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141話〜壊れた風〜

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「……だいぶ集まったな」
「それほど聖勇教会に物申したい奴らがいるって事だろ」

 ハヤテ達は今、聖勇教会残党のいる街をグルッと取り囲んでいた。
 ロウエンからカザミ村が襲撃されたと聞いて一週間。
 俺は今度こそ、聖勇教会を潰すために動いていた。

「にしてもお前も甘くなったな」
「……甘くだと?」
「ま、気にすんなよ。にしても凄いな。フレイヤの奴が集めた竜軍って奴はよ」

 そう言って背後を振り返るロウエン。
 その視線の先にいるのは竜の大群。
 フレイヤを始めとする、かつての大戦の折に封印されたエンシェントドラゴンが揃っていたのだ。

 それだけではない。
 エンシェントドラゴン配下のドラゴンの群れも来ているのだ。
 フレイヤことエンシェントフレイムドラゴン配下のワイバーン。
 エンシェントグランドドラゴン配下のワーム種。
 エンシェントウインドドラゴン配下のワイバーン。
 エンシェントウォータードラゴン配下のヒュドラ。
 その他、多種多様な竜がエンシェント達の呼びかけに応じ、都市をグルッと取り囲んでいるのだ。

「攻撃開始まであと二時間。それまでに聖勇教会残党を引き渡さなければ総攻撃をかける、か」
「あぁ。あと二時間」
「市民はどうする?」
「残党が変装して紛れ込む可能性がある。例外無く殺せ」

 ロウエンの問いにそう返す。

「良いのか?」
「あぁ。良いんだ。アイツらはモーラの墓を荒らした。ソイツらを庇うのであれば、庇う奴も同罪だ」
「オーケイ。じゃ、時が来たら行くとするかね。にしてもまさか、クラング王国とモフランティカ獣国、フリジシア皇国からも軍が来るとはな」
「兵は一人でも多い方が良い。違うか?」
「……ま、それは否定しないがね。時間はまだ少しある。ちょっくら休ませてもらうぜ」
「……あぁ。また後でな」

 そう言って俺と別れるロウエン。
 俺は彼を見送る事なく、小高い丘から都市を見続けた。



 その頃、聖勇教会残党が逃げ込んだ国では……

「本当に大丈夫なのでしょうな!?」

 中央にある城にて国王マルビス・トゥーリアは、聖勇教会教王コバトゥリア・セイリースに問いかけていた。

「当たり前だ。あんなガキに何ができる」

 対するコバトゥリアは出された食事を腹に収めつつ、面倒臭そうにそう返していた。

「だがこんな……」
「あ? 手紙が心配か?」
「当たり前だ! 私はこれでもこの国王だ! 民を守る義務がある!」
「はっ! 笑わせる! 守る義務があると分かっていながら、こんな危険要素を招き入れたのか。ならば貴様は王失格だな!」
「それは先代が」
「分かっておる分かっておる。正義はそもそもこちらにある。勇者を名乗る邪教徒に負けるはずがなかろう」

 チキンを骨ごとバリバリと食べながら返すコバトゥリア。

「市民の避難を認めず、総攻撃をすると書かれて不安になるなと言う方が無理だと思うのだが」
「ふん。まがりなりにも勇者を名乗る者だ。いざその場面に直面しようとも実行する度胸まではあるまいよ」

 そう結論付け、席を立つコバトゥリア。

「どこへ行く」
「ん? 兵の元だよ。指揮を確かめねばならぬからな」

 そう言って別れる二人なのだった。



 そしてコバトゥリアが向かったのは、残党兵と竜が過ごしているエリアだった。

「調子はどうだ?」
「竜達の調教は完璧です。我々の指示には全て、従いますよ」
「よし、それならば良い。が、念のために例の霊薬を飲ませておけ」
「ハッ!」

 騎士の一人にそう言って竜を見るコバトゥリア。
 鎧を着けられ、隷属の首輪を着けられた飛竜。

「しっかり頼むぞ」

 コバトゥリアの言葉に騎士達は気合を入れる。
 そんな中飛竜達はコバトゥリアへと、憎悪に満ちた目を向けている事に、彼等は気付かなかった。



 そして総攻撃一時間前。

「で、話っていうのは?」
「それ以前にお前は誰だ?」

 ハヤテはテントに呼び戻されていた。

「私はマルビス・トゥーリア王の命を受けて来ました。こちらを」
「使者、ってやつか。受け取ろう」

 使者が差し出した書簡をロウエンが受け取り、俺に差し出す。
 それを使者の目の前で広げ、読んで即座に捨てる。

「なになに?」

 俺が投げ捨てた書簡をユミナが拾い上げ、それをミナモ達が覗き込み、それをカガリが読み上げる。

「要約すると、総攻撃の際に市民への攻撃はしないでくれ、か」

 それを聞きながら俺は使者へ

「聖勇教会残党を引き渡す以外に受ける事はない。急ぎ帰って王に伝えろ」

 とだけ伝える。
 すると使者は

「そこをどうか! 何卒!」

 足に縋り付き、頭を下げる。
 が、それを俺は

「断る」

 蹴り払い、ただ一言伝える。

「俺の望みは聖勇教会残党の即時引き渡し。それがなされぬのならば実力を行使するだけだ」
「そんな事されれば、我が国の民は」
「知るか。どさくさに紛れて残党が市民に紛れて逃げる可能性がある以上、そちらの要望は飲めない。戻ってそう伝えろ」
「お願いします! どうか! どうか!!」

 それでも立ち上がり、俺にしがみ付いて引き下がらない使者を俺は

「っ、くどい!」

 突き放し

「ロウエン!」
「あいよ」

 ロウエンに切らせた。

「アガッ……ガッ。し、使者の私を……き、る!? ゴフッ!」
「……どうする?」

 切られ、後ずさる死者を踏み付けて俺に尋ねるロウエン。
 その問いに俺が何て返すか察したのだろう。
 エンシとラナがユミナ達をテントの外へと誘導する。

「……助かるな」
「まぁ、な」
「で、こいつはどうする?」
「……首だけ送り返してやれ」
「オーケイ」
「ま、待て!」
「待たん」

 直後、ロウエンの刀が振り下ろされ、何か重い物が床に落ちる音が聞こえた。

 それを

「お、おい……」

 遅れてテントに来た兄に見られた。

「お前……お前何やってるんだよ!」

 即座に歩み寄り、俺に掴みかかる兄。
 どうやら兄は怒っているらしい。

「使者を切るってお前……何をしたか分かっているのか!?」

 そう言って俺を揺さぶるが

「何をしたかって……それはこっちのセリフだよ」
「何だと?」
「だってそうだろう? アイツらは、モーラの墓を荒らしたんだ。そんな奴、生きている理由は無いだろう? やり直そうとしていたモーラが眠る墓を無残な姿に変えたんだ。そんな奴、死んで当然なんだよ」
「だからって」
「あ~……もう。面倒だな……やれ」
「おいハヤッグ!?」

 背後から振るわれたロウエンの刀による峰打により、気絶させられる兄を見ても、俺はもう何も思わなかった。

「だ、大丈夫? なんか凄い声が聞こえたけど……って、ハヤテ?」

 またもや遅れて来たセーラことセラが、気絶したカラトを運び出す騎士とすれ違うように姿を現す。

「いや大丈夫だよ。君が心配する事じゃな……いや、セラ。少し良いかな?」
「う、うん。何?」
「君にしか頼めない事なんだ」
「私にしか?」
「そう。君もさ、そろそろモーラに償いをした方が良いんじゃないかな?」
「ッ!?」

 その言葉にセラは目を見開いて後ずさる。
 そんな彼女の退路を、刀を抜いているロウエンが断ち、俺は言葉を続ける。

「なに。難しい事を頼もうっていうんじゃない。ただ君には、兄の剣によって痛みを伴う血を流して欲しいんだ」
「カラトの剣で? でも、どうして」
「そろそろ鬱陶しくなってきたからさ……これ以上鬱陶しくなる前に、領内から追放するんだ」
「追放って……そんな。な、仲直りしてたんじゃ」

 と、言いながら歩み寄るセラを

「仲直り? 笑わせるな……」

 俺は殴り倒した。

「……え」
「あんな事されて、ハイ仲直りなんて行くかよ」
「で、でも」
「くどいな。それ以上言うならお前には頼まない。この場で切り殺す。お前に対する罪状なんか、いくらでもでっち上げられるんだぞ。お前は、それだけの事を今までして来たんだ。その点を分かって言っているんだろうな?」
「……ッ」

 人を裏切り、魔族になり、捕らえられて火山に放り込まれたセラ。
 そんな彼女を俺は利用するためとはいえ拾い上げた。
 がそんな彼女を信用する者は領内にはいない。

 そんな彼女に俺は言う。

「選べば。今ここで俺に対して反抗し、飛びかかった所をロウエンに切られるか。それとも俺に協力して命を繋ぐか。選べ」
「……っ、わ、私は……何をしたら良いの」

 彼女は選んだ。
 だから俺は何をしたら良いかを優しく抱きしめて伝える。

「簡単な事だ。さっきも言ったが、カラトの剣で切られてくれればそれで良い。剣はロウエンが用意する。時間はないができるな?」
「当然だ」
「だそうだ。頼むよ。俺をこれ以上、怒らせないでくれ」

 その言葉にセラは無言で頷いてくれた。



 そして……



「ふん。やはり攻める度胸すらなかったから」

 総攻撃の時間を30分程過ぎていたが、ハヤテ側からの攻撃がないため、コバトゥリアはのんびりと過ごしていた。
 また、騎士達も戦いは無いだろうと鎧を脱ぎ、酒を飲む者までいた。

(使者の首だけが帰って来た時は驚いたが、やはりガキはガキだったか)

 と、笑いを堪えていたコバトゥリア。
 だったが、その直後に事態は急変する事となる。

「た、大変です!」

 ノックもせずにドアを開け、一人の騎士が駆け込んできたのだ。

「騒がしいな。何事だ」
「そ、それが!」

 その報告にコバトゥリアは目を見開いた。

「アイツらが攻めて来ました!」



 同時刻、ハヤテ達側では

「全員、攻撃開始だ」

 黒い翼を生やして飛竜達と共に空を飛びながら、ハヤテは告げた。
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