25 / 170
青の向こう側
2・守りたいもの1
しおりを挟む
星音と由真が海に行った日から一週間が過ぎた。特に大きな事件も起きずに過ぎたその一週間だが、世間的には大きな騒動が起きていた。
「何かなぁ……緋彩も別に普通にオーディション受けて受かっただけやん」
「でも確かに少し前からちょいちょい問題になってたね。能力者の役を無能力者が演じる問題」
星音のケーキの減りがいつもより早いな、と思いながら由真は星音と寧々の会話を聞いていた。「青の向こう側」という漫画が実写映画化することに決まり、その主演の一人に決まった本宮緋彩が星音のかつての友人だった。そして今起きている問題は、緋彩が演じるその役が能力者であるということに起因する。
「ただでさえ機会を奪われがちな能力者の機会を更に奪ってるって。能力者の役は能力者が演じるべきではないかってね」
この世界に能力者が生まれる前から同種の問題は存在していた。アジア人の役はアジア人が演じるべきだとか、役者の中の人種構成が特定の人種に偏らないようにするだとか。今はそれが能力者と無能力者に変わっているだけだ。
「でも、楓って能力ほとんど使わないんやで? 持ってる能力も自分の体を少し温かくする程度で、しかも使うとすごく疲れるからカイロ持ち歩いた方がいいってくらいで」
「へぇ、そうなんだ」
「原作者の弟がその夏バージョンみたいな能力らしくて。てか原作者たっての希望で緋彩に決まったらしいのに、何で文句が出るんや……」
一週間前は「緋彩を応援できないかもしれない」と悩んでいた星音だったが、由真の目から見ればしっかり応援しているように見えた。怒ってはいるが表情も心なしかすっきりしている。吐き出すことでわだかまりは少しは消えたのだろうか。それならいいのだけれど。そう思いながら食器を片付けていた由真は、隣で仕事をしながらも星音たちの話に入りたそうにうずうずしている黄乃に気が付いた。
「暇だし、向こうで話してきてもいいよ。私一人でできるし」
このまま任せていてまたカップを割られても困るし、とは言わなかった。人間誰しも失敗はあるものだ。それをいちいち指摘していても仕方がない。黄乃は勢いよく由真に礼を言ってから、星音たちが座っているテーブルへ向かった。
「あ、黄乃。黄乃はどう思う? 確かに能力者の役なのに能力者じゃないんやとは思うけど、そんなん言うたら女を演じる男も、男を演じる女もおるわけやん」
「うう……難しくてよくわかんないです……。でも緋彩さん大丈夫かなって……」
「せやねん。あいつタフに見えて意外に繊細やし……」
能力者の役を無能力者が演じる。実写映画に対する忌避感と相俟ってミスキャストだとか、能力者にもっといい役者がいるという意見が出るのはまだ理解できる。けれどそれがエスカレートして本宮緋彩に対する個人攻撃と化している現状は良くない。子供の頃から芸能界にいて、ある程度心の強さはあるようだが、見ず知らずの人間からの攻撃に晒されて平気な人はほとんどいないだろう。
「でも私じゃ何にも出来んしなぁ……連絡先ももうわからんし」
「緋彩さんを擁護する意見を言ったら信者とか言われちゃう感じだし……」
「ファンなんて大体信者やろ……でも緋彩のファンの民度もわりと怪しいんだよなぁ。ほら、昨年のドラマで一気にファン増えたやろ?」
「わーっと増えたときって確かにそういう問題もあるよね……」
詳しい二人が盛り上がり始めたところで、寧々が席を立ってカウンターの中に戻ってくる。寧々も芸能関係には疎いのでついていけなくなったのだろう。
「ハル姉からこんな話が来てるんだけど、どう思う?」
寧々が仕事の話をするなんて珍しい、と思いながら由真は寧々に手渡された携帯電話の画面を見つめた。
「……どう思うと聞かれても」
「いや、この依頼……受けてもいいけど、星音の昔の知り合いってところがね」
それは本宮緋彩のマネージャーからの依頼だった。本宮緋彩の身辺警護。しかし彼女の母親は能力者嫌いなのでその存在を気付かれないようにしなければならない。大きな仕事だから報酬ももらえるだろうけれど、難しいのは事実だ。
「こういうのは星音に直接聞いて。私は星音が嫌だと言わない限り受けるけど」
「そう言うと思って、もう聞いといた。そこからあの話が始まったんだけど」
「じゃあ私に聞く必要ないじゃん……で、星音は受けるって?」
寧々は頷いた。星音が受けると言うなら、由真は断るつもりはなかった。由真は寧々に携帯電話を返しながら言う。
「……にしても、脅迫までされてるとはね」
「マネージャーさん、まだ本人には言ってないみたいだけどね。でも薄々勘付いてるかもとは言ってたみたい」
「別に何か悪いことしてるわけではないのにね」
オーディションを受けて、実力で役を勝ち取っただけなのに命を狙われるなんて。能力者と無能力者の対立なんてものがあるせいで、感じる必要のない恐怖を感じざるを得ない人が多くいるのは事実だ。
「で、当日なんだけど……黄乃がまだ身辺警護みたいな仕事をやったことがないから、メインは由真たちにお願いしたくて。もちろん私たちもサポートとして現場に行くけど」
「店は或果と梨杏に頼むの?」
「うん、そうなるかな。紅茶飲みたい気分?」
「その日にならないとわからないけど。何もなくて終わるかもしれないし……その日までに脅迫した人が捕まってくれるのが一番なんだけど」
なるべく戦闘になるのは避けたいところだ。身辺警護というのは、無駄に終わるのが一番いいのだから。
「あと、この前言ってた機動隊の特殊光線の件なんだけど……機動隊が最近装備を変えたというのは事実みたい。これまでよりも強力なものになってる可能性は高いね」
「強力っていうか……何か変な感じがしたんだよね」
「今は大丈夫なの?」
「うん。ここ最近出動も少なかったし」
それだけ黄乃と寧々が出ることが多かったのだが、ハルのところに来る依頼が黄乃たちだけで回ったのだから、それは喜ばしいことなのかもしれない。戦力には余裕があった方がいい。その方が何か不測の事態が起きたときに対応できるから。
「無理はしないでよ。今回も相手が何人いるかわからないし」
「イタズラの脅迫であることを祈るよ」
「そうだねぇ……脅迫がいいわけではないけどさ」
「何かなぁ……緋彩も別に普通にオーディション受けて受かっただけやん」
「でも確かに少し前からちょいちょい問題になってたね。能力者の役を無能力者が演じる問題」
星音のケーキの減りがいつもより早いな、と思いながら由真は星音と寧々の会話を聞いていた。「青の向こう側」という漫画が実写映画化することに決まり、その主演の一人に決まった本宮緋彩が星音のかつての友人だった。そして今起きている問題は、緋彩が演じるその役が能力者であるということに起因する。
「ただでさえ機会を奪われがちな能力者の機会を更に奪ってるって。能力者の役は能力者が演じるべきではないかってね」
この世界に能力者が生まれる前から同種の問題は存在していた。アジア人の役はアジア人が演じるべきだとか、役者の中の人種構成が特定の人種に偏らないようにするだとか。今はそれが能力者と無能力者に変わっているだけだ。
「でも、楓って能力ほとんど使わないんやで? 持ってる能力も自分の体を少し温かくする程度で、しかも使うとすごく疲れるからカイロ持ち歩いた方がいいってくらいで」
「へぇ、そうなんだ」
「原作者の弟がその夏バージョンみたいな能力らしくて。てか原作者たっての希望で緋彩に決まったらしいのに、何で文句が出るんや……」
一週間前は「緋彩を応援できないかもしれない」と悩んでいた星音だったが、由真の目から見ればしっかり応援しているように見えた。怒ってはいるが表情も心なしかすっきりしている。吐き出すことでわだかまりは少しは消えたのだろうか。それならいいのだけれど。そう思いながら食器を片付けていた由真は、隣で仕事をしながらも星音たちの話に入りたそうにうずうずしている黄乃に気が付いた。
「暇だし、向こうで話してきてもいいよ。私一人でできるし」
このまま任せていてまたカップを割られても困るし、とは言わなかった。人間誰しも失敗はあるものだ。それをいちいち指摘していても仕方がない。黄乃は勢いよく由真に礼を言ってから、星音たちが座っているテーブルへ向かった。
「あ、黄乃。黄乃はどう思う? 確かに能力者の役なのに能力者じゃないんやとは思うけど、そんなん言うたら女を演じる男も、男を演じる女もおるわけやん」
「うう……難しくてよくわかんないです……。でも緋彩さん大丈夫かなって……」
「せやねん。あいつタフに見えて意外に繊細やし……」
能力者の役を無能力者が演じる。実写映画に対する忌避感と相俟ってミスキャストだとか、能力者にもっといい役者がいるという意見が出るのはまだ理解できる。けれどそれがエスカレートして本宮緋彩に対する個人攻撃と化している現状は良くない。子供の頃から芸能界にいて、ある程度心の強さはあるようだが、見ず知らずの人間からの攻撃に晒されて平気な人はほとんどいないだろう。
「でも私じゃ何にも出来んしなぁ……連絡先ももうわからんし」
「緋彩さんを擁護する意見を言ったら信者とか言われちゃう感じだし……」
「ファンなんて大体信者やろ……でも緋彩のファンの民度もわりと怪しいんだよなぁ。ほら、昨年のドラマで一気にファン増えたやろ?」
「わーっと増えたときって確かにそういう問題もあるよね……」
詳しい二人が盛り上がり始めたところで、寧々が席を立ってカウンターの中に戻ってくる。寧々も芸能関係には疎いのでついていけなくなったのだろう。
「ハル姉からこんな話が来てるんだけど、どう思う?」
寧々が仕事の話をするなんて珍しい、と思いながら由真は寧々に手渡された携帯電話の画面を見つめた。
「……どう思うと聞かれても」
「いや、この依頼……受けてもいいけど、星音の昔の知り合いってところがね」
それは本宮緋彩のマネージャーからの依頼だった。本宮緋彩の身辺警護。しかし彼女の母親は能力者嫌いなのでその存在を気付かれないようにしなければならない。大きな仕事だから報酬ももらえるだろうけれど、難しいのは事実だ。
「こういうのは星音に直接聞いて。私は星音が嫌だと言わない限り受けるけど」
「そう言うと思って、もう聞いといた。そこからあの話が始まったんだけど」
「じゃあ私に聞く必要ないじゃん……で、星音は受けるって?」
寧々は頷いた。星音が受けると言うなら、由真は断るつもりはなかった。由真は寧々に携帯電話を返しながら言う。
「……にしても、脅迫までされてるとはね」
「マネージャーさん、まだ本人には言ってないみたいだけどね。でも薄々勘付いてるかもとは言ってたみたい」
「別に何か悪いことしてるわけではないのにね」
オーディションを受けて、実力で役を勝ち取っただけなのに命を狙われるなんて。能力者と無能力者の対立なんてものがあるせいで、感じる必要のない恐怖を感じざるを得ない人が多くいるのは事実だ。
「で、当日なんだけど……黄乃がまだ身辺警護みたいな仕事をやったことがないから、メインは由真たちにお願いしたくて。もちろん私たちもサポートとして現場に行くけど」
「店は或果と梨杏に頼むの?」
「うん、そうなるかな。紅茶飲みたい気分?」
「その日にならないとわからないけど。何もなくて終わるかもしれないし……その日までに脅迫した人が捕まってくれるのが一番なんだけど」
なるべく戦闘になるのは避けたいところだ。身辺警護というのは、無駄に終わるのが一番いいのだから。
「あと、この前言ってた機動隊の特殊光線の件なんだけど……機動隊が最近装備を変えたというのは事実みたい。これまでよりも強力なものになってる可能性は高いね」
「強力っていうか……何か変な感じがしたんだよね」
「今は大丈夫なの?」
「うん。ここ最近出動も少なかったし」
それだけ黄乃と寧々が出ることが多かったのだが、ハルのところに来る依頼が黄乃たちだけで回ったのだから、それは喜ばしいことなのかもしれない。戦力には余裕があった方がいい。その方が何か不測の事態が起きたときに対応できるから。
「無理はしないでよ。今回も相手が何人いるかわからないし」
「イタズラの脅迫であることを祈るよ」
「そうだねぇ……脅迫がいいわけではないけどさ」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる