上 下
169 / 169
番外編7(2024年文披31題)

31・喫茶アルカイドの一日(またね)

しおりを挟む
 喫茶アルカイドは朝七時に開店する。朝の時間は店主のハルが一人で回していることも多い。朝の時間に来るのはほとんどが常連で、ハルは誰が何を注文するのか大体わかっているのではないかと思うくらいに提供が早いことで話題になった。モーニングセットは好きなドリンクにトーストとゆで卵がつくシンプルなもの。モーニングに特別なお金は必要ない。
 モーニングは朝十一時まで。それが終わると店長代理の寧々と由真、それから最近は理世子がハルとともに店に立つ。しかしお昼時は暇だ。ランチもやっているのに……と思いながらも、暇なのを利用して穏やかな時を過ごす。時期によってはこの時間に子供達が押し寄せて、夏休みの宿題の相談を寧々にしていたりもするようだ。
 アフタヌーンティーの時間になると、店内は俄かに忙しくなる。大体この時間から黄乃、星音、或果、梨杏がシフトに入る。バイトが多い時間はハルはいつも姿を見せない。店員が増えても客がすごく増えるわけではなく、ゆったりとした時間が流れる――というわけではないが、どうやら今日は何もない一日のようだ。
「朝からずっと粘ってますね」
 おかわりのコーヒーを運んできた寧々が笑う。流石に長居しすぎただろうか。
「ゆっくりしてていいですよ。お客さんもそんなにいないし」
「すみません、どうしてもこれを終わらせたくて」
「もしかして締切近いんですか?」
「締切なんてそんなたいそうなものじゃないですよ。まだプロじゃないので」
 コンテストの締切が近いが、家にいるとどうにも捗らない。でも長居できる喫茶店はそこまで多くない。なのでこの店をよく使うのだ。他にも理由はいくつかあるが、そもそも長居できなければ使えないというのは事実だ。
 私は脚本家を目指している。しかしコンテストの結果は散々なものだった。自分の映画を作って、それを多くの人に見てもらうという夢はまだ遠い。
 おかわりのコーヒーで頭を覚醒させながら、昼食とおやつを兼ねたワッフルを口に運ぶ。それからまたひたすら白紙の原稿を埋めていく。

 カウンターの中にいる由真はどこか遠くを見るような目をしていた。彼女の手元には何かが書かれているノートがある。最近彼女がよくそのノートを開いていることを私は知っていた。そこにあるのは、まだ形にはなっていない何かの欠片。けれどそれはキラキラ輝いているような気がした。
 今書いている脚本を演じてくれるのが彼女だったらいいのに。彼女に演技の経験などがないことはわかっている。でも、ただそこにいるだけで何かを物語っているような人だと思う。ただの喫茶店の店員とその客だとしても、私は彼女を描きたいという抗いがたい欲求に逆らえずにいる。
 最後の一文を書き終わり、伸びをする。もうそろそろアルカイドも閉店の時間だ。夜七時の閉店に向けて、少しずつ準備が進んでいる。あまり遅くなっても迷惑をかけるだけなので、残ったコーヒーを飲み干して会計を頼む。
「いつもありがとうございます、隅村さん」
「こちらこそ、いつも長居してしまって」
「隅村さん、その分いつもたくさん頼んでくれるから」
 由真は会計をしながらも私の手元を見ていた。不思議に思って尋ねると、少しはにかみながら彼女は答える。
「ちょっと……脚本ってどんな感じで書くのかなぁって気になってて。あと隅村さんがどんな話を書くのかも」
「まだ大したものは書けてないけど……読んで、感想とかくれるなら見せてもいいかも」
 言ってしまってから自分で驚く。けれど本心だった。
「ほ、ほら……コンテストに出すやつだから、他の人に感想聞いて、直せるなら直して出した方が上手くいったりするんじゃないかなぁって……」
 言い訳なのに、自分でも名案だと思ってしまった。でもただの喫茶店の店員とその客なのに、一気にそこまで進んでしまっていいのだろうか。やっぱり断ろうかと思ったが、由真の目が輝いているように見えたので何も言えなくなった。言ってしまったのは自分だ。乗りかかった船だ。このまま突っ走ったところで死ぬわけじゃない。
「じ、じゃあ今度印刷して持ってくるから……」
「それなら、火曜日に待ってます」
 いつも火曜日に来店するのをしっかり覚えているらしい。今日はたまたま一日暇になったので木曜日にもかかわらずここに来たが、実はそれはとても珍しいことだったのだ。驚きながらもおつりを受け取って財布にしまうと、由真が笑顔で言う。

「ありがとうございました。また来て下さいね」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ココロオドル蝶々が舞う

便葉
ライト文芸
そこは男だけの職場 少年週刊誌「ホッパー」編集部 そこに一匹の麗しの蝶が舞い降りた 蝶?? どこに?? 誰が?? ~・~・~・~ 城戸蝶々(24歳) 見た目偏差値85、中身偏差値35 喋らなければ絶世の美女 喋り出したら究極のオタク グロ系漫画をこよなく愛する ホラー系漫画家志望の腰かけ編集部員 ~・~・~・~ 藤堂和成(29歳) 次の副編集長候補のイケメンチーフ 顔よし、仕事よし、性格よし バトル系漫画のカリスマ編集者 でも本当は究極の少女漫画オタク 「誰だ? この部屋に蛾を連れてきたやつは」 「蝶々、喋るな。 お前の言葉のチョイスは恐ろしすぎる」 恋をすれば蝶に変わる? マイペースな蝶々と蝶々溺愛の藤堂 そんな二人が 有望新人漫画家の担当になるが…… 恋に無頓着な二人が行きつく先は? 「蝶々、お前みたいな変な女を 愛してやってんだから たまには優しくしろよ……」 「藤堂さん、愛するって ゲロすることよりもきついんですね」 いつかは交わる時が来るのでしょうか……?

毒の美少女の物語 ~緊急搬送された病院での奇跡の出会い~

エール
ライト文芸
 ある夜、俺は花粉症用の点鼻薬と間違えて殺虫剤を鼻の中に噴射してしまい、その結果生死の境をさまようハメに……。ところが緊急搬送された病院で、誤って農薬を飲み入院している美少女と知り合いになり、お互いにラノベ好きと知って意気投合。自分達の『急性薬物中毒』経験を元に共同で、『毒を操る異世界最強主人公』のライトノベルを書き始めるのだが、彼女の容態は少しずつ変化していき……。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

魔法適性ゼロと無能認定済みのわたしですが、『可視の魔眼』で最強の魔法少女を目指します!~妹と御三家令嬢がわたしを放そうとしない件について~

白藍まこと
ファンタジー
わたし、エメ・フラヴィニー15歳はとある理由をきっかけに魔法士を目指すことに。 最高峰と謳われるアルマン魔法学園に入学しましたが、成績は何とビリ。 しかも、魔法適性ゼロで無能呼ばわりされる始末です……。 競争意識の高いクラスでは馴染めず、早々にぼっちに。 それでも負けじと努力を続け、魔力を見通す『可視の魔眼』の力も相まって徐々に皆に認められていきます。 あれ、でも気付けば女の子がわたしの周りを囲むようになっているのは気のせいですか……? ※他サイトでも掲載中です。

愛人(まなびと)

大宮りつ
ライト文芸
主人公の満(みちる)は、親友の真耶(まや)の突然の結婚報告をきっかけに、それまで気づかないように心の奥に閉まっていた自分の気持ちと向き合わざるを得なくなってしまった。 唯一無二の親友として、二人はかけがえのない15年を過ごし、満はこれからもこのまま真耶とずっと一緒にいられると思っていた。だが、大切なものは、失って初めてその存在の大きさに気づくことを、真耶の結婚式が近づくにつれて満は痛感していく。 真耶の新たな門出を自分のことのように喜びたい一方、大切な人を他の誰かに取られたような感覚を抱いた満は、とてつもない寂しさと虚無感に襲われていった。 大切な親友が、いつの間にか愛しい人になっていたこと、そして、その隣にいられるのはもう自分ではないことを辛い現実として突きつけられた満は、真耶の結婚式を迎えるまで、苦悩と葛藤にさいなまれる日々を過ごす。それでも、自分にとって大切な人の幸せを願いたい気持ちをなんとか優先させようと、湧き上がってくる想いを必死に心の奥底に押し込もうとするが……。 たとえ叶わない恋だと知っても、親友への特別な想いを消せず、自身が抱える複雑な想いに翻弄されていく主人公の淡く切ない恋物語。

藤堂正道と伊藤ほのかのおしゃべり

Keitetsu003
ライト文芸
 このお話は「風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-」の番外編です。  藤堂正道と伊藤ほのか、その他風紀委員のちょっと役に立つかもしれないトレビア、雑談が展開されます。(ときには恋愛もあり)  *小説内に書かれている内容は作者の個人的意見です。諸説あるもの、勘違いしているものがあっても、ご容赦ください。

可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古
ライト文芸
先生、ぼくたちは幸福だったのに、異常だったのですか? 周りの身勝手な人たちは、不幸そうなのに正常だったのですか? 世の人々から、可ではなく、不可というレッテルを貼られ、まるで鴉(カフカ)を見るように厭な顔をされる精神病患者たち。 USA帰りの青年精神科医と、その秘書が、総合病院の一角たる精神科病棟で、或いは行く先々で、ボーダーラインの向こう側にいる人々と出会う。 可ではなく、不可をつけられた人たちとどう向き合い、接するのか。 何か事情がありそうな少年秘書と、青年精神科医の一話読みきりシリーズ。 大雑把な春名と、小舅のような仁の前に現れる、今日の患者は……。 ※以前、他サイトで掲載していたものです。 ※一部、性描写(必要描写です)があります。苦手な方はお気を付けください。 ※表紙画:フリーイラストの加工です。

黒ねこカフェへいらっしゃい

水城ひさぎ
ライト文芸
カフェの看板娘、季沙と、季沙の元彼に似た満生の物語。

処理中です...