靄を払う

時和 シノブ

文字の大きさ
上 下
1 / 3

しおりを挟む
僕の人生計画には一寸の狂いもなかった。

物心付いた時、初めて聴いた音楽はクラシック。
ピアノの軽やかで優しい音色が心地良く感じた。
胎教にいいからと、母が僕の生命いのちがお腹に宿ったと分かった時から聴かせてくれていたのだ。

流石、僕の母さん……

その効果があってか僕はあまり怒ることもなく、いつも周りの皆に穏やかだねとか、いつも笑顔だね、などと言われてきた。

近所の大人達も僕に良くしてくれた。
見ず知らずのおばあさんから「まぁ、可愛らしい!」なんて頭を撫でられたりもした。
僕は母に似て髪の毛の色など色素が少し薄く、幼い頃は「ハーフ?」などと尋ねられたりもした。

それに本もよく読んでいたので、年の割には早熟で、勉強も特にこれといった努力をせずとも成績が良かった。

「優秀なお子さんで羨ましいわ」
と母はいつも周囲に言われていたようだし
あきら君は、将来何でもなりたい職業につけるわよ~」
と僕も友達の母親や担任の先生に言われたりした。
どの顔を見ても同じようなわざとらしい笑顔、誉め言葉ばかりで半分嫌味もこめられていたりするのかななんて卑屈になったりもした。

僕は、そんな大人達の気持ちが手に取るように分かるから
「そんなことないですよ。手先はちょっと不器用なんで図工とか苦手ですよ……」
なんて、謙遜する事も忘れない。
そういうちょっとした処世術みたいなものを自然に会得してしまう自分が、我ながら素晴らしいと思ったし、ちょっと恐ろしくも感じた。

あまりに幸せな事が続くと、その分、いつか不幸がやってくるんじゃないか……

というような得体の知れない不安が常に頭の片隅にあったんだ。

その不安は喫煙室に突如放り込まれてしまったみたいに、僕の目の前を灰色の靄で埋め尽くす。
――どうにか必死に払いのけようとする。
その靄がかった不安を取り除く為には、僕も少し苦い思いをして、バランスを取らなきゃいけない気がしてくる。

それから僕は
『自分が得るはずだった小さな幸せを誰かにそっと譲る=お裾分け的な行為』
をすれば不幸を回避できるのでは?という見解に至る。

例えば学年1位をテストで取り続ける事なんて造作もないのに、敢えて少しだけ間違えて解答を記入する。
1、2問だけ間違えるような。
万年、2位の子にも1位になるチャンスをあげるんだ。
すると「章君も間違ったりするんだね」と、
僕が皆にとって完全無欠の人間ではなくなり、親近感が少し湧いたりもするだろう。

この時、間違っても空欄なんかには、しちゃいけない。
即座に担任の先生が異変に気づいてしまうから……
僕がそんな単純なミスを犯すことなんて、先生の中ではあり得ないことなんだ。
ほんの少しの嘘なら、特に疑うこともなく、自然に受け入れてしまうのが世の常だろう。

人間関係を円滑にするうえでも、自分ばかり注目を浴びぬよう、そっと一歩下がって周囲の人達に場の主役を譲る……
人に妬まれない丁度良い塩梅でバランスを取ることが重要だ。

そんな細部まで抜かりのない心配りが、子供の頃から今日まで、僕が周囲の人間に愛され、妬まれず、仕事までもが順調な要因だろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編小説】親友と紹介された女の子

遠藤良二
現代文学
 今日は一年の始まりの元旦。友人と二人で初詣に行った。俺はくじを引いたら大吉だった。「やったー!」 と喜んだ。嬉しい。 俺の名前は|大坂順二《おおさかじゅんじ》という。年齢は二十歳で短期大学を卒業したばかり。今は四月で仕事はコンクリートを製造する工場で働いている。仕事はきついけれど、人間関係が楽しい。気の合うやつらばかりで。肉体労働なので細マッチョ。もう一人の友人は会社の同僚でそいつも大吉だった。

とある短編集

小春かぜね
現代文学
短編を纏めた物です!

太陽に焼かれる日常

雨月葵子
現代文学
いつだって「今日」しかない日常を切り取った話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

世界の端に舞う雪

秋初夏生(あきは なつき)
現代文学
雪が降る夜、駅のホームで僕は彼女に出会った まるで雪の精のように、ふわりと現れ、消えていった少女── 静かな夜の駅で、心をふっと温める、少し不思議で儚い物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

MPを補給できる短編小説カフェ 文学少女御用達

健野屋文乃(たけのやふみの)
現代文学
迷宮の図書館 空色の短編集です♪ 最大5億MP(マジックポイント)お得な短編小説です! きっと・・・ MP(マジックポイント)足りてますか? MPが補給できる短編小説揃えています(⁎˃ᴗ˂⁎)

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...