く心臓が、一瞬にして凍り付く。
保健医の視線は鋭く、獲物を狩る肉食獣のようである。
こちらに向かってきそうな気配がしたから、足が痛いことなど忘れて慌てて部屋を飛び出した。

そのまま教室まで逃げ帰る。

どうしてアイツ私のこと見てたわけ?!
背中がゾゾっときて危険を感じた。あの男に捕まったらヤバい。
もう絶対に保健室なんて行かないようにしないと!超恐い!

深呼吸して、走ったから暴れる心臓を落ち着かせ、自分の席に座っている千香ちゃんのもとへ舞い戻る。
千香ちゃんにもテストの点数を教えてあげなきゃだもんね。


千香ちゃんにも点数を教えたら呆れられました。
千香ちゃんは林よりも得点が高かった。というか全部九十点台だった。さすが頭脳も優れたデキる女である。
どうしてこの点数で喜べるのよ、と言われたけど私にとっては高得点なのである。家に帰ったら母上にも報告してこの喜びを分かってもらわなければ!


ひとつだけ、この日私の胸に残ったことがある。
それは保健室にいた、古泉トワ様。姿は見ることができなかったけど、私が前世の記憶を思い出してから会いたいと思っていたうちの一人の存在を確認できたことである。
トワ様、もし機会があるならば必ず――。


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