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132話〜新しい生活〜
しおりを挟む「急に悪いな」
「いえ、今日はする事がありませんでしたので」
スティラが出してくれた紅茶を飲みながら彼女を見る。
美しい金髪はそのままだが、肩口より短くなっている。
ロウエンが用意した家に住む彼女を見て俺は安心しつつ、罪悪感を抱く。
聖勇教会と戦う前、俺は怒りを彼女にぶつけた。
牢屋の中で、彼女を傷付けた。
「……スティラ」
その事について謝ろうと、口を開いた時だった。
「ハヤテ様。聖勇教会の愚行、代表できる身ではありませんが、謝罪します。本当に、申し訳ありませんでした」
スティラは椅子から立ち、深々と俺に頭を下げた。
俺もすぐに謝った。
あの日傷付けてしまった事、彼女の話を聞かずに傷付けた事を謝罪した。
「ハ、ハヤテ様?」
「今日は、謝りに来たんだ……怒りに呑まれて君を、済まなかった」
「いえ、頭を上げてください。その……私の方こそ」
顔を上げると表情を曇らせたスティラがいた。
「私は……私がいけないのです。聖女だ聖女だと言われておいて、貴方一人救えなかった」
それは俺に対する懺悔に近かった。
「貴方の苦しみを理解せず、自分だけが助かろうとした……あの日のあれは、私に対する罰だったんです。ハヤテ様が謝る事ではありません」
そう言ったのだ。
それだけじゃない。
彼女は俺が傷付けたのに、その傷を癒せなかった自分に非があると言ったのだ。
「彼女の方が随分と大人ね」
その様子を見てくすりと笑いながらラナがこぼす。
「思ったよりは良い子じゃない」
「あの、貴女は……」
「ラナスティア・エルシェント。彼の前のここの領主よ」
「元領主様……」
「それと魔族ね」
スティラに向かって、隠す事なく自身の種族を話すラナ。
聖勇教会に所属していたスティラにとって魔族は滅ぼすべき敵。
その事を伝えるという事は最悪、ここで一戦交えるという事。
そのもしもに備えて、身構えるが
「受け入れてくださり、ありがとうございます」
なんと、スティラがラナに頭を下げたのだ。
「ここで暮らして分かったのです……魔族にもいろいろいると。優しい魔族もいると」
なんとスティラは魔族を受け入れていた。
ここで暮らしてまだ日数は浅いが、彼女は変わっていた。
それは単に自分を受け入れてくれたからという理由だけでは無い。
人でも魔族でも、共に暮らすのならば仲間として受け入れる。
一見するとそれは自分を受け入れてくれる事なのでは無いかと思うが違う。
人だから、魔族だからというのが無い。
ただ純粋に、新入りさんとして迎え入れられていたのだ。
時折お隣さんが食材を持って来てくれたりするのだそうだ。
肉に魚に野菜。
女性の一人暮らしは大変だろうからと周囲の皆が手を貸してくれたのだ。
そこに損得勘定は無かったと。
ただただ、善意からの手助けだったと。
「そんな優しい人達まで、私は敵だと思っていたんです……」
聞けばスティラは孤児だったらしく、聖勇教会に拾われたのだそうだ。
そこには彼女と同じような境遇の少女達が集められており、聖女になるための教育がされていたという。
そして時々、人数が減る時があったそうだ。
ただ、その時は普段使われていない焼却炉が使われており、教会の大人達からは危ないから近付いてはいけないと言われていたそうだ。
「今になって思ってみれば……そういう事なんですよね」
話を聞いていて俺でも分かったし、隣ではラナが額に手を当てていた。
ラナが言うには聖勇教会では祝福を人工的に再現する研究が行われていたのだそうだ。
その中には聖女や勇者も含まれており、人工勇者や人工聖女の生産が最終目的だったのだそうだ。
「本当に、恐ろしい組織だったのですね」
そうとも知らずに組織に従い、信者達を増やした。
それが自分の罪のように話すスティラ。
「信者達と話した事があるのです。教会の騎士として研修に行ってきますと、希望に満ちた顔を見せてくれた人に会いました……でも」
その人達はおそらく、人工祝福の実験に使われたのだろう。
その事はスティラの顔から読み取れた。
全員が全員その実験に耐えられるとは思わない。
耐えられなかった者は多分……
「……す、すみません。せっかく来ていただいたのに暗いお話をしてしまって」
「い、いや。平気だ」
「ねぇ、教会を抜けてどんな感じ?」
話題を変えるようにラナが話を振る。
「そう、ですね……まだ慣れませんね」
「慣れない?」
「はい。その、教会にいる時は人工的とはいえ、一応聖女でしたので皆さんが持ち上げてくれましたので」
「……成る程。教会を抜けて身の丈相応になったって感じかしら」
「そんな感じです。でも、これで良かったんだと思います……こちらでの暮らしの方が、私は楽しいですから」
「あら、それなら良かったわね」
「はい。それに」
スティラが何か言おうとした時だった。
「おーいスティラ~。肉持ってきたぞ……って新旧領主様じゃん」
「こ、こらロンリュウ。ダメでしょ」
「いやホントのことじゃん」
スティラの家に来たのは一人の少年。
濃い水色の髪をした少年は人間ではない。
彼はリザードマンのメスと人間の男性の夫婦の間に生まれた子ども。
ハーフリザードマンと言えば良いだろうか。
一見すると人間の少年なのだが、首筋や肩辺りには鱗があったり、小さいながら尻尾が生えている。
他にも耳の上あたりからは木の枝のように、枝分かれしたツノが生えている。
母親も珍しくツノが生えているタイプのリザードマン。
どうやらそのツノが遺伝したらしい。
「ホントの事言って何がわりーんだよ」
「言葉遣いはちゃんとしなさいって事なの」
そう言ってスティラはコツンと、軽い拳骨をロンリュウに落とす。
「怒ってないんだから良いじゃねぇかよ」
「怒られてからじゃ遅いんだよ。ハヤテ様達だから怒らないんだよ?」
「へーきだよ。俺強いもん。ほら、今日だってスティラに肉持って来てやったしな」
そう言ってロンリュウは持って来た籠をスティラに押し付けるように渡す。
「俺が獲って捌いたんだぜ!!」
「そうですか。ふふふ、いつもありがとうございます」
「べ、別に? 俺はつえーからな。いつでも持って来てやるよ」
頬をかきながらそう言うロンリュウ。
「……眩しいわねぇ」
そんな彼を見て呟くラナ。
そんなラナを見て俺も察する。
(なるほど。こいつ、スティラの事が好きなのか)
ただその好きも恋愛の好きではなく、大人の女性に憧れるあれに近いものだろう。
と思った時だった。
「あー!! こんな所にいたわねロンリュウ!! 一緒に行くって行ったでしょ!!」
「げっ、マリーン。なんでここにいんだよ」
「待ち合わせ場所にアンタがいないからでしょうが!!」
家に入って来た一人の少女。
薄い黄緑色の髪の少女。
ロンリュウと同じように枝分かれしたツノが生えている、勝気な目をした少女だ。
「あのねぇ、渡したらすぐに先生の所に行くんでしょ? ほら!!」
「ひ、引っ張るなって……ぐるじぐぇ!?」
「二人とも頑張ってねぇ」
「スティラさん、またねー!!」
マリーンに引きずられながら家を出て行くロンリュウ。
二人が向かったのはおそらく、ロウエンが暇潰しがてら手伝っている剣術道場だろう。
領内の子達が剣の稽古に来ており、賑わっているのだそうだ。
マリーンの腰には木製の剣が差されていたし、愛剣なのだろう。
「ロウエン先生、か……」
「後でからかってやりましょ」
「おいおい」
「ふふっ、冗談よ。多分」
「多分って」
クスリと笑うラナ。
その笑い方はきっと、後で揶揄う気だと分かるぐらいには彼女の事が分かってきた。
「……あの」
「ん? どうした?」
「……聖勇教会の残党が何やら動いていると聞いたので、その」
「何か知っているの?」
俺とラナの問いに頷くスティラ。
「まだ教会にいる時でした。ある噂を聞いたのですが……」
「噂?」
「はい。捕らえた竜を兵として使う……確か竜装兵器と言っていたかと」
「竜を、兵器に?」
「……初耳ね」
どうやら聖勇教会は、俺が思うよりも真っ黒な組織だったようだ。
「遅くなりました~」
「おう、皆始めてんぞ」
「はーい」
剣術道場に来たロンリュウとマリーン。
ロウエンに一礼してから木剣で素振りを始める。
「あれ、師範は?」
「ん? あぁ、ちょっと出かけてるよ」
「そうですかぁ」
ロウエンとの会話後に素振りを開始するマリーン。
その隣で素振りをするロンリュウを見ながらロウエンは思う。
(勇者・呑……人工的に作られた勇者の力。さっさと処分したいんだが、器になれる奴はそうそうねえか……)
そう思いながら、ポケット内にあるとあるエネルギーが封じられたクリスタルを確認するロウエン。
グリトニーから奪った勇者の力。
ロウエンが個人で解析した結果、それは聖勇教会が作った似非勇者の力だった。
(何人か筋の良いのはいるんだが……そう簡単にはいかないか)
封印し、時間をかけ、ゆっくりと無力化する事も可能だ。
(……気長に探すか)
そう思いながら自分は木刀を持って子ども達に声をかける。
「よぉし、今日は俺と打ち合いでもするか。やりたい奴は遠慮せずにかかって来い」
ロウエンの言葉に歓喜する子ども達。
直後、四方八方から迫る子ども達にボッコボコに叩かれるロウエンなのだった……
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