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現在の簪の所有主、咲子は母に似て穏やかな性格。
彼女の祖母の紅緒とも何処か似たところがあり、特別美人ではないが、清らかな笑顔が美しい上品な女性だ。
朗は苦労も多く、母との結びつきがとても強かったので、簪のことを『母の形見』として、過剰なほど大切にしていたが、咲子は両親の元、特に不自由もなく至極平凡に育った為『可愛らしい椿の細工が施された、お婆様の簪』くらいにしか思っていないようだった。
そんな咲子も年を取り、数年前、認知症を発症してしまった。
彼女の鏡台やバッグの中で慎ましく、時には彼女の髪の上で誇らしく、生活を共にしてきた簪は、咲子の異変に徐々に気付き始めていたが『認知症』というものを彼女は理解していなかった。
(咲子はどうしちまったんだい……最近は、ぼーっとしてばかりで、滅多に外へ連れ出してもくれないし……)
そんな咲子の行動を簪が気に掛け始めた矢先の出来事だった。
麗らかな日和のなか、同居している孫の健司に連れられ、咲子は車椅子で墓参りに出かけた。
孫の健司は、自分の両親に対しては少し反抗的であったが、祖母の咲子にとても優しく、彼女が認知症を発症してからも、時々、車椅子に乗せ、色々な場所に連れ出していた。
健司が幼い頃、共働きの両親に代わり、彼の面倒を主にみていたのは祖母の咲子だった為だろうか、
『今度は俺が、婆ちゃんの面倒をみる!』
と両親にも豪語していたらしい。
そんな彼が自分のことを探してくれるのではないかと、簪は密かに期待していたのだが……
(健司のバカ野郎……何、やってんだい……)
静まり返った交番にある施錠された棚の中からでは、簪の祈りは届かない……
こうして簪は、侘しい夜を明かそうとしていた。
◇
真美が交番に簪を届けてから三ケ月が過ぎた。
道に落ちている物に異様な執着を見せる彼女だったが、こんなに長い期間、一つの物に心が縛られているのは初めてだった。
普段は個人情報が載っていそうな物や、お財布など、明らかに悪意ある人が見つけたら懐に入れてしまいそうな物だけ、交番に届けてきた真美だったが……
今、彼女は簪を届けた際に渡された拾得物件預かり書と、にらめっこし続けている。
三ケ月が経過し、落とし主が不明、もしくは返還を望まない場合、その落とし物の所有権を拾い主である真美が得るからだ。
真美は別に、簪が欲しかった訳ではない。
確かに魅力ある品物ではあったが、彼女にはどうしようもなく気になることがあったのだ。
(あの時、聞こえた『声』は何だったんだろう……)
真美は、この三ケ月間、そればかり考えていた。
(今まで霊感なんてなかったし、まさかね……)
――彼女が聞いたのは、勿論、付喪神の声。
そんなことも知らず、真美はもう一度、あの日のことを思い出していた。
◇
――真美が巾着袋を拾い上げた時、何処からか一瞬、声が聞こえた。
『ねぇ、あんた。私の声、聞こえるかい? ねぇってば……』
これが心霊現象ってやつかと思い、真美は思わず身震いして周りを見た。
すると丁度すぐ近くにバス停があり、その行き先を見て、彼女はさらに震えあがった。
(山上霊園……嘘、嘘、嘘! さっきのバスから幽霊降りてきちゃったの? 今、その辺にいるの?)
真美の妄想癖が災いした。
こうして、付喪神の声は無情にも真美に届かず、すっかり幽霊のそれと勘違いされていたのだった。
彼女の祖母の紅緒とも何処か似たところがあり、特別美人ではないが、清らかな笑顔が美しい上品な女性だ。
朗は苦労も多く、母との結びつきがとても強かったので、簪のことを『母の形見』として、過剰なほど大切にしていたが、咲子は両親の元、特に不自由もなく至極平凡に育った為『可愛らしい椿の細工が施された、お婆様の簪』くらいにしか思っていないようだった。
そんな咲子も年を取り、数年前、認知症を発症してしまった。
彼女の鏡台やバッグの中で慎ましく、時には彼女の髪の上で誇らしく、生活を共にしてきた簪は、咲子の異変に徐々に気付き始めていたが『認知症』というものを彼女は理解していなかった。
(咲子はどうしちまったんだい……最近は、ぼーっとしてばかりで、滅多に外へ連れ出してもくれないし……)
そんな咲子の行動を簪が気に掛け始めた矢先の出来事だった。
麗らかな日和のなか、同居している孫の健司に連れられ、咲子は車椅子で墓参りに出かけた。
孫の健司は、自分の両親に対しては少し反抗的であったが、祖母の咲子にとても優しく、彼女が認知症を発症してからも、時々、車椅子に乗せ、色々な場所に連れ出していた。
健司が幼い頃、共働きの両親に代わり、彼の面倒を主にみていたのは祖母の咲子だった為だろうか、
『今度は俺が、婆ちゃんの面倒をみる!』
と両親にも豪語していたらしい。
そんな彼が自分のことを探してくれるのではないかと、簪は密かに期待していたのだが……
(健司のバカ野郎……何、やってんだい……)
静まり返った交番にある施錠された棚の中からでは、簪の祈りは届かない……
こうして簪は、侘しい夜を明かそうとしていた。
◇
真美が交番に簪を届けてから三ケ月が過ぎた。
道に落ちている物に異様な執着を見せる彼女だったが、こんなに長い期間、一つの物に心が縛られているのは初めてだった。
普段は個人情報が載っていそうな物や、お財布など、明らかに悪意ある人が見つけたら懐に入れてしまいそうな物だけ、交番に届けてきた真美だったが……
今、彼女は簪を届けた際に渡された拾得物件預かり書と、にらめっこし続けている。
三ケ月が経過し、落とし主が不明、もしくは返還を望まない場合、その落とし物の所有権を拾い主である真美が得るからだ。
真美は別に、簪が欲しかった訳ではない。
確かに魅力ある品物ではあったが、彼女にはどうしようもなく気になることがあったのだ。
(あの時、聞こえた『声』は何だったんだろう……)
真美は、この三ケ月間、そればかり考えていた。
(今まで霊感なんてなかったし、まさかね……)
――彼女が聞いたのは、勿論、付喪神の声。
そんなことも知らず、真美はもう一度、あの日のことを思い出していた。
◇
――真美が巾着袋を拾い上げた時、何処からか一瞬、声が聞こえた。
『ねぇ、あんた。私の声、聞こえるかい? ねぇってば……』
これが心霊現象ってやつかと思い、真美は思わず身震いして周りを見た。
すると丁度すぐ近くにバス停があり、その行き先を見て、彼女はさらに震えあがった。
(山上霊園……嘘、嘘、嘘! さっきのバスから幽霊降りてきちゃったの? 今、その辺にいるの?)
真美の妄想癖が災いした。
こうして、付喪神の声は無情にも真美に届かず、すっかり幽霊のそれと勘違いされていたのだった。
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