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2・萌芽

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「何だか、この辺りが重苦しいというか……変な感じなんです」

 和紗は診察に訪れた医師の布施ふせ憂花ういかに昨晩からの違和感を相談した。憂花は和紗をベッドに寝かせたままで薄い腹部に聴診器を当てた。しかし異常は見受けられなかったらしく、今度は和紗の腹部を指の腹を使って押し始めた。

「特に痛い場所があれば教えてもらえる? ここはどう?」
「平気です」

 憂花は少しずつ手をずらして和紗の腹を押していく。そしてある一点に触れたとき、和紗の肩がわずかに跳ねた。憂花は和紗の様子に気が付き、落ち着いた声で尋ねる。

「ここが痛い?」
「痛いというか……違和感があるというか。押されるとじんわりあたたかくて……」
「そう……昨日の検査では異常は見つからなかったけれど、もう一度検査してみましょう。手術の傷が近いから、それで気になっているだけかもしれないけれど」

 和紗はそのまま憂花の指示通りにいくつかの検査を回った。しかし特に異常は認められなかった。おそらくは手術の傷の痛みが気になっているだけだろうという結論に落ち着き、次の日の退院に備えて和紗は安心して眠りについたのだった。

***

「ん……あつ……」

 病棟内は適温に保たれているはずなのに、和紗は全身のほてりを感じながら目を覚ました。腹部の違和感は更に強くなっている。しかも何もしていないはずなのに股の間が疼いていて、和紗は布団の中でそっとその場所に手を伸ばした。
 寝間着のズボンに手を入れ、シンプルな下着をずらす。清潔にする以外の用途で触ることを禁じられた場所に指が触れた瞬間、ぬちっ、という水音が響いた。指先が何かぬめるものに包まれている。驚いてその手を布団から出してみるとわずかに粘性のある液体がそこに纏わり付いていた。

「これ、何……?」

 知識としては知っている。人間がその叡智を尽くして克服した忌まわしき行為。そのときに女性器から分泌されるというものにそれは良く似ていた。いや、そうでないときも膣内を清潔に保つためにそれは分泌されているのだが、触れただけで溢れるという経験は和紗にはなかった。しかもそれは何もしていない間もとろとろと流れ出している。
 病気のせいだろうか。でも手術は成功したと言っていた。今日の検査でも全く異常はなかった。ナースコールをして先生を呼んでもらった方がいいだろうか。逡巡する和紗はそのまま無意識に手を布団の中に入れた。和紗の右手は誘われるようにズボンの中に入っていく。下着の下に手を入れ、人差し指で割れ目をなぞると、潤んだその部分から水音が聞こえた。

(あ……待って、これ……)

 和紗は人差し指をゆっくり挿入する。熟れた果実のように指を呑み込んでいくその部分は、熱を持ってわずかにうねっていた。生まれて初めて異物を受け入れた蜜壺は、和紗の指を歓迎するように締めつける。

(ちょっと……気持ちいい……っ)

 和紗はそれが許されない行為だとわかっていながら、手を止めることができなくなっていた。更に強い刺激が欲しくなり、慎重に中指も挿れていく。膣内で指が動くたび、布に阻まれてくぐもっているものの、確かにぐちゅぐちゅという音が聞こえていた。

(駄目なのに……もっと、ほしい……っ!)

 そうしているうちに胸にもじんじんとした疼きが広がり始めた。和紗は空いていた左手で自分の胸を包み込む。その先にある乳首は固く尖り、触れなければ我慢できないほどになっていた。和紗がそれを親指と人差し指でつまみあげると、全身にビリビリとした刺激が走る。腰に響いたその刺激により、右手の指を飲み込んでいる蜜壺から更に愛液が滴り落ちた。
 和紗は一旦右手の指を抜き、両方の胸を自らの手で揉み始めた。王子様などとあだ名をつけられているが、和紗は着痩せする方で、その胸は和紗の手から溢れるほどに大きい。揉んでいるうちに更に胸の先が疼き、和紗は時折指先で乳首をつまみながら、夢中になって胸をいじっていた。

「こんなこと……おかしいのに……っ、あ、……んっ」

 人間は性欲から解放された。それは人と人の間に軋轢を生む獣の衝動だ。ずっとそう教えられてきた。確かにこれは苦しいものだ。一向に満たされる気配がない。触れば触るほどに下半身が熱を持ち、和紗は内腿をすり合わせながら悶える。

「なのに、どうしてこんな……気持ちいいのぉ……!」

 和紗の体が跳ねる。一瞬意識が白くなったのを和紗は感じていた。荒い呼吸を紡ぎながらも和紗は布団の中でズボンと下着を脱ぎ、はしたなく蜜をこぼす性器に指を持っていく。

「はぁ、あ、ぁあん……! わたし、どうして……ん、んんっ!」

 そのとき、和紗の病室の扉が突然開いた。ワゴンを引いているので医者か看護師なのはわかるが、消灯されているので誰が入ってきたのかは判別できない。けれど確実に今やっていたことを見られてしまったと思い、和紗は身を縮こまらせる。

「和紗ちゃん、何してるの?」
「布施先生……これは、えっと――」

 和紗のベッドの横に立ったのは白衣の女。和紗の主治医である布施憂花だった。言い訳を探す和紗をよそに、赤く色づいた憂花の唇が艶かしく動く。

「隠さなくてもいいのよ。今日の診療で気になって、様子を見に来ただけなの」
「あの、先生。これはその――」

 怒られてしまう、と和紗は反射的に考えていた。自分で自分を慰めるなど、旧時代の人間のような野蛮な行為だ。しかし憂花は優しい笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。卵巣や子宮の手術のあとはそうなってしまう人もいるのよ。でも一時的なものだから」
「そうなんですか……?」
「そう。恥ずかしがって打ち明けてくれる人が少ないから、あまり知られていないのだけど」

 医者である憂花が言うのだから、おそらく間違いはないのだろう。けれど和紗にとんでもないところを見られてしまったのは事実だ。その上途中で止めてしまったせいか、体はまだ熱いままだ。

「それにしても、少しつらそうね。手を貸してあげる」
「え?」
「治療の一環よ。一時的なものって言ったでしょう? 一度スッキリすれば治る人も多いから」

 憂花はそう言いながら、和紗の布団をまくり、使い捨ての紫色の衛生手袋を自分の両手につけた。そして透明なもので濡れている和紗の秘裂を優しくなぞる。和紗は羞恥で顔を赤くしながらも、そこから与えられる刺激に体を震わせた。

「っ……だめ、先生……あ、っ、恥ずかしい……ッ!」
「恥ずかしがらなくてもいいの。おかしいことをしているわけじゃないんだから」

 憂花の手付きは和紗を感じさせようとするものというよりは、どちらかといえば事務的な動きだった。それによって和紗はこの憂花の行為は間違いなく治療行為なのだと錯覚していった。
 憂花は人差し指と中指を和紗の膣内に挿入し、何かを探すように指を蠢かせる。その度に、濡れた音が病室内に響いた。和紗から溢れた愛液はその白い太腿の内側を伝い、シーツに落ちてその色を変えていく。

 不意に、憂花の指が和紗の中の膨らんだ場所をかすめた。和紗の体が大きく跳ねる。憂花の唇がその反応を見て弧を描いた。

「ここが和紗ちゃんのいいところね?」
「っ……だめ、先生……そこ触られると、なんか……っ、あああっ!」
「気持ちいいんでしょう? 駄目よ、我慢したら治るものも治らないから」

 憂花が執拗にその場所を刺激する。和紗は何かに縋り付きたいような気持ちになり、けれど手が届くところにあったのはベッドの手すりしかなかったため、金属のそれをきつく掴んだ。

「先生……っ、また、あ、さっきのが、来ちゃう……ううっ!」

 和紗は背中をそらして絶頂した。憂花は肩で息をする和紗の中からそっと指を抜いた。紫色の手袋は和紗の愛液で濡れている。憂花はそれをあっさりと脱ぎ、ワゴンの下の段のゴミ箱に捨てた。

「落ち着いた、和紗ちゃん? 少し綺麗にしましょうね」

 憂花は手早く和紗の性器を清拭し、和紗に立ち上がって着替えをするように言う。和紗が憂花の言葉に飲まれて言われたとおりにしている間に、憂花は汚れたシーツもあっという間に取り替えてしまった。

「先生、私……」
「これで少しは落ち着くと思うわ。また変な感じがしたら、恥ずかしがらずに相談して」
「はい……」
「それじゃあ、今日はゆっくりおやすみなさい」

 和紗はベッドに腰掛けて憂花を見送り、溜息とともに布団に潜り込んだ。何があったのか整理したくもあるけれど、頭がぼんやりとする。何よりも自分の手と、憂花の手で与えられた初めての快楽の残滓が、その体に重く残っていた。
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