コネクトー雨が繋いだものー

時和 シノブ

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帰る道すがら、俺はまだ子供食堂の事を考えていた。

あのスタッフの女性は当番制と言っていたけど、誰か1人でも体調を崩してしまったらどうなるんだろう。
子供達は食堂が急に休みになったら、どこか行き場所あんのか。
俺は田中さんという優しい知り合いのおばさんがいたからいいが、今の世の中、そんな他人の子供に親切な人ばかりではない。
ボランティア同然と言ってたし、スタッフの成り手もあまりいないのかもしれない。

俺は家に着いてからも、今日の出来事を繰り返し思い出していた。

あいつの嬉しそうな笑顔と帰り際に少し見せた寂しそうな顔。
俺も小さい頃、頑張って働いてくれている母さんに「寂しい」と素直に言えなかった。
俺みたいな寂しい思いを、あいつは今してるんだろう……。

雨は小降りになったものの、夜通し降り続いていた。
いつもは心地よく感じる雨の音も、なんだか寂しく感じられ、布団に入ってからもずっと寝付けずにいた。

翌朝、昨日までの雨はすっかり上がり、俺のなんの変哲もない日常が戻ってきた。
母さんはすでに朝ご飯を用意してくれていて、もう会社に行ったらしい。

相変わらず、甘すぎる玉子焼き……。

でもそれがうまい。
そうだ。俺は寂しい思いもしたけど、いつも母さんは料理を作ってくれた。
毎食とはいかなかったが、必ず日に1食は手料理だった。

俺は、そんな母さんの力に少しでもなりたくて、田中さんに料理を教えてもらったりもしたっけ。
寂しい思いもしたけど、必ず誰か優しい大人が見守ってくれていたんだ。

朝ご飯を終えると、俺は昨日借りた傘を握りしめ、家を出た。

そうだ、俺にもできることがあるかもしれない。

その日の放課後、俺は昨日の子供食堂に向かった。
今日は、あいつはまだ来ていないらしい。
子供達に不思議そうな目で見られつつも、配膳室の方に向かう。

「あ!昨日の」

昨日の女性スタッフ、久保さんが、俺に気づき出てきてくれた。

「こんにちは。あの、こちらで俺にできること何かありませんか?」
「え?」

急なことで久保さんは目を丸くしている。

「あの、俺、何かこちらの役に立てたらなって。
俺も小さい頃、1人で飯食ってたりしてたんで。
まぁ、今もほとんど家では1人なんすけど」
「ありがとうございます。でも……
こちらは皆さんボランティアスタッフなのでお給金が出せないんです」

少し言いづらそうに久保さんは答える。
それは勿論、覚悟のうえだ。

「バイト代なんていりません。俺、自炊できるし、簡単な料理なんかも作れますよ。女性の苦手な荷物の運搬作業とかもできますし」
「本当ですか。こちらは人手不足なので、お願いできれば大変ありがたいです」
「学校終わってからになっちゃいますけど。大丈夫ですか?」
「店主と運営の方にお話ししてみますね。それからのお返事でも」
「はいっ。俺の連絡先と住所です。後日、必要でしたら履歴書も用意します。いつでも連絡ください!」

久保さんにメモを渡し、俺は食堂を後にした。
普段の自分では考えられない行動力。
面倒臭いことを避けて行動していた自分が嘘のようだ。
例えスタッフになれなかったとしても、一歩踏み出せた気がして、たまらなく嬉しかった。

「お兄ちゃん?」

昨日聞いたばかりのまだか弱く、幼い声に足を止める。

「おうっ!今から食堂か」
「うん、そう!」

向かいの歩道から、やっと声が聞き取れるくらいだ。

「気をつけてな。じゃ、またなぁ」

車が行き交う間をぬって、ぶんぶんと音が出そうなくらいの勢いで、俺は手を振る。
負けじとあいつもぴょんぴょんとジャンプしながら手を振り返す。

食堂のスタッフに俺が入ることになったら、あいつは喜んでくれるだろうか。
びっくりしてくれるだろうか。

俺はなんだか、子供の頃に戻ったような高揚感で街を歩いていた。




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