5 / 5
5
しおりを挟む
帰る道すがら、俺はまだ子供食堂の事を考えていた。
あのスタッフの女性は当番制と言っていたけど、誰か1人でも体調を崩してしまったらどうなるんだろう。
子供達は食堂が急に休みになったら、どこか行き場所あんのか。
俺は田中さんという優しい知り合いのおばさんがいたからいいが、今の世の中、そんな他人の子供に親切な人ばかりではない。
ボランティア同然と言ってたし、スタッフの成り手もあまりいないのかもしれない。
俺は家に着いてからも、今日の出来事を繰り返し思い出していた。
あいつの嬉しそうな笑顔と帰り際に少し見せた寂しそうな顔。
俺も小さい頃、頑張って働いてくれている母さんに「寂しい」と素直に言えなかった。
俺みたいな寂しい思いを、あいつは今してるんだろう……。
雨は小降りになったものの、夜通し降り続いていた。
いつもは心地よく感じる雨の音も、なんだか寂しく感じられ、布団に入ってからもずっと寝付けずにいた。
翌朝、昨日までの雨はすっかり上がり、俺のなんの変哲もない日常が戻ってきた。
母さんはすでに朝ご飯を用意してくれていて、もう会社に行ったらしい。
相変わらず、甘すぎる玉子焼き……。
でもそれがうまい。
そうだ。俺は寂しい思いもしたけど、いつも母さんは料理を作ってくれた。
毎食とはいかなかったが、必ず日に1食は手料理だった。
俺は、そんな母さんの力に少しでもなりたくて、田中さんに料理を教えてもらったりもしたっけ。
寂しい思いもしたけど、必ず誰か優しい大人が見守ってくれていたんだ。
朝ご飯を終えると、俺は昨日借りた傘を握りしめ、家を出た。
そうだ、俺にもできることがあるかもしれない。
その日の放課後、俺は昨日の子供食堂に向かった。
今日は、あいつはまだ来ていないらしい。
子供達に不思議そうな目で見られつつも、配膳室の方に向かう。
「あ!昨日の」
昨日の女性スタッフ、久保さんが、俺に気づき出てきてくれた。
「こんにちは。あの、こちらで俺にできること何かありませんか?」
「え?」
急なことで久保さんは目を丸くしている。
「あの、俺、何かこちらの役に立てたらなって。
俺も小さい頃、1人で飯食ってたりしてたんで。
まぁ、今もほとんど家では1人なんすけど」
「ありがとうございます。でも……
こちらは皆さんボランティアスタッフなのでお給金が出せないんです」
少し言いづらそうに久保さんは答える。
それは勿論、覚悟のうえだ。
「バイト代なんていりません。俺、自炊できるし、簡単な料理なんかも作れますよ。女性の苦手な荷物の運搬作業とかもできますし」
「本当ですか。こちらは人手不足なので、お願いできれば大変ありがたいです」
「学校終わってからになっちゃいますけど。大丈夫ですか?」
「店主と運営の方にお話ししてみますね。それからのお返事でも」
「はいっ。俺の連絡先と住所です。後日、必要でしたら履歴書も用意します。いつでも連絡ください!」
久保さんにメモを渡し、俺は食堂を後にした。
普段の自分では考えられない行動力。
面倒臭いことを避けて行動していた自分が嘘のようだ。
例えスタッフになれなかったとしても、一歩踏み出せた気がして、たまらなく嬉しかった。
「お兄ちゃん?」
昨日聞いたばかりのまだか弱く、幼い声に足を止める。
「おうっ!今から食堂か」
「うん、そう!」
向かいの歩道から、やっと声が聞き取れるくらいだ。
「気をつけてな。じゃ、またなぁ」
車が行き交う間をぬって、ぶんぶんと音が出そうなくらいの勢いで、俺は手を振る。
負けじとあいつもぴょんぴょんとジャンプしながら手を振り返す。
食堂のスタッフに俺が入ることになったら、あいつは喜んでくれるだろうか。
びっくりしてくれるだろうか。
俺はなんだか、子供の頃に戻ったような高揚感で街を歩いていた。
あのスタッフの女性は当番制と言っていたけど、誰か1人でも体調を崩してしまったらどうなるんだろう。
子供達は食堂が急に休みになったら、どこか行き場所あんのか。
俺は田中さんという優しい知り合いのおばさんがいたからいいが、今の世の中、そんな他人の子供に親切な人ばかりではない。
ボランティア同然と言ってたし、スタッフの成り手もあまりいないのかもしれない。
俺は家に着いてからも、今日の出来事を繰り返し思い出していた。
あいつの嬉しそうな笑顔と帰り際に少し見せた寂しそうな顔。
俺も小さい頃、頑張って働いてくれている母さんに「寂しい」と素直に言えなかった。
俺みたいな寂しい思いを、あいつは今してるんだろう……。
雨は小降りになったものの、夜通し降り続いていた。
いつもは心地よく感じる雨の音も、なんだか寂しく感じられ、布団に入ってからもずっと寝付けずにいた。
翌朝、昨日までの雨はすっかり上がり、俺のなんの変哲もない日常が戻ってきた。
母さんはすでに朝ご飯を用意してくれていて、もう会社に行ったらしい。
相変わらず、甘すぎる玉子焼き……。
でもそれがうまい。
そうだ。俺は寂しい思いもしたけど、いつも母さんは料理を作ってくれた。
毎食とはいかなかったが、必ず日に1食は手料理だった。
俺は、そんな母さんの力に少しでもなりたくて、田中さんに料理を教えてもらったりもしたっけ。
寂しい思いもしたけど、必ず誰か優しい大人が見守ってくれていたんだ。
朝ご飯を終えると、俺は昨日借りた傘を握りしめ、家を出た。
そうだ、俺にもできることがあるかもしれない。
その日の放課後、俺は昨日の子供食堂に向かった。
今日は、あいつはまだ来ていないらしい。
子供達に不思議そうな目で見られつつも、配膳室の方に向かう。
「あ!昨日の」
昨日の女性スタッフ、久保さんが、俺に気づき出てきてくれた。
「こんにちは。あの、こちらで俺にできること何かありませんか?」
「え?」
急なことで久保さんは目を丸くしている。
「あの、俺、何かこちらの役に立てたらなって。
俺も小さい頃、1人で飯食ってたりしてたんで。
まぁ、今もほとんど家では1人なんすけど」
「ありがとうございます。でも……
こちらは皆さんボランティアスタッフなのでお給金が出せないんです」
少し言いづらそうに久保さんは答える。
それは勿論、覚悟のうえだ。
「バイト代なんていりません。俺、自炊できるし、簡単な料理なんかも作れますよ。女性の苦手な荷物の運搬作業とかもできますし」
「本当ですか。こちらは人手不足なので、お願いできれば大変ありがたいです」
「学校終わってからになっちゃいますけど。大丈夫ですか?」
「店主と運営の方にお話ししてみますね。それからのお返事でも」
「はいっ。俺の連絡先と住所です。後日、必要でしたら履歴書も用意します。いつでも連絡ください!」
久保さんにメモを渡し、俺は食堂を後にした。
普段の自分では考えられない行動力。
面倒臭いことを避けて行動していた自分が嘘のようだ。
例えスタッフになれなかったとしても、一歩踏み出せた気がして、たまらなく嬉しかった。
「お兄ちゃん?」
昨日聞いたばかりのまだか弱く、幼い声に足を止める。
「おうっ!今から食堂か」
「うん、そう!」
向かいの歩道から、やっと声が聞き取れるくらいだ。
「気をつけてな。じゃ、またなぁ」
車が行き交う間をぬって、ぶんぶんと音が出そうなくらいの勢いで、俺は手を振る。
負けじとあいつもぴょんぴょんとジャンプしながら手を振り返す。
食堂のスタッフに俺が入ることになったら、あいつは喜んでくれるだろうか。
びっくりしてくれるだろうか。
俺はなんだか、子供の頃に戻ったような高揚感で街を歩いていた。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大人への門
相良武有
現代文学
思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。
が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
その男、人の人生を狂わせるので注意が必要
いちごみるく
現代文学
「あいつに関わると、人生が狂わされる」
「密室で二人きりになるのが禁止になった」
「関わった人みんな好きになる…」
こんな伝説を残した男が、ある中学にいた。
見知らぬ小グレ集団、警察官、幼馴染の年上、担任教師、部活の後輩に顧問まで……
関わる人すべてを夢中にさせ、頭の中を自分のことで支配させてしまう。
無意識に人を惹き込むその少年を、人は魔性の男と呼ぶ。
そんな彼に関わった人たちがどのように人生を壊していくのか……
地位や年齢、性別は関係ない。
抱える悩みや劣等感を少し刺激されるだけで、人の人生は呆気なく崩れていく。
色んな人物が、ある一人の男によって人生をジワジワと壊していく様子をリアルに描いた物語。
嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言……
現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。
彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。
※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非!
※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる