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喫茶アルカイド
1・甘美な無法1
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少し早く家を出過ぎてしまった。瀧口星音は目的地である喫茶店の手前にある公園で、ベンチに腰掛けて大きく伸びをする。星音は今日から喫茶〈アルカイド〉という店で週四回のアルバイトを始めることになっていた。
(同じくらいの歳の人たちが多いって言ってたけど、どんな人たちなんやろ)
優しい人だったらいい。店主の蓮行晴は少しぶっきらぼうなところはあったがきっぱりとした性格で好感が持てた。けれどハルが店にいることはあまりないらしい。要するに今日から初対面のバイトメンバーと仕事をしていかなければならないのだ。
(まあ、ハルさんは「みんないい子だよ」って言ってたし、何とかなるやろ)
何よりもあの店は、星音にとっての一番の懸念材料はないも同然だ。あとは仕事がきちんとできるかどうか。不安と期待が入り交じったまま、ベンチに座ってぼんやりしていると、目の前で遊んでいた子供が盛大に転んでしまった。大きな泣き声が公園に響き渡る。
男の子の膝には大きな擦り傷ができていて、今すぐ死ぬような怪我でないのは明らかだったが、痛そうではあった。星音は一瞬逡巡してから、男の子の目の前まで走って行き、泣いている彼と目を合わせるようにしゃがむ。
「大丈夫。おねえさんが今からすぐに治したるで」
星音は男の子の膝にそっと触れ、目を閉じた。すると星音の手と傷の間に白く光る細長い包帯のようなものが現れる。星音は目を開け、それを男の子の膝に巻いていった。
「あれ……痛くない……」
「こんな怪我なら五秒で治るで? ほら、見てみ?」
「ホントだ! おねえちゃんすごい!」
「こんなん私にとっては朝飯前や」
巻かれていた包帯は消え、現れた男の子の膝にはもう傷がなかった。笑顔になった男の子の頭を撫でようと星音が手を伸ばした瞬間、頭上から鋭い女性の声が飛んできた。
「うちの子に触らないでください!」
「……あ」
どうやら男の子の母親らしい。駆けつけてきた髪の長い女性は、男の子を星音から隠すように立ちはだかった。女性は隣に立っていた近くの中学校の制服を着た女の子――おそらく男の子の姉だろう――にも尖った声をぶつける。
「どうしてちゃんと見てないの! ああ、能力者に触られるなんて……!」
別に傷つけたわけではない。ただ傷を治しただけだ。そう言い返すこともできたが、星音は何も言わずにその場から離れた。それがこの世界だ。それが人の傷を少し治すことができる能力だろうが、炎を出せる能力だろうが、能力を持たない人から見れば全部同じなのだということはわかっていた。能力者は危険な存在。大切な存在には近付けたくないもの。虐げても問題のないもの。そう思われていることくらい、この世界に生きている人なら誰でも知っている。
(……でも、好きでこんな力あるわけやないねん)
現状はわかっている。でも、星音は縮こまらずに生きていける場所を探していた。能力者を採用している喫茶店をバイト先に選んだのはそういう理由だ。そして、そこなら自分の能力を活かすこともできるかもしれないと思ったのだ。ただ人の傷を治すだけの力。擦り傷くらいなら少しお腹が空く程度だが、大怪我を治そうとすると、星音自身も数日動けなくなるほど疲れてしまう。そんな、使えるのかどうかもわからないものを、求めている人がいると知ったから。
(せやな。落ち込んでてもどうしようもない)
星音は公園を出て、足早に喫茶〈アルカイド〉へ向かう。そのとき星音は、公園の入り口近くに立ち、自販機で買ったジュースを飲みながら星音の姿を眺めていた全身黒ずくめの少女の存在には全く気付いていなかった。
*
「今日からお世話になります、新人の瀧口星音です!」
アルカイドの制服はパンツスタイルとワンピーススタイルの二つがあって、その日の気分でどちらを選んでもいいらしい。星音はワンピーススタイルの制服に着替え、緊張の面持ちで先輩店員たちが待つ店内へ向かった。ハルの話では「みんないい子」とのことだったが、店内で繰り広げられているのは、先輩店員同士の盛大な揉め事だった。
「だからお客さんにガン飛ばしちゃいけないって言ったじゃん!」
「お金投げて来たほうが悪いでしょ」
「まあ、それはそうだけど……」
どうやらパンツスタイルの制服を着た人が、ワンピースの制服を着た人に怒られているらしい。接客態度に問題があったからだというのはすぐにわかった。パンツスタイルの制服を着た先輩は髪が短く、一瞬男性と見間違えるほどにかっこいい。けれどその視線は喫茶店には似つかわしくない鋭さを持っていた。
「じゃあ何? そんなことされても笑いたくもないのにニコニコ笑ってればいいわけ?」
「うん、ごめん。私が悪かった」
ワンピース制服を着た、髪の長い先輩が謝る。接客業としては彼女の方が正解なような気がするのだが、と星音は思った。
(そっちが折れるんや……)
でも金を投げる方が悪いというのは確かにそうだ。しかし投げられて睨み付けることができる人もそうはいない。私なら泣きそうだ、と星音は心の中で思った。
「ほら二人とも、新人が困惑してるよ?」
茶色く染めた髪を肩の上で切りそろえた少女が、二人の間に割って入る。二人が素直に矛を収めたので、星音はやっと何とか挨拶をすることができた。二人の間に入った茶髪の少女が亘理梨杏。そして揉めていた二人の髪が長い方が渚寧々、髪が短い方が柊由真というらしい。もう一人、月島或果という店員もいるらしいが、今日は休みの日らしい。
寧々が簡単にそれぞれの担当を紹介する。寧々は店主であるハルの妹で、喫茶店の全ての仕事を仕切る、いわゆるバイトリーダー。梨杏は紅茶の担当で、由真は珈琲を担当している。食事メニュー考案と制服のデザインは或果の仕事だという。星音は最初のうちは一つずつ覚えていけばいい、と言われた。
「じゃあ、星音ちゃんの教育係は由真にお願いするね」
「そういうの絶対梨杏の方が向いてると思うんだけど……」
由真が低い声で答えながら首を横に振る。明らかに嫌そうな態度だ。星音も先程の一件から考えると、明らかに教育係には向いていないと感じていた。客を睨み付ける人に接客の指導をされても困るだろう。
「新人教育も仕事だから。それに接客のいい反面教師だよ?」
(反面なんや……。寧々さんもなかなか酷いこと言うな……)
由真が渋々といった様子で星音の教育係を引き受けたので、星音は勢いよく彼女に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「そんな固くならなくても大丈夫。まずはメニュー見て、だいたいでいいから頭に入れるところから始めようか。あと簡単なやつだけどマニュアルがあるから」
あ、何や、普通に優しいやん――星音がそう思いながらメニューを見ていると、隣に座った由真がすかさず色々解説を入れる。それが大体星音がよくわからないと思ったタイミングだったので、星音は密かに驚いた。まるで人の心が読めるようだ。けれど読心系の能力の持ち主はいないとハルが言っていた。つまり由真は星音の表情だけを見て判断しているのだ。
「だいたい覚えたと思います」
「じゃあ、次のお客さんの注文取ってみようか。この時間だと常連のおばあちゃんが来ると思うから」
「え、そんないきなり常連さんで大丈夫なんですか?」
「大丈夫。私のおばあちゃんだし」
「いや、おばあちゃんってそっちのおばあちゃんかい」
「いいツッコミだね。大阪人?」
「あ、いやこれはですね……」
恥ずかしい話なんですが、と前置きをしてから星音は話し始めた。小学生のときに、漫画で読んだ大阪弁のキャラクターに憧れて練習しているうちに、その口調が抜けなくなってしまったのだ。そして大阪弁の方が人に簡単に話しかけることができると気付いてからは、この似非関西弁と生きていくことに決めた、という話を由真は真剣に聞いていた。
しばらくすると、ドアベルが軽やかな音を立てて、身綺麗な老婦人がやってきた。言われてみれば由真と少し顔立ちが似ている。特に目元が良く似ていた。
「い、いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
由真は実の祖母である老婦人と特に目を合わせたりはせずに、静かに食器を片付けている。ただカップとソーサーを棚に戻してるだけなのに、妙に様になっていると星音は思った。しかしいつまでも由真の姿を眺めているわけにはいかない。
「こちらメニューになります。ご注文がお決まりの頃にまたお声がけしますね」
マニュアル通りの台詞を言い、ぎこちなくなりながらもメニューを渡した。緊張しつつもカウンターに戻ると、由真は星音には何も言わずに珈琲を淹れるサイフォンを準備し始めていた。やがて、由真の祖母が星音に向かって手を上げる。
「ご注文おうかがいします」
「こちらのワッフルセットで、飲み物はスペシャルブレンドを」
「かしこまりました。ワッフルセットがおひとつ、飲み物はスペシャルブレンドですね?」
「……あなた、新人さん?」
「あ、はい、今日から入った瀧口星音です!」
老眼鏡から覗く目が鋭くて怖い。何かまずいことをしただろうか。星音は伝票を胸に抱きながら固まった。
「綺麗な名前ね。孫をよろしくね」
優しい言葉に星音が胸を撫で下ろしていると、カウンターの向こう側から由真の声が飛んできた。
「ちょっと、世話してるの私なんだけど。あと目付き悪いから星音が怖がってるじゃん」
(目付きのことは由真さんには言われたくないなぁ……)
遺伝なのだろう。目が大きくて、それに対して黒目が少し小さめだから三白眼になる、必然的に睨み付けているように見えるので、目付きが悪いように感じるのだ。
星音が伝票を持ってカウンターに戻ると、由真が棚からコーヒー豆が入った缶を取り出しながら微笑んだ。
「ちゃんとできたじゃん」
「でも、身内っちゃ身内ですよね……」
「まあ……今は唯一の身内かな。ここでしか会わないけど」
どういうことだろう、と思ったが、由真が真剣に珈琲を淹れ始めたので、星音はそれ以上聞かないことにした。家の事情はさすがに深く知りすぎない方がいい。踏み込まれたくないことだって沢山あるだろう。
「あ、冷蔵庫からワッフル出してきてくれる? もう盛り付けてるやつが一つあるから」
「めちゃくちゃ準備いいな……」
「おばあちゃん、いっつもそれだから」
「じゃあ何でメニューわざわざ見とったんや……」
何だか不思議な人たちだ。星音はそう思いながら、由真に言われたとおりに冷蔵庫からワッフルを取り出した。
(同じくらいの歳の人たちが多いって言ってたけど、どんな人たちなんやろ)
優しい人だったらいい。店主の蓮行晴は少しぶっきらぼうなところはあったがきっぱりとした性格で好感が持てた。けれどハルが店にいることはあまりないらしい。要するに今日から初対面のバイトメンバーと仕事をしていかなければならないのだ。
(まあ、ハルさんは「みんないい子だよ」って言ってたし、何とかなるやろ)
何よりもあの店は、星音にとっての一番の懸念材料はないも同然だ。あとは仕事がきちんとできるかどうか。不安と期待が入り交じったまま、ベンチに座ってぼんやりしていると、目の前で遊んでいた子供が盛大に転んでしまった。大きな泣き声が公園に響き渡る。
男の子の膝には大きな擦り傷ができていて、今すぐ死ぬような怪我でないのは明らかだったが、痛そうではあった。星音は一瞬逡巡してから、男の子の目の前まで走って行き、泣いている彼と目を合わせるようにしゃがむ。
「大丈夫。おねえさんが今からすぐに治したるで」
星音は男の子の膝にそっと触れ、目を閉じた。すると星音の手と傷の間に白く光る細長い包帯のようなものが現れる。星音は目を開け、それを男の子の膝に巻いていった。
「あれ……痛くない……」
「こんな怪我なら五秒で治るで? ほら、見てみ?」
「ホントだ! おねえちゃんすごい!」
「こんなん私にとっては朝飯前や」
巻かれていた包帯は消え、現れた男の子の膝にはもう傷がなかった。笑顔になった男の子の頭を撫でようと星音が手を伸ばした瞬間、頭上から鋭い女性の声が飛んできた。
「うちの子に触らないでください!」
「……あ」
どうやら男の子の母親らしい。駆けつけてきた髪の長い女性は、男の子を星音から隠すように立ちはだかった。女性は隣に立っていた近くの中学校の制服を着た女の子――おそらく男の子の姉だろう――にも尖った声をぶつける。
「どうしてちゃんと見てないの! ああ、能力者に触られるなんて……!」
別に傷つけたわけではない。ただ傷を治しただけだ。そう言い返すこともできたが、星音は何も言わずにその場から離れた。それがこの世界だ。それが人の傷を少し治すことができる能力だろうが、炎を出せる能力だろうが、能力を持たない人から見れば全部同じなのだということはわかっていた。能力者は危険な存在。大切な存在には近付けたくないもの。虐げても問題のないもの。そう思われていることくらい、この世界に生きている人なら誰でも知っている。
(……でも、好きでこんな力あるわけやないねん)
現状はわかっている。でも、星音は縮こまらずに生きていける場所を探していた。能力者を採用している喫茶店をバイト先に選んだのはそういう理由だ。そして、そこなら自分の能力を活かすこともできるかもしれないと思ったのだ。ただ人の傷を治すだけの力。擦り傷くらいなら少しお腹が空く程度だが、大怪我を治そうとすると、星音自身も数日動けなくなるほど疲れてしまう。そんな、使えるのかどうかもわからないものを、求めている人がいると知ったから。
(せやな。落ち込んでてもどうしようもない)
星音は公園を出て、足早に喫茶〈アルカイド〉へ向かう。そのとき星音は、公園の入り口近くに立ち、自販機で買ったジュースを飲みながら星音の姿を眺めていた全身黒ずくめの少女の存在には全く気付いていなかった。
*
「今日からお世話になります、新人の瀧口星音です!」
アルカイドの制服はパンツスタイルとワンピーススタイルの二つがあって、その日の気分でどちらを選んでもいいらしい。星音はワンピーススタイルの制服に着替え、緊張の面持ちで先輩店員たちが待つ店内へ向かった。ハルの話では「みんないい子」とのことだったが、店内で繰り広げられているのは、先輩店員同士の盛大な揉め事だった。
「だからお客さんにガン飛ばしちゃいけないって言ったじゃん!」
「お金投げて来たほうが悪いでしょ」
「まあ、それはそうだけど……」
どうやらパンツスタイルの制服を着た人が、ワンピースの制服を着た人に怒られているらしい。接客態度に問題があったからだというのはすぐにわかった。パンツスタイルの制服を着た先輩は髪が短く、一瞬男性と見間違えるほどにかっこいい。けれどその視線は喫茶店には似つかわしくない鋭さを持っていた。
「じゃあ何? そんなことされても笑いたくもないのにニコニコ笑ってればいいわけ?」
「うん、ごめん。私が悪かった」
ワンピース制服を着た、髪の長い先輩が謝る。接客業としては彼女の方が正解なような気がするのだが、と星音は思った。
(そっちが折れるんや……)
でも金を投げる方が悪いというのは確かにそうだ。しかし投げられて睨み付けることができる人もそうはいない。私なら泣きそうだ、と星音は心の中で思った。
「ほら二人とも、新人が困惑してるよ?」
茶色く染めた髪を肩の上で切りそろえた少女が、二人の間に割って入る。二人が素直に矛を収めたので、星音はやっと何とか挨拶をすることができた。二人の間に入った茶髪の少女が亘理梨杏。そして揉めていた二人の髪が長い方が渚寧々、髪が短い方が柊由真というらしい。もう一人、月島或果という店員もいるらしいが、今日は休みの日らしい。
寧々が簡単にそれぞれの担当を紹介する。寧々は店主であるハルの妹で、喫茶店の全ての仕事を仕切る、いわゆるバイトリーダー。梨杏は紅茶の担当で、由真は珈琲を担当している。食事メニュー考案と制服のデザインは或果の仕事だという。星音は最初のうちは一つずつ覚えていけばいい、と言われた。
「じゃあ、星音ちゃんの教育係は由真にお願いするね」
「そういうの絶対梨杏の方が向いてると思うんだけど……」
由真が低い声で答えながら首を横に振る。明らかに嫌そうな態度だ。星音も先程の一件から考えると、明らかに教育係には向いていないと感じていた。客を睨み付ける人に接客の指導をされても困るだろう。
「新人教育も仕事だから。それに接客のいい反面教師だよ?」
(反面なんや……。寧々さんもなかなか酷いこと言うな……)
由真が渋々といった様子で星音の教育係を引き受けたので、星音は勢いよく彼女に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「そんな固くならなくても大丈夫。まずはメニュー見て、だいたいでいいから頭に入れるところから始めようか。あと簡単なやつだけどマニュアルがあるから」
あ、何や、普通に優しいやん――星音がそう思いながらメニューを見ていると、隣に座った由真がすかさず色々解説を入れる。それが大体星音がよくわからないと思ったタイミングだったので、星音は密かに驚いた。まるで人の心が読めるようだ。けれど読心系の能力の持ち主はいないとハルが言っていた。つまり由真は星音の表情だけを見て判断しているのだ。
「だいたい覚えたと思います」
「じゃあ、次のお客さんの注文取ってみようか。この時間だと常連のおばあちゃんが来ると思うから」
「え、そんないきなり常連さんで大丈夫なんですか?」
「大丈夫。私のおばあちゃんだし」
「いや、おばあちゃんってそっちのおばあちゃんかい」
「いいツッコミだね。大阪人?」
「あ、いやこれはですね……」
恥ずかしい話なんですが、と前置きをしてから星音は話し始めた。小学生のときに、漫画で読んだ大阪弁のキャラクターに憧れて練習しているうちに、その口調が抜けなくなってしまったのだ。そして大阪弁の方が人に簡単に話しかけることができると気付いてからは、この似非関西弁と生きていくことに決めた、という話を由真は真剣に聞いていた。
しばらくすると、ドアベルが軽やかな音を立てて、身綺麗な老婦人がやってきた。言われてみれば由真と少し顔立ちが似ている。特に目元が良く似ていた。
「い、いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
由真は実の祖母である老婦人と特に目を合わせたりはせずに、静かに食器を片付けている。ただカップとソーサーを棚に戻してるだけなのに、妙に様になっていると星音は思った。しかしいつまでも由真の姿を眺めているわけにはいかない。
「こちらメニューになります。ご注文がお決まりの頃にまたお声がけしますね」
マニュアル通りの台詞を言い、ぎこちなくなりながらもメニューを渡した。緊張しつつもカウンターに戻ると、由真は星音には何も言わずに珈琲を淹れるサイフォンを準備し始めていた。やがて、由真の祖母が星音に向かって手を上げる。
「ご注文おうかがいします」
「こちらのワッフルセットで、飲み物はスペシャルブレンドを」
「かしこまりました。ワッフルセットがおひとつ、飲み物はスペシャルブレンドですね?」
「……あなた、新人さん?」
「あ、はい、今日から入った瀧口星音です!」
老眼鏡から覗く目が鋭くて怖い。何かまずいことをしただろうか。星音は伝票を胸に抱きながら固まった。
「綺麗な名前ね。孫をよろしくね」
優しい言葉に星音が胸を撫で下ろしていると、カウンターの向こう側から由真の声が飛んできた。
「ちょっと、世話してるの私なんだけど。あと目付き悪いから星音が怖がってるじゃん」
(目付きのことは由真さんには言われたくないなぁ……)
遺伝なのだろう。目が大きくて、それに対して黒目が少し小さめだから三白眼になる、必然的に睨み付けているように見えるので、目付きが悪いように感じるのだ。
星音が伝票を持ってカウンターに戻ると、由真が棚からコーヒー豆が入った缶を取り出しながら微笑んだ。
「ちゃんとできたじゃん」
「でも、身内っちゃ身内ですよね……」
「まあ……今は唯一の身内かな。ここでしか会わないけど」
どういうことだろう、と思ったが、由真が真剣に珈琲を淹れ始めたので、星音はそれ以上聞かないことにした。家の事情はさすがに深く知りすぎない方がいい。踏み込まれたくないことだって沢山あるだろう。
「あ、冷蔵庫からワッフル出してきてくれる? もう盛り付けてるやつが一つあるから」
「めちゃくちゃ準備いいな……」
「おばあちゃん、いっつもそれだから」
「じゃあ何でメニューわざわざ見とったんや……」
何だか不思議な人たちだ。星音はそう思いながら、由真に言われたとおりに冷蔵庫からワッフルを取り出した。
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