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青の向こう側
2・守りたいもの1
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星音と由真が海に行った日から一週間が過ぎた。特に大きな事件も起きずに過ぎたその一週間だが、世間的には大きな騒動が起きていた。
「何かなぁ……緋彩も別に普通にオーディション受けて受かっただけやん」
「でも確かに少し前からちょいちょい問題になってたね。能力者の役を無能力者が演じる問題」
星音のケーキの減りがいつもより早いな、と思いながら由真は星音と寧々の会話を聞いていた。「青の向こう側」という漫画が実写映画化することに決まり、その主演の一人に決まった本宮緋彩が星音のかつての友人だった。そして今起きている問題は、緋彩が演じるその役が能力者であるということに起因する。
「ただでさえ機会を奪われがちな能力者の機会を更に奪ってるって。能力者の役は能力者が演じるべきではないかってね」
この世界に能力者が生まれる前から同種の問題は存在していた。アジア人の役はアジア人が演じるべきだとか、役者の中の人種構成が特定の人種に偏らないようにするだとか。今はそれが能力者と無能力者に変わっているだけだ。
「でも、楓って能力ほとんど使わないんやで? 持ってる能力も自分の体を少し温かくする程度で、しかも使うとすごく疲れるからカイロ持ち歩いた方がいいってくらいで」
「へぇ、そうなんだ」
「原作者の弟がその夏バージョンみたいな能力らしくて。てか原作者たっての希望で緋彩に決まったらしいのに、何で文句が出るんや……」
一週間前は「緋彩を応援できないかもしれない」と悩んでいた星音だったが、由真の目から見ればしっかり応援しているように見えた。怒ってはいるが表情も心なしかすっきりしている。吐き出すことでわだかまりは少しは消えたのだろうか。それならいいのだけれど。そう思いながら食器を片付けていた由真は、隣で仕事をしながらも星音たちの話に入りたそうにうずうずしている黄乃に気が付いた。
「暇だし、向こうで話してきてもいいよ。私一人でできるし」
このまま任せていてまたカップを割られても困るし、とは言わなかった。人間誰しも失敗はあるものだ。それをいちいち指摘していても仕方がない。黄乃は勢いよく由真に礼を言ってから、星音たちが座っているテーブルへ向かった。
「あ、黄乃。黄乃はどう思う? 確かに能力者の役なのに能力者じゃないんやとは思うけど、そんなん言うたら女を演じる男も、男を演じる女もおるわけやん」
「うう……難しくてよくわかんないです……。でも緋彩さん大丈夫かなって……」
「せやねん。あいつタフに見えて意外に繊細やし……」
能力者の役を無能力者が演じる。実写映画に対する忌避感と相俟ってミスキャストだとか、能力者にもっといい役者がいるという意見が出るのはまだ理解できる。けれどそれがエスカレートして本宮緋彩に対する個人攻撃と化している現状は良くない。子供の頃から芸能界にいて、ある程度心の強さはあるようだが、見ず知らずの人間からの攻撃に晒されて平気な人はほとんどいないだろう。
「でも私じゃ何にも出来んしなぁ……連絡先ももうわからんし」
「緋彩さんを擁護する意見を言ったら信者とか言われちゃう感じだし……」
「ファンなんて大体信者やろ……でも緋彩のファンの民度もわりと怪しいんだよなぁ。ほら、昨年のドラマで一気にファン増えたやろ?」
「わーっと増えたときって確かにそういう問題もあるよね……」
詳しい二人が盛り上がり始めたところで、寧々が席を立ってカウンターの中に戻ってくる。寧々も芸能関係には疎いのでついていけなくなったのだろう。
「ハル姉からこんな話が来てるんだけど、どう思う?」
寧々が仕事の話をするなんて珍しい、と思いながら由真は寧々に手渡された携帯電話の画面を見つめた。
「……どう思うと聞かれても」
「いや、この依頼……受けてもいいけど、星音の昔の知り合いってところがね」
それは本宮緋彩のマネージャーからの依頼だった。本宮緋彩の身辺警護。しかし彼女の母親は能力者嫌いなのでその存在を気付かれないようにしなければならない。大きな仕事だから報酬ももらえるだろうけれど、難しいのは事実だ。
「こういうのは星音に直接聞いて。私は星音が嫌だと言わない限り受けるけど」
「そう言うと思って、もう聞いといた。そこからあの話が始まったんだけど」
「じゃあ私に聞く必要ないじゃん……で、星音は受けるって?」
寧々は頷いた。星音が受けると言うなら、由真は断るつもりはなかった。由真は寧々に携帯電話を返しながら言う。
「……にしても、脅迫までされてるとはね」
「マネージャーさん、まだ本人には言ってないみたいだけどね。でも薄々勘付いてるかもとは言ってたみたい」
「別に何か悪いことしてるわけではないのにね」
オーディションを受けて、実力で役を勝ち取っただけなのに命を狙われるなんて。能力者と無能力者の対立なんてものがあるせいで、感じる必要のない恐怖を感じざるを得ない人が多くいるのは事実だ。
「で、当日なんだけど……黄乃がまだ身辺警護みたいな仕事をやったことがないから、メインは由真たちにお願いしたくて。もちろん私たちもサポートとして現場に行くけど」
「店は或果と梨杏に頼むの?」
「うん、そうなるかな。紅茶飲みたい気分?」
「その日にならないとわからないけど。何もなくて終わるかもしれないし……その日までに脅迫した人が捕まってくれるのが一番なんだけど」
なるべく戦闘になるのは避けたいところだ。身辺警護というのは、無駄に終わるのが一番いいのだから。
「あと、この前言ってた機動隊の特殊光線の件なんだけど……機動隊が最近装備を変えたというのは事実みたい。これまでよりも強力なものになってる可能性は高いね」
「強力っていうか……何か変な感じがしたんだよね」
「今は大丈夫なの?」
「うん。ここ最近出動も少なかったし」
それだけ黄乃と寧々が出ることが多かったのだが、ハルのところに来る依頼が黄乃たちだけで回ったのだから、それは喜ばしいことなのかもしれない。戦力には余裕があった方がいい。その方が何か不測の事態が起きたときに対応できるから。
「無理はしないでよ。今回も相手が何人いるかわからないし」
「イタズラの脅迫であることを祈るよ」
「そうだねぇ……脅迫がいいわけではないけどさ」
「何かなぁ……緋彩も別に普通にオーディション受けて受かっただけやん」
「でも確かに少し前からちょいちょい問題になってたね。能力者の役を無能力者が演じる問題」
星音のケーキの減りがいつもより早いな、と思いながら由真は星音と寧々の会話を聞いていた。「青の向こう側」という漫画が実写映画化することに決まり、その主演の一人に決まった本宮緋彩が星音のかつての友人だった。そして今起きている問題は、緋彩が演じるその役が能力者であるということに起因する。
「ただでさえ機会を奪われがちな能力者の機会を更に奪ってるって。能力者の役は能力者が演じるべきではないかってね」
この世界に能力者が生まれる前から同種の問題は存在していた。アジア人の役はアジア人が演じるべきだとか、役者の中の人種構成が特定の人種に偏らないようにするだとか。今はそれが能力者と無能力者に変わっているだけだ。
「でも、楓って能力ほとんど使わないんやで? 持ってる能力も自分の体を少し温かくする程度で、しかも使うとすごく疲れるからカイロ持ち歩いた方がいいってくらいで」
「へぇ、そうなんだ」
「原作者の弟がその夏バージョンみたいな能力らしくて。てか原作者たっての希望で緋彩に決まったらしいのに、何で文句が出るんや……」
一週間前は「緋彩を応援できないかもしれない」と悩んでいた星音だったが、由真の目から見ればしっかり応援しているように見えた。怒ってはいるが表情も心なしかすっきりしている。吐き出すことでわだかまりは少しは消えたのだろうか。それならいいのだけれど。そう思いながら食器を片付けていた由真は、隣で仕事をしながらも星音たちの話に入りたそうにうずうずしている黄乃に気が付いた。
「暇だし、向こうで話してきてもいいよ。私一人でできるし」
このまま任せていてまたカップを割られても困るし、とは言わなかった。人間誰しも失敗はあるものだ。それをいちいち指摘していても仕方がない。黄乃は勢いよく由真に礼を言ってから、星音たちが座っているテーブルへ向かった。
「あ、黄乃。黄乃はどう思う? 確かに能力者の役なのに能力者じゃないんやとは思うけど、そんなん言うたら女を演じる男も、男を演じる女もおるわけやん」
「うう……難しくてよくわかんないです……。でも緋彩さん大丈夫かなって……」
「せやねん。あいつタフに見えて意外に繊細やし……」
能力者の役を無能力者が演じる。実写映画に対する忌避感と相俟ってミスキャストだとか、能力者にもっといい役者がいるという意見が出るのはまだ理解できる。けれどそれがエスカレートして本宮緋彩に対する個人攻撃と化している現状は良くない。子供の頃から芸能界にいて、ある程度心の強さはあるようだが、見ず知らずの人間からの攻撃に晒されて平気な人はほとんどいないだろう。
「でも私じゃ何にも出来んしなぁ……連絡先ももうわからんし」
「緋彩さんを擁護する意見を言ったら信者とか言われちゃう感じだし……」
「ファンなんて大体信者やろ……でも緋彩のファンの民度もわりと怪しいんだよなぁ。ほら、昨年のドラマで一気にファン増えたやろ?」
「わーっと増えたときって確かにそういう問題もあるよね……」
詳しい二人が盛り上がり始めたところで、寧々が席を立ってカウンターの中に戻ってくる。寧々も芸能関係には疎いのでついていけなくなったのだろう。
「ハル姉からこんな話が来てるんだけど、どう思う?」
寧々が仕事の話をするなんて珍しい、と思いながら由真は寧々に手渡された携帯電話の画面を見つめた。
「……どう思うと聞かれても」
「いや、この依頼……受けてもいいけど、星音の昔の知り合いってところがね」
それは本宮緋彩のマネージャーからの依頼だった。本宮緋彩の身辺警護。しかし彼女の母親は能力者嫌いなのでその存在を気付かれないようにしなければならない。大きな仕事だから報酬ももらえるだろうけれど、難しいのは事実だ。
「こういうのは星音に直接聞いて。私は星音が嫌だと言わない限り受けるけど」
「そう言うと思って、もう聞いといた。そこからあの話が始まったんだけど」
「じゃあ私に聞く必要ないじゃん……で、星音は受けるって?」
寧々は頷いた。星音が受けると言うなら、由真は断るつもりはなかった。由真は寧々に携帯電話を返しながら言う。
「……にしても、脅迫までされてるとはね」
「マネージャーさん、まだ本人には言ってないみたいだけどね。でも薄々勘付いてるかもとは言ってたみたい」
「別に何か悪いことしてるわけではないのにね」
オーディションを受けて、実力で役を勝ち取っただけなのに命を狙われるなんて。能力者と無能力者の対立なんてものがあるせいで、感じる必要のない恐怖を感じざるを得ない人が多くいるのは事実だ。
「で、当日なんだけど……黄乃がまだ身辺警護みたいな仕事をやったことがないから、メインは由真たちにお願いしたくて。もちろん私たちもサポートとして現場に行くけど」
「店は或果と梨杏に頼むの?」
「うん、そうなるかな。紅茶飲みたい気分?」
「その日にならないとわからないけど。何もなくて終わるかもしれないし……その日までに脅迫した人が捕まってくれるのが一番なんだけど」
なるべく戦闘になるのは避けたいところだ。身辺警護というのは、無駄に終わるのが一番いいのだから。
「あと、この前言ってた機動隊の特殊光線の件なんだけど……機動隊が最近装備を変えたというのは事実みたい。これまでよりも強力なものになってる可能性は高いね」
「強力っていうか……何か変な感じがしたんだよね」
「今は大丈夫なの?」
「うん。ここ最近出動も少なかったし」
それだけ黄乃と寧々が出ることが多かったのだが、ハルのところに来る依頼が黄乃たちだけで回ったのだから、それは喜ばしいことなのかもしれない。戦力には余裕があった方がいい。その方が何か不測の事態が起きたときに対応できるから。
「無理はしないでよ。今回も相手が何人いるかわからないし」
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