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4お礼
しおりを挟むそれから。大上君は毎日、ここに来た。
生物準備室に彼が来るようになってから、もう一週間くらいになる。
でも、なぜか毎日甘い物を持って。
大上君は甘党なのかな?
大上君は、わたしにもお菓子をくれる。
なんでか、いつもいつの間にか近づいてて、驚いて逃げてっていうのを繰り返してる。
なんで知らないうちに近寄ってちゃうんだろう?
「赤ずきん、今日も来たぞ!」
「あ。お、お、おはよう」
毎日毎日来れば、さすがのわたしだってちょっとは慣れてくる。
キョドりながらだけど、挨拶ができるようになった。
だって大事だもんね。
初めはつまらなそうにしてるだけだったけど、三日目くらいには携帯ゲーム機を持ち込むようになっていた。
そのおかげで、大上君のジロジロ観察されるような視線から解放されたの。
だから、わたしも読書をして過ごすって日々が返って来た。
といっても、皮無君と骨無君とのお喋りは激減した。
まあ、当然返事があるわけじゃないから、独り言とも言えるけど……。
今日も本の世界に没頭していた。
わたしって読みだすと周りの声が聞こえなくなっちゃうみたいで。
「――い!おい!赤ずきん!てめぇ、わざとシカトしてんのか?!」
「ぴっ?!」
耳元で叫ばれたことで、やっと気が付く。
すぐ横には眉を吊り上げた大上君。
「っひ」
近い、近い。でも逃げ場がない。
怒ってる。怖い顔してるもん。
じんわりと、勝手に涙が滲む。
そんなわたしを見て、大上君は大きなため息をついた。
「はぁ、飯食うぞ」
「う、うん」
大上君は、怒鳴り声をあげることを止めた。
っていうのも、こないだ怒鳴り声が怖くってわたしが泣いてしまったのだ。
泣くわたしがうっとおしくて彼はまた怒鳴り、それに対してわたしがもっと泣き……。
そんなことを繰り返した末、そのことを面倒くさがった大上君は、なるべく怒らないって言ってくれた。
「ね、ねえ。聞いてもいいかな?」
お弁当をすごい勢いで口に運ぶ大上君に、わたしは遠慮がちに声をかける。
昨日も聞かなくちゃって思ってたのに、結局言い出せなかったから今日こそはちゃんと聞かなきゃ。
「……毎日ここにいるけど、教室に行かなくても大丈夫なの?」
「あぁ?」
口を動かしながら、不思議そうな顔をした大上君。
わたしは心配になったのである。
わたしは先生公認でここにいるけど、大上君はそうじゃない。
朝の出席確認の時は教室にいるみたいだけど、友達とか、授業とか色々あると思うのだ。
授業については真面目に聞いてる生徒の方が少ないことは知ってるけど。
「お友達が心配してたりしないのかなって」
余計なお節介だったかと、尻すぼみ気味に声が小さくなる。
「ああ、問題ない。つーか、教室来なくてヤベェのはお前の方だろ。一回も来たことねぇし」
「うっ」
正論を返されてしまった。
そうだよね、わたしって教室に一回も行ってないんだよね。
実は大上君とわたしは同じクラスだったんだ。
だから、大上君はわたしが教室に行ったことないって知っていた。
行かなくても大丈夫なようにしてもらっているけど、クラスメートはそんなこと知らないもんね。
「教室に一回来いよ」
「わたしは、教室には行かない……。先生に許可取ってから行かなくても大丈夫だし」
「ふーん。まあ、それでも近いうちに来いよ。俺がわざわざお前と仲良くなってんだ。来れるだろ」
大上君がやけにわたしが教室に来るように言うけど、なんでだろう?
わたしはきっと教室のクラスメートとは仲良くできないんだろうな。
怖くて話せないと思うもん。
ああ、入学式のことを思い出したら、また怖くなってきっちゃった。
話題を逸らそう。
「わ、わたしのことよりも、大上君はいいの?」
「俺はいいんだよ。教室に行ってもうっとおしい女が寄って来るだけだしな」
「そっか」
大上君の眉にしわが寄る。
怖い顔だ。
「一応女だからあんまり殴れねぇし、面倒くせぇんだよ」
「な、殴っ……」
暴力的な台詞に、一瞬気が遠くなる。
そんな言葉わたしとは程遠いと思ってたのに。
この学校では普通のことだったりするのかな?
やっぱり、この学校怖いよ。
「それに――」
「それに?」
それだけ言って言葉を止めたから、わたしも同じ台詞を繰り返す。
不機嫌そうな顔とは違って、今度は面白がっているような笑みが薄ら浮かんでいる。
「なんでもねぇ」
それだけ言ってそのまま、お弁当に向き合ってしまった大上君。
だから会話はここで途切れてしまった。
でも、さっきはなんだかちょっとだけ楽しそうだった。
何か面白いことでもあるのかな?わたしには分からないけど。
「今日はクッキーやるよ」
「わっ、ありがとう」
毎日、毎日、お菓子を貰ってる。
そして、いつもいつも貰った時の距離に驚いて逃げてしまう。
いつの間にか、大上君との距離が縮んでてビックリしちゃうのだ。
でもね、わたしは思ったのだ。貰ってばかりでは、失礼だと。
それに、逃げるのも良くない。
大上君は怒鳴らなきゃ、怖くない。見た目は女の子みたいだもの。
だから、わたしは思ったの。
お菓子のお礼に紅茶を淹れてあげよう、って。
本当は皮無君と骨田君とのお茶会の時に淹れようと思って、ちょっと前に用意していたんだけど、大上君が来るようになったから使ってなかったのだ。
一昨日くらいから、お礼としてお茶を淹れようってずっと思い続けてた。
でも、どうしても知らないうちに縮まる距離に驚いちゃう。
だから今日こそは、今日こそは。
ちゃんと驚かない距離感でお菓子を貰って、そのままお茶を淹れるんだ。
ちゃんと朝にポットのお湯をセットしてるから、準備は万端なのである。
「どうした、赤ずきん?」
心の中でちゃんと、今日こそは!って決意を新たにしてたら、クッキーの袋を持った大上君が怪訝そうな顔をしていた。
お菓子を貰いに来ると思ってたのだろう。なのに、来ないから声を掛けたんだと思う。
「ううん、なんでもないの」
視界がクッキーだけになってしまいそうになるのを抑える。
前髪で目元を隠す。
失敗しないように緊張してきたからか、顔が強張ってきた。
いつも、お菓子ばかりに目を奪われるから大上君との距離に驚くのだ。
だから、ちゃんと視界の中で大上君の存在の認識しておかなきゃ。
「ほら」
昨日までみたいな失敗をしなかったわたしは、両手で皿を作ってクッキーを受け取る。
ちゃんと大上君も見ていたから、距離の近さに驚くこともない。
だから、そのまま逃げることもない。
「ありがとう」
目の前できちんとお礼を言えたのは、今日が初めてだ。
「なんだ、今日は逃げねぇんだな」
珍しそうに。でも、からかうように大上君が声を掛ける。
そりゃ、逃げないように頑張ったもん。
「あ、あのね。お礼にお茶……飲まない?」
言いながら紅茶嫌いだったらどうしようって思いが湧き上げってきた。
そのせいで後半は小声である。
断られたらどうしよう?
嫌いだったら、大上君にイヤな思いをさせてしまうかもしれない。
内心、戦々恐々なわたしに大上君は一瞬ポカンと呆気にとられた顔をした。
それから、顔をくしゃっとさせて大きく笑う。
「おう、いいぜ」
「っ!待ってね、今準備するから」
安心感がわたしを襲う。
でも、同時に嬉しくなった。私の口元がわずかに緩む。
大上君の笑顔を見て、わたしでも笑ってもらうことができたんだって。
やっぱり他人に喜んでもらえたら嬉しくなる。
「やった、やっと言えたよ!骨田君、毎日相談乗ってくれてありがとうね」
ポット脇にいた骨田君にもこの喜びを分かってほしくて小さな声でニッコリと笑いかけた。
骨田君には毎朝、大上君にお礼をしたいから頑張るねって一方的に宣言してたの。
昨日までは失敗だったけど、やっと成功したんだよ。
ポットからお湯を出して紅茶を準備する。
そして座って待っていた大上君の前に紅茶をゆっくりと出した。
「どう――」
「お前さ、なんで骨には笑いかけんだよ」
どうぞって言葉は、上から重ねられた大上君の台詞にかき消された。
「俺に対してはそんなに笑わないくせに。本当、気に食わねぇ奴」
拗ねたように顔を背けた大上君に、どうしていいのか分からなくなるわたし。
どうして大上君がこんな顔をするんだろう。
わたしそんなに笑わなかった、かな?
「大上君」
「ん、だよ」
勇気を出して大上君の方に指を伸ばす。
ツンツンと突けば、不機嫌気に視線だけ投げてきてくれた。
「こ、この紅茶美味しいよ。飲もう」
首を少しだけ傾げて大上君にも笑いかける。
目を隠している髪が少しだけ、横に揺れた。
本当に美味しいんだよ。
お菓子も用意してあげる。
大上君、毎日甘い物持ってくるからたくさん甘い物を買って来たんだ。
きっと甘い物、好きなんだよね?
大上君がちょっと目を見開いて驚いた顔をした。
それからちょっと視線を彷徨わせた後で、紅茶のカップに触れた。
「貰う」
「うん」
ちょっとずつ、私達の距離が近くなっていく日々。
少しずつでいいから仲良くなれたらいいなって思うよ。
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