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二十八・空洞を満たすもの
しおりを挟む霧が晴れ、目の前に現れたのは水夜だった。水夜の胸には傷がつき、血が滲んでいる。あの時の木蓮の刃は確かに届いていたのだ。
「驚いたな。まさかあの霧を抜けるとは」
木蓮は刀を構える。水夜が堕ちた経緯は今見てきたばかりだ。しかしそこにどんな事情があろうとも、ここで倒さなければならない相手には変わりがない。
「契りを結んでいるから、たとえ隔絶された場所であっても呼べば姉上の力が届くのか。つくづく……腹立たしいね」
水夜が槍を構える。同時にその足元から影の蛇が姿を見せた。水夜だけではなく、この影の攻撃にも対処しなければならない。先に仕掛けたのは水夜だった。木蓮はそれを刀で受け止めて受け流す。
「私はここで必ずあなたを止めてみせる」
「この世の全てに守る価値などないのに?」
再び槍が木蓮に向かう。木蓮は身を翻してそれを避け、水夜の背後を取る。しかしその瞬間に影の蛇が襲ってきた。それを切り伏せている間に、水夜は再び木蓮を見る。
「私には守りたいものがある。あなたにとって価値がなくても、私にとっては価値がある」
「いつか裏切られるとしても?」
水夜が槍を構える。次の瞬間にはまたあの影の蛇が襲いかかって来た。木蓮はそれを避けてまた水夜を追い詰めようとする。しかし木蓮の行く手を阻むように影の蛇が立ちふさがった。それでも刀でそれを切り伏せて先に進もうとするが、その目の前に今度は水夜が姿を現した。そして勢いに任せて槍を振り下ろす。木蓮は身をひねってその攻撃を避けた。水夜はそれを見越していたのか、すぐさま槍を引いて再び突いてくる。しかしそれすらも見切って、木蓮は刀で受け止めた。そのまま膠着状態に入るが、水夜はどこか苦しげに眉をひそめている。
「私が守りたいと思うのと、私が裏切られるのとは関係がない」
守りたいから守るだけだ。そう話す間もずっと、影の蛇と槍が同時に襲いかかって来る。それを全て切り伏せながら木蓮は呟いた。
「何があっても、私はここであなたを倒す」
水夜が目を見開く。その表情には怒りや悔しさのような感情が浮かび上がっていた。その隙をついて水夜の手から槍を叩き落とし、木蓮は刀を向ける。しかし水夜はすぐさま体勢を立て直して影の蛇を呼び戻した。そして再び槍を構える。
「強いな。しかしここまでだ」
水夜が言った瞬間、木蓮は背後から影の蛇に貫かれた。速さも重さも、これまでの攻撃とは段違いだった。木蓮は血を吐きながらその場に膝を突く。
「あなたは……本当にこんなことがしたいの?」
「勝てないとわかったら説得しようというのか? 無駄なことを」
水夜は再び影の蛇で木蓮を串刺しにした。動けない木蓮の頬に、水夜は血塗れの手で触れる。その瞬間、木蓮は臍の下あたりにこの状況ではあり得ない熱を感じた。
「どう……して……」
「せっかくだから見せつけてあげようと思って」
誰に、という答えは聞かずともわかった。水夜は影の蛇を木蓮の着物の下に潜り込ませる。
「やめ……て……」
抵抗しようにも、木蓮は動くことすらままならなかった。蛇が肌の上を這う度に体が熱くなる。下からも蛇が這い上がってくるのがわかり、木蓮は体を震わせた。
「弱い人間なら、この段階で既に鬼になってるか死んでるんだけどね」
影の蛇は木蓮の体を這い、時折敏感な部分をくすぐる。体は快楽を感じているのに、止め処なく血が流れ続け、少しずつ命が削られていくのも感じられる。木蓮はせめてもの抵抗のために刀を握った。しかしその瞬間に、影の蛇が木蓮の花弁にその頭を擦り付ける。
「っ……ぁ、ああ……」
「ふふ……もっと可愛く鳴いてよ。外に聞こえるくらいに」
水夜が笑いながら、木蓮の耳元で囁いた。花弁から蜜が溢れ出し、内腿を伝って地面に流れ落ちる。蜜で濡れた秘部は淫らな光を放っていた。蛇はその蜜を求めて這い回る。
「それとも痛くした方がいいのかな?」
水夜は影で作った爪を伸ばし、それを木蓮の胸に突き刺す。小さな傷だ。しかしそれだけで木蓮の呼吸は阻害された。息を吸っても体に空気が入っていかない。苦痛のために木蓮のこめかみを汗が伝う。
「ほら、もっと可愛い顔を見せてよ」
水夜がさらに深く爪を突き刺した。そしてそのまま爪に力を込める。木蓮の口から小さな悲鳴が上がった。やがて血が流れ出し、地面を濡らしていく。水夜は恍惚とした表情を浮かべて囁いた。
「僕はね、誰かが苦しんでいる顔を見ているときだけ満たされるんだ。だから全てを壊してやるんだ」
「そんなことをしたって……空っぽのままだよ」
何もかもがどうでもいい、と呟いた声を覚えている。それは紛れもなく彼の本心だった。愛する者を失い、これまで守ってきた人間達に呪われ、その心は空虚になってしまったのだ。そこに誰かが何かを詰めたとしても、本当に心が満たされたことにはならない。しかし木蓮の言葉は水夜を怒らせてしまったらしい。水夜は舌打ちとともに影の蛇で木蓮の秘所を一気に貫いた。
「くっ……あ、ああ……っ!」
「僕が空っぽだと? その言葉、後悔させてあげる」
水夜は木蓮の花弁から蜜を掬い取り、それを舌に塗りつけた。そしてそれごと木蓮の口に食らいつく。舌を絡ませて唾液を混ぜ合わせ、木蓮が飲み込めなかった分は口端から流れ出た。その間も蛇は木蓮を犯し続ける。秘所と胸の蕾を同時に刺激され、木蓮は快楽に身悶えた。
「う、ああ……あっ……」
「気持ちいいのかい? 死にかけてるっていうのにね?」
水夜は木蓮の耳元で囁き、胸の蕾を摘まんだ。影の蛇が秘所の中を蠢き、淫らな音を立てている。水夜はその胸元を大きく広げさせた。そして胸の突起を口に含み舌で転がす。その度に木蓮は甘い声を上げた。それを喉の奥で笑いながら水夜は問いかける。
「君が抵抗なんてしなければ、こんな目には遭わなかったのにね。いや、それともこれは君を何度も助けてしまった姉上に言うべきかな?」
水夜は木蓮の頬を両手で包み込んで見つめる。その目には狂気と、そして深い悲しみが浮かんでいた。
「君は元々人間にしては頑丈だね。あの人とは大違いだ」
「っ……」
「でも思うんだよ。どうせ壊れてしまうんだったら、こうやってめちゃくちゃにしてやればよかったなって」
水夜が木蓮の膣内の蛇の動きを早める。木蓮は水夜の手に爪を立てて抵抗しようとしたが、そんな力すら入らなかった。
「お願い……だから、もうやめて……」
「君が壊れるまで続けるよ。そうじゃないと楽しくないからね」
水夜は楽しそうに言う。そして妖しく微笑んだまま続けた。
「姉上にも見せたいな。君がこんなことをされているのを見たら、どんな顔をするだろうね?」
「あ、ああ……っ」
「ふふ、もうイっちゃったの? でもまだ終わらないよ」
水夜は笑いながら木蓮の頬を撫でた。そして再び胸の蕾に吸い付く。その刺激でまた軽く達しそうになるが、それを堪えながら木蓮は呟いた。
「……あなたは……あなたの心は……まだ、暗くて冷たい場所に、閉じこもってる」
水夜が顔を上げる。その表情には怒りと疑問が入り混じっていた。
「君に何がわかる。たださっき僕の記憶をのぞき見ただけのくせに」
「私はあなたじゃないから、全部がわかるわけじゃない。でも……大切な人を失って、空っぽの心のまま生きてきた人を沢山見た」
母も父の死を聞いたときはそうだっただろう。だからこそ鬼だとわかっていても、変わり果てた父のところへ行ってしまった。そしてそれで緑波を失った宿堤も、そして木蓮自身も。慕っていた武羅瀬を失った悠來も、母を失った泰良も、全員が心に大きな空洞を持ったまま、それでも続いていく命を生きていくしかなかったのだ。無理矢理に前に進んで、心が満たされたわけでないことは木蓮自身が知っている。今でも心に大きな穴があって、それを埋める方法は見つからない。きっとずっと見つかることはないのだろう。水蓮と結ばれても、心の空洞は変わらずにそこにあるのだから。
それでも、と木蓮は続けた。
「あなたはまだその空洞に蓋をして閉じ籠もっているだけ。こんなことをしたって、あなたは救われない」
「黙れ!」
水夜が木蓮の頬を平手で打った。そしてそのまま首に手をかけて絞める。木蓮はその手首を掴んだが、もうほとんど力は入らなかった。それでも水夜は首を絞める力を強めていく。
「……僕は……僕は愉しいんだよ。こうやって何かが壊れていくのを見るのが愉しい。僕の心は満たされてるんだ!」
「っ……あ……」
意識が遠のきそうになる。木蓮は必死に耐えた。それでも水夜が手を緩めることはない。
「ほら、君ももう壊れてしまうんだ」
水夜は笑いながら木蓮に口づけた。そしてそのまま舌を絡ませる。
「ん……っ……」
「ふふ、気持ちいい?」
水夜が木蓮の胸を揉みしだく。その刺激で木蓮は体を震わせた。しかしそれは痛みや苦しみからではなく快楽によるものだった。確実に命を削られているのに、同時に与えられる快感に木蓮の意識は混乱していく。
「ああ……っ……」
「すっかり蕩けた顔だね。所詮人も神も同じだ」
水夜は木蓮の秘所から蛇を抜き取り、代わりに自分の指を挿入した。そして溢れる蜜が泡立つほどに激しく出し入れする。その刺激に、木蓮は体を仰け反らせた。
「あ……ああ……っ!」
「そろそろ終わりにしようか?」
水夜は笑いながら指を抜いた。そして今度は自身の男根をそこにあてがう。それは既に硬く反り立っていた。
「これを見ても、まだあんなことが言える?」
水夜は一気に木蓮を貫いた。水風船をぶつけたような音がその場に響く。最奥まで一気に貫かれ、木蓮の意識は一瞬真っ白になった。しかしそれでも水夜の腰の動きは止まらない。
「あ……ああっ……それでも、私は……っ」
「気持ちいいよ。姉上もこれを味わったのかな?」
水夜が嗜虐的な笑みを浮かべながらさらに動きを早める。その度に木蓮の体は激しく痙攣した。絶頂に達してもなお続けられる行為に、木蓮はもう何も考えられなくなっていく。
「もう……やめて……」
「まだまだだよ、君が完全に壊れるまで続けてあげる」
水夜は木蓮の口を自分の口で塞いだ。そしてより一層動きを早めて容赦なく攻め立てる。快楽と苦痛の間で木蓮は身悶えた。水夜がさらに強く腰を打ち付けると、木蓮は力なく首を横に振った。こんなことをしても彼は一生満たされないだろう。人間より遥かに長い生を、空虚を抱えながら生きていくだけだ。木蓮の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。木蓮は意識が遠のいていくのを感じながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「極めて汚濁きも……滞無ければ、穢とはあらじ……内外の玉垣……清浄しと白す……」
木蓮の体から力が溢れ、水夜は咄嗟にその体から離れる。光に包まれた木蓮の体は宙に浮いたまま、傷が少しずつ治っていく。その光景を水夜は瞠目しながら見つめた。
「何、が……」
「……流れる水よ」
木蓮の声に応えて、何もない空間に水の龍が現れる。しかし水夜は気を取り直して笑みを浮かべた。
「姉上の力は僕には通じない」
「違う。これは……」
水の龍は飛沫を撒き散らしながら水夜へ向かい、その体を貫いた。傷口から流れるのは血ではなく瘴気だ。
「あなたの心に空いた穴から、ずっと血が流れてる」
これは水蓮の力ではない。けれど木蓮の力でもなかった。二つの力を練り合わせて生まれた別の力だ。水夜の体を貫いた水の龍は、その顎に黒に染まった神玉を咥えて木蓮の元に戻る。
「神玉を抜き取っただと……そんなこと、神でもできるはずが……」
水夜の手から槍が落ちる。木蓮自身も、なぜそれができたのかわからなかった。神玉が木蓮の手の中にあるということは、水夜の命は木蓮が握っているということになる。しかし今ここで水夜を倒してしまうのはおそらく違うのだろうと思っていた。彼にも木蓮たちと同じように、大切な人の死に壊れそうになる心があったのだ。そして確かにその心を感じた。
木蓮は意識を集中させた。瘴気に塗れた神玉の奥深くに、澄み切った核のようなものがある。そこに自分の手を届かせるように、瘴気を掻い潜っていく。
「何を……している」
「……私は多分、あなたを助けたいんだと思う」
水夜がしてきたことは到底許されることではない。彼のせいで何人が犠牲になってきたのか。けれどこのまま彼を殺しても、きっと気持ちは晴れないのだろうと思った。
「随分甘い……いや、優しいのだな」
水の龍が水夜の神玉を浄化していく。しかし見つけた核には触れないように細心の注意を払う。同時に水夜の姿が朧げになっていく。既に神玉の多くの部分が侵食されていた。完全に浄化すれば現在の姿の維持は難しいのだろう。かといって瘴気を残すこともできない。これが木蓮に出来る限界だった。
「ああ……確かに、そうかもしれないな」
水夜が呟く。その目の色は深く優しい青色に変わっていた。けれど底の見えない悲しみを湛えている。
「何もかもがどうでも良くなるくらいに、悲しかったのだ」
「……少し、わかります。私も両親を失ったときはそうでした」
鬼を倒すという目的を持つまで、食事すら言われたから食べるという有様だった。もうどうなってもいいと思っていた。けれどそこから目を逸らすように目標を定めて、無理矢理前に進んだ。けれど与えられたのが鬼を倒すという目的でなかったなら――どうなっていたかはわからないのだ。
「強いな。……あの人も、僕もそうありたかった」
その言葉が終わると同時に、浄化が完了する。水夜の姿は完全に消え、木蓮の手の中には、桜の花弁のような大きさになった透明な神玉が残された。
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