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12・赤津島_2
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島の北側の崖の一角に、小さな赤い実をつける木がある。恭一はその木の近くに腰掛け、何もせずにぼんやりとしている天花を見つけた。最後に見たときよりも少しやつれているようにも感じられる。恭一の存在に気が付かずに佇んでいる天花の後ろに立ち、恭一はゆっくりと息を吸った。
「――天花」
その声に反応し、振り返った天花の目が見開かれる。溢れそうなほど大きな瞳が確かに恭一の姿を捉えた。
「どうして……」
天花の言葉はそれきり途切れてしまった。どうしてここにいるのか、なのか、どうして生きているのか、なのか。恭一は固まっている天花に向かって一歩を踏み出した。天花が僅かに後退る。それでも距離は詰まっていき、恭一の手が天花に触れようとしたその瞬間、天花はポケットから銃を取り出し、その銃口を恭一に向けた。
「……来ないで」
「撃ちたければ撃てばいい。どうせ一度死にかけたんだ」
「っ……何で、こんなところまで」
最果ての地まで逃げたつもりだったのだろうか。確かに遠く離れた場所だ。けれどそれがどこであれ、恭一は天花のところまで行くつもりだった。
「――天花に、死んでほしくなかったからだ」
天花が再び目を瞠る。透明な中に焔が揺らめいているような美しい瞳は、しかしすぐに影を帯びた。
「死にかけたのはそっちのくせに」
「俺が逆を選んでいたら、死にかけたのは天花の方だ」
「……私なんて、別にどうなったっていいでしょ。殺されかけといて、今更兄貴面なんてしなくていい」
「どうなったっていいなんて思ってないから、俺はここまで来たんだ」
言葉を重ねても、届いてはいないだろう。天花は自分自身を分厚い鎧で覆っている。自分自身を苛む呪いに覆われたその内側にまで届かなければ、どんな美しい言葉も意味がない。
「――天花」
何から話せばいいだろう。今まで天花が一人で背負ってきたものについて、少しは知ることができた。けれどそれが天花に響くものになるかどうかはわからない。
「その赤い実の中にある種には毒がある」
「……うん」
「俺にしたことを、母さんにもしたんだろ?」
天花は観念したように、銃をゆっくりと下ろした。全ての始まりになってしまった母の死。けれど天花は肯定も否定もせずに、ただ揺れる瞳を恭一に向けた。
「――母さんは、天花の具合が悪くなるように少しずつ毒を盛っていた」
「何それ。そんなことするわけないでしょ」
天花の声が少しだけ震えている。庇っているのか。けれど天花はあまり嘘がうまくはない。明らかに目が泳いでいることに本人は気付いていないのだろう。
「今となっては推測することしかできない。けれど、具合の悪い娘を献身的に看病する母親だと見られることで心の安定を図っていたのかもしれない」
「そんなこと……」
「そして天花は、誰かにそのことを教えてもらったんじゃないのか?」
それが誰なのかは大体見当がついている。今重要なのはそこではない。今まで隠されてきたものを暴くことで、天花の動揺を誘うのが目的だ。
「……違うよ」
天花はぽつりと呟くように答えた。
「深色はただ、本当に私を苦しめているものと、そこから助かる方法を二つ教えてくれた。二つのうちの一つを選んだのは私」
「二つの方法?」
「本当は、逆の方を選ぶべきだった。……私がいなくなれば、きっと全部あのときに終わったのに」
天花の言葉で、恭一は二つの方法が何だったのかを悟った。苦しみを終わらせるためには、その苦しみを作り出している人間か、自分自身のどちらかが死ねばいい。天花はその二択で、母親を殺すことを選んだのだ。――けれど、それは本当だろうか。
「選んだのは天花じゃない」
天花が恭一に毒を盛った方法が、そのままその日の再現になっていたとしたら、天花は実質どちらも選んではいない。最終的に、毒入りの方を手に取ったのは母親だろう。そして、その全てを天花一人で実行していたなら、おそらく母は一命を取り留めただろう。
「この実を五粒食べて死ぬのは、まだ体が小さい子供だけだ。大人を殺すにはもっと沢山必要なんだ」
天花は何も答えない。けれど溜息を吐いて恭一に背を向けた。
「月野深色が渡した睡眠薬の中に、足りない分を補うだけの毒が混ざっていた」
あくまで推測だ。けれど恭一のときは、天花が月野深色を殺した後で、彼女の持ち物から睡眠薬を持ち出したということを考えると、一番可能性の高そうな答えだった。
「もしそうだとしたら、天花は母さんを殺したことにはならない」
「……殺そうと思って毒を入れたのは事実だよ」
「その選択だって、自分ではしていないはずだ。自分が死ぬか母さんが死ぬか、最後の二択を母さんに委ねた」
天花は首を横に振る。しかしそれはひどく弱々しかった。
「仮にそうだったとして、もう今更なんだよ。……私が人殺しなのは変わらない」
「天花……」
「私がいなければ、こんなことにはならなかった。全部、私が悪いんだ」
天花は銃を持ったままの手を持ち上げる。その銃口は天花のこめかみに突きつけられた。
「――はじめからこうするべきだったんだよ」
まるで時間がゆっくり流れているようだった。安全装置を外し、引き金に指がかかる。恭一は反射的に走り出した。距離を一瞬で詰め、銃を持つ天花の右手を掴む。恭一は銃を遠くに投げ捨て、天花を地面に押し倒して動きを封じた。
「……それだけはやめてくれ」
「お兄ちゃんには関係ないでしょ」
「関係ある。俺は天花に死んでほしくない」
「私がいればみんなが不幸になる! これ以上生きてたって……!」
恭一は天花の言葉を自分の唇で塞いだ。天花の目から涙が一筋溢れ落ちる。
「天花」
どうすれば止められるのだろうか。どうすれば届くのだろうか。恭一は天花をまっすぐに見つめる。
「今からは、何も言わずに俺の言葉だけ聞いてくれ」
島の北側の崖の一角に、小さな赤い実をつける木がある。恭一はその木の近くに腰掛け、何もせずにぼんやりとしている天花を見つけた。最後に見たときよりも少しやつれているようにも感じられる。恭一の存在に気が付かずに佇んでいる天花の後ろに立ち、恭一はゆっくりと息を吸った。
「――天花」
その声に反応し、振り返った天花の目が見開かれる。溢れそうなほど大きな瞳が確かに恭一の姿を捉えた。
「どうして……」
天花の言葉はそれきり途切れてしまった。どうしてここにいるのか、なのか、どうして生きているのか、なのか。恭一は固まっている天花に向かって一歩を踏み出した。天花が僅かに後退る。それでも距離は詰まっていき、恭一の手が天花に触れようとしたその瞬間、天花はポケットから銃を取り出し、その銃口を恭一に向けた。
「……来ないで」
「撃ちたければ撃てばいい。どうせ一度死にかけたんだ」
「っ……何で、こんなところまで」
最果ての地まで逃げたつもりだったのだろうか。確かに遠く離れた場所だ。けれどそれがどこであれ、恭一は天花のところまで行くつもりだった。
「――天花に、死んでほしくなかったからだ」
天花が再び目を瞠る。透明な中に焔が揺らめいているような美しい瞳は、しかしすぐに影を帯びた。
「死にかけたのはそっちのくせに」
「俺が逆を選んでいたら、死にかけたのは天花の方だ」
「……私なんて、別にどうなったっていいでしょ。殺されかけといて、今更兄貴面なんてしなくていい」
「どうなったっていいなんて思ってないから、俺はここまで来たんだ」
言葉を重ねても、届いてはいないだろう。天花は自分自身を分厚い鎧で覆っている。自分自身を苛む呪いに覆われたその内側にまで届かなければ、どんな美しい言葉も意味がない。
「――天花」
何から話せばいいだろう。今まで天花が一人で背負ってきたものについて、少しは知ることができた。けれどそれが天花に響くものになるかどうかはわからない。
「その赤い実の中にある種には毒がある」
「……うん」
「俺にしたことを、母さんにもしたんだろ?」
天花は観念したように、銃をゆっくりと下ろした。全ての始まりになってしまった母の死。けれど天花は肯定も否定もせずに、ただ揺れる瞳を恭一に向けた。
「――母さんは、天花の具合が悪くなるように少しずつ毒を盛っていた」
「何それ。そんなことするわけないでしょ」
天花の声が少しだけ震えている。庇っているのか。けれど天花はあまり嘘がうまくはない。明らかに目が泳いでいることに本人は気付いていないのだろう。
「今となっては推測することしかできない。けれど、具合の悪い娘を献身的に看病する母親だと見られることで心の安定を図っていたのかもしれない」
「そんなこと……」
「そして天花は、誰かにそのことを教えてもらったんじゃないのか?」
それが誰なのかは大体見当がついている。今重要なのはそこではない。今まで隠されてきたものを暴くことで、天花の動揺を誘うのが目的だ。
「……違うよ」
天花はぽつりと呟くように答えた。
「深色はただ、本当に私を苦しめているものと、そこから助かる方法を二つ教えてくれた。二つのうちの一つを選んだのは私」
「二つの方法?」
「本当は、逆の方を選ぶべきだった。……私がいなくなれば、きっと全部あのときに終わったのに」
天花の言葉で、恭一は二つの方法が何だったのかを悟った。苦しみを終わらせるためには、その苦しみを作り出している人間か、自分自身のどちらかが死ねばいい。天花はその二択で、母親を殺すことを選んだのだ。――けれど、それは本当だろうか。
「選んだのは天花じゃない」
天花が恭一に毒を盛った方法が、そのままその日の再現になっていたとしたら、天花は実質どちらも選んではいない。最終的に、毒入りの方を手に取ったのは母親だろう。そして、その全てを天花一人で実行していたなら、おそらく母は一命を取り留めただろう。
「この実を五粒食べて死ぬのは、まだ体が小さい子供だけだ。大人を殺すにはもっと沢山必要なんだ」
天花は何も答えない。けれど溜息を吐いて恭一に背を向けた。
「月野深色が渡した睡眠薬の中に、足りない分を補うだけの毒が混ざっていた」
あくまで推測だ。けれど恭一のときは、天花が月野深色を殺した後で、彼女の持ち物から睡眠薬を持ち出したということを考えると、一番可能性の高そうな答えだった。
「もしそうだとしたら、天花は母さんを殺したことにはならない」
「……殺そうと思って毒を入れたのは事実だよ」
「その選択だって、自分ではしていないはずだ。自分が死ぬか母さんが死ぬか、最後の二択を母さんに委ねた」
天花は首を横に振る。しかしそれはひどく弱々しかった。
「仮にそうだったとして、もう今更なんだよ。……私が人殺しなのは変わらない」
「天花……」
「私がいなければ、こんなことにはならなかった。全部、私が悪いんだ」
天花は銃を持ったままの手を持ち上げる。その銃口は天花のこめかみに突きつけられた。
「――はじめからこうするべきだったんだよ」
まるで時間がゆっくり流れているようだった。安全装置を外し、引き金に指がかかる。恭一は反射的に走り出した。距離を一瞬で詰め、銃を持つ天花の右手を掴む。恭一は銃を遠くに投げ捨て、天花を地面に押し倒して動きを封じた。
「……それだけはやめてくれ」
「お兄ちゃんには関係ないでしょ」
「関係ある。俺は天花に死んでほしくない」
「私がいればみんなが不幸になる! これ以上生きてたって……!」
恭一は天花の言葉を自分の唇で塞いだ。天花の目から涙が一筋溢れ落ちる。
「天花」
どうすれば止められるのだろうか。どうすれば届くのだろうか。恭一は天花をまっすぐに見つめる。
「今からは、何も言わずに俺の言葉だけ聞いてくれ」
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