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八・澱み
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「それにしても、年端も行かぬ娘によくこのようなことができるものだ」
龍神は鬼の目的を知っていた。そのためには強い力が必要だ。木蓮の霊力を奪おうとしたのはそのためだ。大蜘蛛が退治されたので鬼たちに力が渡ることは無くなったが、これからも鬼たちは木蓮の力を奪おうとしてくるだろう。
「う……んん、ぁ……」
水で作られた透明な触手に膚を撫でられる度に、木蓮はあえかな声を上げた。ぞくりとしたものが龍神の背中を走る。しかし龍神は冷静さを取り繕って、木蓮の体を丹念に調べ始めた。
「まずはここか」
水は形を変え、木蓮の胸を包み込んだ。大蜘蛛に犯された木蓮の体の至る所で瘴気が澱んでいる。龍神はそれを浄化するために水の筋を動かしていった。
「ん……ぁ、なに……っ、ああ……んん……」
胸の感触で木蓮は目を覚ます。木蓮はすぐに不安げなまなざしで周囲を見回すが、龍神の姿を認めると、安心したように微笑んだ。
「龍神様……」
「焔が其方をここに連れてきた。その身の穢れを吾が水で清めてやろう」
「んん……っ、でも、私は……もう」
木蓮の眼から涙が一筋落ちた。細い紐のような水がそれを優しく拭う。
「人の子は勘違いをしておるのだ」
「勘違い……?」
「少なくとも吾が巫は、まぐわいごときで霊力を失ったりはせぬ。ましてや自分の意思でなく奪われた者から、更にその力を取り上げるような非道なことはしない」
木蓮の目が見開かれる。人は破瓜を穢れと見なすが、龍神にとってはそんなものは穢れでも何でもない。そもそもこの国の神々は言ってしまえば奔放だ。どの面下げてそれを穢れと呼べるだろうか。
「でも……母様は」
「人間の思い込みの力というのは恐ろしいものだ。『穢れてしまった』という思いが、霊力の出口を塞いでしまうことがある。おそらく其方の母君――緑波も、そうだったのだろう」
「母様のこと……覚えているの?」
「巫の顔は大体覚えている。特に其方の顔は……緑波に良く似ている」
龍神は多くの時間を眠って過ごしてはいたが、巫の就任の儀式の度に水を通してその顔と霊力を知ることが出来た。木蓮と緑波は顔立ちはよく似ている。しかしその霊力の姿は異なっていた。緑波の霊力は、その名の通り草原を渡る風のようだった。
「神様は長生きだから、私たち人間のことなんて覚えてないんだと思ってた……」
「もちろんそういう神もいるが……水は流れゆくものだが、記憶を宿すものでもある」
緑波に対する蟠りが消えたわけではない。けれど龍神の声に優しさを感じ、木蓮は少しだけ安堵した。
「話を戻そう。あんな蜘蛛ごときで其方の力が失われることはない。だが、瘴気を放っておくわけにもいかぬ。しばしの間、堪えてくれ」
木蓮の小さな胸を包んでいた水が蠢き出す。大蜘蛛の毒で火照っていた体を冷ましていくような水は、木蓮の胸の蕾を軽くつつくように刺激した。
「ん……んん……っ、はぁ……ッ」
大蜘蛛とは違う、穏やかな触れ方に木蓮は身悶える。その姿を龍神は湖面のような青い瞳で静かに見つめていた。
「あっ……ああ……っ」
蕾はみるみるうちに膨らみ、すぐに先端がぴんと上を向いた。それは水を滴らせながら、龍神の目の前で色づいていく。
「やだぁ……見ないで……」
水は形を変えて木蓮の胸の先を舐めるように愛撫した。それに反応して、木蓮の腰が揺れる。
「んッ、んん……あッ!」
胸から伝わる甘い刺激に、木蓮の目尻から涙が零れた。その涙さえも龍神の操る水の筋が優しく吸い取っていく。
「あッ、ああ……っ」
木蓮が内股を擦り合わせる。その部分に龍神が操る水とは違う温かい液体が溢れ始めていることに木蓮は気が付いていた。大蜘蛛の毒とは違う穏やかな熱が、体の奥に灯っている。
「んッ、んん……」
木蓮は脚をぴたりと閉じて熱を逃がそうとした。だがそれは逆に木蓮の熱を高めていく。内腿を生暖かい水が伝っていった。このままでは恥ずかしいところを龍神に見られてしまう。しかし水の筋たちは木蓮の腕にも緩やかに巻き付いていて、顔を隠すことも出来なかった。
「あっ、ああ……っ」
龍神に見られたくない。でもこの熱を解放したい。二つの感情が入り乱れて木蓮は混乱した。その混乱さえも、龍神の操る水によって快楽に変わっていく。
「あッ、ああ……っ!」
水の筋が木蓮の白い脚に巻き付き、ゆっくりと広げていく。そのあとで水の筋は木蓮の花弁を押し開き、その奥にある蜜口に触れた。
「ここも瘴気が澱んでおるな。怖いかもしれないが、堪えてくれ」
「はぁ……あッ……あッ……」
その場所に触れられたことなどほとんどないに等しい。木蓮はこれまで、巫はその身が穢れると力が使えなくなると信じ込み、自分で自分を慰めたこともなかった。けれど今の木蓮に恐怖の感情はなかった。あるのは羞恥と、それを上回ってしまうほどの心地よさだ。
「ん……んん……っ!」
水は木蓮の蜜を纏いながら、奥へと入り込んでいく。大蜘蛛の時のような嫌悪感はない。ただ水の上にたゆたっているような感覚だけがある。気持ちいい、と思わず口に出しそうになった木蓮は、慌てて口を噤んだ。
「――腹立たしいな」
龍神が呟く。木蓮は水の筋の動きに翻弄されながらも首を傾げた。
「吾が巫をこのように痛めつけるなど、到底赦されることではない」
木蓮の中で水の筋が更に枝分かれしていく。繊毛に内側を撫でられ、木蓮は腰を揺らめかせた。襞のひとつひとつをなぞるような水の動き。快楽と同時に、重苦しい霧が晴れていくような感覚もあった。
「っ……んん……ッ、怒って、くれるの……?」
木蓮の喘ぎながらの問いに、今度は龍神が首を傾げる番だった。木蓮は射干玉の瞳を龍神に向けて言う。
「だって……巫が、鬼と戦うのは……当たり前のことなのに……」
龍神はその顔に浮かんだ表情を隠すように扇を広げた。確かに鬼と戦うのは巫の役目だった。しかしそれは、人間達が鬼を退ける確実な手段を探った結果に過ぎない。決して当たり前ではないのだ。長い年月でそれが固定化されてしまっただけで、成人したばかりの娘がそれを全て背負わなければならない道理はない。しかも、よしんば鬼と戦うのが巫の指名であっても、それで傷つくことまで当然のこととは見なせない。
「巫には鬼と戦う力があるだけで、このように傷つけられる道理はない。これだけの瘴気……苦しかったであろう」
木蓮の眦から涙が溢れ落ちる。しかし木蓮はゆるゆると首を横に振った。
「大丈夫……覚悟はできてたから。でも……神様が怒ってくれるなんて思わなかった」
「神をなんだと思っておる。多少永く生きて、多少の力を持つだけで、中身はさして人と変わらぬ」
龍神はぱたりと扇を閉じた。同時に木蓮の中の水が緩やかに動き出す。枝分かれしたそれぞれが別の意思を持っているかのように動き、何かを探しているようだった。そしてその水が少し膨らんだある一点に触れた途端、木蓮は腰を大きく揺らした。
「ここか」
龍神はその場所を執拗に水で擦り上げる。するとその度に木蓮の口から熱い息が漏れた。
「あっ、ああっ、ああッ!」
木蓮の花弁が蜜を滴らせながらひくつく。その蜜に誘われるように更に水の筋が花弁から中へと入り込んだ。
「やっ、だめぇ……っ!」
木蓮が体をのけ反らせる。しかし水の筋は容赦なく深く入り込み、奥にある狭い入り口に触れた。その途端に木蓮の体がびくりと痙攣する。
「んッ、んん――ッ‼︎」
今までになく深く達した木蓮は、そのまま意識を失った。龍神は水の筋をゆっくりと木蓮から引き抜いていく。すると木蓮の蜜と大蜘蛛の毒が混ざり合ったものが、本殿を満たしている水の上に滴り落ちた。
龍神の作り出した水が、瘴気をあっという間に浄化していく。しかし龍神の表情は晴れなかった。
「……あのまま力を失っていた方が、其方にとっては幸福だったかもしれぬな」
龍神が勘違いを正さなければ、穢されたと思い込んだ木蓮が力を失う可能性は十分にあった。強い霊力を持つ人間は、自分自身に無意識に術をかけてしまうことすらあるのだ。
「いや……失われたと思われているだけでそこにある以上、どちらにせよ逃れられぬのか」
桁外れの霊力を持ってしまった以上、これからも鬼は様々な手段で木蓮を狙うだろう。そして、木蓮の霊力の箍が外れた原因も鬼の襲撃にある。龍神は眠っている木蓮の頬を指で優しくなぞった。
「人の子に、こんなものを背負わせてはならぬ――それはわかっている」
だが、今の龍神にできることは決して多くはない。呪いを浄化することはできても、それにも限界がある。あまり神の力を人間に使いすぎると、その人間にとって不都合があるのだ。木蓮ならば並の人間よりは耐性があるだろうが、今回のようなことが続けば、いずれは耐えきれなくなるだろう。
いっそずっとここに置いておけば、これ以上の苦しみはなくなるかもしれない。そんなことを考えた自分を否定するように、龍神は微かに首を横に振った。
***
木蓮を元の世界に送り届けたのと入れ替わりになるように焔が戻ってきた。
「……首尾は?」
「化ける方はうまく行ったわよ。明らかに疲れた感じにしてたらすぐにあの……邑長の息子に休めって言われたし」
「もう一つの目的はどうだったんだ? 宇迦之御魂から何かを頼まれているのであろう?」
焔の主である宇迦之御魂は神々には珍しく人の世のことを気にかける。結果、豊穣の神として多くの人に祀られているのだ。
「異質な瘴気の動きを感じたから調べてきてくれって言われたのよ。確かに邑の中にそういうものはあったんだけど……基本的には残滓だけだったわね」
「……雨を降らせたからな」
「気付いてたってことね。まあ当然か」
龍神が感じた異質な瘴気の動き。すぐさま雨を降らせたが、それでも残るものがあるくらいには強かったということになる。
「やはり封印が弱まっているようだな。まああれも七百年ほど前の話か。無理もないと言えば無理もないが」
「今のうちにもう一回封印かけるのは駄目なの?」
「残念だがそれは出来ない。腹立たしい話だが、吾では力が足りぬ。あのときは彼奴も多少弱っておったし、力を貸してくれた者もいた」
龍神は扇で口元を隠す。長きにわたって封印が破られないように人知れず守ってきたが、そろそろ限界だろう。おそらく封印に綻びが出始めており、そこから封印されているものの一部が抜け出しているのだ。
「どうするつもりなの? 多分主様はそこを一番聞きたいんだと思うんだけど」
「――今度こそは討ち果たさなければならぬ。それは彼奴を封印したときから決めている」
「それは封印よりも困難なことではないか?」
焔の口調が変わる。焔の力は主である宇迦之御魂から与えられたものだ。それを使おうと思ったとき、彼女の口調は主とよく似たものになる。
「吾ひとりの力では出来ぬ。そのときは其方らの力を借りることになるだろう」
「主様にも伝えておこう。急いだ方が良いかの」
「思っていたよりも早く封印が破られる可能性は高い。千年程度は保たせるつもりだったが――」
鬼は木蓮の力を奪い、封印を破ろうとするだろう。これまでの人間達は、力があると言ってもたかが知れていた。鬼の襲撃は絶えずとも、ある程度の均衡は保たれていたのだ。しかし鬼は木蓮に手を出した。これから封印を破ろうとする動きは加速していくだろう。
龍神が嘆息すると、焔がこともなげに言った。
「木蓮ちゃんを自分のものにしちゃうっていうのは駄目なの?」
「何を言うておるのだ?」
龍神は驚き呆れて言う。しかし焔はその視線にも動じずに応えた。
「いや、結構真面目な話。神の伴侶になると手が出しにくくなるでしょ?」
「あの娘の意思はどうなる。それに、人は人の道で幸せになるべきだ」
「自分が嫌とは言わないんだ……」
「何か言ったか?」
「何にも言ってないよ」
焔の言うように、木蓮と契りを結び、神の側に引き入れるという方法は確かにある。しかし神と契りを結べば人としての寿命で死ぬことは難しくなる。それを木蓮が望むかどうかは龍神には預かり知らぬことであった。
「……あの娘は鬼を全て滅ぼすことを望んでおる。人の身には無謀な願いだが……吾らと目指すところはさして変わりはない。暫くは様子を見ながら、こちらも体勢を整えるほかないだろう」
龍神が水面をつい、と指差すと、水鏡に邑の様子が映し出される。鬼の襲来さえなければ平和そのものの小さな邑。しかしそこに潜む影の気配を龍神は確かに感じていた。
龍神は鬼の目的を知っていた。そのためには強い力が必要だ。木蓮の霊力を奪おうとしたのはそのためだ。大蜘蛛が退治されたので鬼たちに力が渡ることは無くなったが、これからも鬼たちは木蓮の力を奪おうとしてくるだろう。
「う……んん、ぁ……」
水で作られた透明な触手に膚を撫でられる度に、木蓮はあえかな声を上げた。ぞくりとしたものが龍神の背中を走る。しかし龍神は冷静さを取り繕って、木蓮の体を丹念に調べ始めた。
「まずはここか」
水は形を変え、木蓮の胸を包み込んだ。大蜘蛛に犯された木蓮の体の至る所で瘴気が澱んでいる。龍神はそれを浄化するために水の筋を動かしていった。
「ん……ぁ、なに……っ、ああ……んん……」
胸の感触で木蓮は目を覚ます。木蓮はすぐに不安げなまなざしで周囲を見回すが、龍神の姿を認めると、安心したように微笑んだ。
「龍神様……」
「焔が其方をここに連れてきた。その身の穢れを吾が水で清めてやろう」
「んん……っ、でも、私は……もう」
木蓮の眼から涙が一筋落ちた。細い紐のような水がそれを優しく拭う。
「人の子は勘違いをしておるのだ」
「勘違い……?」
「少なくとも吾が巫は、まぐわいごときで霊力を失ったりはせぬ。ましてや自分の意思でなく奪われた者から、更にその力を取り上げるような非道なことはしない」
木蓮の目が見開かれる。人は破瓜を穢れと見なすが、龍神にとってはそんなものは穢れでも何でもない。そもそもこの国の神々は言ってしまえば奔放だ。どの面下げてそれを穢れと呼べるだろうか。
「でも……母様は」
「人間の思い込みの力というのは恐ろしいものだ。『穢れてしまった』という思いが、霊力の出口を塞いでしまうことがある。おそらく其方の母君――緑波も、そうだったのだろう」
「母様のこと……覚えているの?」
「巫の顔は大体覚えている。特に其方の顔は……緑波に良く似ている」
龍神は多くの時間を眠って過ごしてはいたが、巫の就任の儀式の度に水を通してその顔と霊力を知ることが出来た。木蓮と緑波は顔立ちはよく似ている。しかしその霊力の姿は異なっていた。緑波の霊力は、その名の通り草原を渡る風のようだった。
「神様は長生きだから、私たち人間のことなんて覚えてないんだと思ってた……」
「もちろんそういう神もいるが……水は流れゆくものだが、記憶を宿すものでもある」
緑波に対する蟠りが消えたわけではない。けれど龍神の声に優しさを感じ、木蓮は少しだけ安堵した。
「話を戻そう。あんな蜘蛛ごときで其方の力が失われることはない。だが、瘴気を放っておくわけにもいかぬ。しばしの間、堪えてくれ」
木蓮の小さな胸を包んでいた水が蠢き出す。大蜘蛛の毒で火照っていた体を冷ましていくような水は、木蓮の胸の蕾を軽くつつくように刺激した。
「ん……んん……っ、はぁ……ッ」
大蜘蛛とは違う、穏やかな触れ方に木蓮は身悶える。その姿を龍神は湖面のような青い瞳で静かに見つめていた。
「あっ……ああ……っ」
蕾はみるみるうちに膨らみ、すぐに先端がぴんと上を向いた。それは水を滴らせながら、龍神の目の前で色づいていく。
「やだぁ……見ないで……」
水は形を変えて木蓮の胸の先を舐めるように愛撫した。それに反応して、木蓮の腰が揺れる。
「んッ、んん……あッ!」
胸から伝わる甘い刺激に、木蓮の目尻から涙が零れた。その涙さえも龍神の操る水の筋が優しく吸い取っていく。
「あッ、ああ……っ」
木蓮が内股を擦り合わせる。その部分に龍神が操る水とは違う温かい液体が溢れ始めていることに木蓮は気が付いていた。大蜘蛛の毒とは違う穏やかな熱が、体の奥に灯っている。
「んッ、んん……」
木蓮は脚をぴたりと閉じて熱を逃がそうとした。だがそれは逆に木蓮の熱を高めていく。内腿を生暖かい水が伝っていった。このままでは恥ずかしいところを龍神に見られてしまう。しかし水の筋たちは木蓮の腕にも緩やかに巻き付いていて、顔を隠すことも出来なかった。
「あっ、ああ……っ」
龍神に見られたくない。でもこの熱を解放したい。二つの感情が入り乱れて木蓮は混乱した。その混乱さえも、龍神の操る水によって快楽に変わっていく。
「あッ、ああ……っ!」
水の筋が木蓮の白い脚に巻き付き、ゆっくりと広げていく。そのあとで水の筋は木蓮の花弁を押し開き、その奥にある蜜口に触れた。
「ここも瘴気が澱んでおるな。怖いかもしれないが、堪えてくれ」
「はぁ……あッ……あッ……」
その場所に触れられたことなどほとんどないに等しい。木蓮はこれまで、巫はその身が穢れると力が使えなくなると信じ込み、自分で自分を慰めたこともなかった。けれど今の木蓮に恐怖の感情はなかった。あるのは羞恥と、それを上回ってしまうほどの心地よさだ。
「ん……んん……っ!」
水は木蓮の蜜を纏いながら、奥へと入り込んでいく。大蜘蛛の時のような嫌悪感はない。ただ水の上にたゆたっているような感覚だけがある。気持ちいい、と思わず口に出しそうになった木蓮は、慌てて口を噤んだ。
「――腹立たしいな」
龍神が呟く。木蓮は水の筋の動きに翻弄されながらも首を傾げた。
「吾が巫をこのように痛めつけるなど、到底赦されることではない」
木蓮の中で水の筋が更に枝分かれしていく。繊毛に内側を撫でられ、木蓮は腰を揺らめかせた。襞のひとつひとつをなぞるような水の動き。快楽と同時に、重苦しい霧が晴れていくような感覚もあった。
「っ……んん……ッ、怒って、くれるの……?」
木蓮の喘ぎながらの問いに、今度は龍神が首を傾げる番だった。木蓮は射干玉の瞳を龍神に向けて言う。
「だって……巫が、鬼と戦うのは……当たり前のことなのに……」
龍神はその顔に浮かんだ表情を隠すように扇を広げた。確かに鬼と戦うのは巫の役目だった。しかしそれは、人間達が鬼を退ける確実な手段を探った結果に過ぎない。決して当たり前ではないのだ。長い年月でそれが固定化されてしまっただけで、成人したばかりの娘がそれを全て背負わなければならない道理はない。しかも、よしんば鬼と戦うのが巫の指名であっても、それで傷つくことまで当然のこととは見なせない。
「巫には鬼と戦う力があるだけで、このように傷つけられる道理はない。これだけの瘴気……苦しかったであろう」
木蓮の眦から涙が溢れ落ちる。しかし木蓮はゆるゆると首を横に振った。
「大丈夫……覚悟はできてたから。でも……神様が怒ってくれるなんて思わなかった」
「神をなんだと思っておる。多少永く生きて、多少の力を持つだけで、中身はさして人と変わらぬ」
龍神はぱたりと扇を閉じた。同時に木蓮の中の水が緩やかに動き出す。枝分かれしたそれぞれが別の意思を持っているかのように動き、何かを探しているようだった。そしてその水が少し膨らんだある一点に触れた途端、木蓮は腰を大きく揺らした。
「ここか」
龍神はその場所を執拗に水で擦り上げる。するとその度に木蓮の口から熱い息が漏れた。
「あっ、ああっ、ああッ!」
木蓮の花弁が蜜を滴らせながらひくつく。その蜜に誘われるように更に水の筋が花弁から中へと入り込んだ。
「やっ、だめぇ……っ!」
木蓮が体をのけ反らせる。しかし水の筋は容赦なく深く入り込み、奥にある狭い入り口に触れた。その途端に木蓮の体がびくりと痙攣する。
「んッ、んん――ッ‼︎」
今までになく深く達した木蓮は、そのまま意識を失った。龍神は水の筋をゆっくりと木蓮から引き抜いていく。すると木蓮の蜜と大蜘蛛の毒が混ざり合ったものが、本殿を満たしている水の上に滴り落ちた。
龍神の作り出した水が、瘴気をあっという間に浄化していく。しかし龍神の表情は晴れなかった。
「……あのまま力を失っていた方が、其方にとっては幸福だったかもしれぬな」
龍神が勘違いを正さなければ、穢されたと思い込んだ木蓮が力を失う可能性は十分にあった。強い霊力を持つ人間は、自分自身に無意識に術をかけてしまうことすらあるのだ。
「いや……失われたと思われているだけでそこにある以上、どちらにせよ逃れられぬのか」
桁外れの霊力を持ってしまった以上、これからも鬼は様々な手段で木蓮を狙うだろう。そして、木蓮の霊力の箍が外れた原因も鬼の襲撃にある。龍神は眠っている木蓮の頬を指で優しくなぞった。
「人の子に、こんなものを背負わせてはならぬ――それはわかっている」
だが、今の龍神にできることは決して多くはない。呪いを浄化することはできても、それにも限界がある。あまり神の力を人間に使いすぎると、その人間にとって不都合があるのだ。木蓮ならば並の人間よりは耐性があるだろうが、今回のようなことが続けば、いずれは耐えきれなくなるだろう。
いっそずっとここに置いておけば、これ以上の苦しみはなくなるかもしれない。そんなことを考えた自分を否定するように、龍神は微かに首を横に振った。
***
木蓮を元の世界に送り届けたのと入れ替わりになるように焔が戻ってきた。
「……首尾は?」
「化ける方はうまく行ったわよ。明らかに疲れた感じにしてたらすぐにあの……邑長の息子に休めって言われたし」
「もう一つの目的はどうだったんだ? 宇迦之御魂から何かを頼まれているのであろう?」
焔の主である宇迦之御魂は神々には珍しく人の世のことを気にかける。結果、豊穣の神として多くの人に祀られているのだ。
「異質な瘴気の動きを感じたから調べてきてくれって言われたのよ。確かに邑の中にそういうものはあったんだけど……基本的には残滓だけだったわね」
「……雨を降らせたからな」
「気付いてたってことね。まあ当然か」
龍神が感じた異質な瘴気の動き。すぐさま雨を降らせたが、それでも残るものがあるくらいには強かったということになる。
「やはり封印が弱まっているようだな。まああれも七百年ほど前の話か。無理もないと言えば無理もないが」
「今のうちにもう一回封印かけるのは駄目なの?」
「残念だがそれは出来ない。腹立たしい話だが、吾では力が足りぬ。あのときは彼奴も多少弱っておったし、力を貸してくれた者もいた」
龍神は扇で口元を隠す。長きにわたって封印が破られないように人知れず守ってきたが、そろそろ限界だろう。おそらく封印に綻びが出始めており、そこから封印されているものの一部が抜け出しているのだ。
「どうするつもりなの? 多分主様はそこを一番聞きたいんだと思うんだけど」
「――今度こそは討ち果たさなければならぬ。それは彼奴を封印したときから決めている」
「それは封印よりも困難なことではないか?」
焔の口調が変わる。焔の力は主である宇迦之御魂から与えられたものだ。それを使おうと思ったとき、彼女の口調は主とよく似たものになる。
「吾ひとりの力では出来ぬ。そのときは其方らの力を借りることになるだろう」
「主様にも伝えておこう。急いだ方が良いかの」
「思っていたよりも早く封印が破られる可能性は高い。千年程度は保たせるつもりだったが――」
鬼は木蓮の力を奪い、封印を破ろうとするだろう。これまでの人間達は、力があると言ってもたかが知れていた。鬼の襲撃は絶えずとも、ある程度の均衡は保たれていたのだ。しかし鬼は木蓮に手を出した。これから封印を破ろうとする動きは加速していくだろう。
龍神が嘆息すると、焔がこともなげに言った。
「木蓮ちゃんを自分のものにしちゃうっていうのは駄目なの?」
「何を言うておるのだ?」
龍神は驚き呆れて言う。しかし焔はその視線にも動じずに応えた。
「いや、結構真面目な話。神の伴侶になると手が出しにくくなるでしょ?」
「あの娘の意思はどうなる。それに、人は人の道で幸せになるべきだ」
「自分が嫌とは言わないんだ……」
「何か言ったか?」
「何にも言ってないよ」
焔の言うように、木蓮と契りを結び、神の側に引き入れるという方法は確かにある。しかし神と契りを結べば人としての寿命で死ぬことは難しくなる。それを木蓮が望むかどうかは龍神には預かり知らぬことであった。
「……あの娘は鬼を全て滅ぼすことを望んでおる。人の身には無謀な願いだが……吾らと目指すところはさして変わりはない。暫くは様子を見ながら、こちらも体勢を整えるほかないだろう」
龍神が水面をつい、と指差すと、水鏡に邑の様子が映し出される。鬼の襲来さえなければ平和そのものの小さな邑。しかしそこに潜む影の気配を龍神は確かに感じていた。
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