上 下
138 / 143

138話〜見習い領主〜

しおりを挟む

「ハヤテ様、こちらが本日分の書類です」
「ありがと……って今日も多いな」
「ここ数日サボっていたツケですね」
「耳が痛いよ」

 カガリが持って来た書類を見て早速、俺のやる気は逃げて行った。

「お祭りも延期になりましたし、ほら」
「へいへい」

 そう、本来なら今日の予定だったお祭りが延期となってしまったのだ。
 というのも近くの森で見つかったラヴァベアというちょっと危険なモンスターが畑を襲撃。
 危険という事で祭りは中止となったのだ。
 これに怒ったのはエンシとカナトとアバランシアだった。
 三人は怒りの炎を宿し、畑を襲い満腹となって森へ帰ったラヴァベアを猛追すべく森へと突撃して行ったのだ。

「……ダメですよ?」
「バレたかぁ」
「領内視察も大事ですけれど、こちらの方も」
「分かった、分かったから。祭りまでには目を通すから」
「目を通すだけでなくてですねぇ」
「はいはい」

 俺の返事に、いかにも疑わしいという目で見て来るカガリ。
 彼女を半ば強引に仲間にして数ヶ月経ったが、今では女子達とすっかり仲良しになったカガリ。
 その首には、隷従用の首輪が未だに着けられている。

 俺が何度も外して良いと言ってもまだその時ではないと言い、頑なに外さない。

 初めは敵だったこともあり、これを着ける事が保険だと言ってきかないのだ。
 俺達は気にしないと言っても、騎士や周囲が安心できないからとカガリは言い続けている。

「にしても多いな」
「数日分たまってますからね」
「水路を作ってほしい、林から動物が来るから柵を作ってほしい、か。こういうのも来るんだね」
「そういう問題を解決するのも領主の務めです」
「で、その俺をサポートをするのがカガリの仕事?」
「はい。ユミナさん達よりは私の方が」

 まぁそうだろう。
 ユミナやエンシはこう言った書類関連は苦手と言っていたし、ミナモもそうだ。
 マリカはマリカでできない事はないと言っていたが、カガリほどではない。
 ラナは論外だろう。
 話を振られた時点でいなくなっていた。

 よって女子達の中で話し合った結果、カガリがサポートにつく事となったのだ。

「書類を片付けた後はロウエンとの組手です」
「うわぁ……俺あれ嫌なんだけどなぁ」
「ダメです。最近戦っておりませんし、いつなにが起きるか分かりません。その時のために」
「勇者と魔族の力があるのにか?」
「その力を封じられた時の事も考慮してです」
「なるほど……分かったよ」

 口では勝てないと思い、カガリの言葉に頷く。
 だが今はとりあえず、書類の山を片付けるのが先だと、俺は書類の山に挑むのだった。



「だぁ~、疲れた……」
「お疲れさんだな。ま、これからは書類とも向き合うんだな」
「……書類作業担当にロウエンを任命しようかな」
「やめとけやめとけ。俺はそういうのは苦手なんだ」
「やっぱり自分でやるしかないかぁ」
「ま、作業担当を雇ってやらせたとしても、最終確認は自分でやらなきゃならんがな」

 屋敷の中庭でロウエンとそんな会話を交わす。
 この後は彼と組み手の予定なのだが、今はもう一人の相手が来るのを待っている。

「兄貴、遅いな」
「アイツはアイツで仕事を割り振られているからな」
「……ただの寝坊だったりして」
「まさか。もう昼過ぎだぞ? 流石にそれは」

 と、ロウエンがそこまで言った所で言葉を切る。
 兄貴がやっと来たのだ。
 ただ

「凄い寝癖だな。まさか寝ていたのか?」
「あはは……すみません」

 兄貴の言葉に額に手を当てるロウエン。

「まぁ良い。始めるか」

 俺達と距離を空けて構えるロウエン。
 俺と兄貴もそれを見て構える。

「今回は素手でやりあうが、使えるのなら魔術を使っても良いぞ。みなみにだが、俺は使わせてもらう。俺の背が地面につけられるか、お前達がくたばるまで続ける。始めるぞ。気合入れろよ」

 良い終わるや、トンッと軽く地面を踏むロウエン。
 それだけで彼は、文字通り一瞬で距離を詰める。

「は、はや」
「口を動かす前に身体を動かせ!」

 兄貴の胸に拳が真っ直ぐ打ち込まれ、そのまま兄貴の身体が吹っ飛ばされる。

「兄貴!」
「人の心配よりまず自分の心配!」

 続けて俺に肘が打ち込まれる。
 それを両腕をクロスさせて受けつつ、後方に跳んでダメージを軽減させる。
 ただ威力は高く、ジーンとした痺れを感じる。

「っ、多少は加減をしてくれよな!」

 復帰した兄貴が身体強化のスキルを発動させ、ロウエンに蹴りかかる。
 だがその蹴りはロウエンに容易く受け止められ、挙句足を掴まれ

「これでも加減はじゅうぶんしている」

 引き寄せられてから蹴り飛ばされた。

「あぶねぇ!」
「うごっ!?」

 俺の方に飛んできた兄貴を受け止められる自信がなかったので、躱す。
 そのまま地面をバウンドしていく兄貴。
 痛そうではあるが、まぁ大丈夫だろう。

 意識をすぐにロウエンに向ける。

 既に彼は俺の眼前に迫っており、行動を起こしている。
 俺も負けじと動く。

 パワーで勝てないならスピードと手数で補う。
 技術で勝てないなら別の何かで補う。
 スピードだけが取り柄なのだ。

「今度こそ!」

 速さでロウエンを上回る。

「お前の背中に土を付けてやる!」

 少しずつではあるがロウエンを押し始める。
 が、とうの相手であるロウエンの顔には余裕しかない。

「もう少し、頑張れないか?」
「なに?」

 ロウエンの言葉に俺が眉を顰めた時だった。
 次の瞬間、俺は空を見上げていた。

「これで終わりか?」

 首を傾げて俺に問いかけるロウエン。
 そこに来るのは

「まだまだぁ!」

 再び復帰した兄貴が光弾を放ちながらロウエンに迫る。

「身体強化か。確かにお前はハヤテよりその手の術、スキルのキレは良い。だがな」

 身体強化スキルを使い、左右にジグザグと跳びながら迫る兄貴。

「ただ強化すれば良いってもんじゃない!」

 翻弄するはずだった動きは全て見切られており、強化した蹴りを難なく受け止められてカウンターの蹴りを受けていた。

「その時々に合った強化をしろ。でなければ、勝てたとしても周囲にいらん被害を出す事になるぞ」

 空を見上げる俺と立ち上がる兄貴にそう話すロウエン。

「これから先、仲間と共に戦う事も増えるだろう。その時にただ力だけを強化して敵に挑めばその余波は確実に、仲間を傷つける。そうならないためにも力の使い方を覚えろ。俺との組み手やりとりはそれを覚える場だ」
「お、おう……」
「分かったよ」

 立ち上がり、ついた土を払いながらロウエンの言葉に頷く。

「よし、じゃあもう一度いくぞ」



 その日の夜、俺は追加分の書類を片付けていた。
 その書類の内容は夕方ごろに帰って来たエンシ、カナト、アバランシアが出したもの。
 ラヴァベアを無事に倒したというもの。
 討伐されたラヴァベアはどうやら縄張り争いに負けた個体が流れ着いたらしいと書かれていた。

「これなら明日はお祭りができそうだな」

 良かった良かったと思いながら書類を読みつつ、マリカが淹れてくれたお茶を飲む。
 彼女の淹れてくれたお茶は不思議と心を落ち着かせてくれる。
 そんな彼女は、俺の書類確認も終わりかけという事もあってか静かに片付けをしている。

「遅くまでありがとうね」
「いえいえ。私にはこのぐらいしかできないから」
「そんな事ないよ」

 親の道具として使われかけていたマリカが加わって数ヶ月。
 最近、時々ではあるが口調が砕け気味になってきた気がする。

「ハヤテさん達のおかげで今の私がいるんです。その事はずっと感謝しています」
「美味しいお茶を淹れてくれるだけでもじゅうぶんだよ」
「そう言ってもらえるだけで嬉しいですよ」

 彼女は今、メイド長補佐の役についている。
 というのも今いる使用人のほとんどがラナの使用人であるため、俺の使用人を新たに数名募集するのだそうだ。
 そうなった際に、使用人を纏めるポジションにマリカを置く事になったのだ。

 曰く、親に利用されるためだけにいた自分に新しい色を教えてくれた俺に恩返しをしたい、らしい。

「……ねぇマリカ」
「なんですか?」
「俺、ちゃんと領主になれると思う?」

 恩返しするに値する人になれると思うかと尋ねる。
 すると彼女は

「なれるように私達が支えますよ。だから」

 彼女は一度目を閉じ、開いてから言う。

「ハヤテさんは自分の信じる道を突き進んで下さい。私達は全力で、追いかけますから」
「うん、ありがとう」

 彼女の言葉に素直に頷く。

「あ、でも走り過ぎて置いて行かないでくださいね?」
「分かってるよ。置いて行っちゃったら、この美味しいお茶が飲めなくなるからね」
「ではそのお茶を飲んでもらうために、私も頑張らないとですね」

 気付けば俺も、マリカも笑っていた。
 俺達のおかげで新しい色を知れたマリカ。
 村を出るきっかけは最悪だったが、最高の仲間に出会えた俺。
 得てばかりではなく、失う事もあった。

 傷付いた事もあった。
 でもその時は仲間が支えてくれた。

 そして抱いた、魔族と人が笑って暮らせる国を作るという夢への一歩を踏み出せた。
 その国が作れたら、カザミ村の人とかウインドウッドの人にも教えよう。
 お祭りの時には招待して、みんなで楽しく賑やかに盛大にやろう。

 それで、そしたら……



 喧嘩別れした母親とも仲直りできるかな……










「……襲撃は明日の夜。誰一人残さず、殺せ」

 俺が温かい未来を思い描いている頃、カザミ村に危険が迫っているなんて、思ってもいなかった……
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界に飛ばされたおっさんは何処へ行く?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,916pt お気に入り:17,999

state of grace

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

毎日もらえる追放特典でゆるゆる辺境ライフ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:227pt お気に入り:6,092

奇跡の力を持つ第二王子様!~神様が人間に成り代わり!~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,861pt お気に入り:72

異世界モンスターに転生したので同級生たちに復讐してやります

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,845pt お気に入り:60

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,993pt お気に入り:10,916

神様に加護2人分貰いました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:468pt お気に入り:16,872

ドラゴンリバース 竜・王・転・生

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...