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第3話 折り畳み定規・2
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*
兄と初めて関係を持った日のことは今でも覚えている。ニュースでは少年がバイクの無免許飲酒運転で事故を起こしたという事件が報道されていた。母はそれを見ながら、飲酒した上に盗んだバイクで無免許運転をするという、同情の余地が一切ないような事件を起こした少年の実名が報道されないことに憤っていた。
母のような意見を持つ人は多い。SNSなどを見ていれば、それが世の中の標準(スタンダード)なんだろうとも思う。けれど自分のすぐ傍に、そこから外れている、あるいは外れかけている人間がいることには気付かない。ああ、何てまっとうな人たち――。私は苛立ちながらも、何も言わず部屋に戻った。
そのあと部屋に来た兄は、本当は何を考えていたのだろうか。あのとき言っていた、漫画を返してもらうという用事は、ただの口実に過ぎなかった。そのあと彼は、本来の用事だったはずの漫画を私の部屋に置いたままにしてしまったのだから。
私はベッドに横になったままスマホをいじっていた。私の動きを見つめる兄の視線に何かいつもと違うものを感じ、私は訝しく思いながら尋ねた。
「何?」
「いや、何見てるのかなと思って」
「別に、普通のやつだけど」
その頃の私は、自分の考えの方が少数派だとわかっていながらも、SNSの類を見てしまっていた。あまりに益のない行為だったけれど、当時はまだ誰かに自分を理解してもらいたがっていたのだろう。そして何度も絶望を味わった。善良な白い羊の群れは黒い羊を許さない。悪いことをした人間はきちんと裁かれて、何なら一生牢屋の中にいるか、その命で罪を贖ってほしいと思われている。だとしたら私は、ふとした拍子に湧き上がるこの感情をどう扱えばいいのか。これは異常なもので、母が言うように本当は病院に行って治療しなければならないようなものなのか。
無意識のうちに手がシーツを握る。それを見て兄が呆れたように言った。
「……そんなの見たって何にもならないだろ」
「そうだね。イライラするだけ。この人たち、自分がそうなるかもしれないとは一度も思
ったことないんだろうな」
たまに思う。自分がそうなるかもしれないとも、自分の傍にそんな人がいるとも想っていない人たちの世界を壊してしまいたいと。人は案外危うい場所に立っているものだ。私がここにいるのはただ、まだ人を殺したことがないというだけ。異常と正常の間に引かれている線ははっきりしたものではなく、その輪郭は曖昧だ。非行少年たちには知的な問題を抱えている人もいると言われているが、知的な問題を抱えていても問題行動を起こさない人は多い。ほぼ同じ条件が揃っていても、たったひとつ何かが違うだけで人の運命は百八十度変わってしまうのだ。
兄は、私が考えていることをわかっているのかいないのか、どこか子供をなだめるように言った。
「わかるよ。そういうの、腹立つよな」
何がわかるというのか。人を殺したいと思ったことがあるとでも言うのか。この抑えがたい衝動なんて知らないくせに知ったような口を利かないで欲しい。私は吐き捨てるように言った。
「いいよ、そんな形だけわかった振りしなくて」
「詩乃」
「……あの人は、自分の娘がそうなったときも同じこと言うのかな」
答えが返ってくるとは思っていない。答えられる人なんていないだろう。私にもわからない。母はただ私を心配しているだけだというのも理解している。自分の子供には道を踏み外さずにちゃんと育ってほしいと思っているだけ。でも定規を使って引いたはずの線が曲がっていることもあるのだということを忘れているのだ。
兄は何も言わずに、ベッドの上に投げ出された私の手に触れた。何の意図がある行為なのか訝しく思っているうちに、その顔が手の甲に近付いていく。
「何、ちょっと……!」
背中を冷たい金属でなぞられたような寒気を感じた。時間が止まってしまったように感じる。目の前にいるのは本当に私が知っている兄なのか。いや、そもそも私は彼の何を知っていたというのだろうか。私の本当の姿が知られていないように、私だって兄の本当の姿を知らない。
人間とは、自分の周りの人間だけはまともだと思ってしまう生き物なのかもしれない。わかっていたはずなのに、私の本心に気付かない母親に苛立っていたはずなのに、私は兄がその瞳の中に獣を宿していることに気付いていなかった。
「ちょ……待って……!」
「あまり大きな声を出すなよ」
枕元の棚に銀色の指輪が転がる。口を塞ぐ兄の手は大きく、この人は紛れもなく男なのだと理解させられた。これまで誰にも許してこなかった行為だ。いや、ただ機会がなかっただけだ。高校卒業するまで誰とも恋人関係にならない人生なんて珍しくも何ともないだろう。
ロマンチックな何かを期待していたわけではなかった。だけど予想できない形であったのは間違いなかった。そして同時に許せないと思った。今まで親切ぶっていたのは、ただ自分の欲望を満たすためだったのか。でもどこかで、自分の暗い部分が嗤っているのを感じる。
「詩乃……」
「なん……で、いきなり、こんな……っ」
一言で言えば最低な行為だった。しかし私は優等生だと思っていた兄の裏の顔が見られたことに悦びを感じてしまっていた。私たちは同じ穴の狢だ。いや、今の段階では行動に移してしまった段階で兄の方がより悪い。
理由なんて知らないし、知りたくもなかった。
けれど殺してしまいたいと思った。私の心と体を踏み躙ったからではない。そんな誰でも思いつきそうな動機ではなかった。でも言葉で説明するのは難しかった。体が浮くような妙な感覚に襲われる。それは少年事件の記事を集めているときに感じるものとよく似ていた。私は正常と異常の見えない境目に、針の上ほどの狭い場所に立っていた。
どうしようもない人だと思った。自分の体をいいようにされながら、私はただ兄を殺す瞬間だけを夢想していた。無防備な今なら、首を絞めたら簡単に殺せるかもしれない。刃物を使うには筆入れが少し遠い。でも血が見たいような気もした。首を深く傷つければ、この部屋が赤く染まるくらいの血が流れるだろうか。そんなことを考えているうちに行為は終わり、私の中から兄のものが抜かれていく。避妊をしていたから、私の中には何も残らなかった。ただ一つ、体がふわりと浮かび上がるような奇妙な感覚以外は。
*
それから三年続いた秘密は、兄の引っ越しによって唐突に途絶えた。未だに兄が何を考えているかはわからない。けれど私のものをこっそり持ち出しているのは、彼にはまだ私と関係を持ちたいという気持ちがあるからなのだろうか。
それなら私は――そんな兄のことをどう思っているのか。
自分の気持ちが一番わからない。けれど兄がいなくなって気付いたこともある。三年のうちに、兄との行為はいつの間にか私の日常に組み込まれてしまっていた。事件が起これば記事を集めてスクラップするのと同じように、どこかそれが自分の中に溶け込んでいた。だからといってなくなったことに寂しさを感じているわけではない。もう一度したいかと聞かれたら、迷いなく「もうたくさんだ」と答えるだろう。
溜息を吐きながら、私はスマホを取り出してメッセージアプリを立ち上げた。近いうちにそっちに行くと兄にメッセージを送る。母が私に荷物を持たせる以上、黙って訪問するわけにもいかなくなってしまった。けれどこれはカモフラージュだ。別に兄の家に一度しか行ってはいけないというわけではない。それに約束の日の前までは兄も油断するだろう。
送ったメッセージにはまだ既読もついていない。私はスマホを横に置いて、机の上に置いた折り畳み定規を手に取った。半透明のそれを開いたり閉じたりと意味のないことをしてみる。
手遊びに飽きた私は、閉じたままの定規を握り締めて虚空にそれを突き出した。これがナイフで、突き出した先に兄がいるのなら。兄はどんな顔をするだろうか。怒るのか、悲しむのか、諦めるのか、笑うのか。いや、刺されているのだから痛くてそれどころではないかもしれない。ナイフを突き刺してから、兄が死ぬまでにはどれくらい時間がかかるだろうか。刺した場所にもよるけれど、これまで集めた記事に書いてあったことを鑑みれば、それなりに時間はかかってしまうようだ。その間私は何をしているだろう。少しずつ命が消えていくのを眺めているのも悪くはない。けれどもしかしたらセックスをしているのかもしれないとも思った。でも今にも死にそうなときに、男のその部分は機能するのか。そればかりは私に知識がないからわからない。
(何を考えているんだ、私は)
あまりにも馬鹿馬鹿しい。自嘲的に呟いてみても、空想から生まれた熱は消えない。体の中心にぬるついた感覚がある。その場所に触れたことがあるのは、私自身と兄だけだ。声が漏れないように枕に顔を押しつけながら、静かにそこに手を伸ばす。自分の手は小さくて、指も兄のものよりは短い。そのことに物足りなさを感じてしまうことが腹立たしかった。
「あ、そうだ……行き方調べないと」
冷静になった私は、手を拭いて横に置いていたスマホを手に取った。大学から兄が住むアパートまでの経路を調べておかないといけない。地図アプリに場所を入力して、経路検索のボタンをタップする。
「何だ、特急止まるんだ」
生まれも育ちも名古屋だけれど、実はその外にはあまり出たことがない。市外を走る電車の事情はよく知らないのだ。思っていたよりも交通の便は良さそうな場所だった。母が「うちからでも通える」と兄の一人暮らしを反対したのも理解できる所要時間ではある。
「でも乗り換え二回はめんどくさいな……」
何はともあれ、順調にいけば一時間程度で到着できるらしい。それなら予定通りに講義が終わってから向かっても間に合うだろう。
地図アプリを終了して、もう一度折り畳み定規を手に取る。黙ってノートを取り戻したあとで、それに気付いた兄はどう反応するだろうか。文句を言うことはできないだろう。そもそも黙って持ち出したのは向こうの方だ。気付かない振りをするというのも難しいだろう。そもそもその後には、母に頼まれた用事を済ませにもう一度兄の家に行くのだから。
折り畳み定規は、昔流行して問題になったバタフライナイフに少し似ている。あの日私の手にはナイフがなかった。今も私の手にあるのはナイフの偽物でしかない。
兄と初めて関係を持った日のことは今でも覚えている。ニュースでは少年がバイクの無免許飲酒運転で事故を起こしたという事件が報道されていた。母はそれを見ながら、飲酒した上に盗んだバイクで無免許運転をするという、同情の余地が一切ないような事件を起こした少年の実名が報道されないことに憤っていた。
母のような意見を持つ人は多い。SNSなどを見ていれば、それが世の中の標準(スタンダード)なんだろうとも思う。けれど自分のすぐ傍に、そこから外れている、あるいは外れかけている人間がいることには気付かない。ああ、何てまっとうな人たち――。私は苛立ちながらも、何も言わず部屋に戻った。
そのあと部屋に来た兄は、本当は何を考えていたのだろうか。あのとき言っていた、漫画を返してもらうという用事は、ただの口実に過ぎなかった。そのあと彼は、本来の用事だったはずの漫画を私の部屋に置いたままにしてしまったのだから。
私はベッドに横になったままスマホをいじっていた。私の動きを見つめる兄の視線に何かいつもと違うものを感じ、私は訝しく思いながら尋ねた。
「何?」
「いや、何見てるのかなと思って」
「別に、普通のやつだけど」
その頃の私は、自分の考えの方が少数派だとわかっていながらも、SNSの類を見てしまっていた。あまりに益のない行為だったけれど、当時はまだ誰かに自分を理解してもらいたがっていたのだろう。そして何度も絶望を味わった。善良な白い羊の群れは黒い羊を許さない。悪いことをした人間はきちんと裁かれて、何なら一生牢屋の中にいるか、その命で罪を贖ってほしいと思われている。だとしたら私は、ふとした拍子に湧き上がるこの感情をどう扱えばいいのか。これは異常なもので、母が言うように本当は病院に行って治療しなければならないようなものなのか。
無意識のうちに手がシーツを握る。それを見て兄が呆れたように言った。
「……そんなの見たって何にもならないだろ」
「そうだね。イライラするだけ。この人たち、自分がそうなるかもしれないとは一度も思
ったことないんだろうな」
たまに思う。自分がそうなるかもしれないとも、自分の傍にそんな人がいるとも想っていない人たちの世界を壊してしまいたいと。人は案外危うい場所に立っているものだ。私がここにいるのはただ、まだ人を殺したことがないというだけ。異常と正常の間に引かれている線ははっきりしたものではなく、その輪郭は曖昧だ。非行少年たちには知的な問題を抱えている人もいると言われているが、知的な問題を抱えていても問題行動を起こさない人は多い。ほぼ同じ条件が揃っていても、たったひとつ何かが違うだけで人の運命は百八十度変わってしまうのだ。
兄は、私が考えていることをわかっているのかいないのか、どこか子供をなだめるように言った。
「わかるよ。そういうの、腹立つよな」
何がわかるというのか。人を殺したいと思ったことがあるとでも言うのか。この抑えがたい衝動なんて知らないくせに知ったような口を利かないで欲しい。私は吐き捨てるように言った。
「いいよ、そんな形だけわかった振りしなくて」
「詩乃」
「……あの人は、自分の娘がそうなったときも同じこと言うのかな」
答えが返ってくるとは思っていない。答えられる人なんていないだろう。私にもわからない。母はただ私を心配しているだけだというのも理解している。自分の子供には道を踏み外さずにちゃんと育ってほしいと思っているだけ。でも定規を使って引いたはずの線が曲がっていることもあるのだということを忘れているのだ。
兄は何も言わずに、ベッドの上に投げ出された私の手に触れた。何の意図がある行為なのか訝しく思っているうちに、その顔が手の甲に近付いていく。
「何、ちょっと……!」
背中を冷たい金属でなぞられたような寒気を感じた。時間が止まってしまったように感じる。目の前にいるのは本当に私が知っている兄なのか。いや、そもそも私は彼の何を知っていたというのだろうか。私の本当の姿が知られていないように、私だって兄の本当の姿を知らない。
人間とは、自分の周りの人間だけはまともだと思ってしまう生き物なのかもしれない。わかっていたはずなのに、私の本心に気付かない母親に苛立っていたはずなのに、私は兄がその瞳の中に獣を宿していることに気付いていなかった。
「ちょ……待って……!」
「あまり大きな声を出すなよ」
枕元の棚に銀色の指輪が転がる。口を塞ぐ兄の手は大きく、この人は紛れもなく男なのだと理解させられた。これまで誰にも許してこなかった行為だ。いや、ただ機会がなかっただけだ。高校卒業するまで誰とも恋人関係にならない人生なんて珍しくも何ともないだろう。
ロマンチックな何かを期待していたわけではなかった。だけど予想できない形であったのは間違いなかった。そして同時に許せないと思った。今まで親切ぶっていたのは、ただ自分の欲望を満たすためだったのか。でもどこかで、自分の暗い部分が嗤っているのを感じる。
「詩乃……」
「なん……で、いきなり、こんな……っ」
一言で言えば最低な行為だった。しかし私は優等生だと思っていた兄の裏の顔が見られたことに悦びを感じてしまっていた。私たちは同じ穴の狢だ。いや、今の段階では行動に移してしまった段階で兄の方がより悪い。
理由なんて知らないし、知りたくもなかった。
けれど殺してしまいたいと思った。私の心と体を踏み躙ったからではない。そんな誰でも思いつきそうな動機ではなかった。でも言葉で説明するのは難しかった。体が浮くような妙な感覚に襲われる。それは少年事件の記事を集めているときに感じるものとよく似ていた。私は正常と異常の見えない境目に、針の上ほどの狭い場所に立っていた。
どうしようもない人だと思った。自分の体をいいようにされながら、私はただ兄を殺す瞬間だけを夢想していた。無防備な今なら、首を絞めたら簡単に殺せるかもしれない。刃物を使うには筆入れが少し遠い。でも血が見たいような気もした。首を深く傷つければ、この部屋が赤く染まるくらいの血が流れるだろうか。そんなことを考えているうちに行為は終わり、私の中から兄のものが抜かれていく。避妊をしていたから、私の中には何も残らなかった。ただ一つ、体がふわりと浮かび上がるような奇妙な感覚以外は。
*
それから三年続いた秘密は、兄の引っ越しによって唐突に途絶えた。未だに兄が何を考えているかはわからない。けれど私のものをこっそり持ち出しているのは、彼にはまだ私と関係を持ちたいという気持ちがあるからなのだろうか。
それなら私は――そんな兄のことをどう思っているのか。
自分の気持ちが一番わからない。けれど兄がいなくなって気付いたこともある。三年のうちに、兄との行為はいつの間にか私の日常に組み込まれてしまっていた。事件が起これば記事を集めてスクラップするのと同じように、どこかそれが自分の中に溶け込んでいた。だからといってなくなったことに寂しさを感じているわけではない。もう一度したいかと聞かれたら、迷いなく「もうたくさんだ」と答えるだろう。
溜息を吐きながら、私はスマホを取り出してメッセージアプリを立ち上げた。近いうちにそっちに行くと兄にメッセージを送る。母が私に荷物を持たせる以上、黙って訪問するわけにもいかなくなってしまった。けれどこれはカモフラージュだ。別に兄の家に一度しか行ってはいけないというわけではない。それに約束の日の前までは兄も油断するだろう。
送ったメッセージにはまだ既読もついていない。私はスマホを横に置いて、机の上に置いた折り畳み定規を手に取った。半透明のそれを開いたり閉じたりと意味のないことをしてみる。
手遊びに飽きた私は、閉じたままの定規を握り締めて虚空にそれを突き出した。これがナイフで、突き出した先に兄がいるのなら。兄はどんな顔をするだろうか。怒るのか、悲しむのか、諦めるのか、笑うのか。いや、刺されているのだから痛くてそれどころではないかもしれない。ナイフを突き刺してから、兄が死ぬまでにはどれくらい時間がかかるだろうか。刺した場所にもよるけれど、これまで集めた記事に書いてあったことを鑑みれば、それなりに時間はかかってしまうようだ。その間私は何をしているだろう。少しずつ命が消えていくのを眺めているのも悪くはない。けれどもしかしたらセックスをしているのかもしれないとも思った。でも今にも死にそうなときに、男のその部分は機能するのか。そればかりは私に知識がないからわからない。
(何を考えているんだ、私は)
あまりにも馬鹿馬鹿しい。自嘲的に呟いてみても、空想から生まれた熱は消えない。体の中心にぬるついた感覚がある。その場所に触れたことがあるのは、私自身と兄だけだ。声が漏れないように枕に顔を押しつけながら、静かにそこに手を伸ばす。自分の手は小さくて、指も兄のものよりは短い。そのことに物足りなさを感じてしまうことが腹立たしかった。
「あ、そうだ……行き方調べないと」
冷静になった私は、手を拭いて横に置いていたスマホを手に取った。大学から兄が住むアパートまでの経路を調べておかないといけない。地図アプリに場所を入力して、経路検索のボタンをタップする。
「何だ、特急止まるんだ」
生まれも育ちも名古屋だけれど、実はその外にはあまり出たことがない。市外を走る電車の事情はよく知らないのだ。思っていたよりも交通の便は良さそうな場所だった。母が「うちからでも通える」と兄の一人暮らしを反対したのも理解できる所要時間ではある。
「でも乗り換え二回はめんどくさいな……」
何はともあれ、順調にいけば一時間程度で到着できるらしい。それなら予定通りに講義が終わってから向かっても間に合うだろう。
地図アプリを終了して、もう一度折り畳み定規を手に取る。黙ってノートを取り戻したあとで、それに気付いた兄はどう反応するだろうか。文句を言うことはできないだろう。そもそも黙って持ち出したのは向こうの方だ。気付かない振りをするというのも難しいだろう。そもそもその後には、母に頼まれた用事を済ませにもう一度兄の家に行くのだから。
折り畳み定規は、昔流行して問題になったバタフライナイフに少し似ている。あの日私の手にはナイフがなかった。今も私の手にあるのはナイフの偽物でしかない。
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