いつもの帰り道で

時和 シノブ

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「……ったく。その日、朝から午前中一杯、咲子の鏡台の引き出しの中にいたよ。それから……孫の健司が午後に咲子を墓参りに連れて行くっていうんで、私は引き出しから連れ出されたんだ」

「ふんふん、なるほどね……」

真美は相槌を打ちながらメモを取っている。

「それで、いつものように咲子の斜めがけの大きなバッグの中に巾着ごと入れられて、あんたと最初に遇った場所まで行ったんだよ」

「その時、お孫さんの健司さんと咲子さんの間に何か変わったことはありませんでしたか?」

「よく聞き取れなかったけど言い合いしてたよ。で、結局バスに乗らなかった。最近、咲子は変なんだよ……」

「変?」

「そうそう……同じこと何度も言ったり、食べた御飯を食べてないって言い張ったりしてさ、咲子の息子夫婦も手を妬いてたんだよ。家の中はしっちゃかめっちゃかで……いつの間にか咲子は嫌われ者になっちまったのさ」

ツバキは泣きそうな声で言った。

(もしかして咲子さんって……認知症?)

真美は『咲子さん=認知症の可能性あり』とメモに記す。

「健司さんと咲子さんの仲はどうでした? あと健司さんと御両親の仲は?」

畳みかけるように真美は訊く。

「健司は昔から咲子と仲が良かったよ……健司の両親は共働きで、平日は夜まで二人きり。そりゃ、婆ちゃん子になっちまうよね……だから健司と両親の仲は最悪って程じゃないけど、あまり良くないのかもしれないね」

「ツバキさん、少し時間がかかっちゃうかもしれないですけど、付き合ってもらえますか?」

――真美の妄想癖が、遂に役立つ時がきたのだ。



それから数日間、真美とツバキは二人が最初に出遇った場所で、健司が現れるのを待った。
トートバッグの口を広げ、それらしき人物が通るたびにツバキに尋ねる。
ツバキは何処からか俯瞰しているらしく、どうやら健司を見間違うことはなさそうだ。

黒のトラックジャケットに同色のスキニーパンツを合わせ、サコッシュを斜めがけした20代前半らしき男性が真美の正面から歩いてきた時、ツバキが彼女に声をかけた。

「あれが健司だよ」

真美は意を決して、健司と思しき男性を呼び止めた。
すると男性は訝しげな顔で真美を見て、

「なんで個人情報を知ってるんですか?」

と、ごく自然な質問を彼女にぶつけた。

「失礼しました。私のことを疑われるのは、ごもっともです……ですが、こちらに見覚えはありませんか?」

そう言って真美が巾着袋を健司に見せた時、彼の顔色が変わった。

「あ、それ……持っていてくださったんですか?」

健司は当たり前のように巾着袋に手を伸ばした。
すると、真美は、その手を除けるように一歩後ろに後ずさった。

「お返しする前に、お伺いしたいことがあります……」

その真剣な真美の眼差しと口調に、今度は健司が後ずさる。

「健司さん……間違っていたらごめんなさい。貴方、咲子さんがこの巾着袋を失くされたこと、気がついていましたよね?」

暫くの間、健司は黙っていた。
だが、真美との間に流れる張り詰めた空気に耐えかねたのか、諦めたように小さく頷いた。

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