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3・同じ穴の狢_1
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「偽名でも仕事ってできるの?」
「身分を問わない仕事もあるにはある」
廃墟での生活が一週間続いたところで、そろそろどうにかして金を手に入れなければならない状況になってきた。ただ、偽名で働けるようなところは大体きつい肉体労働だったり、危険な仕事だったりする。天花にそれをやらせるわけにはいかなかった。
「私もなんかできればいいんだけど……」
「刺身にタンポポ乗せる仕事とかならいけるかもしれないけどな。でも無理する必要はない」
「刺身のアレってタンポポだっけ……」
実際は食用菊だし、刺身の上にタンポポを乗せるだけの仕事は存在しない。天花には通じていない気もするが、冗談を言ったつもりだった。
実際のところ、仮に見つかったときによりリスクが高いのは天花の方だ。外に出ていくのはなるべく避けた方がいい。
「慌てて何かをする必要はないんだよ。何よりまず見つからないようにしないといけない」
ほとぼりが覚めたあたりで新しい人生を始める。天花の未来は奪われてはならないものなのだ。
「じゃあ、行ってくるから」
「うん」
別荘を使うような季節ではないから、ここに来る人はまずいないだろう。それでも天花を一人残して行くのは不安があった。後ろ髪を引かれる思いをしながら、それでもこの先のことを考えて恭一は外に出て行った。
*
廃墟に暇を潰せるようなものがあるはずもなく、一人残された天花は暇を持て余していた。建物の中に残っていたものはあらかた物色したが、めぼしいものはなかった。いらないから置いていったのだろう。この辺りは井戸水も使えるらしく、そのポンプの電源は生きていた。けれどそれを口に入れるのはさすがに躊躇われた。掃除などに使うのは問題ないと判断して、その水を使って掃除をしたりもしたけれど、終わると何もやることがなくなった。
庭に出て、辺りを見回してみる。流石に何年も放置されているから庭は荒れていた。これをどうにかしようとは思わない。人目につく場所が綺麗になっていたら、誰かが忍び込んでいることがわかってしまうからだ。
使われていた頃は綺麗に整えられていたのだろう。何年も経って野生化してしまっているような花と、名も知らない雑草が生い茂っている。凄い生命力だ。その奥に、昨日恭一が見つけていた赤い実をつける背の低い木がある。天花は雑草を軽くかき分けてそれに近付いた。
『それ、毒があるんだよ』
天花にそれを教えてくれた人がどんな人だったのか、はっきりとは思い出せなかった。教えてもらったのは入院していた病院で、その人が看護師だったことまでは思い出せるけれど、その顔には靄がかかってしまっている。病院はわかっているのだから、調べればそれが誰なのか突き止めることはできるだろう。けれどそれを知ったところでどうにもならないことは天花もよくわかっていた。
『さっき食べちゃったんだけど』
『実にはあんまり毒がないから実を少し食べたくらいなら大丈夫。種は絶対ダメだからね』
実は甘酸っぱくて美味しい。けれど種は五粒で致死量に達するほどの猛毒が含まれているのだとその人は教えてくれた。
『この辺だと有名なんだけど、他の地域にはあまりない植物だからね』
その言葉を思い出しながら、天花は赤い実をひとつだけ手に取った。実に毒がないわけではないとわかっていながらも、天花はその一粒を口に含んだ。可食部はそれほど多くない。一瞬で消えた実の甘酸っぱさは後を引くこともない。実の半分以上を占める種を取り出して掌の上に乗せる。たった五粒で人を殺せるほどの毒を持つ種。でもわざわざ種を食べる人はそれほど多くない。ちなみに味は実と違って全く美味しくないらしいし、そもそも硬くて噛み砕くのも難しいらしい。それなら尚更誰も食べないだろう。黒い種を地面に落として、天花は溜息を吐いた。
「……逃げられないのかな」
誰も聞いていないからこそ、独り言が漏れる。逃げた先がこの辺りになるとは思わなかった。少しでも土地勘がある場所の方がやりやすいという判断はきっと間違ってはいないのだろう。そして目論見どおり、雨風を凌げる程度の場所を見つけることはできた。けれど――。
何故父を殺したのか。あの時何があったのか。恭一も気になってはいるだろうが、天花を気遣っているのか聞いてこない。本当は何もしていない恭一が逃げる必要もないのに、これまでやってきたことも全て投げ捨てて天花の傍にいる。どうしてそんなことをするのか、本当のことを知った後でもまだ同じ目を自分に向けてくれるのか、天花にはわからなかった。
赤い実が浮かび上がって見える。罪は消えはしない。逃れられはしないとでも言うように。過去を捨てて新しい人生を歩むことなんてできはしない。この生活もいつかは終わってしまうのだ。恭一とは裏腹に、天花は未来を悲観的に見ていた。
それでも、自分から罪を告白してこの生活を終わらせようとも思えなかった。いつか終わってしまうとしても、もう少しだけ――愛されているのだと錯覚していたい。たとえそれすらも許されないことだったとしても。
天花は先程地面に落とした種を再び手に取った。具体的にどうするかは何も考えていなかったが、天花はそれを握り締めて家の中に戻って行った。
「身分を問わない仕事もあるにはある」
廃墟での生活が一週間続いたところで、そろそろどうにかして金を手に入れなければならない状況になってきた。ただ、偽名で働けるようなところは大体きつい肉体労働だったり、危険な仕事だったりする。天花にそれをやらせるわけにはいかなかった。
「私もなんかできればいいんだけど……」
「刺身にタンポポ乗せる仕事とかならいけるかもしれないけどな。でも無理する必要はない」
「刺身のアレってタンポポだっけ……」
実際は食用菊だし、刺身の上にタンポポを乗せるだけの仕事は存在しない。天花には通じていない気もするが、冗談を言ったつもりだった。
実際のところ、仮に見つかったときによりリスクが高いのは天花の方だ。外に出ていくのはなるべく避けた方がいい。
「慌てて何かをする必要はないんだよ。何よりまず見つからないようにしないといけない」
ほとぼりが覚めたあたりで新しい人生を始める。天花の未来は奪われてはならないものなのだ。
「じゃあ、行ってくるから」
「うん」
別荘を使うような季節ではないから、ここに来る人はまずいないだろう。それでも天花を一人残して行くのは不安があった。後ろ髪を引かれる思いをしながら、それでもこの先のことを考えて恭一は外に出て行った。
*
廃墟に暇を潰せるようなものがあるはずもなく、一人残された天花は暇を持て余していた。建物の中に残っていたものはあらかた物色したが、めぼしいものはなかった。いらないから置いていったのだろう。この辺りは井戸水も使えるらしく、そのポンプの電源は生きていた。けれどそれを口に入れるのはさすがに躊躇われた。掃除などに使うのは問題ないと判断して、その水を使って掃除をしたりもしたけれど、終わると何もやることがなくなった。
庭に出て、辺りを見回してみる。流石に何年も放置されているから庭は荒れていた。これをどうにかしようとは思わない。人目につく場所が綺麗になっていたら、誰かが忍び込んでいることがわかってしまうからだ。
使われていた頃は綺麗に整えられていたのだろう。何年も経って野生化してしまっているような花と、名も知らない雑草が生い茂っている。凄い生命力だ。その奥に、昨日恭一が見つけていた赤い実をつける背の低い木がある。天花は雑草を軽くかき分けてそれに近付いた。
『それ、毒があるんだよ』
天花にそれを教えてくれた人がどんな人だったのか、はっきりとは思い出せなかった。教えてもらったのは入院していた病院で、その人が看護師だったことまでは思い出せるけれど、その顔には靄がかかってしまっている。病院はわかっているのだから、調べればそれが誰なのか突き止めることはできるだろう。けれどそれを知ったところでどうにもならないことは天花もよくわかっていた。
『さっき食べちゃったんだけど』
『実にはあんまり毒がないから実を少し食べたくらいなら大丈夫。種は絶対ダメだからね』
実は甘酸っぱくて美味しい。けれど種は五粒で致死量に達するほどの猛毒が含まれているのだとその人は教えてくれた。
『この辺だと有名なんだけど、他の地域にはあまりない植物だからね』
その言葉を思い出しながら、天花は赤い実をひとつだけ手に取った。実に毒がないわけではないとわかっていながらも、天花はその一粒を口に含んだ。可食部はそれほど多くない。一瞬で消えた実の甘酸っぱさは後を引くこともない。実の半分以上を占める種を取り出して掌の上に乗せる。たった五粒で人を殺せるほどの毒を持つ種。でもわざわざ種を食べる人はそれほど多くない。ちなみに味は実と違って全く美味しくないらしいし、そもそも硬くて噛み砕くのも難しいらしい。それなら尚更誰も食べないだろう。黒い種を地面に落として、天花は溜息を吐いた。
「……逃げられないのかな」
誰も聞いていないからこそ、独り言が漏れる。逃げた先がこの辺りになるとは思わなかった。少しでも土地勘がある場所の方がやりやすいという判断はきっと間違ってはいないのだろう。そして目論見どおり、雨風を凌げる程度の場所を見つけることはできた。けれど――。
何故父を殺したのか。あの時何があったのか。恭一も気になってはいるだろうが、天花を気遣っているのか聞いてこない。本当は何もしていない恭一が逃げる必要もないのに、これまでやってきたことも全て投げ捨てて天花の傍にいる。どうしてそんなことをするのか、本当のことを知った後でもまだ同じ目を自分に向けてくれるのか、天花にはわからなかった。
赤い実が浮かび上がって見える。罪は消えはしない。逃れられはしないとでも言うように。過去を捨てて新しい人生を歩むことなんてできはしない。この生活もいつかは終わってしまうのだ。恭一とは裏腹に、天花は未来を悲観的に見ていた。
それでも、自分から罪を告白してこの生活を終わらせようとも思えなかった。いつか終わってしまうとしても、もう少しだけ――愛されているのだと錯覚していたい。たとえそれすらも許されないことだったとしても。
天花は先程地面に落とした種を再び手に取った。具体的にどうするかは何も考えていなかったが、天花はそれを握り締めて家の中に戻って行った。
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