133 / 143
133話〜依頼〜
しおりを挟む「竜を兵器に……」
「本当なら見過ごせないわね」
スティラからの情報に、俺達は表情を曇らせる。
「そうだな……本当なら一大事だぞ」
竜。
強大な力を持ち、暴れ出せば厄災をもたらす存在。
どのレベルの竜を使おうとしているかは分からないが、もし使われれば戦力としては頼もしい存在だ。
「馬の代わりに飛竜を使うのかしらね」
「もしくは土竜を使って敵陣を引き裂くか……」
「その辺は知らないのよね?」
「は、はい……私はその、別の部署でしたから」
ラナの言葉にスティラが申し訳なさそうに返す。
「問題はその竜をどこから調達したのか、ね」
「……そうか。捕らえたのではなく、卵を盗んで孵し、調教したとしたら」
「母竜は怒るでしょうね……でもそんな話は」
「……俺、イノース山って所でアビスドランってのと戦ったんだけど」
「アビスドラン? 忘れたけど、だいぶ前に封印された竜よね? それが」
「母竜も封印されているとしたら?」
俺はふと思いついた仮説を話した。
アビスドランが封印されていたのだ、他の竜だって封印できるはずだ。
すると俺の話を聞いたラナが口を開く。
「あり得なくはないと思うわ。ただその場合、怒りは深く、強いわよ……それこそ、人類を滅ぼさん勢いになっているはずよ」
ラナの言葉にスティラの顔色が青を通り越して白になる。
「あ、そうと決まったわけじゃないわ? もしもよ? もしも」
そのスティラを見て慌てて言い直すラナ。
ただ、スティラの表情は暗い。
そして彼女はこう言った。
「……私が信じていた組織に正義はあったのですかね」
目を伏せて呟くように言うスティラ。
「申し訳ないけど言わせてもらうわ」
そんな彼女にラナは言う。
「正義なんてものに正解はないの。人の数だけ正義がある。それは立場が変わるだけで悪に見えるぐらい脆く、不確かなもの。だからこそ、それを正義と信じる人達は全力でそれを信じる」
ラナの言葉にスティラは顔を上げる。
「明確な悪はあると思うわ。人身売買組織とか、密猟団みたいなね。でも、明確な正義はない。それと、明確な敵も存在しないわ。それは立場と状況が作り出す物。人の立場の数だけ、正義と同じ数だけあるのだから」
だから、とラナは言う。
「貴女が気に病むことは一切ないのよ。スティラ」
「ラナスティアさん……」
その言葉にスティラの目から涙が落ちる。
「あ、ありがとうございます……ありがとうございます」
「貴女はもうここの一員なのだから。貴女も大変だったわよね」
そのままスティラの背中をさすりながら話しかけるラナ。
そのまま泣き続けるスティラ。
そこまで彼女は聖勇教会の事が大切だったのだろう。
信じていたのだろう。
居場所だったのだろう。
彼女だけじゃない。
見た事もない聖女達も同じだったはずだ。
そんな彼女達の思いを、聖勇教会は利用した。
そして今なお残党が残っており、残党狩りが行われるぐらいには恨みを買っている組織。
「……動いた方が良いか」
口元に手を当てながら、気付かない内に呟いていた言葉。
それは近い内に現実になると、この時の俺は思ってもいなかったのだった。
「その、また来てくださいね」
「えぇ。今度来る時は良い茶葉を持ってくるわ」
「またな」
手を振りながら見送るスティラと別れ、家路に着く。
「……彼女、元気そうだったわね」
「あぁ、本当に良かった」
ラナの言葉にとりあえず頷いておく。
かつて俺が傷付けた彼女はそこにはいなかった。
聖勇教会と縁を切り、前に進もうとしていた。
ただそんな彼女の枷に、聖勇教会はなっていた。
「……潰すの?」
「当たり前だ」
ラナの言葉に俺は迷う事なく頷く。
ただその前にやりたい事がある。
「ラナ、頼みがある」
「あら? 何かしら」
「封印されている竜を片っ端から探して欲しい」
「封印されている竜を?」
俺の言葉にラナは首を傾げる。
「あぁ。俺の仮説が本当かどうか確かめたい。それと、戦力は多い方がいいだろう?」
「だからって竜を」
「いつ解けるか分からない封印をされた竜をそばに置くよりは、俺が引き受けた方が人間も安心できるんじゃないかな」
「引き受けるって、まさかここに!?」
「……ダメか?」
「……」
顎に手を当てて少し考えるラナ。
「……はぁ、分かったわよ。新しい領主様は人使いが荒いのね」
「悪いな。お前にしか頼めないんだ」
「はいはい分かったわよ。領主様から直々に言われたら断れないわ」
「ありがとう。助かるよ」
「その代わり、期待しているわよ。ご褒美」
「……言われなくても分かっているよ」
俺の言葉を聞き、ラナは楽しみだと言うように目を細めていた。
「こうして過ごすのも久しぶりだな」
「ワウ~」
「ワフワフッ」
「クルルッ」
屋敷に戻った俺は、中庭でウル達と休んでいた。
しっかり成長し、ガッシリとした体格となったウルに体を預けると、その俺の体に甘えるように寄りかかるルフ。
フーは日陰を作るように翼を広げてくれている。
すっかり体毛が黒くなったウル。
目つきはキリッとしており、子どもだった頃の面影はほとんどない。
対するルフは白の体毛の割合が増えており、一見すると美しい白狼。
雪のように白い体毛とリンッとした雰囲気を持っており、ウル同様に子どもの頃の面影がもう無くなっている。
二頭とも本当によく成長してくれたと思う。
フーはフーで二頭に、自分の方が先輩だからなと言うように両翼を広げて日陰を作っている。
俺だけでなく、後輩も熱くないように気遣ってますよと言っているようだ。
「……また、戦いになりそうなんだ」
ウル達を順番に撫でながら呟く。
それを聞いたウルは耳を俺に向け、ルフは心配そうにこちらを見て、フーは不安そうに尻尾を揺らす。
「……またって言うか、多分しばらく戦う事になる」
彼等は声だけで相手の様子を感じ取る事ができるという。
俺の中が分かるのだろう。
ルフが甘えるように頭を擦り当ててくる。
ウルが尻尾を揺らす。
フーが喉を鳴らしながらルフに負けじと擦り寄ってくる。
三頭の温かさは俺を人に戻してくれる。
言葉が通じないからこそ、ダイレクトに気持ちをぶつけてくれる存在。
そこに遠慮や計算はない。
だからこそ信頼できる。
「……ありがとうな」
順番に三頭の頭を撫でる。
言葉は分からない。
でもきっと、心は繋がっている。
大切な家族だと、俺は思っている。
(魔族と人間が笑い合える国ができれば、ウル達も穏やかに過ごせるようになるよな……)
いや、そうするんだと思いながら俺は最後に撫でていたフーの頭から手を離した。
剣道場でカラトはロウエンと向き合っていた。
「よし、行くぞ」
「あぁ、来い」
ロウエンの返事を聞いてから挑みかかるカラト。
互いに得物はなく、素手に見える。
が……
「ほらよ」
「っだぁ……ってぇ」
手を取られて放り投げられるカラト。
「どうした。もう一回だ」
「分かっている!!」
すぐに立ち上がり、再度挑みかかる。
剣を失った時を想定しての特訓。
魔術も無しでの特訓だ。
「頼れなくなった途端にその程度か?」
「まだまだぁ!!」
「ほれ」
「どわっ!? っととと」
ロウエンに足を引っ掛けられ、転びかけるカラト。
彼にも勇者の力はあるが、彼自身が未熟なせいで完全に力を引き出せない現状をどうにかしようと、ロウエンに鍛えてもらっているのだ。
が……
「てんでダメだな。これでよく勇者になろうと思ったな。これで今まで生き残っていたのが不思議だ」
「わ、悪かったな」
ロウエンの目からすると、カラトは及第点以下のレベル。
ただ……
「お前は魔力の量と質は俺以上の物を感じる。だから、それを伸ばすのはありだ」
「じ、じゃあ」
「だが、それを封じられた時の対処法を身につける事も重要だ」
「それは、そうだけど」
「戦場に絶対はない。だから、できる事を一つでも多く増やしておけ。良いな?」
ロウエンのその言葉にカラトは黙って頷く。
「よし、じゃあもう一度だ」
再開される特訓。
その日の特訓が終わるまで、五回ほどカラトは投げられたのだった。
「ふんふふんふ~ん、ふんふふんふ~ん♪」
月が辺りを照らす頃、鼻歌を歌いながら湖面を歩いているのはナサリアだ。
「早く目覚めて欲しいなぁ」
彼女は湖面を見ながら呟く。
「あぁ、いけないいけない。焦っちゃダメ。焦って行えば失敗しちゃうもの」
クスリと笑いながら彼女は続ける。
「ゆっくり行かなきゃね。ゆっくり一つずつやらなきゃダメよ」
湖面の上でクルクル回る。
「大丈夫大丈夫。私と貴方は結ばれる運命なのだから」
ピタリと止まって彼女は言う。
「まずは生贄を処分しなくちゃね」
その言葉を聞く者は誰一人としていなかった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ダンマス(異端者)
AN@RCHY
ファンタジー
幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。
元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。
人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!
地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。
戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。
始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。
小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。
向こうの小説を多少修正して投稿しています。
修正をかけながらなので更新ペースは不明です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる