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133話〜依頼〜

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「竜を兵器に……」
「本当なら見過ごせないわね」

 スティラからの情報に、俺達は表情を曇らせる。

「そうだな……本当なら一大事だぞ」

 竜。
 強大な力を持ち、暴れ出せば厄災をもたらす存在。
 どのレベルの竜を使おうとしているかは分からないが、もし使われれば戦力としては頼もしい存在だ。

「馬の代わりに飛竜を使うのかしらね」
「もしくは土竜を使って敵陣を引き裂くか……」
「その辺は知らないのよね?」
「は、はい……私はその、別の部署でしたから」

 ラナの言葉にスティラが申し訳なさそうに返す。

「問題はその竜をどこから調達したのか、ね」
「……そうか。捕らえたのではなく、卵を盗んで孵し、調教したとしたら」
「母竜は怒るでしょうね……でもそんな話は」
「……俺、イノース山って所でアビスドランってのと戦ったんだけど」
「アビスドラン? 忘れたけど、だいぶ前に封印された竜よね? それが」
「母竜も封印されているとしたら?」

 俺はふと思いついた仮説を話した。
 アビスドランが封印されていたのだ、他の竜だって封印できるはずだ。

 すると俺の話を聞いたラナが口を開く。

「あり得なくはないと思うわ。ただその場合、怒りは深く、強いわよ……それこそ、人類を滅ぼさん勢いになっているはずよ」

 ラナの言葉にスティラの顔色が青を通り越して白になる。

「あ、そうと決まったわけじゃないわ? もしもよ? もしも」

 そのスティラを見て慌てて言い直すラナ。
 ただ、スティラの表情は暗い。
 そして彼女はこう言った。

「……私が信じていた組織に正義はあったのですかね」

 目を伏せて呟くように言うスティラ。

「申し訳ないけど言わせてもらうわ」

 そんな彼女にラナは言う。

「正義なんてものに正解はないの。人の数だけ正義がある。それは立場が変わるだけで悪に見えるぐらい脆く、不確かなもの。だからこそ、それを正義と信じる人達は全力でそれを信じる」

 ラナの言葉にスティラは顔を上げる。

「明確な悪はあると思うわ。人身売買組織とか、密猟団みたいなね。でも、明確な正義はない。それと、明確な敵も存在しないわ。それは立場と状況が作り出す物。人の立場の数だけ、正義と同じ数だけあるのだから」

 だから、とラナは言う。

「貴女が気に病むことは一切ないのよ。スティラ」
「ラナスティアさん……」

 その言葉にスティラの目から涙が落ちる。

「あ、ありがとうございます……ありがとうございます」
「貴女はもうここの一員なのだから。貴女も大変だったわよね」

 そのままスティラの背中をさすりながら話しかけるラナ。
 そのまま泣き続けるスティラ。

 そこまで彼女は聖勇教会の事が大切だったのだろう。
 信じていたのだろう。
 居場所だったのだろう。

 彼女だけじゃない。
 見た事もない聖女達も同じだったはずだ。

 そんな彼女達の思いを、聖勇教会は利用した。
 そして今なお残党が残っており、残党狩りが行われるぐらいには恨みを買っている組織。

「……動いた方が良いか」

 口元に手を当てながら、気付かない内に呟いていた言葉。
 それは近い内に現実になると、この時の俺は思ってもいなかったのだった。



「その、また来てくださいね」
「えぇ。今度来る時は良い茶葉を持ってくるわ」
「またな」

 手を振りながら見送るスティラと別れ、家路に着く。

「……彼女、元気そうだったわね」
「あぁ、本当に良かった」

 ラナの言葉にとりあえず頷いておく。
 かつて俺が傷付けた彼女はそこにはいなかった。
 聖勇教会と縁を切り、前に進もうとしていた。
 ただそんな彼女の枷に、聖勇教会はなっていた。

「……潰すの?」
「当たり前だ」

 ラナの言葉に俺は迷う事なく頷く。
 ただその前にやりたい事がある。

「ラナ、頼みがある」
「あら? 何かしら」
「封印されている竜を片っ端から探して欲しい」
「封印されている竜を?」

 俺の言葉にラナは首を傾げる。

「あぁ。俺の仮説が本当かどうか確かめたい。それと、戦力は多い方がいいだろう?」
「だからって竜を」
「いつ解けるか分からない封印をされた竜をそばに置くよりは、俺が引き受けた方が人間も安心できるんじゃないかな」
「引き受けるって、まさかここに!?」
「……ダメか?」
「……」

 顎に手を当てて少し考えるラナ。

「……はぁ、分かったわよ。新しい領主様は人使いが荒いのね」
「悪いな。お前にしか頼めないんだ」
「はいはい分かったわよ。領主様から直々に言われたら断れないわ」
「ありがとう。助かるよ」
「その代わり、期待しているわよ。ご褒美」
「……言われなくても分かっているよ」

 俺の言葉を聞き、ラナは楽しみだと言うように目を細めていた。



「こうして過ごすのも久しぶりだな」
「ワウ~」
「ワフワフッ」
「クルルッ」

 屋敷に戻った俺は、中庭でウル達と休んでいた。
 しっかり成長し、ガッシリとした体格となったウルに体を預けると、その俺の体に甘えるように寄りかかるルフ。
 フーは日陰を作るように翼を広げてくれている。

 すっかり体毛が黒くなったウル。
 目つきはキリッとしており、子どもだった頃の面影はほとんどない。

 対するルフは白の体毛の割合が増えており、一見すると美しい白狼。
 雪のように白い体毛とリンッとした雰囲気を持っており、ウル同様に子どもの頃の面影がもう無くなっている。

 二頭とも本当によく成長してくれたと思う。

 フーはフーで二頭に、自分の方が先輩だからなと言うように両翼を広げて日陰を作っている。
 俺だけでなく、後輩も熱くないように気遣ってますよと言っているようだ。

「……また、戦いになりそうなんだ」

 ウル達を順番に撫でながら呟く。
 それを聞いたウルは耳を俺に向け、ルフは心配そうにこちらを見て、フーは不安そうに尻尾を揺らす。

「……またって言うか、多分しばらく戦う事になる」

 彼等は声だけで相手の様子を感じ取る事ができるという。
 俺の中が分かるのだろう。
 ルフが甘えるように頭を擦り当ててくる。
 ウルが尻尾を揺らす。
 フーが喉を鳴らしながらルフに負けじと擦り寄ってくる。

 三頭の温かさは俺を人に戻してくれる。
 言葉が通じないからこそ、ダイレクトに気持ちをぶつけてくれる存在。

 そこに遠慮や計算はない。
 だからこそ信頼できる。

「……ありがとうな」

 順番に三頭の頭を撫でる。
 言葉は分からない。
 でもきっと、心は繋がっている。
 大切な家族だと、俺は思っている。

(魔族と人間が笑い合える国ができれば、ウル達も穏やかに過ごせるようになるよな……)

 いや、そうするんだと思いながら俺は最後に撫でていたフーの頭から手を離した。






 剣道場でカラトはロウエンと向き合っていた。

「よし、行くぞ」
「あぁ、来い」

 ロウエンの返事を聞いてから挑みかかるカラト。
 互いに得物はなく、素手に見える。

 が……

「ほらよ」
「っだぁ……ってぇ」

 手を取られて放り投げられるカラト。

「どうした。もう一回だ」
「分かっている!!」

 すぐに立ち上がり、再度挑みかかる。
 剣を失った時を想定しての特訓。
 魔術も無しでの特訓だ。

「頼れなくなった途端にその程度か?」
「まだまだぁ!!」
「ほれ」
「どわっ!? っととと」

 ロウエンに足を引っ掛けられ、転びかけるカラト。
 彼にも勇者の力はあるが、彼自身が未熟なせいで完全に力を引き出せない現状をどうにかしようと、ロウエンに鍛えてもらっているのだ。
 が……

「てんでダメだな。これでよく勇者になろうと思ったな。これで今まで生き残っていたのが不思議だ」
「わ、悪かったな」

 ロウエンの目からすると、カラトは及第点以下のレベル。
 ただ……

「お前は魔力の量と質は俺以上の物を感じる。だから、それを伸ばすのはありだ」
「じ、じゃあ」
「だが、それを封じられた時の対処法を身につける事も重要だ」
「それは、そうだけど」
「戦場に絶対はない。だから、できる事を一つでも多く増やしておけ。良いな?」

 ロウエンのその言葉にカラトは黙って頷く。

「よし、じゃあもう一度だ」

 再開される特訓。
 その日の特訓が終わるまで、五回ほどカラトは投げられたのだった。





「ふんふふんふ~ん、ふんふふんふ~ん♪」

 月が辺りを照らす頃、鼻歌を歌いながら湖面を歩いているのはナサリアだ。

「早く目覚めて欲しいなぁ」

 彼女は湖面を見ながら呟く。

「あぁ、いけないいけない。焦っちゃダメ。焦って行えば失敗しちゃうもの」

 クスリと笑いながら彼女は続ける。

「ゆっくり行かなきゃね。ゆっくり一つずつやらなきゃダメよ」

 湖面の上でクルクル回る。

「大丈夫大丈夫。私と貴方は結ばれる運命なのだから」

 ピタリと止まって彼女は言う。

「まずは生贄を処分しなくちゃね」

 その言葉を聞く者は誰一人としていなかった。
 
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