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婚約者ルチアと夢の女 01
しおりを挟む「こ、ここは……?」
従者が俺を心配そうに覗き込む顔が見える。彼女は? 彼女はどこに行った? 慌てて女を探すも、どこにもいない。いや、いるわけないんだ。その事実に気がつくと、すうっと血の気が引いていくのがわかった。
(これは魔術師が言っていたように、現実との区別がつかなくなっているのか!? 今日の朝までは、ここまでじゃなかったはずだ)
なにより今回はいつもより女の肌触りも、自分の汗の感じも、本物のようだった。呆然と考え込むように黙っていると、従者が急に騒ぎ始める。
「どうしたのですか!? まさか! さっき言っていた、呪いの夢ですか?」
「い、いや、違う! ちょっとお前の声に驚いただけだ」
「……そうですか? それは失礼いたしました。それより、午後はルチア様との面会がありますから、お茶を飲まずに早めに昼食を取りましょう」
「え……? ああ、そうか。そうだったな」
忘れていた。今日は午後からルチアと会う日だったな。しかし顔を合わせるのが気まずい。夢とはいえあんなに一人の女に溺れて情まで湧き、結婚生活をうまくやっていけるのだろうか……。
しかし俺はもっと重要なことに気づく。おかしい。いつもと違って、夢精している。下着の中がぐっしょりと濡れていて、気持ち悪い。幸いトラウザーズにまでは染みていないようだが、魔術師が言うように俺は夢に取り込まれ始めているのか……!?
「殿下? どうされました?」
「……いや。少し疲れていて、寝汗をかいたようだ。悪いが昼食は簡単なものを、部屋に用意してくれ。ルチアに会う前に、一度着替えようと思う」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
(ふう……とりあえず、これで誤魔化せたな。洗濯は下働きの者がするし、側近達にはバレないだろう)
俺は目の前を歩く従者に悟られないよう、そっと息を吐いた。
◇
「アルバート様、今日はお時間を作っていただき、ありがとうございます」
婚約者のルチアが綺麗なカーテシーをして、俺に微笑みかけている。相変わらずルチアの服装は、侯爵令嬢のわりに質素だ。胸元の露出もほとんど無く、すでに何人も子供を産んだ女性のような落ち着きがあった。
(……それにしても、婚約した時はもう少し派手な顔立ちだった記憶があるが、思い違いか)
俺が十五歳で学園の寮に入ってしばらく会えなくなった頃から、ルチアは地味な母の顔立ちに似てきたようだ。ダークブラウンの髪と目。色白で綺麗な肌だが、化粧っ気もなく、着飾ろうという気がないらしい。
まあ、予算を食いつぶすような女性なら、陛下も俺の婚約者には選ばない。国民もルチアのことを、喜んで受け入れるだろう。
この国は三十年前の戦争で、かなり国費が減ってしまった。将来を担う若者もたくさん死んでしまい、国はとにかく子を育てることに予算を使っている。おかげで子供が増えてきて国に活気が戻ってきたが、まだまだ贅沢できる雰囲気ではない。未来の王妃としては、このくらい質素なほうが適任だろう。
(……ルチアはあの女と違って、ほとんど胸が無さそうだな。それにさっきの夢で見た女の胸、以前より大きくなっている気がする。しかもあの感度の良さ。またあの胸にしゃぶりつきた――)
「アルバート様? どうしたのですか?」
無意識に女のことを考えてしまい、ルチアの声で我に返った。しまった! 今までこんな無作法、したことなかったのに。俺はすぐに気持ちを切り替え、自然に見える微笑みでルチアに話しかけた。
「すまない。ルチアが手紙で書いてくれたことを、思い出していたんだ。最近は魔術の勉強もしているのだろう? 君は真面目で勉強家だから、あまり根を詰め過ぎないようにね」
「魔術の勉強をしていること、覚えてて下さったのですね。嬉しいです」
二人でにこっと微笑み合う。良かった。誤魔化せたようだ。それにルチアが手紙で書いていたことを、覚えていたのは本当だ。意外とルチアの手紙は読んでいて面白い。学んだことををわかりやすく書いてくるので、俺まで勉強した気になるし、実際に興味が出て苦手だった歴史を学び直したこともあった。
ルチアはすでに妃教育を終え、外国語もすべて習得している。それ自体はとても素晴らしいことだし文句は無いのだが、早すぎる。俺は今年二十一歳で、ルチアは十八歳だ。お互いこの国での成人年齢に達しているが、まだ結婚するには準備を含めて、あと二年は欲しい。
しかしルチアはよほど俺のことが好きなのか、結婚ができる十六歳から俺との婚姻を望んでいた。ルチアの父親であるカザリー侯爵が、直接陛下に結婚の時期を聞いてきたこともあった。それでもその時はルチアが学生だったこともあり、有耶無耶になったのだが……。
(結婚の日取りを決める代わりに、この指輪を婚約の証として身に付けて欲しいと言われたんだったな……)
俺は右手の指輪をチラリと見る。ルチアも学園生活を送るようになってから、結婚を迫るようになってきた。もしかしたら、そこで不安に思うことがあったのかもしれないな。
ルチアに問題は無い。彼女が妃になること、私の妻になることに異論は無い。ただはっきり言ってしまえば、結婚前にルチア以外の女を知りたかった。
それだけだ。だからこそ結婚時期を決めるのをのらりくらりと避け、夜伽の女で欲を開放していた。
(しかし、そろそろ決断する時かもしれない。どうせ結婚の準備に一年はかかる。呪いのこともあるし、俺も現実を見なければ……)
「ルチア、そろそろ結婚の日取りを決めようか」
「まあ! 本当ですか! 嬉しいです!」
思い切って決断し、ルチアにそう告げると、彼女はパアッと花が咲いたように笑った。これでいい。彼女は今まで献身的に王家に尽くそうと頑張っていた。その努力に報いてあげなくては、恥知らずだ。頬を染め喜ぶルチアの顔を見れてホッとするも、今晩のことを思うと、つうっと背中に汗が流れた。
「……俺はこの国のためにも、愚かになってはいけない」
カザリー邸に帰っていくルチアの背中を見ながら、俺は一人呟いた。
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