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番外編7(2024年文披31題)
31・喫茶アルカイドの一日(またね)
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喫茶アルカイドは朝七時に開店する。朝の時間は店主のハルが一人で回していることも多い。朝の時間に来るのはほとんどが常連で、ハルは誰が何を注文するのか大体わかっているのではないかと思うくらいに提供が早いことで話題になった。モーニングセットは好きなドリンクにトーストとゆで卵がつくシンプルなもの。モーニングに特別なお金は必要ない。
モーニングは朝十一時まで。それが終わると店長代理の寧々と由真、それから最近は理世子がハルとともに店に立つ。しかしお昼時は暇だ。ランチもやっているのに……と思いながらも、暇なのを利用して穏やかな時を過ごす。時期によってはこの時間に子供達が押し寄せて、夏休みの宿題の相談を寧々にしていたりもするようだ。
アフタヌーンティーの時間になると、店内は俄かに忙しくなる。大体この時間から黄乃、星音、或果、梨杏がシフトに入る。バイトが多い時間はハルはいつも姿を見せない。店員が増えても客がすごく増えるわけではなく、ゆったりとした時間が流れる――というわけではないが、どうやら今日は何もない一日のようだ。
「朝からずっと粘ってますね」
おかわりのコーヒーを運んできた寧々が笑う。流石に長居しすぎただろうか。
「ゆっくりしてていいですよ。お客さんもそんなにいないし」
「すみません、どうしてもこれを終わらせたくて」
「もしかして締切近いんですか?」
「締切なんてそんなたいそうなものじゃないですよ。まだプロじゃないので」
コンテストの締切が近いが、家にいるとどうにも捗らない。でも長居できる喫茶店はそこまで多くない。なのでこの店をよく使うのだ。他にも理由はいくつかあるが、そもそも長居できなければ使えないというのは事実だ。
私は脚本家を目指している。しかしコンテストの結果は散々なものだった。自分の映画を作って、それを多くの人に見てもらうという夢はまだ遠い。
おかわりのコーヒーで頭を覚醒させながら、昼食とおやつを兼ねたワッフルを口に運ぶ。それからまたひたすら白紙の原稿を埋めていく。
カウンターの中にいる由真はどこか遠くを見るような目をしていた。彼女の手元には何かが書かれているノートがある。最近彼女がよくそのノートを開いていることを私は知っていた。そこにあるのは、まだ形にはなっていない何かの欠片。けれどそれはキラキラ輝いているような気がした。
今書いている脚本を演じてくれるのが彼女だったらいいのに。彼女に演技の経験などがないことはわかっている。でも、ただそこにいるだけで何かを物語っているような人だと思う。ただの喫茶店の店員とその客だとしても、私は彼女を描きたいという抗いがたい欲求に逆らえずにいる。
最後の一文を書き終わり、伸びをする。もうそろそろアルカイドも閉店の時間だ。夜七時の閉店に向けて、少しずつ準備が進んでいる。あまり遅くなっても迷惑をかけるだけなので、残ったコーヒーを飲み干して会計を頼む。
「いつもありがとうございます、隅村さん」
「こちらこそ、いつも長居してしまって」
「隅村さん、その分いつもたくさん頼んでくれるから」
由真は会計をしながらも私の手元を見ていた。不思議に思って尋ねると、少しはにかみながら彼女は答える。
「ちょっと……脚本ってどんな感じで書くのかなぁって気になってて。あと隅村さんがどんな話を書くのかも」
「まだ大したものは書けてないけど……読んで、感想とかくれるなら見せてもいいかも」
言ってしまってから自分で驚く。けれど本心だった。
「ほ、ほら……コンテストに出すやつだから、他の人に感想聞いて、直せるなら直して出した方が上手くいったりするんじゃないかなぁって……」
言い訳なのに、自分でも名案だと思ってしまった。でもただの喫茶店の店員とその客なのに、一気にそこまで進んでしまっていいのだろうか。やっぱり断ろうかと思ったが、由真の目が輝いているように見えたので何も言えなくなった。言ってしまったのは自分だ。乗りかかった船だ。このまま突っ走ったところで死ぬわけじゃない。
「じ、じゃあ今度印刷して持ってくるから……」
「それなら、火曜日に待ってます」
いつも火曜日に来店するのをしっかり覚えているらしい。今日はたまたま一日暇になったので木曜日にもかかわらずここに来たが、実はそれはとても珍しいことだったのだ。驚きながらもおつりを受け取って財布にしまうと、由真が笑顔で言う。
「ありがとうございました。また来て下さいね」
モーニングは朝十一時まで。それが終わると店長代理の寧々と由真、それから最近は理世子がハルとともに店に立つ。しかしお昼時は暇だ。ランチもやっているのに……と思いながらも、暇なのを利用して穏やかな時を過ごす。時期によってはこの時間に子供達が押し寄せて、夏休みの宿題の相談を寧々にしていたりもするようだ。
アフタヌーンティーの時間になると、店内は俄かに忙しくなる。大体この時間から黄乃、星音、或果、梨杏がシフトに入る。バイトが多い時間はハルはいつも姿を見せない。店員が増えても客がすごく増えるわけではなく、ゆったりとした時間が流れる――というわけではないが、どうやら今日は何もない一日のようだ。
「朝からずっと粘ってますね」
おかわりのコーヒーを運んできた寧々が笑う。流石に長居しすぎただろうか。
「ゆっくりしてていいですよ。お客さんもそんなにいないし」
「すみません、どうしてもこれを終わらせたくて」
「もしかして締切近いんですか?」
「締切なんてそんなたいそうなものじゃないですよ。まだプロじゃないので」
コンテストの締切が近いが、家にいるとどうにも捗らない。でも長居できる喫茶店はそこまで多くない。なのでこの店をよく使うのだ。他にも理由はいくつかあるが、そもそも長居できなければ使えないというのは事実だ。
私は脚本家を目指している。しかしコンテストの結果は散々なものだった。自分の映画を作って、それを多くの人に見てもらうという夢はまだ遠い。
おかわりのコーヒーで頭を覚醒させながら、昼食とおやつを兼ねたワッフルを口に運ぶ。それからまたひたすら白紙の原稿を埋めていく。
カウンターの中にいる由真はどこか遠くを見るような目をしていた。彼女の手元には何かが書かれているノートがある。最近彼女がよくそのノートを開いていることを私は知っていた。そこにあるのは、まだ形にはなっていない何かの欠片。けれどそれはキラキラ輝いているような気がした。
今書いている脚本を演じてくれるのが彼女だったらいいのに。彼女に演技の経験などがないことはわかっている。でも、ただそこにいるだけで何かを物語っているような人だと思う。ただの喫茶店の店員とその客だとしても、私は彼女を描きたいという抗いがたい欲求に逆らえずにいる。
最後の一文を書き終わり、伸びをする。もうそろそろアルカイドも閉店の時間だ。夜七時の閉店に向けて、少しずつ準備が進んでいる。あまり遅くなっても迷惑をかけるだけなので、残ったコーヒーを飲み干して会計を頼む。
「いつもありがとうございます、隅村さん」
「こちらこそ、いつも長居してしまって」
「隅村さん、その分いつもたくさん頼んでくれるから」
由真は会計をしながらも私の手元を見ていた。不思議に思って尋ねると、少しはにかみながら彼女は答える。
「ちょっと……脚本ってどんな感じで書くのかなぁって気になってて。あと隅村さんがどんな話を書くのかも」
「まだ大したものは書けてないけど……読んで、感想とかくれるなら見せてもいいかも」
言ってしまってから自分で驚く。けれど本心だった。
「ほ、ほら……コンテストに出すやつだから、他の人に感想聞いて、直せるなら直して出した方が上手くいったりするんじゃないかなぁって……」
言い訳なのに、自分でも名案だと思ってしまった。でもただの喫茶店の店員とその客なのに、一気にそこまで進んでしまっていいのだろうか。やっぱり断ろうかと思ったが、由真の目が輝いているように見えたので何も言えなくなった。言ってしまったのは自分だ。乗りかかった船だ。このまま突っ走ったところで死ぬわけじゃない。
「じ、じゃあ今度印刷して持ってくるから……」
「それなら、火曜日に待ってます」
いつも火曜日に来店するのをしっかり覚えているらしい。今日はたまたま一日暇になったので木曜日にもかかわらずここに来たが、実はそれはとても珍しいことだったのだ。驚きながらもおつりを受け取って財布にしまうと、由真が笑顔で言う。
「ありがとうございました。また来て下さいね」
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