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12・糾弾

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 部活をしているときは無心になれた。クリスティーヌは気難しいというか、気位が高く、真剣に向き合わなければこちらの声を聞いてくれない。いや、真面目にやっていても上手くいかなかった先輩たちのことはこれまでも見てきた。和紗は積極的に彼女の世話をするようにし、彼女が何を要求しているのかがわかるようになってきたところで、ようやくその信用を勝ち取れたのだ。

「怒ってるよね……ごめんね、最近一緒にいられる時間が短くて」

 朝も昼も放課後も、求められればあの温室に赴いた。そのせいで馬房に来る時間が減っていたのは事実だ。私を差し置いてどこへ行っているんだ、と鼻を鳴らすクリスティーヌにブラッシングをする。先程障害の練習をしたばかりだから、その筋肉の疲れを取る目的でもある。

「君は本当に綺麗な馬だな」

 栗毛だからクリスティーヌという安直な名前をつけられたこの馬は、体は栗毛だが、たてがみは金色に近い。そういった馬を特別に尾花栗毛と呼ぶ。光に照らされたその鬣を見たときに、和紗はどうしてもこの馬と一緒に大地を駆けたいと思った。だからこそクリスティーヌに気に入られるための努力は惜しまなかったのだ。
 学園で飼われているが故に、クリスティーヌは人そのものには慣れていた。人を乗せても流石に振り落とすようなことはしない。けれどお気に入りの人でないと明らかに手を抜くのだ。仕方なく乗せてやっているというのを堂々と態度に出す。そのせいで扱いが難しいと言われていたが、そのくらい気位が高いのも当然だと思うほどに美しい馬だ。

「大丈夫。きっと先生が治療法見つけてくれると思うし。だから心配しないで、クリスティーヌ」

 和紗はクリスティーヌに顔を寄せて呟いた。クリスティーヌは和紗のことを気遣っているというよりは、「お前がいないと困る」と言っている。クリスティーヌは女王で、和紗はそれに仕える人間。そう立場を決めることで、二人の関係は良好さを保っていた。

「じゃあ私はそろそろ帰るよ。また明日ね、クリスティーヌ」

 和紗はクリスティーヌや他の馬たちに挨拶をしながら馬房を離れる。このあとは着替えをしてから家に帰るだけだ。大きく伸びをしながら更衣室に向かっていると、その進路を塞ぐように璃子が現れた。
 璃子は生徒会に所属していた。下校時間間近まで校内にいるということは、今日は活動日だったのだろうか。璃子は長い髪を指に巻きつけながら、どこか落ち着かない様子で言った。

「和紗ちゃん、ちょっと話があるんだけど」
「何?」

 稔のことだろうか。ここ最近様子がおかしいという話なら、和紗はその原因がだいたいわかってはいるが、和紗の口から言うことはできない。稔は璃子に対して劣情を抱いている。でもそれを璃子本人にぶつけることができないからか、璃子のことを少し避けているようだった。
 でも和紗が璃子にそれを言うことが許されるなら、もう稔本人が璃子に言っているだろう。幼馴染であることもあって、あまり秘密のない二人だ。和紗が知る限りでは、これが初めての隠し事である。

「お兄のことなら――」
「違うの。和紗ちゃんのことよ」
「私のこと?」

 当てが外れた。璃子が何の話をしているのか見当がつかず、和紗は首を傾げる。その上璃子はいつまで経っても周囲を気にして、話を切りだそうとはしなかった。

「ここでは話しにくいこと?」

 璃子が頷く。下校時間が近付いていることを知らせる放送が流れ始める。申請をすれば下校時間を超えても学校に残れるが、申請がない場合はそろそろ帰らなくてはならない。

「それならうちに来る? お兄、今日部活のあとまっすぐ予備校に行くって言ってたから、多分遅くなるし」
「それは知ってる。でもいいの?」
「お母さんも今日は夜勤だから、お兄が帰ってくるまで私一人だよ」

 流石に恋人である稔の予定は把握していたようだ。璃子が和紗の家で話をすることを承諾したので、和紗はすぐに更衣室に向かい、制服に着替えて璃子のところへ戻った。

「お待たせ。じゃあ一緒に帰ろうか、璃子ちゃん」

 学園から家までは歩いて十五分ほどである。璃子はその間、当たり障りのない話ばかりしていた。けれど表情が硬いのがわかる。無理に話すくらいなら無言でもいいのに、と思いながらも、和紗は璃子の話に丁寧に相槌を打った。

 家に到着し、指紋認証で鍵を開ける。何度も訪れているはずの玄関で、璃子は二の足を踏んでいるようだった。けれど和紗が声をかける前に「お邪魔します」と挨拶をして、靴を脱いで家に上がる。和紗は璃子を誰もいないリビングのソファーに座らせた。

「麦茶でいい? 一応コーヒーとか紅茶もあるけど」
「麦茶でいいよ。ありがとう、和紗ちゃん」

 和紗は二人分のコップに麦茶を入れ、ソファーの前のテーブルに置いた。しかし璃子はそれになかなか手をつけようとしない。和紗は麦茶を一口飲んでから、璃子を真っ直ぐ見つめて尋ねた。

「それで璃子ちゃん、話って?」

 璃子はしばらく髪の毛をいじりながら言い淀んでいたが、やがて意を決したように麦茶を手に取り、それを一気に飲み干した。

「最近、和紗ちゃんに対する変な噂を聞いたんだけど」
「噂?」
「和紗ちゃんが、園芸部の温室で……その、いかがわしいことをしてるって」

 その話だったか。その噂は真実だが、どう答えたものかと考えながら和紗は麦茶を飲んだ。

「それが根も葉もない噂なら許せないし、もし本当だとしたら――」

 璃子は和紗を心配してくれているのだろう。そしてその口ぶりから、璃子は噂を信じていないということが何となくわかった。和紗がそんなことをするはずがないと思っているのだろう。性行為自体は違法ではないが、野蛮な行為とされている。和紗がそれに手を出すとは、しかも不特定多数の女子生徒を相手にしているとは露ほども考えていない。
 そのことに、何故か腹が立ってしまった。

「本当だったら、どうするの?」

 だから、そう尋ねた。
 根も葉もない噂なら、璃子はその噂を否定するために行動を起こしただろう。けれど本当だったら何をするのか。正義感の強い璃子ならきっと――答えを予想しながら、和紗は璃子の言葉を待つ。

「本当なら……私は和紗ちゃんを止めなきゃいけないと思う」

 それは予想通りの答えだった。璃子にとってみれば、和紗の行為は許されないものだ。そんなものに手を染めているなら、相手が誰であれ、いや相手が和紗だからこそ止めようとするだろう。幼馴染であり、恋人の妹。璃子にとっては大切なつながりを持つ相手だ。

「別に犯罪行為ってわけじゃないと思うけど。それに、みんながそれを望んだから、私はそれに応えただけだよ」

 正確に言えば雛に対しての行為は同意がなかったが、それについては割愛した。璃子が開き直った態度の和紗を見て目を釣り上げる。

「たとえみんながそれを望んでいたとしても、正しくないことなら止めてあげるのが優しさだと思うわ」
「まぁ……璃子ちゃんはそうなんだろうね」

 どこまで行っても綺麗で、真っ直ぐな人。きっと璃子なら和紗と同じ状況に至っても、他人に手を出す前に踏み留まれたのだろう。そして雛が優香を連れてきたあのときも、たとえ二人を突き放すことになったとしても止めたのだろう。

「和紗ちゃん、どうしてそんなこと……。もしかして最近稔の様子がちょっと変なのも関係あるの?」

 関係があるといえばある。けれど璃子にどこまで話していいのだろうか。
 悩んだ末に、和紗は稔のことについては隠して説明することにした。

「病気なんだよ。原因も治療法もわかってないけど、なくなったはずの性欲が蘇ってきて、日常生活に支障が出る。それについてはお兄も知ってるよ」
「病院には行ってるの?」
「行ってるよ。でも有効な治療法はまだわからないって言われてる。しかもこれは人に伝染るものみたい」

 後輩の一人を感染させてしまったこと。そしてその一人から輪が広がっていること。和紗は開示する情報を慎重に選びながら話した。璃子は真剣な顔をして話を聞いている。きっと真剣に考えているのだろう。どうやったら和紗を止められるのか。そして和紗を助けられるのか。

「事情はわかったわ。そういう病気だっていうなら、その欲望自体は仕方ないと思うけど、やっぱり――」
「それを広げるのは違うって? そんなの私だってわかってるよ」

 和紗自身も、自分のやっていることが罪だとわかってやっているのだ。心から求められれば拒めない。輪に加わるために、既に感染している雛などと予行練習をしてから来る人がほとんどだった。その人たちはもちろんその予行練習の段階で感染している。耐え難いほどの疼きを抱えて、和紗に助けを求めてやってくる人を見捨てることはどうしてもできなかった。そして雛も優香も、もうやめようという和紗の言葉には耳を貸す気はないようだった。既に、和紗にコントロールできる範囲を超えているのだ。

「和紗ちゃん……。わかった、私が何とかしてみる」
「え?」
「病気のことはどうにもできなくても、今みたいに広がってしまうのはいけないことだもの。それに、仕方ないこととはいえ、その行為だって推奨されるものじゃない。私は和紗ちゃんにそういうことをしてほしくないの」
「何とかって、具体的には?」
「その子達も、和紗ちゃんじゃなくて私の言うことなら聞いてくれるかもしれないし。その子達は病院には行ってないんでしょう? だったらみんな一度見てもらったほうがいいと思うし……」

 璃子の言うことは間違っていない。けれど現状として、治療法も何もわかっていないのだ。それだけで解決するとは思えない。けれどそんな現実的な問題とは違う苛立ちを和紗は感じていた。璃子はその人の未来のことを考えて、助けを求めてきた人のことをきっちりと拒むことができるのだろう。
 綺麗すぎて嫌になる。まるで教科書だ。

「さっきも言ったけど、別に犯罪ってわけじゃないでしょ。病気って言っても性欲が戻る以外に何かあるわけじゃないし、みんなが気持ちよくなることの何がいけないの?」

 棘のある口調で和紗は言った。本当のことを言えば、璃子が言っていることのほうが正しいと和紗自身も思っている。けれど言葉が勝手に口を突いて出るのを和紗は止められなかった。

「和紗ちゃん……」
「教科書では、これが人間社会にとって不都合なものになったから捨てたって書いてあるし、私達はずっとその説明で納得してきた。でも、人によっては一度知ったら抜け出せないほどいいものなんだよ」

 それに、と和紗は心の中で思った。
 今の稔の状況を璃子に言ったら、彼女はどういう反応をするのだろうか。病気だからと同情してくれるだろうか。璃子に劣情を抱いているのを必死に隠そうとしている稔のことを受け入れられるのだろうか。

「でも……駄目よ。人間はその汚らわしい行為を捨てて進化したんだし」
「汚らわしい、ね。やったこともないのにどうしてわかるの?」
「和紗ちゃん……んんっ」

 和紗は強引に璃子の唇を奪った。そのまま璃子の頭を抱えるようにしてその口内を蹂躙する。急な行動に、璃子も最初のうちは抵抗していた。けれど徐々にその力が抜けていく。最終的に璃子は和紗のブラウスを掴みながら無意識のうちに太腿を擦り合わせていた。
 和紗がその唇を解放すると、二人の唾液がまじりあったものが璃子の口の端から垂れる。璃子はとろんとした目で和紗を見つめていた。和紗はそれを見て笑みを浮かべる。

「和紗ちゃん……私に、何をしたの……?」
「自分の体に聞いてみたらいいんじゃない?」

 和紗は璃子のブラウスをまくりあげ、その白い腹部を外気に晒す。まだ薄いが、そこには和紗と同じ、ハートを模した禍々しい模様が浮かび上がっていた。和紗はゆっくりとその模様を指でなぞる。

「っ、和紗、ちゃん……ッ!」
「これで璃子ちゃんも同じ穴の狢だね。大丈夫、何も考えられないくらい気持ちよくしてあげるから」

 和紗はそう言いながら璃子をソファーに横たわらせ、ピンク色に発光する腹部に軽くキスをした。
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