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134話〜竜の記憶〜

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 ハヤテと別れた後、ラナは屋敷の書庫に籠った。
 ここには私の両親、先祖達が集めた書物が集められている。

(小さい頃はよくここで魔導書を読んだものね……)

 そんな懐かしい思い出に思わず笑みをこぼしつつ、目当ての本を呼び出す。

「ルク・ウヨシンデ・ンゴラド・エシニイ・イコ」

 直後私の周辺に棚から呼び出された対象の本が整列する。
 もちろん、私に背表紙を向けて。
 ただ中には古代語で書かれている事もあり、読めないのも来ている。

「さて、と」

 高速魔法を応用して髪を纏める。
 来ただけで軽く30冊はある。
 呼び出したのは竜の伝承に関するもの。
 それは全てがおとぎ話ではない。
 大昔にいた、おとぎ話に出てくる竜のモデルになったものも入っている。

(まずは選別しないと……)

 そこから目当ての物を探す。

「関係ないのは排除と……」

 すると関係ない本は本棚に帰っていく。

 残ったのは五冊。

 その中からまずどれから読もうかと選ぶ。

 その中の一冊に触れた時、それを思わず手に取った。
 それは何枚もの護符のような札で厳重に封印された本だった。

(確かこれって……)

 幼い頃父に危険な本だと言われ、決して読んではいけないと言われた事を思い出す。

(そんな危険な本がなんでここに……)

 本棚に戻そうと思い、命じようとした時だった。

 本がガタガタと揺れているのだ。
 まるで、選べと言っているかのように思えた私は本をジッと眺める。

(いいわ……)

 なら選んでやろうと、札を剥がす。
 一枚剥がすごとに本の揺れが激しくなっていく。

 いったい何が記されているのか。
 何を見せてくれるのか。
 さぁ……

「見せてちょうだい!!」

 勢いよく本を開く。
 すると……

 ズオォォォァァァァァッ!!

 という、凄まじい勢いで魔力が噴き出す。
 そしてその魔力はやがて何かの形を成していく。

「ゴォアァァァァァッ!!」

 その形は竜の頭をしていた。

「な、なによこ」

 そしてその竜は大口を開けてラナに食らいつき、丸呑みにしたのだった。





「ん、ううん……ここは」

 次に私が目を覚ましたのは真っ暗な空間だった。
 上も下も右も左も、前も後ろも真っ暗。
 照明魔法を使っても何も見えない。

「あの竜に食べられたから、胃の中? でも魔力の塊だったし……」

 そういった事を考えていないと今の状況に飲まれてしまいそうだも思った私は、現状をとにかく整理する事にした。

 ただそれでも結局は

「……無理ね。どうにかして出口を探さないと」

 出口を探すために歩き出す事にした。

 道は平坦そのもの。
 障害物の類は一切なく、傾斜もなにもない。
 足元も普通の道、としか言えない。
 それでも出口の類は見当たらない。

「せめて方角さえ分かればね……って、腹の中じゃ関係ないわよね」

 そう思った時だった。

「……光?」

 目の前に現れた光。
 それはじょじょに強くなっていき、やがて私を飲み込んだ。





(……今度は何よ)

 次に目を覚ました時、私は森の中にいた。
 服装は変わらず、何も変わらない。
 ただ

(……困ったわね)

 声だけが出せないようになっていた。

 ただ口は動くし、水を飲んだり食べたりはできるようだ。

(さて、どうしましょうか……)

 そう思った時だった。

「ガアァァァッ!!」

 目の前の山を飛び越えて現れたのは巨大な赤い飛竜。
 ただそれを見て私は目を見開いた。

(あれは、エンシェントフレイムドラゴン!? なぜここに!?)

 その竜は太古の昔に生息していたと言われる竜の一頭。

 その竜は私の頭上を飛び越え、森の先にある村へと向かう。

(まさか村を襲う気じゃ!?)

 私はそう思い、村へと向かう。
 が、そこで見たのは予想外のものだった。

「竜神様。ありがとうございます」

『また困った事があれば呼ぶと良い。ではな』

 なんと竜は村を襲っていた魔族を撃退したのだ。
 それに感謝しながら、村人は竜に大量の肉を差し出す。
 お礼なのだろう。
 だが竜は

『我は山の火があればじゅうぶん。これは村の皆で食べよ』

 そう言って飛び去ったのだ。

 その姿に村人達はまたお礼を言いながら見送る。

(あの竜は……)

 ただ私は、その飛び去る竜の姿をずっと見ていた。

(エンシェントドラゴン……確かに太古の昔に住んでいた竜だけれど、まさか生きていたの?)

 いや違うとその可能性を即座に否定する。

(おそらくここはあの本の中。本に記された記録の中って感じかしら)

 私の予測は半分当たっていた。
 というのもこの本の表紙と背表紙、実は竜の鱗を使って作られていたのだ。
 その竜というのが、先ほどのエンシェントフレイムドラゴンだったのだ。

 つまりここはエンシェントフレイムドラゴンの記憶の中だったのだ。

(記憶に残すほどって、よほど強い恨みなのね……出してもらえるのかしらね)

 そんな事を思っていると次の記憶が始まる。

 それは村で行われる、竜神祭と呼ばれる祭り。
 それはエンシェントフレイムドラゴンを祀るお祭りだった。

『よいと言ったのに……』

「竜神様のおかげで私達は平穏に暮らせるのです。せめて、これだけでもやらせてください」

『う、ううむ。そう言うのなら』

「ささっ、お酒もありますのでどうぞ竜神様」

『すまないな』

 そう言って竜は差し出される酒はご馳走を口にする。
 祭りは夜遅くまで続き、その場にいる全員が楽しそうにしていた。

 していたのだ。



 次の記憶では、村が燃えていた。

『何故だ……何故……』

 夜に燃える村を見て竜は嘆く。

『何故人間同士で殺し合う!!』

 村が人によって襲われていたのだ。

「竜なんかに取り入る異教徒が!!」

「魔族に魂を売ったか!!」

「魔族に下った貴様らはもはや人間ではない!! 悪魔だ!!」

「や、やめてくれ!!」

「お願い!! 子どもだけは!!」

 竜の眼下で起きる殺戮。
 それは男も女も関係なく、老いも若いも関係なかった。

 手当たり次第に行われる殺戮。
 止めたくても止められない殺戮。
 だってそれは、かつての記録だから。

 私に、干渉する術はないのだから。

 次の瞬間だった。

『や、やめろぉぉぉ!!』

 竜が襲撃者達に襲い掛かったのだ。
 鉄すら容易く溶かす火炎を吐き、振るうだけで木々を薙ぎ倒す強靭な尾を振るい、前足を振り下ろす。

 目に映る襲撃者を片っ端から殺す。
 殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺した。

「り、竜だ!!」

「やっぱりこいつら、魔族にグェエッ!!」

『去れ、立ち去れ……我が怒りに焼き焦がされる前に、ここからね!!』

 怒りに満ちた竜の爆炎。
 その強さは夜空を焼き、周囲をまるで昼間のように明るく照らした。

 翌朝、村は跡形も無くなっていた。

 それが襲撃者の放った火によるものなのか、竜の火によるものなのかは分からない。

 ただ一つ分かるのは、炭すら残らないほどに強い炎で焼き尽くされていた。



 次の記憶では竜は軍勢の一員になっていた。

(これが、天獄戦争……)

 かつて行われた神族と魔族、そして両陣営に割れた人類による大戦の記憶だった。

『魔族でいて何が悪い!! 我等が貴様らに何をした!!』

『貴様らの存在が目障りなのだ!!』

『そんな理由で……そんな理由で村を焼かせたのか!!』

『うわあぁぁぁっ!!』

 怒りを込めた炎で数十名の天使を纏めて炭化させる竜。

『我らも続け!!』

『我らはエンシェントドラゴン!! 神族だろうと恐れぬ!!』

『我らを祀った人々は皆、心温かい者達だったのだ!!』

『その者達を情けなく焼いたお前達の方こそ!!』

『悪魔すら恐れる悪魔だ!!』

 雷が、濁流が、竜巻が、降り注ぐ岩石が神族を蹂躙する。

『やるぞフレイム!!』

『おう!!』

 フレイムめがけて、エンシェントグランドドラゴンが岩石を落とす。
 その岩石をめがけて火炎を吐き、ドロドロの溶岩へと溶かし、地上の神族軍を飲み込ませる。

 ここにいるエンシェントドラゴン達も、自分達を竜神と言って祀ってくれた人達を村ごと失っており、その怒りを胸に戦っているのだ。

(竜にも、心はあるのね)

 そう思いながらその光景を眺める。

 そのエンシェントドラゴン達に続くように魔族軍は進軍する。

 が、その時だった。

「道を開けよ!!」

 その言葉に応じるように神族軍は左右に分かれる。
 直後その道を光の斬撃が駆け抜けた。

(あれは……)

 続けて空からは光の剣が豪雨のように降り注ぐ。

 それによって数多の魔族が切り刻まれ、撃ち落とされる。
 その中には当然

『うぐぅ……』

 エンシェントドラゴン達もいた。

「我が名はウルドラコ・アルペンシア。聖剣に選ばれし者なり!!」

 その名乗りが戦況をひっくり返した。





 後日、捕らえられた竜は牙を折られ、ツノを折られ、爪を剥がされ、鱗を剥がされた。

 ただ殺すだけではなく、今後のためにその力を使おうと考えた神族達はこの竜を火山のエネルギー源として使おうとしたのだ。

 しかも逃げ出されぬように封印の術式を重ねがけし、更に数十名の術者達が山の一部となって封印し続ける事となった。

 その山の一部となる者達は名誉な事だと言いながら話を聞いていた。

(……残酷ね。神族も、人間も)

 私はそう思いながらその光景を眺める。

 火口に投げ込まれる竜。
 だがその身は焼かれる事なくゆっくりと沈んでいく。
 眠ったまま、沈んでいく竜。

 その姿はとても悲しいものだった。

 そしてその山は後にこう呼ばれる事となる。

『タケリビ山だ』

「貴方は……あの竜?」

 突如私の背後に現れたのは、火山に沈められた竜をそのまま小さくした姿をしており、フーより小さいだろう。

 それと同時に周囲は目を覚ました時のように暗黒に包まれる。

『いかにも。ただし、鱗に残る残滓のようなものだ』

「そう。で、何の用かしら?」

『呼ばれたから答えた。それだけだ』

「呼ばれた、ねぇ。そうね。確かに呼んだわね」

 竜の言葉に頷く。
 確かに呼んだのは私だ。
 向こうが暴れて飲み込んだわけじゃない。

『それで、私の本体が必要なのか?』

「まぁね」

 鱗に宿し残滓の問いに頷く。

「私の旦那がね、貴方の力が必要みたいなの」

『なるほどな……』

「ま、その旦那というのが勇者様なのだけれどね」

『なに?』

「そのうえ魔族の血も受け入れた面白い人なの。だから、貴方の力を貸してはくれないかしら? まぁ、ダメでもとりあえずここから出たいのだけれど」

『フハッ、面白い魔族の女だな』

「え?」

 私は、笑いだした竜に思わず驚いた。

『クククッ、魔族が人に血を与えたときたかクククッ。面白い。あぁ、面白いな……面白いと、まだ思えたか』

 懐かしむように呟く竜を私は眺めた。

『勇者の力を持つ者ならば私にかけられた封印も解けるだろう。やれるだけやってみると良い』

「それは、協力してくれるという事かしら?」

『分からぬ。私が良くても本体がなんと言うかは分からぬからな』

「まぁ、それもそう……よね」

 竜の言葉に頷く。
 確かに、今私と話している竜はあくまで残滓。
 本体ではないのだから。

「ま、とりあえず行ってみるわ」

『そうすると良い。幸運を祈っている』

「貴方は……人間を恨んでいるの?」

『……分からぬ。私に幸せな時をくれたのも、その幸せを奪ったのも、どちらも人間だ。だから、そう簡単に言えんな。ただ……』

「ただ?」

『私は……ずっとあの時でいたかったのだ。焼き尽くすしか知らなかった私に、火の温かさを教えてくれた彼らと、ただ共に、過ごしたかったのだ……』

「それって……いや、なんでもないわ。ありがとうね」

『私こそ、いきなり連れ込んですまなかったな』

 ペコリと頭を下げる竜。
 可愛い。

「良いのよ。それで出口は」

『うむ、今出そう』

 そう言って私めがけて炎を吐く竜。

「ちょっ」

『この火が消える頃、お主の意識は現世に戻るだろう。さらばだ』

「……えぇ。ちゃんと、貴方に会いに行くわ。貴方本人に」

『あぁ、待っている』

 最後にそう言った竜の目は優しく、またその炎はとても優しい温かさだった。





「……戻って来れたわね」

 本の中から出て来れた私は髪を整えながら足元の本を拾い上げる。

(……確かに、お父様の言う通りこれは危険ね。読めない本だもの)

 パラパラとページをめくるが、どのページにも文字は書かれておらず、爪で引っ掻かれたような跡や焦げて跡があるだけだった。

「タケリビ山、ね」

 行く先は決まった。

 私は本をパタリと閉じ、ハヤテのいる部屋へと向かうのだった。
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