47 / 169
番外編3
スノーフレークの花束を3
しおりを挟む
*
「何で私だけ……」
「私、健康が最大の長所やから……」
由真の誕生日の次の次の日。プールに長時間入っていたのが災いしたのか、由真は風邪をひき、ご丁寧に熱まで出して寝込む羽目になってしまった。額に冷却シートを貼って、真新しいメンダコのぬいぐるみを抱えている姿はまるで子供のようだ。
「てかどうしたんですか、そのメンダコ」
「黄乃からの誕生日プレゼント。かわいいでしょ」
「かわいいけど何でメンダコなんや……」
由真の部屋は思ったよりも生活感があって、ぬいぐるみもいくつか置いてある。意外と年相応の部屋に済んでいることに安堵するよりも、星音はそのぬいぐるみの種類がどうしても気になってしまった。
「海洋生物縛りでもしてるんか?」
「別にそういうわけじゃないけど……まあ動物園よりも水族館が好きかな……」
「水辺好きやしな。前世は魚やったんかな」
「魚よりはイルカとかシャチとかがいいな」
メンダコを撫でながら由真が笑う。それは一昨日の誕生日のときに見せた寂しそうな笑顔とは少し違っていた。
「今度、水族館がリニューアルオープンするらしいんやけど、よかったら一緒に行かへん?」
「え、行きたい! あー……でも私でいいの?」
「あいにく由真さん以外にそんなにメンダコ愛でてる知り合いいないんで……」
「じゃあ一緒に行こうか。いつがいい?」
かなり前のめりな姿勢を見せる由真に、星音は苦笑いを浮かべた。
「水族館は逃げないんで、その前にちゃんと風邪治してください」
「でも薬も飲んだし、ちゃっとご飯食べて寝てるし、あと私にやることなくない?」
「白血球とかが今頑張ってるんやで? 知らんけど。もう余計なこと考えずにちゃんと寝とき」
由真は文句を言いながらも、ベッドに横になった。黄乃からもらったメンダコのぬいぐるみは、尚も大事そうに抱えられている。
「じゃあその日は星音からもらったやつ着てこうかな」
「昨日着替えたとき、『これは似合ってるの?』って散々言っとったやん!」
「だってああいう可愛いやつ普段着ないし……でも中に合わせるの考えればいけるかなって」
それを見越して買ったので、星音が言わずとも気が付いてくれて良かった。星音は顔を綻ばせながら、クローゼットの片隅にきちんとあのワンピースがかかっているのを確認する。
「あのワンピースの花、何だか知ってます?」
「なんか白い花だよね? 名前は知らないけど」
「スノーフレークっていうんです。四月十六日の誕生花のひとつ」
それを知ってから、由真にプレゼントするならあのワンピースしかないと思ったのだ。スズランにも似た、白く可憐な花。その花言葉は――「汚れなき心」。危険を顧みずに他人に手を伸ばすことができる強さと、時折見せる脆さ。かと思えば勝負事になれば負けず嫌いを発揮する子供じみた一面もある。それはその心があまりにも純粋だから現れる表情の移ろいなのではないかと星音は思う。だからこそ、その白い花が由真にとても似合うと思ったのだ。
「誕生花かぁ。あんまり考えたことはなかったな。誕生石は……四月はダイヤモンドだっけ」
「そうやな。でも来年ダイヤモンドとか要求されてもお金的にちょっと……元素的に同じ炭素とかならいけると思うんやけど……」
「いや誰もそんな高いの要求してないし! いいよ、プレゼントなんて。気持ちだけで」
「ちゃんと用意しますって」
来年という言葉を使えることに、そしてそのこと自体は否定されなかったことに、星音は密かに安堵した。プレゼントが重要ではなく、来年もまた由真の誕生日を祝えるということが大事なのだ。つらい記憶を上書きはできなくても、同じくらい幸せな思い出を増やしたい。いつか、由真が心から自分の誕生日を祝福できるその日が来るまで。
「何で私だけ……」
「私、健康が最大の長所やから……」
由真の誕生日の次の次の日。プールに長時間入っていたのが災いしたのか、由真は風邪をひき、ご丁寧に熱まで出して寝込む羽目になってしまった。額に冷却シートを貼って、真新しいメンダコのぬいぐるみを抱えている姿はまるで子供のようだ。
「てかどうしたんですか、そのメンダコ」
「黄乃からの誕生日プレゼント。かわいいでしょ」
「かわいいけど何でメンダコなんや……」
由真の部屋は思ったよりも生活感があって、ぬいぐるみもいくつか置いてある。意外と年相応の部屋に済んでいることに安堵するよりも、星音はそのぬいぐるみの種類がどうしても気になってしまった。
「海洋生物縛りでもしてるんか?」
「別にそういうわけじゃないけど……まあ動物園よりも水族館が好きかな……」
「水辺好きやしな。前世は魚やったんかな」
「魚よりはイルカとかシャチとかがいいな」
メンダコを撫でながら由真が笑う。それは一昨日の誕生日のときに見せた寂しそうな笑顔とは少し違っていた。
「今度、水族館がリニューアルオープンするらしいんやけど、よかったら一緒に行かへん?」
「え、行きたい! あー……でも私でいいの?」
「あいにく由真さん以外にそんなにメンダコ愛でてる知り合いいないんで……」
「じゃあ一緒に行こうか。いつがいい?」
かなり前のめりな姿勢を見せる由真に、星音は苦笑いを浮かべた。
「水族館は逃げないんで、その前にちゃんと風邪治してください」
「でも薬も飲んだし、ちゃっとご飯食べて寝てるし、あと私にやることなくない?」
「白血球とかが今頑張ってるんやで? 知らんけど。もう余計なこと考えずにちゃんと寝とき」
由真は文句を言いながらも、ベッドに横になった。黄乃からもらったメンダコのぬいぐるみは、尚も大事そうに抱えられている。
「じゃあその日は星音からもらったやつ着てこうかな」
「昨日着替えたとき、『これは似合ってるの?』って散々言っとったやん!」
「だってああいう可愛いやつ普段着ないし……でも中に合わせるの考えればいけるかなって」
それを見越して買ったので、星音が言わずとも気が付いてくれて良かった。星音は顔を綻ばせながら、クローゼットの片隅にきちんとあのワンピースがかかっているのを確認する。
「あのワンピースの花、何だか知ってます?」
「なんか白い花だよね? 名前は知らないけど」
「スノーフレークっていうんです。四月十六日の誕生花のひとつ」
それを知ってから、由真にプレゼントするならあのワンピースしかないと思ったのだ。スズランにも似た、白く可憐な花。その花言葉は――「汚れなき心」。危険を顧みずに他人に手を伸ばすことができる強さと、時折見せる脆さ。かと思えば勝負事になれば負けず嫌いを発揮する子供じみた一面もある。それはその心があまりにも純粋だから現れる表情の移ろいなのではないかと星音は思う。だからこそ、その白い花が由真にとても似合うと思ったのだ。
「誕生花かぁ。あんまり考えたことはなかったな。誕生石は……四月はダイヤモンドだっけ」
「そうやな。でも来年ダイヤモンドとか要求されてもお金的にちょっと……元素的に同じ炭素とかならいけると思うんやけど……」
「いや誰もそんな高いの要求してないし! いいよ、プレゼントなんて。気持ちだけで」
「ちゃんと用意しますって」
来年という言葉を使えることに、そしてそのこと自体は否定されなかったことに、星音は密かに安堵した。プレゼントが重要ではなく、来年もまた由真の誕生日を祝えるということが大事なのだ。つらい記憶を上書きはできなくても、同じくらい幸せな思い出を増やしたい。いつか、由真が心から自分の誕生日を祝福できるその日が来るまで。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
淫魔(サキュバス)に支配された女学園~淫らに喘ぐ学生~
XX GURIMU
SF
サキュバスによって支配された女学園
愛されることの喜びを知り、淫らに喘ぐその様はまさに芸術
ふわりふわりと身を委ねるその先には何が待っているのか……
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる