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蒼き櫻の満開の下

4・人を呪わば3

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「純度の高いアズールを優先して渡していたはずだが……所詮は『女王』には及ばなかったということか」

 月島創一はそう言いながら、地面に横たえられているタリタの屍を蹴った。由真の眉が僅かにつり上がる。
「俺がこの世界を支配するためには或果の力が必要だ。そして、『女王』の力は必要ない。かつての仲間なら殺し方も知っているかと思ったが、所詮『七星』にも入れなかったゴミの実力などこんなものか」
ιUMaタリタはゴミなんかじゃない。私はあの子を理解できなかったけど、決して弱くはなかった。或果だって、絶対あんたの思い通りにはさせない……!」
 由真は剣を両手で持ち、地面を蹴って一気に創一との距離を詰めた。星音が叫び声を上げる。
「由真さん……無茶や……!」
「こいつだけは……私が!」
 由真の能力も、創一の能力も有効範囲が狭いのが特徴だ。近付くことは互いにとって有利であり不利になる。由真は創一の肩を剣に纏わせた能力波で攻撃するが、同時に創一も自らの能力を発動させた。
「由真さん……!」
「っ……う、ぐ……」
 由真は喉を押さえてその場に蹲る。創一は血が流れている肩を押さえながらも、その場に膝をついた由真を蹴り上げた。仰向けに転がる形になった由真の右腕を、創一は笑みさえ浮かべながら踏みつける。
「く……っ、ぁ……っ!」
 由真の顔が痛みに歪む。タリタの攻撃を受けているときすら一切見せなかった苦悶の表情を見下ろし、創一は嗜虐的に唇を歪めた。
「酸素を奪われ、傷を広げられればさすがに痛むか。気分がいいものだな。こうやって『女王』を踏み潰せるというのは」
 耐えきれず星音が叫ぼうとした瞬間、銃声が空間を貫いた。

「――いい加減にしろよ、この下衆が」

 怒気を孕んだ寧々の声が響く。寧々の放った銃弾は、由真が傷を与えた創一の肩に直撃していた。想定していなかった方向からの攻撃に創一の能力は解除され、ようやく呼吸ができるようになった由真は体を折って咳き込んだ。
「ふん……沢山人を殺したいと言うくらいなら、こいつらも始末してくれれば良かったのにな。つくづく使えない駒だ。やはり自分の意志を持った駒などゴミ以下だな」
「……あんたに何がわかる」
 銃口を向ける寧々に向かって歩いて行く創一に、由真は低い声で吐き捨てた。創一は嘲るような笑みを浮かべて振り返った。
「わかるさ。薬まで使って結局犬死にする人生がどれだけ無駄かってことはな……!」
「じゃあその無駄な人生に、これまでのあんたの全部をめちゃくちゃにされればいい……!」
 由真は上半身だけを起こして叫び、緩く握っていた左手をゆっくり開いた。そこには小さな薄緑色の箱が乗っていた。寧々と星音は目を見開くが、創一はまだ余裕の笑みを浮かべている。
「それで俺の骨でも折る気か? そんなことをしたところで――」
「タリタが一番好きなのは、人間の顔が苦痛に歪む瞬間だよ。――あんたのその顔を、見せてあげられなかったのは残念だけど」
 由真は笑みを浮かべ、左手を強く握り込んだ。その直後に、創一の後ろにあった青色の桜が粉々に砕け散る。
「まさか……!」
 瞠目する創一に、由真は冷たい声で応える。

「空間支配能力は一種の呪い。呪いに使った呪具を破壊すれば……呪いは解除されて、術者に全てが跳ね返る」

 タリタが最後に渡した箱は、そのための切り札だったのだ。これまでの創一の計画は、全てがこの青い桜を呪具として発動されていた。それだけこの世にひとつしかない青い桜が強力であり、この世にひとつしかないものを作り出せる或果の能力を創一が必要とした理由でもあった。創一が胸を押さえてその場に倒れ込む。
「なぜだ……この木は元の絵が見つかっていないから……誰にも壊せないはずだ……!」
 それは由真が持つ剣を誰も破壊できないのと同じ理屈だ。そこに或果が描いた絵がある限り、何度でも剣を生み出すことができる。だからこそ絵そのものを破り捨てでもしない限り、誰に破壊することもできない。
「絵は、或果が持っていたんだよ。部屋に大事にしまっていたものを……或果の部屋の絵を破壊したときに、タリタが見つけていた」
 そして密かにそれを隠し持ち、その絵と繋がった箱を切り札として作り、ずっと残していたのだ。最初から由真に渡すつもりだったかどうかはわからない。もしかしたら由真を倒した後で、創一の苦しむ顔を見るためだけにそれを使うつもりだったのかもしれない。タリタは昔から、そういう人間だった。
「これで……あんたの計画は全部駄目になった。或果も、今なら……まだ助けられる」
「貴様……!」
「私はこの世界の『女王』になろうとも思わないし、もう一人しか残ってない『七星』なんて何の意味もない。でも――私の仲間を傷つける奴は、絶対に赦さない」
 これまで青い桜を使用した能力が跳ね返り、苦痛にのたうち回る創一に、由真は芯のある声でそう言った。能力の解除により、桜の根元に作られていた空間も徐々に崩壊を始め、由真たちは桜があった庭の上に戻される。
 地上に戻ったそのとき、大勢の警官を連れて駆けつけた悠子の姿を見つけ、由真は安心したようにゆっくりと目を閉じた。



 それから三日後、由真が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。病室には見覚えがある。出て行ったときと同じ、歩月の病院にある個室だ。
「由真さん……!」
 由真が目を覚ました気配に気が付き、星音が顔を上げた。由真はリモコンでベッドを操作して上半身を起こす。
「或果は……?」
「起きた瞬間に他人のこと聞かんでもらえますか……。或果さんなら大丈夫です。あのあとすぐにここに運んで、歩月さんに毒を抜いてもらったので。まあめちゃくちゃ痛かったらしくてえらい叫んでましたけど……。昨日まで念のため入院してましたけど、今はもう退院して由真さんの家で休んでます」
「歩月の能力、痛すぎて治されてるのか攻撃されてるのかわからないところはあるよね、確かに。他のみんなは?」
「――由真さん」
 急に低くなった星音の声に、由真は少し驚いたようだった。星音は呆れたように溜息を吐いて、それから由真の頬を思い切り引っ叩いた。
「どう考えても自分が一番酷い状態やんか!? あんたほとんど死にかけとったもんなんやで!? しかも勝手に一人で行くし、それで全員助かったからいいものの、うちらがどんだけ心配したか本当にわかってんのか!?」
「星音……」
「いっつもいっつもそうやって無茶ばっかり……! あんた優しいフリして私の気持ちなんて一度も考えたことないやん!」
 由真は包帯が巻かれた右腕に視線を落とした。本来は整形外科に行かなければならない傷だが、星音がある程度治しているのだろう。自分が怪我をすればそれだけ星音に負担をかけることも、勝手な行動を取って自分が死ねば悲しむ人がいることも理解はしていた。それでも、取り返しのつかないことになる前に或果を助けたかった。そして本当は――ιUMaタリタのことも。
「……すいません、仮にも怪我人に言い過ぎました。あと叩いたのも」
 由真が押し黙っていると、星音が先に謝り、項垂れた。由真はゆっくりと首を横に振る。
「星音は、間違ったことは言ってない。悪いのは私。心配かけたのはわかってるし、いっぱい怪我しちゃって、星音に負担をかけたのもわかってる。――でも、或果を助けられて良かったって、どうしてもそう思っちゃう」
「由真さん……」
「ごめんね。それから……ありがとう」
「そういうこと言わんといてください。死亡フラグみたいで嫌です」
「しばらくは動けないでしょ。諦めてゆっくり休むよ」
 そういうことではないのだが、と思いながらも星音はゆっくりと椅子に座り直した。仮にも怪我人で、今さっき目を覚ましたばかりの人にこんなことを聞くのは酷かもしれない。それでも星音はどうしても気になっていたことを由真に尋ねた。
「由真さん。話したくないなら別にそれでもいいです。でももし話せるなら教えてください。――あのιUMaタリタって人と由真さん、どういう関係なんですか?」
「寧々には聞かなかったの?」
「『由真が言いたくないって言うかもしれないから』って」
「別にそのくらいなら言ってもよかったけどな……まあいいや。教えてあげる」
 あっさり教えてもらえることになり、逆に星音は面食らってしまった。星音は「言いたくない」と言われることを想定していたのだ。
「あの……無理してんのやったら……」
「今言える範囲までしか言うつもりはないよ。全部はまだ……まだ、自分の中でも整理がついてない。それに寧々が知ってることは悠子も一応知ってるし」
 由真は息を吐いて、天井を見上げた。それから過去に思いを馳せるように目を閉じる。
「どこから言えばいいだろう……ちゃんと話すのは初めてなんだけど」
「まとまってなくても、凄く長くても、全部聞きます」
「そう。それじゃあ……ιUMaタリタとの関係からかな」
 まずは星音の質問に答えることにしたらしい。由真は言葉を選ぶように、悩みながらも真っ直ぐに答える。

「私が行方不明扱いになっていたとき……私はある孤児院にいた。ιUMaタリタはそこでの、私の……一応は仲間だった。あいつのことは最後まで理解できなかったけど」
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