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131話〜契約〜

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「ウルドラコ・アルペンシア……我々騎士の間ではまさに伝説の英雄です」
「エンシはやはり知っているか……ま、身近にいるやつの身内でもレベルから外れた者はいるがな」
「そうなのか!? 誰なんだよ」
「ん? ガーラッドの父親だ。あの男は勇者でもあったからな……」
「……会った事、あるのか?」
「……俺は無い。が、まぁ魔族界では有名な話だ。なんせ勇者だからな。情報は集めるさ」
「そ、それもそうか……」

 ロウエンの言葉に納得する。
 魔族からすれば勇者は天敵だ。
 そんな相手の情報集めぐらいするだろう。

「ま、レベルの道から外れたのは死の間際だったそうだがな」
「そうなのか!?」
「あぁ。相手を倒すために、最後の最後に振り切ったそうだ……その反動で、逝っちまったけどな」
「え……死ぬのか?」
「器じゃなければ誰だって死ぬ。それだけだ」
「レベルを突破する手段はいくらでもあるわ。でも、だからって無闇やたらにはできないのよ」

 ロウエンからラナが会話のバトンを受け取り、話し始める。

「レベルというのはある意味当人の限界を表したもの。それ以上の力を与えれば当然、耐えきれずに崩壊する」
「それが……」
「死、よ。これは魔族でも変わらないわ」

 紅茶を一口飲んでラナは続ける。

「ウルドラコだってかなりの、それこそ100をゆうに超えるレベルだったそうよ」
「レベルから外れるには、最低三桁のレベルが必要って事か」
「正確には、レベルという概念から外れても死なないのには最低三桁のレベルが必要、って所かしらね。ガーラッドの父親は二桁だったって聞くし」
「器以上の力を取り込めば、自壊するだけなんだよ……」
「そうね……それで魔族側は、そんな化け物軍団に対抗する為にある力を模倣した」
「化け物……確かに化け物だな」

 ラナの言葉にロウエンがうんうんと頷く。

「魔族版祝福。魔族は契約エンゲージを作ったの」
「契約……それは、俺とラナが交わした子どもの事か?」
「いいえ? それはただの口約束よ」
「じゃあ……」

 契約という初めて聞く単語。
 それについてもラナが話し始める。

「契約っていうのは文字通り、魔族と契約して力を分け与えてもらう行為の事」
「行為って聞くと生々しいな」
「カラトうるさいわよ」
「すんません」

 ラナに睨まれて縮こまる兄貴。

「まぁ初めは失敗もあってね、最終的にはお互いに力を分け与え合う形に落ち着いたのよ」
「す、すげぇな……その力はお互いに選べるのか?」
「えぇ。選べるわ。ただ祝福を与えた場合、その効果は著しく低下する事が大半だったけどね」
「相性の問題か?」
「多分ね……でも、それだけやっても魔族は勝てなかったわ……」

 そう言って話を終えるラナ。
 口調のせいか、その場の雰囲気がどんよりしかける。

「……っといけないわね。せっかく朝食を食べて今日をがんばりましょって時に。ごめんなさいね」

 珍しく慌てた様子で、明るくしようとするラナ。
 彼女は近くのメイドに何か言うと、そのメイドは慌てた様子で部屋を出て行った。

「お、おい。何を言ったんだよ」
「せめてものお詫びよ」

 そのメイドはワゴンを押してすぐに戻って来た。

「私のお気に入りのスイーツよ。お詫びとしてみんなにも分けてあげるわ」

 運ばれて来たスイーツはプリンだった。
 明るい黄色のプルプルした美味そうなプリンだった。

「……明日は槍が降るな」
「いや、矢かもしへん」
「カラトとロウエン……後で覚えときなさいよ」

 ジト目で見るラナ。
 顔を青くさせる兄貴。
 特に気にしないロウエン。

 プリンは美味かった。





 食事後、俺は出かける支度をしていた。
 こちらで過ごすようになったスティラの様子を見に行くのだ。

 聖勇教会に属していた彼女が魔族とも仲良くできているか見に行くのだ。

 住む家はロウエンが手配したので、変な家ではないと思う。
 が、性格の合う合わないがある以上、ご近所付き合いがうまくいかない場合がある。

 もしそうなっているのならスティラの引っ越し、もしくはここから出て行ってもらう事になる。

 それを見に行くのだ。

 それだけなのだが

「お前も来るのか?」
「一応、貴方の補佐もしているから。ダメ?」
「……首を傾げてのダメは可愛いとは思うが、お前よりマリカの方が可愛いな」
「ど、どうせ向こうさんの方が若いわよ」
「まぁ、お前が多分最年長だろうしな」
「レディーに年のこと言わない!!」
「へーい。ほら、支度終わったぞ」
「むぅ……」
「……ラナも可愛いよ」
「もって何よ!? ちょっと、待ちなさいよ!! ハヤテ~!!」

 支度を終え、部屋を出る俺を慌てた様子で追いかけて来るラナ。
 最近じゃあこういう、可愛い姿も見せてくれるようになった。

 少しは、信用してくれているのかなと思う。
 そんなラナと共に、スティラの家へと向かうのだった。





 スティラが暮らしているのは領内でも割と人間が暮らしているエリア。
 そこは魔族も暮らしてはいるが、割合としては人間の方が多い。
 中には人間と魔族の夫婦もいる。

 とても仲のいい家族ばかりだ。
 仲良く日向ぼっこする老夫婦。
 共に畑作業をする若い夫婦。
 ダンディーなおじさんと夢魔の女性。
 腰の曲がったおばあさんをお姫様抱っこしているのはモッフモフの鬣を持つ人猫だ。

 種族関係なく、ここの人達は暮らしているのだ。

「ほんと、ここの人達って仲が良いよね」
「そうね……昔は、どこでも種属関係なくこうだったのよ」
「なんで、別れちまったんだろうな……」

 今は魔族は危険な種属と教えられる。
 魔族は敵、倒すべき存在だと。
 でも俺はここに来て分かった。

 魔族だからって全員が全員怖い相手とは限らないと。

 確かに魔族の中には恐ろしい相手もいる。
 けど、全員がそういうわけではない。

 それをここに来て改めて知った。

 その証拠に、皆俺を歓迎してくれた。
 ラナが決めた相手なら間違いないとまで言ってくれた。

「……信頼、されているんだな」
「うん?」
「なんでもないよ」
「そう?」
「あぁ……あ、そういえばラナ、あの洞窟ってなんなんだ?」

 俺が指さした方にある洞窟の入り口。
 常にヨロイガラスとゴーレムによって見張られており、立ち入り禁止とされている。

「洞窟? あぁ、立ち入り禁止のあそこ?」
「中が崩れていて危ないとかか?」
「……そうねぇ。教えても良い、頃合いかしらね」
「何だよ。何があるんだよ……ま、まさか古の邪神とかが封印されているとか!?」
「……当たらずとも遠からずね……」
「マジかよ……」
「……ま、目的地に着くまでまだ少しあるし、話してあげるわよ」

 そう言って歩きながら話し始めるラナ。

「あそこに眠っているのは魔装よ」
「魔装?」
「そう。簡単に言えば聖装の魔族版ってところね」
「契約みたいに、模倣したのか?」
「まさか……聖装を模倣できる者がいるのなら会ってみたいわ」
「そ、そうか……」
「話を戻すわよ」

 どうやら魔装は聖装が生まれると同時に生まれたらしく、彼女は光と影の関係に近いのではないかと思っているそうだ。

 もしそれがそうなら魔装は魔剣、魔槍、魔弓、魔杖、魔鞭、魔槌、魔鎧の七種たる事になる。

「じゃあ、例えば聖槍が無くなったら対応する魔装は無くなるのか?」
「それは無いと思うわ。だってそれなら、聖剣に対応する魔装が無くなるはずだから」
「そうか……聖剣と聖槍は今は形を変えているんだったな」
「えぇ。まぁ聖槍は二本あるって聞いているけど」
「そうらしいな。俺は見た事ないけど」
「そう……話を戻すけど、その魔装の一つがこの地に封印されているの」
「へぇ……で、どんなのが封印されているんだ?」
「……聞きたい?」

 まるで面白い悪戯を思いついたとでも言うように俺を見るラナ。

「……聞きたい」
「そう。なら教えてあげる」

 一呼吸置いてからラナが、封印されているそれの名を告げる。

「封印されているのは魔剣。その銘はグロムブルィーブ。私の父が封印した、竜血啜りの剣よ」
「竜血啜りって……怖いな」
「本当の事よ? 父はそれで竜を何頭も切り殺したって聞くから。まぁ、その父は竜に食い殺されたのだけれどね……」
「そ、そうだったんだ……で、なんで封印なんかしてんだよ。ラナが持っていりゃ良いじゃねぇか」
「そうもいかないのよ……魔剣が選ばないと抜けないの。私は、選ばれなかったのよ……」

 そこは聖装と同じらしい。
 その魔装に選ばれないと使えない。
 それにラナは選ばれなかったのだ。

「……に、にしても魔装には名前があるんだな」
「……聖装にはないの?」
「あぁ、聞いた事ないけど……調べてみようかな」
「……良いんじゃないかしら。あ、見えて来たわよ」
「お、本当だ。行くって言ってないけど……ま、大丈夫かな」
「……土産物ぐらい用意しておきなさいよ」

 そう言ってラナはポンっという軽い音と共にバスケットを取り出す。

「持って来ておいて正解だってわ……」
「流石ラナ。頼りになる~」
「……全く。ほら、行くわよ」
「お、おう」

 今度は俺がラナを追いかける。

 向かう家は小さな家。
 そこがスティラに用意された家。
 そこに向かう俺達。

 平穏な一日。

 モーラを失ってからずっと荒れていた心。
 仇を取って、これでやっと落ち着けると思ったら今度はそのモーラが眠る墓が荒らされた。
 それからはずっと荒れていた。
 こっちに来てからも落ち着けた時はほとんど無かったと思う。

 でも、ここ最近は違う。
 やまない雨がないように、やっと心が落ち着いて来たのだ。

 このままいけば、いつかは今までの事を冷静に考える事ができるだろうか。

 兄貴の事、セーラの事、モーラの事。

 考える事ができる日が来ると良いなと思いながら、俺はラナと一緒にスティラの家へと向かった。

 でも

 その時の俺は考えてすらいなかった。

 やまない雨がないように、降り出さない雨もないという事を。

 雨がやんだら次は降り出すという事を。





「やっとだ、やっと分かったぞ……あの悪魔の故郷が!!」

「我等聖勇教会を邪教呼ばわりしたあの悪魔の故郷を焼き払ってやる!!」

「行くぞ、カザミ村へ!!」

 雨が止んだらお日様が出て、それからまた雨が降るのだ。
 降り出さない雨は無いのだ。
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