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夢の女の正体 01
しおりを挟む「えっ! き、君は……!?」
「ここからは、私が説明しよう」
慌てふためく俺とニコニコと微笑むルチアの間に割って入ったのは、ルチアの父であるカザリー侯爵だった。侯爵は俺に座るよう促すと、隣に座りたがるルチアを強引に引っ張っていく。
「その前に、あんなに結婚の日取りを決めるのを渋っていたのに、どういう風の吹き回しかね?」
カザリー侯爵はギロリと俺を睨みつけ、苛立ちを隠そうともしない。呪いのことで気付かなかったが、俺の結婚時期をはぐらかす態度は、侯爵家を振り回していたようなものだ。怒るのはごもっともな話で、俺はひたすら謝ることしかできなかった。
「そ、それは、大変申し訳なかったと思っています。当時はまだ学園を卒業して間もないもので、まだルチアを幸せにする自信が無く……」
もう婚約しているし決定事項なのだから、幸せにするも何もない。頭が真っ白になったせいで、俺は自分でもくだらないと思う理由を、しどろもどろに話していた。
自惚れていたが、俺の立場は危ういものだ。王太子になったわけでもなく、それこそカザリー侯爵の後ろ盾があってこそ、次期王座が約束されているようなものなのに。侯爵の冷たく責める態度に、俺は背筋に嫌な汗をかき始めていた。
「フン。どうせ夜伽の女に、飽きただけだろう。君の夜の振る舞いは、私の耳にも届いている。結婚前の伽は認められているとはいえ、ああもとっかえひっかえ毎晩するとは、元気なことだな」
その言葉にギクリと心臓が止まりそうになる。二人だけの時ならまだしも、ルチアがいる前で言うとは思わなかった。もしかしてこれは結婚の日取りを決めるのではなく、俺との婚約解消を言い渡すつもりなのだろうか。
「君は結婚する前にできるだけ多くの女性と夜を過ごすため、日取りを決めるのを先延ばしにしていた。そんなルチアの気持ちを考えない浅はかな君に、大事な娘を幸せにすることができるのか!」
カザリー侯爵の拳は、今にも殴りかかりそうなほど震えていた。俺を睨みつけるその視線に心の底から恐怖を感じ、言い訳の言葉はおろか謝罪すら出てこない。
するとルチアがスッと立ち上がり、俺を庇うように侯爵の前に立ちはだかった。
「お父様! もうそのような終わったことで、アルバート様を困らせないで下さいませ! ルチアはまったく気にしておりません!」
「ルチア……」
その言葉に思わずルチアの名を呼んでしまう。彼女はにっこりと微笑むと、俺の隣に座り手を握ってきた。小さくて温かい手が、震える俺の手を優しく包み込んでいる。
「アルバート様。これからは、私だけ。私だけを愛してくだされば、それでルチアは幸せです」
そう言って微笑むルチアの金色の目は、涙で潤んで宝石のようにキラめいている。傷ついていないわけがない。それでもその悲しい気持ちを押し殺して、俺と添い遂げようとしているんだ。
夢の中で同じ台詞を言われた。同じ顔、同じ瞳。しかし今はなによりも、目の前のルチアの健気さが愛おしい。
「ルチア! 本当にすまない……! ルチアを傷つけた罪は、私が一生を懸けて償う。そして君を絶対に幸せにすると、ここに誓う!」
「アルバート様!」
繋いだ手を決して離さない気持ちで、ルチアの手をぎゅっと握り返す。ルチアの潤んだ黄金色の目には、俺が映っている。この宝石のような美しい目は、俺だけを見ていて欲しい。それでも彼女を長い間待たせ、傷つけたことを思うと、自分自身が許せなくて気持ちが暗くなってくる。
「まあ! アルバート様ったら、そんな悲しい顔しないでください。私が大好きな綺麗なお顔が台無しです!」
ああ、真面目なルチアが冗談まで言って、俺を元気づけようとしている。なんて優しいんだ。俺はルチアの顔を見上げ瞳を見つめ返すと、彼女はふふっと少し自慢げな顔をして立ち上がった。
「それに結婚することで、アルバート様に本当の私を見てもらえるのは、嬉しいです。どうですか? 私の素顔は?」
「もちろんすごく綺麗で、女神のようだよ! しかしこれは一体……」
俺は説明をすると言ったカザリー侯爵のほうを振り返る。すると私達の様子を苦々しく見ていた侯爵は、フンと鼻で笑ったあと、椅子に深く座り直した。
「ルチアの姿を変えたのは、カザリー侯爵家専属の魔術師だ」
「魔術師……」
そっとルチアと目を合わせると、彼女はコクンと可愛らしく頷いた。
「この子は幼い頃から、この見た目で苦労してね。過ぎた美しさは、人を魅了し狂わせる。それこそ私達家族がいる目の前で、攫われそうになったこともあった。この子の母親も幼い頃から苦労していたよ」
目の前にいる侯爵夫人は、今まで見てきたルチアの顔と似ている。ダークブラウンの髪と目。高位貴族らしい気品はあるが、容姿はいたって平凡で、どこにでもいそうな顔立ちだ。しかし話によると、夫人もまたルチアと同じ容姿をしているらしい。
侯爵は夫人の肩を愛おしそうに抱きしめながら、また話し始める。
「私はルチアの母親とは幼馴染でね。彼女が人に脅えて苦しんでいるのを知っていた。そこで私の父がカザリー侯爵家専属の魔術師を紹介し、姿を変える術を施したのだ。ちなみに私が妻と結婚できたのは、彼女に欲望のまま手を出さなかったのが私だけだったからだ。君と違ってね」
カザリー侯爵は俺を軽蔑の眼差しで見ながら「ルチアが幸せになれないのなら、婚約破棄も考えなくては」と呟いた。侯爵に睨まれ反論することもできず俯き黙っていると、ルチアがまた俺の代わりに反論し始める。
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