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第32話 思い出せない少女の笑顔

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 意識があるのに、ぼんやりとしている。まるで、夢の世界にいるような感覚だ。

 なのに、まるで自分の体じゃないかのように、自由に動かせない。

 なんで僕はここにいるんだっけ?

 思い出せない。何も思い出せない。

 ただ感じるのはこの身にまとう獄炎に包まれた幸福感だけ。

 穴だらけの記憶を思い出そうとすると、頭に激痛が走る。

 ダメだ。本当に思い出せない…………まぁ、もういいか、もうこのまま。

 かすかにあった意識すら、かすんでいく。深く、深く意識が沈んでいく。

 その身のすべてが獄炎に包まれようとしたとき、目の前に小さな少女が現れた。

 白いワンピースを着た少女は本当に真っ白で、輪郭がはっきりしている。でも、なぜか、顔が黒く塗りつぶされていた。

「思い出して…………」

 聞き覚えのあるような声に、僕が耳を傾けようとすると、獄炎が目の前の少女を焼き払った。

『何も思い出すな。すべて俺に任せておけ。だから、お前はお前の力への渇望も憎悪も忘れて永遠に幸福感に酔いしれながら眠れ』

 その声はどこか聞き覚えのある声をしていた。

 そして、僕はゆっくりと瞼を閉じた。

 すると、フラッシュバックするように記憶が蘇った。


 辛かった。きっと、人生で一番つらかったと思う。

 学校では、友達もおらず、一人で生きてきたけど、辛いことがあったら逃げる手段があった。

 でも、勇者として異世界に召喚された時から、僕の人生に大きな淀みが生まれた。

 僕が勇者として召喚されたとき、自分が主役になる時が来たのかなって、少し期待した。けど、実際はその真逆だった。

 最弱勇者なんてあだ名が広まり、ステータスもみんなより低いし、正直、大図書館にいるときは内心、元の世界に帰りたいとさえ思った。

 それでも、やるしかなった。みんなに迷惑をかけるわけにはいかないし、ぐずぐずしていても帰れないし、この現実がずっと続く。

 だから、僕は大丈夫だと言い聞かせながら、表面上を偽った。

 生憎と、僕は平面状をいつわるのが得意だったのか、周りからばれることなく、過ごすことができた。

 徐々にメンタルが削られ、一か月経ったころには、ほぼ限界だった。

 そんな時、さらに現実を突きつけるように、あのジェルマンってやつの罠にはまり、ダンジョン最下層に転移させられた。

 運良く、生き延びたけど、この先真っ暗だし、だったら死んだほうがマシかなって思ったりもした。

 そんなときであったのか、あの子だった。

 あの子の助けを求める声に、僕は答えた。いや、可能性を信じて、できる限りのことをしたんだ。

 これで、死んでもいいし、助けたら、ここを出る力になるかもしれない。

 その二つの可能性を信じないと、心を保てなかった。

 そして僕は力を手に入れた。

 力さえあれば、あとは出る手段を探すだけ、だから深く考えなかった。

 でも、そこから、少し心が軽くなったような気がしたんだ。

 あの子としゃべると、笑顔になれる、あの子の笑顔を見ると、ついつい笑顔になる。

 僕は、あの子が隣にいるだけで、何でもできるような気がしたんだ。

 だから、だから、だから…………。

 その時、真っ暗な世界で、獄炎が燃え盛る空間の中で、一筋の光が差し込んだ。

 差し込む光にあたり、目を開くと、光の先には真っ白な少女が手を差し伸べていた。

「思い出して…………」

 聞き覚えのある声は、心地よく、ふと涙を流した。

 でも、顔が見えない。真っ白な光で何も見えない。

 僕は伸ばされる手に手を伸ばそうとすると、まとわりつく獄炎が邪魔をする。

 右手がおもりのように重く、上がらない。

「思い出して…………」

 少女は何度も同じ言葉を口にする。

 あの手を取らないといけない気がする。手を取れば、大切な何かを思い出せそうな気がする。

 まとわりつく獄炎に抗いながら、無理に少女に近づこうとすると、耳元で声が聞こえてくる。

『なぜ、拒む。なぜ、抗う』

 この声は…………。

『お前は、大切なものを失い、憎悪を抱いた。そして力を求め、俺にすがった。なのに、それなのに、なぜ拒むんだ』

 その言葉に、うっすらと記憶がよみがえる。

 そうだ、僕は大切な心の支えだった少女を殺してしまった。だから、僕はすがったんだ。

 もっとも楽な道に。


「決して、忘れないで、ヒナタは立派な勇者だってことを…………」


 その時の表情は、まったく思い出せない。でも少女が最後に残した言葉はしっかりと覚えている。

 僕は勇者だ。勇者として召喚された。

『そうだ。だが、お前は裏切られた。だれも、決してお前に勇者としての活躍なんて期待などしていなかった』

 そうだ。僕は勇者として期待されていなかった。

 でも、あの子は言ったんだ。僕みたいな人間を、立派な勇者だって。

『そんな言葉、まやかしだ。心のないことなんていくらでもいえる』

 違う、長くも短くもない日々を過ごした僕でもわかる。少女の言葉にうそ偽りなんてなかった。

 だって、少女の表情は…………うぅっ!?

 思い出そうとすると、頭に激痛が走った。

 ダメだ。思い出せない。あのときの少女の表情が、思い出せない。でも、でも確信できるんだ。確信できるんだっ!

『だとしても、だから何だというんだ。もう死んでしまったものは、二度と生き返らない。残るのは憎悪だけ、そして、お前はっ!!それを受け入れたっ!!楽な道を選びっ!!すがったんだっ!!』

 荒々しい声が響き渡る。

 そうだ、その通りだ。でも、それでも、僕は少女にとって立派な勇者であり続けたい。

 僕は…………僕は…………。

 自分が何者か、自分が何をしたいのか、自分に問いた。

「僕は…………少女の笑顔を守る勇者になりたいんだっ!!」

 必死に差し伸べられた手に手を伸ばす。
 
『やめろっ!そんなことをしたところで、何が変わるっ!結局、またいつもの自分に、現実に戻るだけなんだぞっ!』

「それでも、僕は…………」

 まとわりつく獄炎が僕を引き留めようと抗う。

 だが、それでも、僕はその力に抗い、必死に手を伸ばした。

 そして。

『やめろっ!やめろっ!!』
 
 僕は、少女の手を取った。
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