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喫茶アルカイド
8・泉のうた1
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「あれ、今日由真さんたちは……?」
黄乃が制服に着替えてアルカイドの店内に入ると、そこには不貞腐れた表情の寧々だけがいた。今日は由真と星音と寧々、そして黄乃のシフトの日だったはずなのだが。首を傾げた黄乃に、寧々は一枚の紙を差し出す。
《なんか海が見たくなったので行ってきます。由真&星音》
「いやぁもうここまで堂々とサボられると怒る気にもなれないよね。星音は多分巻き込まれただけだし」
「でも今三月ですよ……なんで海……」
「なんか海見たくなったんだよ……由真の奴、急なんだよなぁいっつも……」
「何かあったんですか?」
喫茶店の仕事だけなら二人で充分だ。問題は何か事件が起きたときだ。由真と星音がいないということは、寧々と黄乃の二人で対応しなければならないのだ。
「何にもなくても年に一回くらいこういうときがあるのよ。本来は真面目なんだけど、急にサボって遊びに行くの。昨年は或果を巻き込んで遊園地行ってたね」
「遊園地かぁ……楽しそう……」
「今度仕返しに二人で行こっか。たまには羽を伸ばさないと」
由真曰く、どうしてもそこに行きたくて仕方がなくなってしまうことがあるらしい。そういう日は仕事にも身が入らず、いいことが何もないので、己の欲望に従って出かけてしまうそうだ。
「でも、ぼくまだ羽伸ばせるほどできてないっていうか……」
「そんなことないよ。バレンタインのあとからは結構成果も出てるじゃん」
「そうだったらいいんだけど……」
バレンタインのとき、由真と何かがあったのだろう。あの日から黄乃の戦闘能力が上がっている。無理をしているのでなければいい兆候だ。黄乃の武器も、黄乃が自信を持っている方が実力を発揮できるだろう。
「まあ、今日は平和であることを祈るよ」
けれどそうは問屋が卸さない。ほとんど客のいない喫茶店の仕事に飽き始め、こっそりケーキでも食べようかと寧々が思い始めた頃、寧々の携帯電話が鳴り響いた。
*
「一応星音には連絡しといたけど、よっぽどヤバくならない限りは呼ばないから」
「うう……大丈夫かなぁ……」
黄乃は不安気に武器である球体型の機械を両手で持っていた。ハルはBenetnaschと呼んでいるその球体は防御にも攻撃にも使えるが、黄乃以外には電源を入れることもできない構造になっている。けれど今は、まだその機械に慣れていない黄乃をサポートするために、寧々が使い方を指示しながらの戦闘になっている。
「私のオペレーションを信じてよ。これでも少し前までは由真の戦闘のサポートもしてたんだから」
「寧々さんのことは信用してますけど、正直ぼくがついていけるかが不安で……」
「大丈夫。訓練だってたっぷりやったじゃない」
ベネトナシュを操作できない以上、寧々も黄乃に戦闘を託すしかない。どうして黄乃にしか操作できないように設計したのか。そしてどうして黄乃が現れるまで実用化してこなかったのか。それはこの機械が由真の最大の弱点である特殊光線を出す機能を備えているからだ。戦闘能力を持たない人間が能力者と戦うためには必要なものだが、誰でも使えるようにしてしまうと、その光線を由真に向ける裏切り者が出てくるかもしれない。
(黄乃は裏切らないだろうと判断したってことよね、ハル姉……)
その見立てについて異論はない。そもそも誰かを裏切るなんて器用な真似は出来なさそうだ。それに――。
(推しに似てる人間を裏切れる人もそうそういないし)
憧れ、というのは案外馬鹿にできない感情だ。その光を胸に抱けば、これまで届かなかったところにも手が届くことがある。特に黄乃は純粋そうだから、憧れが原動力になれば何でもできそうだ。寧々は密かに黄乃に期待をかけていた。
「あ、あれ……噴水のところ」
黄乃が声を上げる。ハルからの情報通りだ。噴水のところに能力者がいて、周囲の人間を無差別に攻撃している――いや、攻撃しているとは言い難い状況だった。
「綺麗……」
黄乃が素直な感想を漏らす。噴き上がった水の上に立つその少女は、絵画の中から抜け出してきた踊り子のようだった。しなやかに舞い踊る少女を見ていた寧々は、少女の左足の違和感に気がつく。
「義足……」
踊っているだけなら無害だから、攻撃する必要もない。このまま引こうかと寧々が思案し始めたとき、少女の右足が水を蹴り上げた。空を舞う水飛沫がナイフに姿を変えてこちらに飛んでくる。
「うわぁぁああっ!」
それに気が付いた黄乃が叫んだ瞬間、目の前に半透明の円がいくつも浮かび上がる。ベネトナシュの防御機能が展開されたのだ。敵からの攻撃を防ぐ光の盾。おそらく無意識なのだろうが、最善の選択だ。寧々はそのまま盾を展開させながら、左目の下に手を添えた。何もしなくても相手の能力を見ることはできるが、集中した方がより鮮明になる。
「……黄乃。シールドを解除して」
確信を得て、寧々は黄乃に指示する。黄乃は戸惑いながらも寧々の言うことに従った。
黄乃が制服に着替えてアルカイドの店内に入ると、そこには不貞腐れた表情の寧々だけがいた。今日は由真と星音と寧々、そして黄乃のシフトの日だったはずなのだが。首を傾げた黄乃に、寧々は一枚の紙を差し出す。
《なんか海が見たくなったので行ってきます。由真&星音》
「いやぁもうここまで堂々とサボられると怒る気にもなれないよね。星音は多分巻き込まれただけだし」
「でも今三月ですよ……なんで海……」
「なんか海見たくなったんだよ……由真の奴、急なんだよなぁいっつも……」
「何かあったんですか?」
喫茶店の仕事だけなら二人で充分だ。問題は何か事件が起きたときだ。由真と星音がいないということは、寧々と黄乃の二人で対応しなければならないのだ。
「何にもなくても年に一回くらいこういうときがあるのよ。本来は真面目なんだけど、急にサボって遊びに行くの。昨年は或果を巻き込んで遊園地行ってたね」
「遊園地かぁ……楽しそう……」
「今度仕返しに二人で行こっか。たまには羽を伸ばさないと」
由真曰く、どうしてもそこに行きたくて仕方がなくなってしまうことがあるらしい。そういう日は仕事にも身が入らず、いいことが何もないので、己の欲望に従って出かけてしまうそうだ。
「でも、ぼくまだ羽伸ばせるほどできてないっていうか……」
「そんなことないよ。バレンタインのあとからは結構成果も出てるじゃん」
「そうだったらいいんだけど……」
バレンタインのとき、由真と何かがあったのだろう。あの日から黄乃の戦闘能力が上がっている。無理をしているのでなければいい兆候だ。黄乃の武器も、黄乃が自信を持っている方が実力を発揮できるだろう。
「まあ、今日は平和であることを祈るよ」
けれどそうは問屋が卸さない。ほとんど客のいない喫茶店の仕事に飽き始め、こっそりケーキでも食べようかと寧々が思い始めた頃、寧々の携帯電話が鳴り響いた。
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「一応星音には連絡しといたけど、よっぽどヤバくならない限りは呼ばないから」
「うう……大丈夫かなぁ……」
黄乃は不安気に武器である球体型の機械を両手で持っていた。ハルはBenetnaschと呼んでいるその球体は防御にも攻撃にも使えるが、黄乃以外には電源を入れることもできない構造になっている。けれど今は、まだその機械に慣れていない黄乃をサポートするために、寧々が使い方を指示しながらの戦闘になっている。
「私のオペレーションを信じてよ。これでも少し前までは由真の戦闘のサポートもしてたんだから」
「寧々さんのことは信用してますけど、正直ぼくがついていけるかが不安で……」
「大丈夫。訓練だってたっぷりやったじゃない」
ベネトナシュを操作できない以上、寧々も黄乃に戦闘を託すしかない。どうして黄乃にしか操作できないように設計したのか。そしてどうして黄乃が現れるまで実用化してこなかったのか。それはこの機械が由真の最大の弱点である特殊光線を出す機能を備えているからだ。戦闘能力を持たない人間が能力者と戦うためには必要なものだが、誰でも使えるようにしてしまうと、その光線を由真に向ける裏切り者が出てくるかもしれない。
(黄乃は裏切らないだろうと判断したってことよね、ハル姉……)
その見立てについて異論はない。そもそも誰かを裏切るなんて器用な真似は出来なさそうだ。それに――。
(推しに似てる人間を裏切れる人もそうそういないし)
憧れ、というのは案外馬鹿にできない感情だ。その光を胸に抱けば、これまで届かなかったところにも手が届くことがある。特に黄乃は純粋そうだから、憧れが原動力になれば何でもできそうだ。寧々は密かに黄乃に期待をかけていた。
「あ、あれ……噴水のところ」
黄乃が声を上げる。ハルからの情報通りだ。噴水のところに能力者がいて、周囲の人間を無差別に攻撃している――いや、攻撃しているとは言い難い状況だった。
「綺麗……」
黄乃が素直な感想を漏らす。噴き上がった水の上に立つその少女は、絵画の中から抜け出してきた踊り子のようだった。しなやかに舞い踊る少女を見ていた寧々は、少女の左足の違和感に気がつく。
「義足……」
踊っているだけなら無害だから、攻撃する必要もない。このまま引こうかと寧々が思案し始めたとき、少女の右足が水を蹴り上げた。空を舞う水飛沫がナイフに姿を変えてこちらに飛んでくる。
「うわぁぁああっ!」
それに気が付いた黄乃が叫んだ瞬間、目の前に半透明の円がいくつも浮かび上がる。ベネトナシュの防御機能が展開されたのだ。敵からの攻撃を防ぐ光の盾。おそらく無意識なのだろうが、最善の選択だ。寧々はそのまま盾を展開させながら、左目の下に手を添えた。何もしなくても相手の能力を見ることはできるが、集中した方がより鮮明になる。
「……黄乃。シールドを解除して」
確信を得て、寧々は黄乃に指示する。黄乃は戸惑いながらも寧々の言うことに従った。
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